FC2ブログ

トライアングル(16)

トライアングル(16)







「バカじゃないんですか」
 特大ロースかつを齧りながら、雪子は助手の小言を聞いている。
 たしかに弁当が雨に濡れてしまったのは雪子の失態だが、バカというのは言いすぎではないだろうか。仮にも自分はこの娘の上司なのだ。

「雪子先生みたいにバカな人、見たことありません。常識じゃ考えられないです。わたしにはぜんぜん理解できません」
「ちょっと濡れたくらいで大げさね。食べられるから大丈夫よ」
 菅井の弁当は下になっていたから、雪子の弁当のほうが被害が大きい。その自分が平気なのだから、そこまで言われなくても良さそうなものだ。
「わたしが言ってるのはお弁当のことじゃありません。青木さんのことです」

 始まった。
 自称恋愛マスターの彼女は、雪子と青木をひっつけたがっている。雪子が青木に惚れていると思い込んでいて、頼みもしない恋愛指南をしてくれるのだ。

「あんな時間に男女があんな風に抱き合ってて、その後なにもないなんて。しかも、恋敵の背中を押すような真似までして」
 憤慨する菅井の言葉に、雪子は青くなる。
 この娘は、青木の思い人の正体に気付いてしまったのだろうか。

「スガちゃん。青木くんの、その」
「青木さんの相手が薪室長だってことですか?そんなの、とっくに知ってますよ。見てりゃ一目瞭然じゃないですか」
 なんて鋭い娘だろう。第九の同僚は、誰も気がついていないのに。
 それを何処かで喋られたりしたら拙いことになる。きつく口止めしておかなければ。

 雪子の不安をよそに、菅井は弁当に箸をつけた。何故かトンカツの衣を外している。中身だけを食べるつもりだろうか。それではトンカツではなく、ただの蒸し豚になってしまうと思うが。
「そんな怖い顔しなくたって、誰にも言いませんよ。薪室長のことは、わたしだって大好きです。好きな人を困らせるような真似はしません」
 そうだった。菅井は薪のファンだ。
 雪子には理解できないが、どこかのつまらない女に取られるくらいなら、いっそのこと間宮部長と恋仲になって欲しいと言っていた。最近の若い娘の考えることは、よくわからない。

「でも、わたしは薪室長よりも、雪子先生のほうが好きなんです。だから、雪子先生に幸せになって欲しかったんです」
 大きなハシバミ色の目が、真剣に雪子を見ている。
 言うことは厳しいが、この娘は自分のことを本気で心配してくれている。
「悪いけどあたし、そっちの趣味はないから」
「違います! ひとが真面目に話してるのに、もう!」
 知りませんからね、とぷりぷり怒って、今度は豚肉の脂身を外している。菅井の弁当のトンカツは、もはや原型を留めていない。

 恋敵の背中を押した、と菅井は言ったが、雪子が押したのは薪の背中だけではなかった。もう片方の大きな背中にも、蹴りをくれてやったのだ。
 まったく、世話の焼ける二人だ。あの二人が落ち着かないことには、おちおち結婚相談所にも行けやしない。
 
 ラウンジで大学時代の友人の母親と会っていたときに掛かってきた電話は、実は菅井からではなかった。
『そのご婦人はどなたですか? まさか、薪さんと土曜日に会う約束をしてたんじゃないですよね?』
 中庭から窓辺の席を覗いて、青木はそんな電話を掛けてきた。
 もしもそうだとしたら、自分は大変なことをしてしまった、と深刻な口調で言った。それがあまりに切羽詰った様子だったので、これは直接話を聞いたほうがいいと判断し、あの場を中座したのだ。
 初対面の二人を残すことは気が引けたが、進行中の事件が起きたと薪は言っていた。捜査中は鬼に変貌する薪のこと、青木と話ができるチャンスは今しかない。

 薪からは見えない位置に立って、青木はじっと薪のことを見ていた。その目には焦燥と後悔が表れていて、ふたりの間に何か重大なことが起きたのだ、と分かった。
「あの婦人はあたしの大学の友だちのお母さん。彼女、病気で亡くなってね。先週の土曜日は葬儀だったの」
「薪さんは、その葬儀に出席を?」
 青木は見る見る青ざめて、その場にしゃがみ込んだ。大きな手で頭を抱える。

「ああ、もう……指輪なんかしてるから、てっきり」
「カモフラージュの指輪のこと?」
「カモフラージュ?」
「薪くん、同窓会とか結婚式とか、既婚者のフリをして指輪をしていくの。女の子に言い寄られるのが面倒なもんだから」
 結婚指輪をわざわざ外していく男も大勢いるのに、まったく、薪はどこまでも薪だ。

