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トライアングル(12)

 こんにちは。


 この章、少し長いです。
 ダウンロードしきれない方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。





トライアングル(12)









 その日の早朝から、第九は慌しく動き出した。
 捜一からの協力要請である。事件の内容は幼女連続殺害事件。被害者はすでに3人。容疑者の特定はなされていない。

「10時には脳が届く。それまでに、捜査資料を頭に叩き込んでおけ!」
 薪の鋭い声が飛ぶ。
 進行中の事件が起きたときの薪は、この世のものとは思えないくらい厳しい。部下の人権なんか欠片も認めないし、休息も自由時間も与えられない。生命維持に最低限必要な栄養補給と、僅かばかりの仮眠が認められるだけである。自分自身にはそれすら許さないが。

「青木。資料はこれだけか?」
 今井が捜査資料の入った段ボール箱を開けて、中身を取り出す。事件の大きさの割に資料は少ない。捜一の捜査はだいぶ難航しているようだ。
「これだけです」
「ていうか、これ、中身違ってないか?」
「え?」

 中に入っていたのは、別件の捜査資料だった。
 捜査中の事件に変わりはないが、こちらは強盗殺人。シリアルキラーの兆しも見受けられないし、第九が捜査する事件ではない。
「中身の確認もせずに持ってきたのか?」
「すみません」
「どうしたんだ? おまえらしくもない」
 後輩の初歩的なミスに、今井は驚いている。
 臨時雇いの女子職員ではあるまいし、こんな基本的なミスをするなんて。大切な捜査資料を預かる際に、その場の確認を怠るなどあってはならないことだ。

「すぐに捜一に行って、資料をもらって来ます」
 青木が取り違えた段ボール箱を持ち上げたとき、第九の自動ドアが開いた。2つの大きな段ボール箱を載せた台車を押して、男が入ってくる。
 捜一のエース、竹内誠警視だ。資料を運んできてくれたらしい。
「竹内さん。すみません、うちの青木がとんだ不手際を」
「いや。こっちはお手上げ状態なんだ。早いとこ第九に見てもらわなきゃ」
 竹内は両手を肩の横に上げて、降参の意を示した。全面的に第九の協力をお願いしたい、と素直な態度で頼んできた。それから青木の顔を目に留め、気遣う口調で訊いた。

「青木。おまえ、体の調子でも悪いのか?」
「いいえ、べつに」
「そうか? あんまり顔色も良くないし。目の下、クマできてるぞ」
 捜一と第九という相容れない部署に所属しながらも、竹内と青木は仲がいい。何でも岡部の口利きで、射撃練習のアドバイスをしてもらっていると聞く。竹内は前年度の全国大会2位の実力者だ。彼が習得している技術のコツを知りたがっているものは署内に多く存在するが、今のところその恩恵は年の離れた友人である青木にだけ注がれているらしい。

「さては、昨日のアフターに遊びすぎたな。若いからって飛ばしすぎると」
「捜査の邪魔をしないでくれますか、竹内警視」
 剣呑な口調でつかつかと歩いてきたのは、仕事の鬼と化した室長である。普段はそうでもないのだが、火急の事件があるときには、私語や携帯電話の使用にもむちゃくちゃ厳しい。どんなに忙しいときでも会話を絶やさない竹内とは、根本的に合わないのだ。
 
「室長。竹内警視は、捜査資料を持ってきてくださったんです」
 薪のあの冷たい眼で睨まれて眉根を寄せた竹内に、今井が助け舟を出した。
 ここで竹内を庇うと自分の身が危うくなるが、仕方がない。青木のミスをカバーしてくれた竹内が室長の非難を受けるのは、あまりにも不条理だ。

「なぜ竹内さんが? 捜査資料は青木に取りに行かせたはずですが」
「それが青木のやつ、別の箱を持ってきちゃって」
「バカヤロウ! 中身も見ないで持ってきたのか、この役立たず!」
 青木のミスを聞いた途端、烈火のごとく怒り出した室長を見て竹内は青くなった。
 捜一の課長だってこんなに怖くない。このぐらいの凡ミスでこんなに怒鳴られていたら、犯人を取り逃がした際には腕の一本も折られそうだ。

「薪室長、青木を怒らないでください。似たような箱を並べて置いておいたうちが悪いんです」
「あなたにとやかく言われる筋合いはありません。青木は僕の部下です。僕の部下は僕のやり方で指導します」
 薪に嫌われている自分が何を言っても逆効果だと悟ったのか、竹内は口を閉ざした。
「申し訳ありません。余計な事を言いました。後はよろしくお願いします」
「あなたに言われるまでもありません。この事件はすでに第九のものです。うちが責任を持って犯人を検挙します」
 謙虚な竹内に対して、薪はどこまでも居丈高だ。
 このふたりは数年前まで寄ると触ると喧嘩になっていたのだが、ある事件を境に、竹内は薪に対する態度を一変した。それからは第九に対して親睦的になり、職員たちとも次第に慣れ親しんできている。
 更には6ヶ月ほど前、竹内は火災現場で薪の命を助けている。薪は肋骨を折るくらいの怪我で済んだが、竹内は4ヶ月もの間入院生活を余儀なくされた。仕事上のこととはいえ、その命の恩人にこんな口がきけるなんて、人として間違っているのは薪のほうだと言わざるを得ない。もちろん、そんなことは恐ろしくて口端にものせられないが。

