トライアングル(7)

 こちら、二つ目の三角形でございます。 
 
 アンチ青×雪派の方は読まないでくださいね(^^;)(←どんどん増える立ち入り禁止事項)






トライアングル(7)










 寝苦しい夏の夜に、青木は何度も寝返りを打ってはため息をついていた。

 目を閉じると浮かんでくる、愛しい恋人の姿。
 湯上りの艶かしい肌を惜しげもなく晒して、青木の前に立った人のたまらない魅惑。この世で一番きれいだと、青木は心から思っている。

 先刻の、薪のくちびるの感触が思い出される。
 薪の方から、キスをしてくれた。やわらかい舌をおずおずと忍ばせてきて、控えめに青木の口の中を不器用に愛撫していった。
 これが2週間前のことだったら、青木は飛び上がるほど嬉しかったに違いない。
 しかし、今は……。

 薪は、傷ついただろうか。
 あのプライドの塊のような人があんな行動に出るには、よほどの勇気が要ったに違いない。なのに、その気持ちを無にして帰ってきてしまった。今日だけではない。ずっと薪とそういう雰囲気になるのを避け続けてきた。
 自分がこんな態度を取り続けているから、薪も不審に思っているに違いない。
 でも。

 青木には、自分を抑えきれる自信がなかった。
 薪を抱くのが怖い。
 この間のことが繰り返されたら、今度こそ薪を害してしまうかもしれない。自分の中のどす黒い感情に飲み込まれて、酷いことをしてしまうかもしれない。
 もう二度と傷つけないと誓った。
 誓いは破りたくない。

 シーツが鬱陶しく肌に絡みつく独り寝のベッドの中で、青木は2週間前に自分を襲った衝撃を、自分でも信じがたかった危険な衝動と共に思い出す。
 青木の愛撫に乱れに乱れ、何度も欲望を迸らせた、かわいい恋人の姿。
 情欲に酔いしれた亜麻色の瞳。快楽の涙に濡れた長い睫毛。甘い声を上げ続けたつややかなくちびる。

 ……あのとき。
 薪が愉悦の声を上げながら、青木を受け入れてくれたとき。
『―――――すずきっ!!』
 裏返ったアルトの声を聞いた途端。まるで冷水を浴びせられたように、青木は一瞬で凍りついた。

 耳を疑った。
 青木の腕の中で、青木を受け入れて善がっていた恋人が呼んだ名前。それは自分の名前ではなかった。
 思わず、動きが止まった。身体が強張って自由が利かない。
「もっと、鈴木っ、もっと」
 聞き違いであって欲しいと願っていた青木の心を無残にも踏みにじって、薪は他の男の名前を呼びながら、青木の背中に縋りついてきた。
 自ら腰を動かして、青木を深く導こうとする。いや、薪がいま自分の中に感じているのは青木ではなく――。

 青木は声も出なかった。
 薪の身勝手さは身に沁みているつもりだったが、ここまで惨い仕打ちを受けるとは思わなかった。
 完全な身代わり。青木の存在は、ここにはない。
 その身を抱いているのは自分なのに、その身体を貫いているのは自分の肉なのに。自分はここにはいない。

 ひどすぎる。
 それは人として、やってはいけないことだ。例えビジネスだって、そんなことはしない。相手にも人の心があると思えば、できないはずだ。

 青木は自分の腰に絡み付いてくる腕を引き剥がそうとした。「ふざけるな!」と怒鳴りつけてやろうとした。
 しかし。
 青木は再び、薪の身体に戻っていった。それはもちろん、肉の快楽のためではない。逆にそのためだったら、こんなにつらくない。
 青木の目に映った薪の顔。今まで青木が一度も見たことがない、歓びに震える美しい笑顔。幸せの絶頂にいる薪を、その幸福を奪うことはできなかった。

「あげるから……僕を、ぜんぶ、あげるからっ」
 この笑顔を薪に浮かべさせているのは自分ではないのだと。自分では、薪にこんな表情をさせてやることはできないのだと、分かってしまった。
 情けなくて涙が出てきた。誰かとセックスしながら、情けなくて泣いたのは初めての経験だった。できれば二度としたくない。
 
「鈴木のものだよ、僕はぜんぶ鈴木のもの、あっ、あうっ!」
 目を閉じて薪の顔を見ないようにして、強く腰を打ち込む。耳を塞ぐ手立てがないのがつらい。いっそのこと、鼓膜を破ってしまいたい。
「鈴木、鈴木! 大好きっ!」
 薪は、叫び声と共に絶頂を迎えた。
 青木の背中に細い指を食い込ませて、射精の快感に身体全体をガクガクいわせて、別の男の名前を呼んで。

「しあわせ……もう、死んじゃってもいい。このまま、ずっと繋がっていたい……」
 これが自分に向けられた言葉だったら、どんなに嬉しかっただろう。だが、薪はどこまでも残酷だった。
「愛してる。すずき……」
 そのままほんの1,2分。薪はいつものように寝入ってしまった。
 青木の欲望を満たしてくれないまま、自分だけ満足したら眠ってしまうのはいつものことだが、今日ばかりは苦笑で済ませる気にはなれない。薪の痴態を思い浮かべて、自分の欲望を処理する気も起こらない。

