女神たちのブライダル(8)

女神たちのブライダル(8)








 






 有能な共犯者をアパートの駐車場まで見送って、青木は自宅に戻った。
 部屋ではかわいい恋人が、パジャマ姿で膝を抱えていた。額を膝小僧にくっつけて、落ち込みのポーズを取っている。
 青木が玄関の鍵を閉めると、その音に反応して薪は顔を上げた。気のせいか、瞳が潤んでいるような気がする。雪子に振られたのがそんなにショックだったのだろうか。

「薪さん。元気出してください」
「おまえに僕の気持ちなんか、分かるもんか」
 まったく、どうして薪はこんなに雪子のことが好きなのだろう。それが恋愛感情でないことは解っているが、ここまで執着されると妬きたくなるではないか。
「三好先生のことは諦めてください。男は引き際が肝心ですよ」
 隣に座って優しく声を掛ける青木を、薪は不機嫌そうに睨んだ。薪が雪子に振られたのは青木のせいではないのに、八つ当たりはこちらにくるのだ。

「仕方ないですねえ。なら、お酒でも飲みますか? お付き合いしますよ」
 薪はまじまじと青木の顔を見て、ぐっと歯を食いしばり、くしゃっと眉を歪めたかと思うと、次の瞬間、青木の胸に飛び込んできた。辛いところにやさしい言葉を掛けられると泣きたくなる、あの現象だろうか。
「おまえになんか、分かるもんか」
 完全に涙声だ。どんだけ好きなんですか、と突っ込みたいのを我慢して、青木は薪の背中を撫でてやる。ここが度量の見せどころだ。

「分かりますよ。三好先生だって、薪さんの気持ちはちゃんと」
「僕がどれだけ怖かったか、おまえに分かるか」
 青木は息を呑んだ。はっとして薪に視線を落とす。
 薪の手が、青木の存在を確かめるように、ぎゅっと背中に押し付けられた。掻き抱くように強く強く、渾身の力で縋り付いてくる。
「選りによってあんな嘘……気が気じゃなかったんだぞ。万が一のことがあったらどうしようって、本当に」
 押し付けられた頬に、涙が伝う。雪子の前では、必死で虚勢を張っていたのか。彼女の姿が消えて、それが一気に崩れた。

「ごめんなさい」
 小さな子供のように震える恋人の身体を抱きしめ返して、青木は心から謝った。ひとの死に関して、薪がどれだけ辛い体験をしてきたか、自分は知っていたのに。薪をこんなに傷つけるような真似をして……恋人失格だ。
「すみません。本当にごめんなさい。軽はずみなことをして。オレ、自分のことで頭いっぱいになってて。鈴木さんのこと、忘れて」
「忘れてたのは僕のほうだ」
 薪はぐいっと涙を拭き、昂然と頭を上げた。その瞳は未だ透明な液体で潤ってはいたが、それでも清冽に輝いていた。
「僕は忘れてた。鈴木の時で身に沁みていたはずなのに、いつの間にか忘れてたんだ。
 ひとは、いつか死ぬんだ」

 思いがけない薪の言葉に、青木は目を瞠る。
 薪とこんな話をしたことはない。タブー視するほど意識的に避けてきたわけではないが、恋人同士の会話に相応しい話題だとも思えなかったからだ。
 
「必ず死ぬんだ。それがいつかは分からない、突然来るかもしれないってこと、忘れてたんだ」
 死について語る薪の瞳は、不思議なくらいに静謐な光を宿していて、その内容は畏怖すべきもののはずなのに、青木は落ち着いて薪の話を聞くことができた。つややかなくちびるは残酷な死の訪れは避けられないと明言していたが、その口調は生命力に満ち溢れていた。
「だから、今このときが大切なんだ。一緒にいられる今が大事なんだ」
 真剣な目に惹き込まれるように、青木は頷いた。

 人間はいつか死ぬ。それは子供でも知っていることなのに、あまりにも意識されていない事実だ。極端な話、薪も自分も交通事故で明日死んでしまうかもしれない。その可能性はゼロではない。
 だからこそ、無駄にしていい時間などないのだ。愛し合わない時間など、自分たちにあってはならないのだと薪は言う。

「なのに、あんなことをして……僕がバカだった。ごめん」
 不意に途絶える生命、中断を余儀なくされる人生。そんな被害者たちを見てきたはずなのに、自分たちにそれが訪れるとは露ほども考えず、貴重な時間を取りこぼしてきたと薪は訴える。
 もしかして、雪子の荒療治とはこのことか。ここまで見越していたのか。きっと薪ならそのことに気付くと、そう信じていたのか。
 青木は心の中で、白旗を掲げた。雪子には一生敵わないかもしれない。

「痛み分けってことでいいですか? お互い、バカなことをしました」
 青木が提案すると、薪は夢のようにきれいに微笑んで、すっとくちびるを差し出した。目を閉じて、くちづけを許してくれる。
 お互いの口唇を通してふたりの間に交わされる呼気は、この貴重なときを慈しむように、甘く甘く。やさしく絡む舌も自然に抱き合う腕も、彼らの想いを物語る大切なツール。
 
 そうしてしばらくの間抱き合って、薪は己を取り戻す。ふと壁の時計に目をやり、平日の門限をとうに越えていることに気付くと、青木の背中から手を離した。
「さて、僕も帰ろうかな。おまえの服を貸してくれ」
「だめですよ、今日は帰しません」

 不意をつき、華奢な身体を抱え上げる。カンの良い薪が青木の腕を振りほどこうとするのを力で封じ、寝室のドアを肩で開けた。
 ベッドに行こうとして、床に携帯電話が落ちていることに気づく。趣味の悪い人体模型のストラップ。雪子のものだ。先刻、ここで転げ回って笑っていたときに、白衣のポケットから落ちたのだろう。
 まずい。薪がこれに気付いたら、今から届けると言い出すに違いない。とにかく、薪の優先順位は……青木は咄嗟に遺失物を蹴り飛ばしてベッドの下に追いやると、その上に恋人と一緒に倒れ込んだ。
 むっとした顔で自分を睨みつけてくる美貌に、青木はにっこりと微笑みかける。

「今日はオレの好きなこと、何でもしてくれるんでしたよね?」
 薪の顔が、きょとんとした子供っぽい表情になる。あんな可愛いことをしておいて、このまま帰れると思っている薪はかなりの天然だ。そこがまた、魅力なのだが。
「まだ今日ですよ。あと30分あります」
「いや、あれは」
「言いましたよね?」
「言った。言ったけどあれは」
「警察官が嘘吐いてもいいんですか?」
 ぐっ、と言葉を飲み込んで、薪はついと横を向いた。これは、承諾してくれたということだ。

「12時までだからな」
「はい」
「1分でも超えてみろ。踵落とし決めて」
 憎まれ口ばかり叩くつややかなくちびるを、キスで塞ぐ。先刻の素直な薪は、もう何処にもいない。だけど、青木には分かっている。
 薪は自分を愛している。

 舌を差し入れて、相手の舌に絡める。リビングでした慈しみのキスとは違う、これは薪の官能を呼び覚ますキス。吸い上げ、ねぶり舐め溶かして――――― やがて亜麻色の瞳がとろりと色づく。
 感じやすい首筋から、ゆっくりと舌を滑らせていく。耳たぶをやさしく噛んで、中を舌先でくすぐる。パジャマの前を開いて、やわらかな肌をまさぐる。弱点のウエストを攻めてやると、びくりと両肩を上げて細い身体を弓なりに反り返らせる。
 パジャマのズボンに青木の手が滑り込む頃には、薪はすっかり従順になっている。自分から下着ごとズボンを脱ぎ、青木の手を自らの中心に導いた。

 請われるがままに熱い愛撫を与えてやると、薪は背中をびくびくさせて悦びを表現する。バックに指を忍ばせると腰を浮かせて善がりだす。青木の背中に手を回して細い指を食い込ませ、たまらなく色っぽい声を上げ始める。
「あっ、あ、ふっ……」
 熱に浮かされたような眼。うっすらと涙まで浮かべて、声も身体もとろとろに蕩けて。これが本物の薪だ。

