斜塔の頂(6)

 七夕ですね。
 去年は短冊に薪さんの幸せを祈ったんですけど、今年はお姉さん一家の無事を祈っちゃいましたよ。(--;








斜塔の頂(6)








「青木」
 名前を呼ばれて、青木は目を開けた。腕の力を抜いて、顎の下に収まった小さな頭が自分の胸から僅かに離れ、次いで彼のきれいな顔が上向けられるのに目を細めた。
 何ヶ月ぶりかの快楽に、湿って乱れた亜麻色の髪がとても愛おしい。先刻まで何度も何度も自分の名を呼んでいたくちびるが、微笑みの形を作って「ありがとう」と言った。

「最後に、ちゃんとできてよかった。いい思い出になった。ありがとう」
「はあ!?」
 青木は飛び上がるように起きて、ベッドから転がり落ちそうになった。セミダブルのベッドは、青木の身体には小さいのだ。

「なんでそんなにびっくりしてんだ。別れるんだろ、僕たち」
 なにがどうしてそういう結論に!?
 わからない、薪の思考回路は相変わらずサッパリ分からない。これは頭のデキが違うとかそういう問題ではなく、あああ! とにかく理解できない!
 
「なに言っちゃってんですか!?  そんなこと、できるわけないじゃないですか!」
 限りなく怒号に近い声で青木が喚くと、薪はいつものようにシーツにくるまり、ボソボソと反論した。
「だっておまえ、今、ただの上司と部下に戻ろうって」
「言ってないです!」
「……おまえ、もしかして健忘症?」
 いえ、薪さんが幻聴を聞いてるんだと思います。

「おまえが保証するって言ったんじゃないか。元の上司と部下に戻れますよって」
「上司と部下って、そこまで戻ってどうすんですか!? 戻りすぎでしょ、それ!」
 青木が叫ぶと薪は反射的に目をつぶり、キタナイなあ、とぼやきながら顔に飛んだ唾を手で拭いて、青木の胸になすりつけた。
 今の今までオレに身体中舐められてたでしょうが!

「じゃあ、何を止めようって言ったんだ?」
「鈴木さんのことですよ」
 緩みかけていた薪の表情が、瞬時に凍りついた。
 薪はポーカーフェイスが得意だが、それは予め計画されていたときのことだ。不測の事態には、とても弱い。

「だって、仕方ないでしょう? あなたが鈴木さんのことを好きだったのは事実だし、オレとセックスしながら鈴木さんの名前を呼んだのも事実なんですから。そこから逃げても、しょうがないでしょう。
 話し合って解決できるような問題じゃないことは分かってますけど、必要以上に気にするのは止めましょうって言ったんですよ」
 キツイ言い方だというのはわかっている。
 あの時、薪がどれだけ傷ついたか。それをまた口に出して再び彼を傷つけて、こんなのは思いやりのある人間のすることじゃない。

「あのですね、オレはたしかに鈴木さんに嫉妬してますけど、だからってあなたと別れたいなんて微塵も思いませんよ。まだ、半年じゃないですか。2年も片思いしてたのに、こんなんじゃモトが取れませんよ」
 ―――――オレは何にも気にしてませんから、あなたはご自分の好きなようになさってください。あなたがオレの側にいてくれたら、オレはそれだけで充分幸せなんです。
 そんな風に言ってやった方が、薪が喜ぶこともわかっているけれど。
 だけど、言いたいことも言わずにずっと言葉を飲み込んで、このままこのひとと一生やっていくなんて、自分にはできない。

 オレは天使じゃない。
 だけど悪魔にもなりきれないから、言った後ですぐ不安に駆られたりする。一番、救いようがないパターンだ。

 何だか薪を好きになってから、自分がどんどん嫌な人間になっていくような気がする。嫉妬深くて自分勝手で狭量で……こんな人間を好きになってくれる人がいるわけがない。
 薪が怒ったのも、そのせいかもしれない。あれからずっとギクシャクしてるのも、自分のフォローが足りないせいだ。先日のベッドも今日のデートも、薪はあんなに気を使って、あの夜の失敗を取り戻そうとしてくれていたのに。