 涙が止まらない。

 こんなに悲しいセックスをしたのは初めてだ。こんなにつらい思いをしたのも、初めてだ。
 薪に振られたときでさえ、これ程つらくはなかった。考えてみれば、あのときと状況は何も変わらないのだ。自分は薪を愛していて、薪は鈴木を忘れることができなくて。あのときと違っているのは、薪との間に身体の関係ができたことだけだ。
 抱いてしまえば何とかなると思っていたわけではない。身体の関係さえできてしまえば、自分のことを愛してくれるようになると考えて、薪を抱いたわけではない。初めはそれこそ、鈴木の代わりでいいと思っていたはずだ。
 しかし、それがこんなにつらいとは。
 誰かの代わりになるということがどれほどの痛みを伴うか、青木は初めて理解した。自分の考えが甘かった。こんな、押し潰されるような――こんなに泣いたのは、父親を亡くしたとき以来だ。

 そんな張り裂けそうな心を抱えてでも。
 青木は薪から離れられなかった。

 いつものように蒸しタオルを作ってきて、汚れた身体をきれいにしてやろうとした。汗が浮いた額をぬぐい、睫毛についた涙を拭いてやった。細い首を拭いていたとき、薪が苦しそうに眉根を寄せた。頭を持ち上げたから、傷に響いたらしかった。
 
 薪の苦悶の表情が、青木に幻想を見せた。
 細い首に食い込む大きな手。その手に滴り落ちる涙。両手で、薪の首を絞め上げる自分の姿。
 鈴木からこの人を奪うには、もうこの方法しかないのか。

 恐ろしい考えが浮かんだ自分が怖くなって、青木は逃げ出した。傷ついた恋人を放って、マンションを出た。
まともな思考もできずに、青木は歩き続けた。
 時間的にはそれほど遅い時刻ではなかったから、電車に揺られて自宅への道を辿った。機械的に霞ヶ関の駅で降りて、何も考えずに歩き続けた。
 気が付いたら、職場に来ていた。

 研究所の中庭をあてどなく歩いていると、第一研究室に明かりが点っているのが見えた。その光に吸い寄せられるように、青木はそこへ向かった。

 土曜の夜、10時を回った時刻の来訪者に、雪子はひどく驚いていた。
「薪くんと何かあったの?」
 土曜日は薪と逢うことにしたと彼女には報告してあるから、すぐに察しがついたらしい。
 彼女は仕事を中断し、青木のために温かい紅茶を淹れてくれた。
 カンのいい彼女は青木の顔つきから事の重大さを予想したようで、いつものからかうような調子ではなく、真剣に青木と向かい合ってくれた。
 青木は雪子にすべてを話した。
 鈴木の婚約者だった彼女に言うべきでないことは分かっていたが、吐き出さずにはいられなかった。言葉にすることで、先刻自分を支配しようとした恐ろしい感情からも逃れられるような気がしていた。
 話を終えた頃には、青木もだいぶ落ち着いてきた。涙を拭いて、広い肩を竦める余裕も生まれた。

「参っちゃいました」
 努めて軽く、青木は言った。笑い顔を作ることはできなかったが、苦笑することはできた。
「まあ、薪さんの性格は分かってましたけど。さすがにキツイです」
 雪子のことだから、豪快に笑い飛ばしてくれるだろうと思った。
『薪くんの恋人やろうってんだから、そのくらい我慢しなさい。いいじゃないの。現実に薪くんとセックスしてるのは、あんたなんだから』
 雪子の性格だったら、このくらいは言いそうだ。その覚悟で、青木は話をしたのだ。
 が、雪子は青木がこれまで見たことのない表情で、ぽつりと呟いた。

「ひどい」
 雪子の目には、涙が浮かんでいた。
 それは青木に対する同情の涙なのか、それとも薪の仕打ちに対する憤りの涙なのか、青木には判別がつかなかった。ただ、とてもきれいな涙だと思った。
「いくら薪くんでも、そんな……青木くんを鈴木くんの代わりにしかできないなんて。あたしは」
 雪子はくっと唇を噛み、涙を止めようとした。が、それは能わず、彼女の頬を水の粒が流れ落ちた。

 こんなに可愛らしい人だったかな、とそのときの青木は思っていた。
 雪子というひとは、やさしくて賢くてパワフルで。でも、こんなに愛くるしい表情を持っていたかな。

 そうだ。
 鈴木の脳に残っていた雪子は、こんなふうにとても女らしかった。健気で可愛くて、いつもはじけるような笑顔で鈴木に笑いかけていた。

「あたしは、そんなつもりで青木くんのことを応援したんじゃない」
 大きな目をしっかりと開けて涙を流す彼女に、青木は手を伸ばした。自分のために泣いてくれるこの女性の真実の姿を、初めて見た気がした。
 ずっとずっと、雪子は自分を支えてくれていた。
 薪の冷たい態度に打ちのめされるたびに、彼女が自分を立ち直らせてくれた。
「あたしなら、そんなことしない。あなたを泣かせたりしない。あたしなら……」

