斜塔の頂(2)

斜塔の頂(2)







 週末は快晴になった。
 これぞ秋晴れと自慢するかのように、太陽は誇らしげに輝き、どこまでも澄み切った空の青さが人々の心を浮き立たせた。
 
 休日の牧場は、家族連れが多く賑やかだ。周囲に溶け込めるように配慮して、薪の今日の服装は定番の少年ルック。背中に派手な柄の入った白いニットパーカーに、インナーは暗い緑色。色の褪せたジーパンにスニーカー、頭にはインナーに合わせたキャップ。胸にジャラジャラと鎖のアクセを3本も下げて、思い切り若者している。
 12歳も年下の恋人と釣り合いを取ろうと思ったら、多少無理してでも若く作らないと、と本音では思っていたりするのだが、他人から見たら確実に青木の方が年上に見えることを薪は知らない。

「いいお天気になって良かったですね」
「だろ? 来て良かったろ」
 薪が、秋晴れの空をまるで自分の手柄のように胸を張れば、青木は素直に「はい」と答えて、
「例え雨っぷりの牧場でも、薪さんと一緒なら楽しいでしょうけど」と付け加えた。
 その台詞を聞こえなかった振りでやり過ごしつつ、それでも頬が緩むのを押さえきれない自分と、そんな自分を見て目を細めている彼との間に温かいものが通うのを感じて、薪は嬉しくなる。
 こういうとき、女の子が相手なら手を握ったりするんだけどな、と薪は自分の思い付きが実行できないことを、少しだけ残念に思う。

 一定の距離を保ちながら隣を歩く男の視線が、ちらちらと自分に注がれるのを感じながら、薪は遊歩道に平行して設置されている順路の立て札や、牧場内の動物に関する薀蓄が書かれた表示板などを眺めている。
 ぴかぴかのお日さまがうれしくて、自分を包む恋人の視線はもっとうれしくて、薪のこころはどんどん元気になる。貴重な休日の朝に、5時起きして弁当作った甲斐があった。その苦心作は、青木の肩に掛けられたディパックの中に入っている。青木はすぐに中を見たがったが、それは食べるときのお楽しみだ。

 牧場は観光地らしく見学用に整備されていて、動物の種類別に木製の柵で囲った牧草地がいくつも点在している。柵の近くにはシンプルな自動販売機が置いてあって、お金を入れてボタンを押すと、白い袋が出てくる。
 家族連れの後に並び、青木はそれを二つ買うと、片方を薪に差し出した。こういうところでは必ずエサをやらなければ気がすまない薪の性質を、青木は心得ている。

「ずい分小さいヤギがいますね」
「まだ子供なんだろ」
 小さな白い袋には、粒状に固められた飼料と青菜の切れ端が入っている。自分の隣で手のひらにエサを載せ、柵の隙間から差し出す大男を見て、薪の頭に過去の記憶が自然に甦る。

 鈴木とも、よくこういう場所に遊びに来た。
 やさしい鈴木は体の小さい動物を見ると、彼に優先的にエサをやろうとした。でも、それは大抵叶わなかった。身体の大きなものが、彼を押しのけて前に出てきてしまうからだ。もともとトロいところがあった鈴木は、エサに飛びつくときだけは妙に素早い彼らの動きについていけず、思惑とは違った動物にエサを食べられてしまっていた。
 すると鈴木は、何とかして小ヤギに食べさせようと、もう1度エサを買いに行って……。

「ああっ、またこいつが食べちゃって! もう1つ、買ってきますね」
 青木が、かつての親友とまったく同じことをしている様子に、薪は思わず噴き出した。
「あははは! おまえって、本当に」
 鈴木に似てる、という言葉を、薪はすんでのところで止めた。

「薪さん?」
「飲み物買ってくる。ここで待ってろ」
 薪は身を翻すと同時に駆け出した。「オレが行きますよ」と背中にかかる青木の声に耳を塞ぎ、急いで彼から遠ざかる。
 目的のジューススタンドを通り過ぎて、薪はなおも走り続ける。ドキドキと脈打つ心臓が、いっそ破裂してしまえばいいのにと思うほど、自分が腹立たしい。

 牧場の端まで来て、薪は足を止めた。
 息を整えて顔を上げると、白い柵の中に羊がいた。観光客から与えられる餌を、無表情に食べている。
 羊は半月形の目をしている。その目が何となく気味悪い、と言って餌をやるのを躊躇っていた情けない男のことを、薪は無意識に思い出した。
 その思い出に、ほっと心が和むのに気付いて、また困惑する。

 羊を見る振りをして、薪はその場にうずくまった。膝を抱えて、自分の身体を抱きしめる。
「やっぱり、ダメか」

 何を見ても何を聞いても、僕はそこに鈴木との思い出を探してしまう。
 だって、僕は今までずっとそうして生きてきたんだから。新しい恋人ができたからって、急にそれを止めろと言われても無理だ。積み重ねてきた17年の慣習は、そう簡単に変わるものじゃない。

 思えば、最初から間違っていたのだ。
 鈴木を忘れる気はない、と言いながら、青木と付き合うなんて。だいたい、『努力してみる』という言い分がすでにおかしい。恋人って、努力してなるもんじゃないだろう。
 そもそも、一生忘れられない、忘れちゃいけない人がいるのに、他の人間の恋人になろうなんて……。
 いや。それすらも詭弁だ。
 忘れられないんじゃない、忘れちゃいけないって誰に強要されたわけでもない。僕が、鈴木のことを忘れたくないんだ。

 青木の恋人になる以上は、前の恋人のことは断ち切らなきゃいけない。それが最低限のルールだ。
 だけど。僕にはそれはできない。

 自分たちの明日を考えて、薪は柔らかい頭髪に手指を埋める。
 まるで、重心の偏った基礎を造ってしまった建物のように。
 スタート地点で測り違えた垂直は、最初はほんの僅かでも、階を重ねるごとにその斜角を増して、どんどん傾いていく。
 積み重ねた分だけ、ふれ合った数だけ、倒壊の危険性を増していく。互いの想いが大きいほどその頭部は重くなり、倒壊は避けられないものとなり、被害は拡大する。

 この辺で、終息させたほうがいいのかもしれない。
 日常にまで影響を及ぼすような、カタストロフィを迎える前に。今のうちなら、間に合うかも。

 でも……やっぱりあいつの手は放せない。
 まだ放したくない。そばにいて欲しい。僕のことを好きでいて欲しい。

「最低だ」
 僕は、最低だ。

 斜めの塔に天辺に立って、ゆらゆら揺れてるヤジロベエのように。どっちつかずの心を抱えて、右に左に傾きながら。
 誠実さを捧げることもできない不実な恋人で居続けることが、青木の貴重な時間をドブに捨てさせるに等しい行為だと分かっているのに、それでもしがみついているなんて。男のすることじゃない。

 最低だ、ともう一度口の中で繰り返して、薪は羊に負けない無表情の仮面を付けた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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