「また、傷つけちゃうかもしれないぞ」
 不安そうに睫毛を震わせて、薪は顔を伏せたままだ。恋人の心無い言葉に、傷ついているのだ。
 そんな薪を見ると、やっぱり可哀相になってしまう。鈴木のことにしても、薪の場合は特別な別れ方をしたわけだし。青木には想像することしかできないが、3年経っても夢に見るほど、深い深い傷が薪の胸には刻まれてしまっていて、それを忘れろという方が無理だ、という薪側の言い分も理解できるのだ。

「薪さん、あの、ごめんなさい、ひどい言い方して。でも」
 薪は不意に顔を上げた。
 その瞳に憂いはなく、揺るぎない彼の決意が見て取れた。
「僕はもう、これ以上誰も傷つけたくない。だから誰とも……恋はしない」

 そう言いきった薪の亜麻色の瞳は、先刻の熱の名残もなく清冽にきらめいて、澄み切った今日の空のようだった。
 青木の胸が、ぎゅっと何かに掴まれたみたいに苦しくなった。
 これは、「誰とも恋はしない、おまえのことはこれからも好きにならない」と宣言されたことに対する痛みではない。
 これは―― 恋情だ。
 自分はこういう薪が好きなのだ、と改めて思い知った。

 青木は薪の小さな頬を両手で挟んで、そっとくちびるを合わせた。思わぬ青木の行動に眉を寄せた美貌に微笑んで、青木は余裕たっぷりに言い放った。
「関係ないです」
 そうだ、関係ない。
 薪がその気なら、これは恋愛じゃない。片恋だ。
 片思いに、相手の気持ちは関係ない。自分の気持ちに正直でいていいはずだ。

「言ったじゃないですか。あなたが誰を好きでも、一生あなたを好きでいます、って」
 青木は自分に残された最後の手段で、この局面を乗り切ることにした。思えば、青木はずっとこの手法を用いて薪の傍に居続けたのだ。何度振られても退けられても、決して諦めなかった。世間一般に、その状態を開き直りという。
 つまるところ、何を言われたって、どんな目に遭わされたって、自分は薪が好きなのだ。だから彼に愛されたいのだ。
 だって、相手はあの薪だから。

 この世の純粋なものだけを集めて作った結晶のようなひとに、愛されたいと願うなら。
 自分も、彼に負けない純粋さを手に入れるしかない。
 あれほどまでに鈴木を愛した彼に、愛されたいと願うなら。
 それ以上の激しさと強さで、彼を愛する以外にない。

 どちらも自分には決して手の届かないものかもしれないけれど、それでも精一杯手を伸ばしてみよう。
「だから、絶対にあなたとは別れません」
 恋人同士になって半年経って、また片思いに逆戻りなんて、これはある意味失恋なのだろうけど、気分は悪くない。返ってサバサバした。

 薪は何か言おうとしては止め、また口を開こうとしては閉じ、それを何度か繰り返してやっと諦めたらしい。こくんと頷いて、青木の一方的な告白を受け入れてくれた。
 それから青木の目をじっと見て、穏やかに言った。

「一回しか言わないから、よく聞いとけ」
 正直、あんまり聞きたくない。何度も経験しているから、薪の台詞は予想がつく。またどうせ、『僕が好きなのは鈴木だけだ』とか言われるのだ。

「僕の恋人は、おまえだけだ」

 …………わからない。
 薪の思考回路は、本当にわからない。これは、青木の頭が悪いとかではなく、というかそんなことはどうでもいい。
 認めてくれた。
 理由はよく分からないけれど、薪はとにかく自分を恋人だと認めてくれた。恋人というカテゴリの中にも色々あるのは知っているが、(セフレとかセフレとかセフレとか)自分の想いは一方通行ではない。それがとても嬉しい。