 頑固な警視正に、竹内は黙って頭を下げた。
 ちらりと青木の方に目配せをして、研究室を出て行く。竹内が去った第九には、気まずい空気が流れた。

「おまえ、ここに来て何年になるんだ。あんなバカに突っ込まれるようなミスをして。僕に恥をかかせるな」
「すみません」
 室長に頭を下げる青木を見て、今井は彼のことが心配になった。
 竹内ではないが、青木は本当に顔色が悪い。
 ここしばらく、青木はずっとふさぎこんでいる。表面上は元気そうにしているが、ときどき考え込んでいるし、いくらかやつれてきているようでもある。
 今日は特に、それがひどいようだ。
 眼は赤いしクマはあるし、表情は陰鬱だし。元気が取柄の青木がこんなに憔悴しているのは、第九に入ったばかりの新人の頃以来ではないだろうか。

「青木。なにかあったのか?」
「いいえ。べつに何もないです」
 何もない、という顔ではない。
 青木はとても正直な男だ。ものすごく哀しい出来事がありました、と顔に書いてある。
 ひょっとして、三好雪子のことか。彼女にプロポースをしたとの噂だが、断られたのかもしれない。プライベートすぎて、迂闊に訊くことはできないが。

 被害者の脳が届き、捜査が始まってからも、青木の様子はおかしかった。
 ただ漫然と画面を見ているようで、いつもの集中力がまるで感じられない。そのせいで、いくつかのポイントを見逃してしまった。
「青木。今、なにか画面を横切らなかったか?」
 隣にいた曽我が気付いて青木のモニターを戻すと、果たして事件と関わりのありそうな男がバイクに乗って被害者の少女の前を横切って行く画があった。黒メガネにマスクの男はちらちらと少女のほうを見て、明らかに怪しい。
「室長!」

 小池の後方からモニターを覗き込んでいた薪は、曽我が呼ぶとすぐにやってきた。
 青木の右肩から曽我が、左肩から薪がモニターを覗き込んで画を確認する。画面を見つめる亜麻色の瞳は限りなく冷静で、そこには一切の感情は見られない。
「この画の日時は」
「いつだ? 青木」
「え……あ、えっと」
 これは青木のモニターだから、データを抽出した本人でないと正確な日時はわからない。青木は、フォルダに書かれた日時を確認するのを忘れて作業を始めてしまったようだ。

「朝から何やってんだ、おまえ。やる気あるのか」
「室長。青木は今日ちょっと具合が良くないんです」
 後方の席から、今井が声を掛けた。
 特別研修で岡部がいない今、薪の横暴をいくらかでも緩和するのは副室長代理の今井の役目だ。体調不良を理由に、青木の失態をいくらかでも弁護しようとしたのだが、室長の方針は明確な実力主義だ。第九の仕事は実績がすべて。そこにはいかなる言い訳も入る余地はない。

「足手まといだ。体調が悪いなら、帰って休め」
「いえ、大丈夫です。体の調子は悪くありません」
 言葉とは反対に、ひどく弱々しい声で青木は言った。
「だったらしっかりしろ。気合入れ直せ、バカ」
 さっさと日時を調べろ、と命令して薪は踵を返した。

「どうしたんだよ、青木。ホントにおかしいぞ、おまえ」
 こっそりと囁いた今井に、青木は苦労して笑って見せた。今井にはそれが、自分を庇ってくれた先輩に対する精一杯の礼のつもりなのだ、と分かった。
「すみません。ちょっと……プライベートで色々あって」
「なんだなんだ、失恋か? 三好先生に振られたのか?」
「おいおい。モロに言うなよ、曽我」
 KYを装って実は優れたムードメーカーの曽我のこと、青木の気持ちを少しでも明るい方向へ持っていこうとしたのだろうが、これは逆効果だ。

「え、マジで? だってプロポーズうまく行ったんじゃ」
「ちょっと、待ってくださいよ。オレがいつ先生にプロポーズなんて」
 バン! という大きな音がして、青木の机に薪の拳が振ってきた。3人は慌てて黙り込み、曽我と今井は自分の席にそそくさと戻った。
 薪のきれいな額に青筋が立っている。
 室長の怒った顔は本当に怖い。美人は怒るとブスの3倍怖いというが、薪の場合はもっと倍率が高いような気がする。