 薪の嘘に気付いた理由を、結婚相手の名前を間違えたことに限定した青木だったが、実はもっとはっきりとした決め手があった。それはダイレクトに青木の身体に伝わってきたベッドの中の彼―――― つまり、その最中の反応だ。
 自分の中で別れを決め、心を悲しみに塞いでいたせいか、今夜の薪はちっとも感じていなかった。普段では考えられないようなことを口にして、青木を悦ばせようと一生懸命だったが、薪のその部分はいつものように蕩けてはいなかった。嘘つきなくちびるに比べて、薪の身体はとても正直なのだ。
 これを言うと薪が怒り出すので口を閉ざしていたのだが、薪が本気で感じ始めたらあんなものではない。叫ぶし泣くし、青木に噛み付くし。声だって、あの3倍は大きい。言葉も文法もめちゃめちゃで、何を言っているのか全然わからない。
「あおっ、きひいっ! い、ひゃんッ!!」
 そう。ちょうどこんな具合だ。

「薪さん、声抑えてください。オレ、アパート追い出されちゃいます」
 激しく突き上げながらも懇願する。本当にマズイ。
「そ、そんなこと言われっ、あっ、あいいっ!」
「ダメですってば。外に聞こえちゃいます」
「だったらしなきゃい、ああッ!」
「ムリです。もう止まらないです」
「僕だってムリっ、も、だめ、イクッ、あふああああ!!!」
「はは。完全防音のアパート探さなきゃダメだ……」

 悦楽に満ちた恋人の嬌声を聞きながら、青木は考える。
 引っ越すとしたら、今度はもっと薪のマンションに近いところにしよう。車で1時間の距離は遠すぎる。できれば一緒に住みたいが、薪はそれを許してはくれないだろう。

 自分たちに結婚(ゴール)はない。
 いくら愛していても結局はこのまま、中途半端な恋人同士のままでいるしかない。それが薪の幸せかと聞かれれば、絶対にそうだとは言い切れない。青木はそんな不安をいつも抱えていた。自分が薪のそばにいることは、薪の幸せの妨げになるのではないか。
 しかし。

 薪は言ってくれた。
 一生、自分の傍にいろと。自分の一番近くにいろと。

 先刻の薪は頭に血が昇っていて、まともではなかったし、多分本人も何を言ったかはっきりと覚えてはいないだろう。それでも口に出るということは、心の片隅にでもそう願う気持ちがある、ということだ。
 ほんのわずかな片鱗でも、どんな微かな篝火のような想いでも、薪は生涯の側近として自分を欲してくれている。それがとても嬉しかった。

「愛してます。ずっとそばにいますよ」
「も、やめっ、許しっ、ひいいい!」
 相変わらず、ベッドの中の会話は繋がらない。でも楽しい。会話は繋がらなくても、心と身体はつながっている。
 細い身体の奥深くに自分を放ち、青木は愛しい恋人を思い切り抱きしめた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは。
お返事遅くなっちゃいまして、ごめんなさい。
雷のヤローがオイタをしまして・・・・・・まだ事務所の一部が未復旧なんです。


>あああ、イイですね~。やっぱこうじゃなきゃねえ。こんな二人を見せて頂いて、感謝しております。

えへへ、なんのかんのと言っても、4年目ですから。 すっかりラブくなっております。
いつも読んでいただいて、コメントまでいただけて、こちらこそ感謝しております!
これからも、Sさま好みの甘いあおまきさんを目指して・・・・・・・あ、信じてもらえない(^^;



>教会で、薪さんが青木に度胸のないやつ、とにやりとする所もお気に入り。薪さんらしいですよね~。

薪さんらしいと言っていただき、光栄です。
ちょっぴりイジワルが薪さんの基本形ですよね(^^


>夢に見そう。いや、見たい、むしろ見なくては!!

ぶははっ☆
Sさまのこういう言葉のセンスに、いつも笑わせていただいております♪

ありがとうございました!!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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