 青木は屈んだままの姿勢で、ずっと薪を見つめている。その目の縁に涙が浮かぶのを見て、雪子は二人の間に決定的な亀裂が入ったことを確信した。
 その発端となった出来事を、雪子は知っている。一月程前の土曜の夜。目の前の男が、泣きながら雪子に話したのだ。

「薪さんとその女性は、どういう関係だったんですか? 恋人ですか?」
「残念ながら、あれは恋人とは言えないわね。男女の関係ではあったけど」
「セフレってことですか」
 青木はショックを受けた顔で、雪子を見上げた。眉根をぎっと寄せて、唇を噛む。
「薪さんは、そういうことできる人じゃないと思ってたのに。オレが勝手に思い込んでただけだったんですね」
 裏切られた、と顔に書いてある。本当に単純な男だ。
「鈴木くんと別れたばかりで、自分でもどうしようもない時期だったの」
 雪子は大きくかぶりを振ると、薪の弁護を始めた。

 あの頃の薪がどんなにつらい思いをしていたか、雪子は知っている。
 鈴木を忘れようと、もがき苦しんでいた。鈴木の親友に戻ろうと、懸命に努力していた。その過程で何人かの女性に救いを求めていた。それをただのアソビと言われてしまっては、薪の親友として黙っていられない。

「麻子はよく言ってた。薪くんは、泣きながら自分を抱くって。ごめんなさい、って謝りながら求めてくるって。彼が自分を愛してないことは解ってたけど、それでもよかったって。あのひとを慰めてあげられただけでも、幸せだったって」
 他人の過去を喋るのはルール違反だが、青木にはそれを知る権利がある。その上で、現在の薪との未来を考えるべきだ。
「薪くんは、ずっと後悔してたんだと思う。自分の弱さで、彼女たちを不幸にしたって」

 雪子の話を聞いて、青木は表情を変えた。
 泣き笑いのような歪んだ顔。うれしいような、辛いような。何とも言えない、複雑な表情だった。
「前に小野田さんが、薪さんのことを天然記念物みたいな男だって言ってましたけど。本当ですね。付き合わされるほうは、たまったもんじゃないです」
 視線は薪に固定したまま、ゆっくりと立ち上がる。
 愛しくてたまらない。そんな目をしている。

「どこまで純粋にできてるんでしょうね。あの人って」
「純粋な人だから」
 雪子は苦く笑った。
「純粋だからこそ薪くんは、鈴木くんのことを忘れられない。自分の罪と一緒に、一生背負い続ける」

 いつかはこの男に宣告しなければならない、と思っていた。
 薪が背負った十字架を。共に人生を歩く気なら、その重みを支えていかねばならないという事実を。

「だから後はあなた次第」
 強い目で、青木を睨む。
 ここで怯むようなら、この男には荷が重いということだ。
「他の誰かをずっと想い続ける人を、あなたが愛し続けられるかどうか。あなたに一生だれかの身代わりでいる覚悟があるかどうか」

 青木が心の底から、薪に惚れているのは良く分かっている。だからこそ、この状況はつらいに違いない。身体の関係だけだったら、それほどのダメージは受けないはずだ。
 愛した分だけ、傷は深くなる。
 その想いが深ければ深いほど、身代わりという立場は耐え難い苦痛だ。
 が、薪の中で鈴木の存在が消えることがない以上、その可能性は常につきまとう。疑い出せばきりがない。だったら初めから、その覚悟を決めたほうがいい。

「薪くんを選ぶか、他の人を探すか。それはあなたの自由。ここで薪くんを選ばないことは怯懦じゃない。途中で見捨てるほうがよほど残酷」
 よく考えて、と言おうとして、雪子は言葉を飲み込んだ。
 青木は全開の笑顔で笑っていた。
 その笑顔に不覚にもときめいた自分を、雪子は必死で抑え込んだ。

「オレには選択肢はひとつしかありません。今までも、これからも」
 迷いの無い瞳。
 どうやら彼は、道を選び取ったらしい。
「じゃあ、進みなさい」
 薪に負けないポーカーフェイスで、雪子は青木の背中を押した。「はい」と頷いて、若い捜査官は雪子に背を向けた。

「三好先生」
 歩きかけて、彼は振り返った。きっちりと腰を折り、最敬礼に頭を下げた。
「ありがとうございます」
 ずきりと胸が痛んだのは、昨夜飲みすぎた赤ワインのせいだ。ボトル2本は多すぎた。今日は休肝日にするべきだ。
 年齢のことも考えないと、と雪子は自嘲し、残りのトンカツを口の中に押し込んだ。雨と蒸気で衣が柔らかくなってしまったが、それでも充分いける。ものが美味しく食べられるうちは、自分は大丈夫だ、と彼女は思った。