「何があったか知らんが、個人的な事情を職場に持ち込んで、捜査に支障をきたすような弱い人間は第九にはいらん! 異動願いを書いておけ!」
 薪の怒号に首を縮こめる職員たちの中で、青木は突然、席を立った。

「なにがあったか、知らない……?」

 この新人はとても背が高い。背の低い薪と向かい合うと、大人と子供ほどの違いがある。その差をものともせず、薪の視線は青木を威圧する。その重圧感に、常ならば「すみませんでした」と素直に頭を下げる青木が、今日は何故か薪に反抗的な視線を返した。

「分かりました。今日中に提出します」
「青木!」
 その返答に驚いた周りの職員が、同時に声を上げる。
 青木は「室長に憧れて第九に来た」との言葉通り薪には絶対服従で、彼に反抗的な態度を取ったことなど一度もなかった。経験の不足から、未だ半人前の捜査官に対する室長の指導は度を過ぎるくらいに厳しく、周りの職員の同情を集めるような罵倒を浴びることもしばしばあったが、青木は決して薪に逆らったりしなかった。

 短くも重大な会話の後、ギッと部下を睨みつけると、薪は小池のところへ戻って行った。途中で思いついたように振り返る。
「異動先だが、希望する部署はあるか? 竹内のバカが、おまえを欲しがっていた」
「考えてみます」
 売り言葉に買い言葉。
 青木らしくないが、こちらもトサカに来ている。

「おい、青木。頭冷やせ。謝っちまえよ」
 薪が自分から折れることなどありえないのだから、青木の方から謝らないと、このふたりの関係は破綻したままだ。
「もう我慢できないんですよ。あのひとにはついていけません」
「青木……」

 この新人が薪に心酔しきっていることは、第九の中では常識だった。
 アフターに酒を飲みながら室長の悪口で盛り上がるときですら、青木は薪のことを尊敬していた。言葉尻に乗って笑ったりはするものの、必ず控えめにフォローを入れていた。
 どうやら青木を襲ったプライベートのごたごたは、彼の心をひっくり返すような出来事だったらしい。
 稀少な崇拝者を失おうとしている事実に気付いているのかいないのか、薪は冷徹な捜査官の貌で小池のモニターを見つめていた。今さっき青木のモニターに映っていた男が、こちらの被害者の画にも現れないか、目を皿のようにして画面を見ている。

 不意に薪の上着の中で携帯が震えだした。舌打ちして、着信を確認する。すぐに電話に出るが、眼はモニターを見つめたままだ。
「雪子さん。すみませんが、いま進行中の事件で忙し……え?」
 薪が急ぎの捜査の最中に電話に出るのは、相手が特別な人間である証拠だ。上層部からの呼び出しには応じなければならないが、これがただの友人なら瞬時に切って捨てる。

「わかりました、ティーラウンジですね。すぐ行きます」
 頭上から聞こえてくる薪の言葉に、小池は瞠目した。
 すぐ行く、と薪は言った。
 ティーラウンジということは、誰かと会うのだ。火急を要する事件の最中に、プライベートの用件で? それは普段の薪からは考えられない行動だ。

「ちょっと出てくる。後を頼む」
 岡部の留守中、代理を務める今井に2、3の指示を出し、薪はモニタールームから出て行った。
 薪がいなくなると、職員たちは早速、モニターを見ながらも室長の接見相手についての推察を始めた。
「どうせ仕事の相手だろ」
「でも、三好先生からの呼び出しだったぜ? しかも、ティーラウンジってことは、相手は部外者ってことだ」
「まさか、女?」
「ないない、ありえない」
「そうだ、青木。おまえ三好先生から何か聞いてないか? て、あれ?」
 曽我が丸っこい目でキョロキョロと周りを見回す。嫌でも目に入るはずの大柄な部下は、モニタールームのどこにもいなかった。

「青木、どこいった?」
「薪さんのこと追っかけて行った。さっきのこと謝るつもりなんだろ」
 苦笑を抑えきれない顔で、今井が彼の所在を告げる。職員たちの間に、失笑とも安堵ともつかぬ微笑が広がった。
「あはは。短い反乱だったな」
「青木じゃそんなもんだろ」
「家庭じゃ先生の尻に敷かれて、職場じゃ薪さんの尻に敷かれて、青木のやつも苦労する、と、いた! こいつだ!」
 モニターに映ったバイクの男の姿に、小池が声を上げた。

 捜査の手がかりを掴んで色めき立つ職員の間で、室長と新人の小さな諍いのことは、処理済の事案の中に追いやられたようだった。





*****


 次回から一行くんの『捜一新人物語』が始まります!
 ウソです、冗談、言ってる場合じゃないですよね、失礼しました~~!!(逃)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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