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斜塔の頂(3)

斜塔の頂(3)









 右の肩から重いディパックを下げて、青木は遊歩道を走ってきた。薪の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきて、急に姿を消したことを詰るでもなく、にっこりと笑いかけた。

 薪を探して走り回ったらしく、息を弾ませて額に汗を浮かべている青木の姿に、軽いデジャビュを感じる。
 昔、彼もこうして、僕のことを汗だくになって探し回ってくれたことがあった――――。
 薪は慌てて、頭の中に浮かびそうになった映像を消去する。羊たちに視線を戻すふりで、頭を強く振った。
 ここにいるのは、青木だ。彼じゃない。

 青木は薪の隣に屈み、薪より遥かに高い目線で羊たちを見た。小首を傾げて困ったように微笑むと、何気ない口調で言った。
「羊って、ちょっと気味悪いですよね。黒目が横一直線でしょう? 気持ちが読めないっていうか」

 薪の頭の中に、懐かしい声が響く。一字一句違わず、自動的に再生される彼の言葉。
 ――――こいつらって怖いよな。黒目が横棒みたいでさ、何考えてるかわかんないよ。

「……なんでおまえって」
 彼の顔が、隣の男に重なる。
 違和感の無さに、驚愕する。顔も身体も仕草も声も、それは昔日の彼のまま。

「僕ばっかり悪いのか」
 薪は地面に向かって、ぼそりと呟いた。聞きとがめて、青木が訝しげに薪の顔を覗きこむ。
「薪さん?」
「僕だけが悪いのか!? おまえだって、わざとやってんじゃないのか。僕がっ」
 自分が何を言おうとしているのか、薪は知って愕然とした。これは、とんでもない言いがかりだ。

「ごめん。違うんだ」
 そう言うのが精一杯だった。逆ギレの理由を説明することはできなかった。青木は怒るでもなく、怒鳴られて凹むでもなく、のんびりした口調で呑気なことを言った。
「薪さん。お弁当食べましょ。おなか空いてイライラしてるんですよ、きっと」
 ―――――腹減ってるから感情的になるんだよ。食ってから考えようぜ、薪。

「いい加減にしてくれッ!!」
 周囲の客が飛びのくくらい大きな声で、薪は叫んだ。羊たちが一斉に踵を返し、柵の側から離れる。周りの客たちは迷惑そうな顔で薪のほうを見て、その目に不満を湛えながらも、青木の丁寧な謝罪に気を取り直し、再び羊たちに関心を戻した。

「あの……オレ、なにか悪いこと言いました?」
 青木は、神妙に頭を下げた。
「ごめんなさい」
 ちがう。
 違う、青木は悪くない。僕が勝手に青木が言ったことを鈴木の言葉に変換してるんだ。

「帰る」
「そうですね。お弁当食べたら、帰りましょうか」
「今すぐ帰る」
 薪はぶっきらぼうに言い放つと、青木の顔を見ずに立ち上がった。そのままざかざかと歩き始める。

「待ってくださいよ、薪さん」
 後ろから追いかけてくる青木が、何だかすごくうっとおしい。だけど、追いかけてこなかったら、多分もっと腹が立つ。
 何に対して腹が立つのか、自分でもわからなかった。だけど、このまま青木と一緒にいることは、耐え難い苦痛に思えた。

 どうしてこうなってしまうのだろう。あんなに楽しみにしてたのに。
 久しぶりのデートなのに。たくさんたくさん、青木と思い出を作ろうって決心したばかりなのに、僕は何をやってるんだろう。

 思い通りにならない自分の心に腹が立って腹が立って、殆ど泣き出しそうになりながら、それでも無表情を装って、薪は駐車場までの長い距離を歩いていった。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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