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女神たちのブライダル(5)

女神たちのブライダル(5)









 部屋の主は寝室にいた。
 左手首に包帯を巻かれ、力なくベッドに横たわり、右腕には輸血の管が刺されている。命は助かったらしい。急に力が抜けて、薪は思わずその場に膝をついた。

「薪くん……」
 雪子は薪を見ると安心したのか、床に突っ伏して泣き出した。肩が震えている。雪子の泣いている姿なんて、鈴木が死んだとき以来だ。自分のせいで、このやさしいひとをまた悲しませてしまった。
 雪子は気丈にも嗚咽を抑え、顔を上げた。息を詰めていたせいか、頬が赤くなっている。

「青木くん、薪くんが来てくれたわよ。青木くん」
 雪子の呼びかけにも、青木はなんの反応も示さない。雪子の声の震えに、薪の心の鎖がぶつりと切れた。

「起きろ、青木!」
 ワイシャツの襟元を掴んで引き摺りあげる。左右の頬を平手で何度も叩く。先刻、自分の家の床でつけた傷口が開いて、青木の頬に血がついた。
「ま、薪くん。それ、ほんとに死んじゃうから」

 腹が立って仕方がなかった。
 こんなことくらいで自殺なんて。自分から命を捨てようなんて。
 死んでしまったら、未来も何もない。雪子を幸せにすることもできないし、自分が幸せになることもできない。何のために僕があんなに泣いたと思ってるんだ。僕の涙を無駄にしやがって……!

 青木はようやくうっすらと目を開けた。黒い瞳が薪の顔を見る。弱々しく微笑み、そのくちびるが薪の名前を呼んだ。
 僕のせいで絶望して自殺未遂までして、それでも僕を見て笑う。どこまでバカなんだ、こいつは。国宝級だ。天然記念物だ。人類最高のバカとして博物館に陳列したいくらいだ。

「―――――― バカヤロウ」
 許せない。
 なにが許せないって、一番許せないのは、こいつが僕との約束を破ろうとしたことだ。
 こいつは僕に誓ったはずだ。絶対に僕より先に死なないと。僕をおいて逝かないと。僕を独りにしないと―――――この僕にかけて誓ったはずだ。それを裏切るなんて。

「おまえ、僕に言ったよな。僕より先には死なないって。約束したよな」
 それだけじゃない。一生僕を愛してるって、ずっと一緒にいるって、そう言ったはずだ。
「一生僕のそばにいるって、そう言っただろ!」
「だって。薪さん、結婚するんじゃ」
「関係ないだろ!」
 約束は約束だ。それを勝手に破ろうとしたこいつが悪い!

「僕が結婚したって他の人を好きになったって、おまえは僕のそばにいるんだ! 約束したんだから、おまえは一生僕のことを好きでいるんだ!!」
 怒りに視界が染まるというのは本当だ。
 いま、薪の視界は真っ赤でしかも極端に狭い。青木のバカ面しか見えない。自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。何を言っているのかは、とっくにわからない。

「おかしくないですか? それ」 
「おかしくない! これから何があっても、僕の一番そばにいるのはおまえなんだ! 結婚しても子供ができても孫ができても、ずっとずっと僕を一番好きでいろ! 僕の一番近くにいろ!!」
 薪の怒鳴り声に驚いたらしく、雪子は肩を竦めて薪に背を向けた。青木の耳元に顔を寄せて、なにやらこそこそと内緒の話を始める。

「でたー……薪くんの真骨頂。薪節炸裂ってカンジ」
「このひと、昔っからこんな無茶苦茶な理屈通してたんですか?」
「普通の人には言わないんだけどね。自分のテリトリーだと思ったら、すべてこの調子よ」
「鈴木さんも苦労したでしょうね」
 なんだかとても失礼なことを言われているような気がするが、頭に血が上った薪の耳にはその正確な意味は伝わらない。

 怒鳴りまくったせいか、呼吸がうまくできない。大声を出したら、それに感情が煽られるように昂ぶって、部屋の中のものが歪んで見えるくらいに心がぐちゃぐちゃになっている。アタマがおかしくなりそうだ。
 言いたいことは全部言ってやったはずなのに、全然すっきりしない。胸の中に黒くてどろどろした塊が詰まっている感じだ。だから、呼吸がうまくできない。泣いているわけじゃない、ただ、自律神経がうまく働かないだけだ。

「ふ、ううう―――っ!」
 薪の脳は、自分の身体に指令を出すのを諦めたようだ。
 脳の支配を離れた薪の身体は、感情のままに動き出す。ベッドに起き上がった男の身体に渾身の力ですがりつき、その胸の中でわあわあ泣いた。
 そこに雪子がいることも青木の将来のことも、ぜんぶ吹き飛んでしまった。薪が苦心して書いた脚本は、思わぬ事態の急変にストーリーの変更を余儀なくされた。

「こわかっ……おまえが死、じゃ、うっ、うっ、~~~っ!」
「すみませんでした。心配かけて」
 うまく喋れない。自分でも何を言っているのか、よくわからない。しかし、青木にはそれが解るらしい。本人にもよくわからないことを、こいつはどうして解ってくれるのだろう。

「オレが悪かったです。全部薪さんの言うとおりにしますから」
 いつも通りのジンクスを、青木は薪に施してくれる。片方の手で頭を撫でて、もう片方の手でやさしく抱きしめてくれる。
 この儀式が始まりだった。繰り返すたびにふたりの距離は近付いて、近付くほどに濃度を高めたジンクス。
「一生、薪さんを好きでいますから。ずっとそばにいますから」
 自然にくちびるが重なる。これもジンクスのひとつ。

 泣くという行為は、激した感情を落ち着かせる最も有効な手段なのかもしれない。ひとしきり泣いた後は頭がすっきりするし、胸のつかえもきれいさっぱり無くなった。自分の中にあったもろもろの汚いものが、涙と一緒に流れ出たかのようだ。
 冷涼な薪の頭脳が帰ってくる。瞬間、雪子のことを思い出し、薪は慌てて青木から離れた。

 しまった。
 やってしまった。雪子の前で、こんな……まるで、彼女に見せつけるみたいに。

「ゆ、雪子さん」
 雪子はこちらに背を向け、うなだれて座っていた。白衣の背中が震えている。肩がびくびくと、不規則に上げ下げされている。
 泣いている。
 自分の好きな男が他の人間と抱き合ったりキスしたり、それを目の前で見せられたのだ。泣きたくなって当たり前だ。

「ち、違います、雪子さん! 僕は」
 否定の言葉は中途で止まった。目の前で黒髪が左右に振られ、薪は言葉を失う。
 なにが違うと言うのだろう。自分は、何をどう取り繕う気でいるのだろう。僕はまたこのひとを傷つけて。

「薪くん、ごめんなさいっ、あたしっ……!」
「雪子さんが謝ることなんかありません。僕のせいです、みんな僕が」
「だめっ、もうだめっ! 我慢できない!!」
 叫ぶや否や、雪子はその場に仰向けにひっくり返り、腹を抱えて笑い出した。

「雪子さん……?」
「だ、だって、薪くんの格好! あははははっ!!」
「かっこう? ―――― あ!」
 言われて初めて気がついた。
 薪はパジャマを着ていた。ベッドの後だったから寝巻きに着替えて、そのまま来てしまったのだ。雪子からの電話で動転して、服装のことなど頭に無くて。
 なるほど、タクシーの運転手が引き攣った顔をしていたわけだ。危険人物に思われたに違いない。よく考えたら身分証も持っていない。スピード違反で捕まっていたら、大恥をかくところだった。

「三好先生、そんなに笑っちゃ悪いですよ。薪さんはオレのこと心配して、ぷくくっ」
「パジャマ! 鬼の室長が、パジャマでタクシー!!」
「あはははっ! ダメですってば、笑わせないで下さいよっ」
 悪いと言いながら、青木もしっかり笑っている。
 たしかに可笑しいが、雪子の笑いは少し不自然だ。いまは笑っている場合ではないはずだ。未遂とはいえ、青木が自殺を図って―――――。

 ……あれ?

 電話では、青木の命が危ないような話だった。風呂場で手首を切って、生命に危険を及ぼすほど血が流れ出てしまっている、と言っていた。傷が動脈まで達していて、いくら止血しても止まらないと叫んでいたはずだ。そんな人間が、腹抱えて大笑いって。
 
「青木。おまえ、やけに元気そうだな」
「え?」
「動脈まで切れてるんじゃなかったのか、その右手」
「そ、そうなんですよ。もう、痛くって」
 誘導尋問に引っ掛かって、咄嗟に右手を押さえている。バカはどこまでもバカだ。
「ふーん。右利きのおまえが、左手で右の手首を切ったのか」
「あっ。いや、あの」
「30分前は意識不明の重態だったのに、ずいぶんと顔色がいいな。輸血とは大したものだな」
 青木の顔がザーッと青ざめる。輸血の効果が切れたようだ。

 バキボキと、華奢な指からは想像もつかないような音を立てて、薪が青木に近づいてくる。
「何か言い遺したいことは?」
「こ、これは三好先生が言い出しっ」
 そんなことだと思った。雪子の知識がなければ、このペテンは仕組めまい。

「雪子さん」
「な、なにかしら?」
「青木の解剖所見は階段から落ちたことによる打撲傷でお願いします」
「了解しました、薪警視長殿!」
「変わり身はやっ!」

 薪の拳が青木の頬を掠める。びゅっと風を切る音が、その威力を慮らせる。
「11月26日、22時17分。青木警視宅に強盗が侵入。警視は果敢に立ち向かうも揉み合いになり、階段から転落死」
「ま、薪さん、あの」
「よかったなあ、青木。殉職特進でおまえも警視正だ」
 にっこりと笑った薪のこの上なく美しい笑顔。それは、これから青木の身に降り注ぐ薪の怒りを表している。怒りのボルテージが高いほど、薪の笑顔は美しくなるのだ。

「た、たすけ―――――ぎゃあああっ!!」
 かくして。
 青木の悲鳴が夜の闇をつんざき、雪子と薪の計画は共倒れに終わったのだった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは~。

て、わはははは!!!
これ、鍵コメじゃなかったら引用したい! ”きいっ(怒)!” って!! ←してる。

きっとSさま以外の方に (怒) とか言われたら、不愉快な思いをさせて申し訳ありません、て謝るんですけど、
なんかSさまに言われると爆笑しちゃうんですよね☆ 
なんでだろー、甘えてるのかな。

Sさまの文章は、怒ってても泣いてても、明るいんですよね。 それでもって、パワフル。
Sさま自身、とっても大らかで明るい方だと想像します。 好きです。(^^


> そりゃ私だって全ての元には鈴薪があるって分かってはいますよ。百歩譲って鈴木の死が無かったら薪さんも青木の事が好きになったかどうかは疑問であると認めてもいいですよ。

おおお、骨の髄まであおまきすとのSさまが、エセあおまきすと疑惑の真っ只中にいるしづと同じご意見を!!


> でもさあ、薪さんは鈴木に対してはそんな激情ラブではなかったというのが私の見解なんですよ~(なんていうかクールラブ?)。ワインを飲んでる薪さんの唇の画からしてむしろ鈴木の方がアンダーグラウンド系ねっとりラヴだったんじゃないかと。

なるほど~。
わたしは原作の薪さんは鈴木さんに片思いしていた、と思っていたんです。 だって鈴木さん、雪子さんに指輪贈ろうとしてたし。
でも、そうなんですよ、あのワインシーン。 
さらには、薪さんの負担を軽くするためにカニバリズム事件を見ていたと言う事実。 自宅療養中にも関わらず、「薪が心配だから様子を見てくる」という置手紙。 
もう鈴木さんたら、どんだけ薪さん大切だったんだよ?
薪さん片思い説は、どんどん怪しくなってきてます。(^^;


> つまり薪さんの情熱は青木にだけ向けて欲しい訳です。

これ、分かります! 
わたしも 「鈴木さん<青木さん」 の構図を何とかして作りたくて、それでうちの鈴薪さんは痛いエッチしかできないんですよ。 ええもう、あおまきすとの名に懸けて。(笑)


> 青木よぼさっとしとらんと薪さんの想いにこたえろよっ!!

そうだそうだ!
「男になったら好きになれない」とか、いつまで寝言言ってるつもりだ!! さっさと踏み出せよっ!!

ということで、Sさま。
一緒に青木さんの背中を蹴り飛ばしに行きましょう。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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