「薪さんっ」
「わっ、ちょっ、2回目は無理だって!」
 飼い主にじゃれ付く犬のように、めちゃくちゃにキスの雨を降らせたら、身の危険を感じた薪が真剣に抵抗してきた。
 心配しなくても、無理をさせたりしない。明日は平日だし。
「オレもダメみたいです。ガス欠です」
 本当に、お腹も空いている。3つの目覚まし時計は5時を指している。昼を抜いてしまっているから、10時間近く食べていないのだ。

「……昔さ。鈴木とも同じことあったぞ」
「え? そうなんですか」
「うん。色気より食い気だって言ってた」
「じゃあ、オレはがんばります」
 とりあえず、鈴木には負けたくない。

「いや、がんばらなくていいからっ!」
 しまった、という顔で焦りまくる薪がすごくかわいい。なんだか、本当にしたくなってきた。
「遠慮しなくていいです」
「遠慮なんか、あっ、あっ、~~~~っ!!」



*****




 二度目の青木を受け入れながら、薪は痛みに耐えている。一度目はうまくいったけど、やはり二度目は無理だった。
 鈴木の時には幸せに変わった痛みが、青木が相手だと純粋に痛い。それは、心のどこかに残ってる男に抱かれることへの嫌悪感のせいかもしれないし、僕が青木に恋をしていないことの証明かもしれない。
 正直、僕にもよく解らない。

 僕はこれからもきっと、鈴木の夢を見るだろう。夢の中で、楽しく笑ったり喋ったり、時には昔のように彼に身を任せることもあるかもしれない。
 それは夢に限ったことではなく、日常の中でも。
 鈴木と一緒に見た四季折々の風景や、美しい花や緑の草原や、愛らしい動物を見るたびに、鈴木のことを思い出すだろう。

 でも。
 僕の恋人はこいつだけだ。

 この決心が、基準点。
 ここから真っ直ぐに、上を目指そう。
 僕は不器用で捻じ曲がった人間だから、また斜めの塔を築いてしまうかもしれないけれど。隣にいてくれる真っ直ぐな恋人をガイドレールにして、出来る限り誠実に積み上げていこう。
 それでも傾いてしまったときは、基準点に戻って。青木が許してくれる限り、何度でも積み直そう。
 これから先、僕たちの関係がどうなるかは分からないけれど、僕の気持ちはもう変わらない。

 青木一行が、僕の生涯の恋人だ。






 僕は斜塔の頂に、しっかりと二本の足で立つ。
 ふたつの宝玉を胸に抱いて、悠然と下方を見下ろす。地面には美しい緑色の絨毯が広がっていて、まるで春の女神が手招きするように僕を呼んでいる。目眩がするような高さに、しかし恐怖は覚えず、僕が真っ逆さまに落ちて行っても、彼女がやわらかく受け止めてくれそうな気がする。

 だけど、僕は彼女の誘惑には乗らない。

 僕は頭を上げて、前を見る。
 空の蒼さを、双眸に焼き付ける。

 斜めに傾いた塔の頂で、僕はいつまでも立ち続ける。



―了―



(2010.1)




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは。


>ふ~~っ。アンタはえらいよ、青木!しづさん、これは名作ですよ。

よ、よかった・・・・・・またもやSさまに叱られたら、どうしようかと思ってました☆
『トライアングル』と『斜塔の頂』はセットでお楽しみください(^^

>これこそが二人の原点ですよね!

原点=青木くんの片思いですねっ。<ちがう。


>青木とは本来こうあるべきですのに、なぜ原作の彼はああもスタンスがブレているんでしょう。

本来こうあるべきって(笑)
でも、3巻までの青木さんは、こうでしたよね。 何があっても何を言われても、ひたすら薪さん、薪さん。 あの頃がふたりの黄金時代だったのでしょうか。
・・・・・・・・・りめんばー、青木さんっ!!!


清水先生は、もう、さすがとしか言いようが無いです。 間違いなく、○○の神さまだと思います。
最近、ここまでわたしを凹ませた漫画家さんはいないです。 8月号はマジで震撼しました(--;
 

『ドSの天使』って、きゃはは!
Sさま、ほんっとうに面白い・・・・・・!!
ありがとうございます。 いただいた称号に恥じないように、がんばります(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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