 泣きながら言い募る雪子を、思わず抱きしめていた。
 消毒薬に混じる、女の香り。
 女性を抱きしめるのは2年ぶりで、そのやわらかさに改めて驚いた。薪よりも大きな身体の彼女は、でもやはり女の骨細さを持っていて。それは青木の中の男を目覚めさせた。

「青木くんは、青木くんよ。克洋くんと間違えたりしない」
 雪子の手が、青木の背に回された。自分の背中がみっともなく震えているのに気付いて、青木は嗚咽を止めようとしたが、かなわなかった。

 傷ついた男をどうやって慰めたらいいか、賢い彼女は知っていた。何も言わずに、そっと青木の背中を撫で続けた。
 自分を抱きしめて涙を流す男の胸の中で、彼女は目を閉じた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

鍵拍手いただきました、Mさまへ

許しちゃうんですね(^^;
ええ、Mさまなら許すと思ってました。

だけど、しづはあおまきすとなので~、
ええ、腐ってもあおまきすとです、てか腐ってるあおまきすと、いや、腐ってるが故にあおまきすと???
・・・・・・・・何が言いたいのか、分からなくなってきました。(@@)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Sさまへ

こんにちは、Sさま♪
しづの昼メロ劇場へようこそ☆


ケケケって、Sさまったらすっかり悪い子ちゃんに(^^;

絶叫したのが竹内だったら、ですかあ??

>天敵関係を装っていて実は・・・・・

きゃー、ごく一部の方がものすごく喜びそうな妄想ですね(笑)


> さて、どうなりますやら♪

どうなるんでしょう?
薪さん命のわたしが書いてるんですから、そんなに可哀相なことにはならないと・・・・・・すでに結構カワイソウかしら・・・・・・でもこの後、もう少しカワイソウなことに・・・・・ううーん・・・・・。
薪さん愛が勝つか、しづのS心が勝つか、微妙なとこですね(←鬼か)


コメントありがとうございました(^^

お怒りのSさまへ(笑)

いらっしゃいませ、Sさま(^^
いつもありがとうございます!


>ハア?何ですかコレ?

きゃー、きゃー、Sさまが怒ってる――っ(^^;
ええ、生粋のあおまきすとさまにはお叱りを受けるだろうと、覚悟はしておりました。誠に申し訳ございませんっっ!!


電子モノは目に負担がかかるとのこと、わたしにも良く分かります!
わたしも既に老眼が入ってて~、だから自分の推敲は紙ベースでやってます。PC画面は疲れます(--;

それでも、気になって来てくれたんですね。 ありがとうございます。

>それなのにこの仕打ち?

恩を仇で返すとはこのことですねっ!<こらこらこらこらこらこら!!!
わーん、ゴメンナサイっ!


>誰もやらないなら、私がユキコ(漢字をあてるのも嫌だ)を・・・・・

きゃー、落ち着いて、落ち着いてください、締めるのは原作の雪子さんにしてください!<それもまずいだろう。
うちの雪子さんは締めないで~~、ここで締められたら、うちのあおまきさん、くっつかなくなっちゃう(^^;


>(そして何ゆえワタシは拍手ボタンを押しているんでしょう・・・)

げらははは!!
それはSさまがやさしいからですよ(^^

もう少し待ってくださいね、思いとどまってよかった、と思う展開にしますから~。
そこまでひたすらS展開ですけど(すみませ~~んっ!!)

Mさまへ

いらっしゃいませ、Mさま~。
コメントありがとうございます(^^


>うう・・・青木君・・・かわいそう・・・。

そーですね、かわいそーですね。(超棒読み)
だって、この話書いたの、婚約発表があったばかりだもん。(2009年の5月) 同情の余地なしですよ。
創作の青木くんには何の罪もない?
・・・・・・原作憎けりゃ創作までニクイ(笑)


>許してもらうには薪さん・・・罰として白いヒラヒラのお洋服着てジュディ●ングの『魅せられて』の物真似するしかないんじゃないですかね・・・・・・

うはははは!!!
いい、これ!次の女装シリーズは歌手になってもらいましょう!


>失礼しました・・・ギャグにしないと辛すぎるので・・・(け、決してふざけているつもりではないのですが)

はい♪
どんなに暗い話を公開しているときでも、コメ欄はギャグ満載、というのがわたしの理想です☆☆☆
暗い世の中にこそ、笑いが必要なんですよ!
(そしてわざわざ暗い世界を構築するわたしって・・・・・・)


>「あたしならそんなことしない」ってメロディ6月号の雪子さんがあんな感じだから何だか複雑ですよね・・・。←(あ、思い出してしまった!)

そうなんですよー!
それじゃなくても、うちの薪さんの言動(青木くんに鈴木さんを重ねる)が6月号の雪子さんと被ってしまって~~~。 『トライアングル』の次の話なんか、モロに(^^;

・・・・・まあいっか。 二次創作だし。 (←開き直った)


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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