「わかりました。今日はとことんお付き合いします。雪子先生、わたしと朝まで飲み明かしましょう」
 何がわかったのかよく分からないが、菅井は唐突にアフターの予約を入れてきた。
「え。あたし、お酒は少し控えようかと」
「遠慮しないで下さい。雪子先生の気持ちは、良く分かってますから」
「だからあたしはそっちの趣味はないって」
「違いますってば!」
 ムキになって疑惑を否定するかわいい助手の姿に、雪子は声を立てて笑った。




*****

 
 目指せ、秘密界一カッコイイ雪子姐さん。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

しづさま、こんにちは。

竹内が雪子さんの人生に入り込むのはこの後ですか? ←もう、ぐちゃぐちゃです(^^;
 雪子さん、幸せになって~。
原作でも竹内が出てきたらいいですねー。いやー、そしたら薪さん、どうするかな。薪さんの反応も面白そうですね。
自分より背が高くてかっこよくて、青木より年上で、青木より頼りになって、青木より仕事もできて、青木よりぜんっぜん、かっこよくって、でも、鈴木には似てなくて、それで雪子さんにちょっかい出したら、薪さんどうするでしょうね。ふっふっふ。


それにしても、薪さんの「人の話を聞いた上での勘違い」より、青木の「人の話を聞かない早とちり」のほうが、数万倍危険ですよ(@@  事情が分かっていたとはいえ、薪さんが先にヘマをしたとはいえ、葬式の相手を取り違えるとは!!! (てゆーか、百合の花とかもって、薪さんもややこしいんだが) 

標語:思っていることは分からない。表現は的確に、明確に相手に知らせよう。 


おじゃましました~

イプさまへ

こんにちは、イプさま。
コメントありがとうございます。


> 竹内が雪子さんの人生に入り込むのはこの後ですか? ←もう、ぐちゃぐちゃです(^^;
>  雪子さん、幸せになって~。

そうですね、1年くらい後だと思います。 確か2064年の2月くらいから、意識し始めるんですよね。(←あくまで薪さんと青木くんの騒動に絡める形で書いてるので、いまひとつハッキリしない)
こちらの雪子さんは、ちゃんと幸せになりますよ。
竹内は鈴木さんとは似てないし(笑)年も近いので(笑笑)
(そして、イプさまの『ぐちゃぐちゃ』の意味がよくわかりません・・・・・うちの人間関係ぐちゃぐちゃってこと?たしかに(笑))


> 原作でも竹内が出てきたらいいですねー。いやー、そしたら薪さん、どうするかな。薪さんの反応も面白そうですね。

え~、相手の親に会おうというこのタイミングで出てこられても・・・・・・
出てきて欲しいですねっ!(←鬼)


> 自分より背が高くてかっこよくて、青木より年上で、青木より頼りになって、青木より仕事もできて、青木よりぜんっぜん、かっこよくって、でも、鈴木には似てなくて、それで雪子さんにちょっかい出したら、薪さんどうするでしょうね。ふっふっふ。

薪さんは何もしませんよ~~!!
どうにかしなきゃいけないのは、青木さんでしょう?
あ、でも、薪さんのことだから『雪子さんは青木の婚約者です、軽はずみな真似は慎んでください』とか、その男に言っちゃったり、『あなたに隙があるから、あんな男に目を付けられるんですよ』なんて雪子さんに言っちゃったりして、 
で、陰に回ってどーんと落ち込むかも(^^;


> それにしても、薪さんの「人の話を聞いた上での勘違い」より、青木の「人の話を聞かない早とちり」のほうが、数万倍危険ですよ(@@  事情が分かっていたとはいえ、薪さんが先にヘマをしたとはいえ、葬式の相手を取り違えるとは!!! (てゆーか、百合の花とかもって、薪さんもややこしいんだが)

どっちもどっちだと思います。
発端は薪さんですしね~、このふたり、お互いに誤解を重ねあうモンスターカップルってことで、とってもお似合いだと思いません? (←周りが迷惑)


> 標語:思っていることは分からない。表現は的確に、明確に相手に知らせよう。

その通りです!
リアルの生活の中でも、これはとっても大事なことですよね。
相手に伝えよう、解ってもらおうとする努力を怠っちゃいけませんよね。
・・・・・・・・・・メンドクサイんですよね、ウザイし。(オット、かわいそう☆)
 
ありがとうございました~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: