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女神たちのブライダル(4)

女神たちのブライダル(4)








 大きな男の背中がドアの向こうに消えて、薪はようやく肩の力を抜くことができた。
 両膝がかくんと崩れて、その場にへたり込む。肩だけでなく、体中の力が抜けてしまった。なんだか、周りの風景もよく見えない。霞がかかったようにぼんやりしている。
 
 それが涙のせいだとわかったのは、激しくしゃくりあげる声が聞こえてきたからだ。
 これは自分の声ではない。
 だって、みっともない。来月40になろうという男が、こんなことで泣くなんて。

 ……こんなに辛かったのか。

 数年前、雪子さんが僕の背中を押してくれたとき、彼女はこんなにつらい思いをしていたのか。あのとき彼女はこんな痛みに耐えて、僕に笑ってみせたのか。雪子さんは女の人なのに。男の僕よりずっと弱いはずなのに。
 だから、僕が泣くのはおかしい。女の雪子さんが耐えられたんだから、僕だって泣かずに頑張れるはずだ。涙は止められるはずだ。
 そう思うのに止められない。止めようとすればするほど溢れてきて。
「う……」

 いいや、泣いちゃえ。

「わああっ!!」
 僕はやっぱりてんでダメだ。そもそも雪子さんに張り合おうってのがムリなんだ。

 完全防音をいいことに、声の限りに叫んで泣き喚く。ここには自分しかいない。誰にも迷惑はかけない。血を吐くほどに泣いても、誰も気がつかない。
 玄関口の床の上で、薪は子供のようにうずくまる。土下座のような格好で、拳で床をばんばん叩く。あまり何度も叩いたものだから、手が切れて血が出てきた。

 その痛みが、薪にわずかな落ち着きをくれる。
 計画は未だ折り返し地点だ。泣いてなんかいられない。まだ後半戦が残っている。

 薪は泣きながらも立ち上がった。ふらふらと歩いてリビングに入り、机の上のPCを起動させる。震える指でパスワードを打ち込み、目的のソフトをダウンロードする。
 画面に地図が映し出される。10桁の英数を淀みなく叩くと、緑色の点滅するマークが画面の右下に現れた。1箇所に留まって、動きは無い。
 青木の携帯につけたGPSだ。青木は家に帰っている。

 薪は寝室へ歩いていき、携帯電話を取り上げた。メモリーから、とある番号を選び出す。
 大きく息を吸い、発信ボタンを押す。腹の底に力を込めて、眉をきりりと吊り上げる。ここが正念場だ。
『薪くん? どうしたの、何か急用?』
「大変なんです! 雪子さん、助けて下さい!」
 相手の言葉を聞かずに、薪は一方的にがなりたてた。

「青木の家から僕に連絡があって、あいつ大変な怪我をしたみたいなんです! 僕もすぐに行きますから、雪子さん先に行って様子を見てもらえませんか?」
『怪我!? どんな具合なの?』
「分かりません。途中で電話が切れてしまって、そのあと繋がらないんです。雪子さんはまだ研究所にいますよね? そこから青木の家は、車で3分くらいです。住所を言いますから、すぐに向かってください」
 目印となる公園の名前を告げる。青木のアパートはこの公園の目の前だ。行けばすぐに分かるはずだ。

「部屋は2階の202です。お願いします!」
 雪子の返事を待たずに、薪は電話を切った。
 用事の済んだ携帯を手に持ったまま、ぼんやりと佇んでいる。先刻まで恋人と愛し合っていた褥が目に入る。ゆっくりとそちらに歩いていき、どさりと倒れこんだ。
 
 目蓋を閉じた薪の目の奥に、シナリオに沿った映像が映し出される。
 雪子が慌てて青木の家に行く。豪放磊落に見せかけて実は心配性の彼女は、きっと青い顔をして青木の身を案じているだろう。
 ドアを開ければそこには、僕に振られて泣いているバカがいる。青木は僕が大好きだから、この世の終りみたいな顔してびーびー泣いているはずだ。
 やさしい雪子さんは、それを放っておけない。僕が傷つけた青木を、彼女が慰撫してくれるだろう。今夜だけでなく、これからずっと。僕が青木に与えてやりたいと望んで叶わなかったもの、家庭、子供、未来―――― そのすべてを、雪子さんが青木に与えてくれるはずだ。

 雪子さんは、青木が好きなんだ。
 カフェテリアで青木を見ていた雪子さんの瞳。あれは恋をしている瞳だ。
 自分でも意識の無いままに、いつの間にか目で追ってしまう。僕もそうだった。気がつくと青木を見ていて……恋をしていると自覚したのは、そのずっと後だった。

 僕はあのやさしい女性を、また不幸にしていた。彼女の婚約者を殺して、その幸せをすべて奪っておいて、またそれを繰り返していた。彼女の気持ちには薄々感づいていたのに、ずっと見て見ぬふりをして、そこから目を背けていた。きっと何年も雪子さんは引き裂かれるような思いで、それでも僕と青木のことを応援してくれて―――――― なんてすごいひとなんだろう。
 親友の愛した大切な女性。薪にとっても長年の友人で、よき相談相手で、いま薪がこうしていられるのも、みんな彼女のおかげといってもいいくらいだ。返しきれないくらいのやさしさと気遣いをもらって、薪はあの事件から立ち直ることができたのだ。

 今度は、自分の番だ。
 雪子さんのためなら、僕は何でもする。彼女が幸せになってくれれば、それが一番だ。

 それに、これは青木の為でもある。
 青木が自分とこういう関係でいることは、青木にとって決してプラスにはならない。関係がバレたら間違いなく左遷だし、下手をしたら懲戒免職だ。薪には過去の失点もあるから仕方ないと諦めることもできるが、青木はまだまだこれからだ。
 自分が青木の未来を奪うかもしれない。青木の将来を閉ざしてしまうかもしれない。青木にとっても雪子にとっても、これが一番ベストなシナリオなのだ。

「鈴木。僕、ちゃんとできたよな」
 携帯のフォルダを開いて、一枚の写真を画面に映す。亡き親友が、小さな液晶画面から薪に微笑みかけている。
「頑張ったよな、僕。えらいだろ。褒めてくれよ」
 鈴木の笑顔の上に、透明な雫がぼたぼたと零れ落ちる。相変わらず泣き虫だな、と鈴木が笑う。

 鈴木を失って何もかも無くして、生ける屍のようだった薪に生きる意志を与えてくれたのは、青木だった。その粘り強さと深い愛情で、泥の中に沈み込んだ薪を少しずつ少しずつ引っ張り上げてくれた。
 僕はそんなあいつを好きになって。こんなふうに、あいつと愛し合うようになって。たくさんの愛情をもらって、傷ついた分だけ強くなって。
 だから僕は頑張れる。がんばれるはずだ。

 僕が頑張らなかったら、青木だって困る。青木が僕のために流した涙が無駄になる。今はどれだけ泣いても辛くても、また笑えるようになってみせる。
 しばらくはムリかもしれない。けれど、鈴木のことも乗り越えてきた。今回もきっと乗り越えられる。今度は青木の助けは借りられないから、前よりも時間はかかるかもしれない。でも時間はかかっても、きっといつか――――。

 いつかって、いつだろう。

 40年の人生の中で、深く傷ついたことはたくさんあった。それを全部克服して今の薪があるわけだが、それは自分一人の力で越えてきたわけではない。
 幼い頃に両親を亡くしたときには、叔父や叔母が薪に愛情をくれた。鈴木に振られたときには雪子が助けてくれた。仕事で嫌なことがあれば鈴木が『おまじない』をしてくれて、薪を元気にしてくれた。
 薪に最大の傷を残したあの事件の直後は、岡部が自分を支えてくれた。岡部だけじゃない、雪子や小野田や第九の部下たちも、みんな陰ながら薪のことを心配し、応援してくれていたのだ。薪は長いことそれに気付かなかったが、薪の周りは常にやさしさで包まれていた。
 
 いつも独りではなかった。

 でも、今回のことは誰にも言えない。言ったらすべてが壊れてしまう。
 このことは秘密にしたまま、墓場まで持っていかなくてはならない。それが自分にできるだろうか。だれの力も借りずに、自分の力だけで再び歩き出せるだろうか。

 大丈夫だ、と薪は自分に言い聞かせる。
 人はこうして強くなるのだ。自分独りの力で立ち直ってこそ、強くなれるのだ。
 たとえ何年かかったって、今度は誰にも頼らずに立ち上がってみせる。僕は本当の強さを手に入れる―――――。

 突然、薪の手の中で携帯が震えだした。気付いて着信を見ると、雪子からだ。
 ここで雪子からの電話――――― これは薪のシナリオにはない。時間からして雪子はもう、青木の家に着いたはずだ。嫌な予感がする。
 
「もしもし、雪子さん?」
『薪くん、早く来て!!』
 金切り声で思い切り叫ばれて、薪は思わず携帯を耳から遠ざけた。雪子のこんなに取り乱した声を聞くのは初めてだ。
「何が」
『青木君が自殺したのッ!!』
 息を呑んだきり、薪は言葉を失った。

 まさか――――― まさか!?

「な、なんで」
『知らないわよ! あたしが行ったときには、お風呂場で手首切ってたの』
 雪子は半狂乱になっている。完全にひっくり返った声で、早く来てと繰り返した。ここは自分が落ち着かなくては。男の自分がしっかりしなくては。
 
「落ち着いて、雪子さん。青木はまだ生きてるんですね? 救急車は?」
『呼んであるけど、出血量から見てショックパンツじゃ病院までもたないと思う』
「危ないんですか?」
『力いっぱい切ったらしくて、傷が動脈まで……だから、いくら止血しても止まらないし、意識もない。とにかく、この場で緊急の輸血ができるようにスガちゃんに器具と血液パックを頼んだから、薪くんは早くここに来て!!』
「すぐ行きます」

 薪は駆け出した。財布を掴んでマンションを出る。表でタクシーを捕まえて、青木の住所を告げた。
「急いで!」
 薪の剣幕に驚いたのか運転手は引き攣った顔をして、それでも猛スピードで車を走らせてくれた。完全にスピード違反だが、白バイがついてきたら自分の身分証で黙らせればいい。

 青木は大丈夫だろうか。
 万が一のことがあったら雪子さんは……愛する男の死に目に二度も遭わせるなんて、それもまた僕のせいで!

 裏道を通って一方通行を逆走して、1時間の道のりを30分に短縮してくれたタクシーの運転手に1万円札を渡し、薪は全力で走り出した。外から回るより、公園の中を通ったほうが早い。小道を抜けて茂みを突っ切って、胸の高さのフェンスをひらりと飛び越える。後ろで何人かの男女が悲鳴を上げているようだったが、知ったことではない。

 薪の心臓は早鐘のように打っている。
 それが全力疾走による動悸なのか、大切な人を失うかもしれない恐怖によるものなのか―――― 考える余裕も無く、薪は闇の中を夢中で走り続けていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

Mさま、こんにちは。

たくさんの拍手とコメント、ありがとうございました!
いつも励ましていただいて、本当に感謝してます!!


コメントのほうは、こちらにまとめてお返事させていただきますねっ(^^


(1)
>おおお、ついに竹内さん登場ですね!

えっと、ごめんなさい、出ません!!!!
『なにそれーー!!??』(←Mさまの心の叫び)

そ、そうですよね、雪子さんの結婚話なのに、彼が出てこないってありえないですよね・・・・・・・・
なんででしょう、なんか・・・・・・・これを書いたときって、竹内どころじゃなかったんですよね・・・・・・もう木根屋のとんかつでアタマが一杯に(@@)  あおまきさんくっつけるのに必死で・・・・・・・。

すみません~~~~!!!


(2)
>きゃははははははは。さすが男爵(笑)

笑っていただけて本望ですっ!!
暴走してこそ男爵です!


(4)
>雪子さんの名演技、じゃないのかな?^^;ドキドキ。

当たりです~~~~!!
さすがMさまっ☆
人道的にかなり問題のあるお芝居ですけど、ちゃんと彼女なりの理由があったりするので・・・・・・どうか、この先もお付き合いください(^^

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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