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トライアングル(8)

トライアングル(8)






 薪がその事実を知ったのは、翌週のことだった。

 情報源は、雪子の助手の女の子だった。第九に解剖所見を持ってきた際に、曽我たちと喋っているのが聞こえてきた。
「土曜の夜に、青木さんが研究室に来て」という菅井の言葉に、薪は思わずドアの陰で聞き耳を立ててしまった。
 雪子の手伝いを終えて帰途に着いた菅井は、忘れ物に気付いて研究室に戻った。そこでふたりが抱き合っているのを目撃したと言う。

「土曜日に、夜の法一で? やるなあ、青木のやつ」
「それがふたりとも、泣きながら抱き合ってて。びっくりしちゃいました」
 菅井の無邪気な声が、薪の頭の中を掻き回すように通り抜けていく。

 土曜日の夜に、青木が雪子と逢っていた? 自分を拒否したあと、青木は雪子の所へ行ったのか。
 自分でも無意識のうちに、薪は床に腰を落とした。曽我に手直しをさせるはずの報告書が、へたり込んだ薪の周りに散らばる。

「あれはプロポーズですよ。間違いないです」
「プロポーズで泣く?」
「雪子先生、ずっと前から青木さんのこと好きだったんですよ。だから嬉しかったんですよ、きっと。幸せになって欲しいなあ」
 容赦なく聞こえてくる、可愛らしい声。無知という愛くるしい残酷に、薪は自分が壊されていくのを感じていた。

 雪子の気持ちは、分かっていた。
 彼女が青木に惹かれていることは、とうの昔に知っていた。そのことを薪の口から青木に伝えたことも……それどころか、雪子と付き合うように青木を口説いたこともある。彼らの逢瀬をセッティングしたことすら。あの当時の薪は、二人の幸せを心から願っていたのだ。

 でも、青木は自分のことが好きだと。
 僕を好きだと言った。僕のことは諦めろ、と何度も言ったのに、好きだと言い続けた。
 
 青木はとてもやさしくて、僕のことはいつでも最優先で。僕が何をしても許してくれて、どんなわがままにも付き合ってくれて。その立場が心地よくて、僕はその特等席に居座り続けた。
 紆余曲折の果てに、恋人として受け入れることを決めて。
 身も心も、ようやくひとつになれたと思った矢先―――― 青木は夢から醒めてしまった。
 
 薪は、ぼんやりと床に散らばった書類を見た。
 拾い集めて曽我に渡さなければ、と思った。でも、身体が動かなかった。

 ……こうなることは、わかっていた。
 いつかはこういう日が来ると知っていた。
 青木が僕から離れて、本当の幸せを見つける日が来ると……僕はそれまでのつなぎでいいと、覚悟していた。
 僕には、何もできないから。
 青木の幸せに繋がることは、何もしてやれないから。
 温かい家庭も、可愛い子供も、大切な人々からのおめでとうの言葉さえも。あいつに与えてやることはできないから。

 ――――でも、でも。
 もう少しだけ、猶予を。
 せめて、この季節の間だけでも……!
 
「室長! 大丈夫ですか?」
 小池が室長室に入ってきて、ドア口に座り込んでいる薪の前に膝を折った。
「貧血ですか? 顔色、真っ青ですよ」
 小池は心配そうな顔をして薪の身体を支え、薪の腕を自分の肩にかけて立ち上がらせた。
 モニタールームに出るが、職員たちは話に夢中で誰もこちらに気付かない。薪もあまり騒がれたくはないから、それは好都合だった。
「仮眠室で休んでください」
 薪の体調を気遣う小池の声に被って、菅井の声が聞こえてきた。
 話題は既に変わっていて、彼女の趣味のダイエットの話になったらしい。曽我のメタボ体型に厳しい意見をくれている。可愛い外見に似合わず、彼女はかなり性格がキツイ。

「ダイエットは明日からって、その考えがダメなんですよ。だからこのお饅頭は没収です」
「ええ~」
 曽我の情けない声に、薪はクスクスと笑い出した。笑い声はだんだんに大きくなって、それにつられて薪の身体が震えた。
「薪さん?」
「明日から、はダメか」
「は?」
「そうだな。彼女の言うとおりだ。僕も今日から……いや、今から始めることにしよう」
「余計なことしないで下さいよ。これ以上細くなってどうすんですか」
 自分の身を案じてくれる大事な部下に、薪は微笑を返した。

「もう、大丈夫だ。おさまった」
「まだ顔色悪いですよ。少し休まれたほうが」
「平気だ」
「……冷や汗がひどいですよ。風呂に入ったらどうですか?」
 小池は皮肉屋のくせに心配性だ。一言多いのが珠にキズだが、この男が本当はとても細やかな心配りをしていることを、薪は知っていた。
「うん。そうする」

 薪が素直に頷くと、小池はにやっと笑って曽我の方へ歩いていった。床に落ちていた付箋だらけの報告書を、担当者に渡してくれるらしい。
 薪はバスルームに向かい、脱衣所で服を脱いだ。
 今は仕事中だが、この乱れた心を整えるにはちょうどいいかもしれない。湯に浸かることは、禊のような役割を果たしてくれるだろう。

 湯の中に、全部流れ出してしまえばいい。
 この想いも、涙も、痛みも――。

 激しいシャワーの下で、薪は声を殺して泣いた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

初めまして、Kさま。
ようこそお越しくださいました!!


結構前から、とのことですが、
4月末頃にたくさん拍手をくださったのは、もしかするとKさまでしたか?
読み逃げなんて、お気になさらず! 
あ、でも、これまではKさまに読んでいただいてるのがわかりませんでしたが、これからはKさまも楽しんでくださってるかしら~、と考えることができます(^^) 
コメント入れてくださって、ありがとうございます。


>しづ様の書かれる薪さん、すごく好きです。

きゃあ☆
ありがとうございますっ。原作から遥かに遠ざかっておりますが、好きと言っていただけてうれしいです(//∇//)


>一度読んだだけでは治まらず、読み返してはニヤニヤしたり、ハラハラ涙をこぼしたりしています。


よ、読み返し・・・・・・こんなつたないものに、ありがとうございます。
しかし・・・・・・ボロが・・・・矛盾点が・・・・・・どうかスルーで・・・・・・(T∇T) 
 

>オリキャラ達も大好きです。小野田さん、たまりません!

きゃーきゃーきゃー!!!!(嬉!)
初めて小野田さんファンの方にコメをいただきましたっ!!
実はわたし、オリキャラの中で一番好きなのが小野田さんなんです~~!!!
ええもう、竹内より間宮より、薪さんを大事に思ってるのは小野田さんなんですよ~♪ 
セクハラ上司、いいですよね<ちがう。


>ちなみに今回のssは、私のツボにすごくはまってます♪ありそうでなかった、この三角関係!もう毎日が楽しみで楽しみで・・・

おおおお!!
あおまきすとさまには顰蹙買い捲りのこのお話がツボとは! Kさま、S・・・・ごほごほ!!
と、言いつつも、3部の中ではこのお話がイチオシだったりします。
楽しみにしていただいて、とっても光栄です! ありがとうございます!



とっても・・・・・とありましたが、わたしもかなりの年ですよ(^^;) たぶん、そんなに変わらないと思います。 
Kさまには嬉しい言葉をたくさんいただいて、すごく励まされました!
体のことも気遣っていただいて、本当にありがとうございます!

Kさまに少しでも楽しんでいただけるよう、これからも頑張ります!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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