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女神たちのブライダル(10)

女神たちのブライダル(10)








「薪くんの真骨頂も、ちゃんと入ってるから。まあ、本人は忘れちゃってると思うけど」
「え?」
 薪が我を失って身勝手な理屈を叫んでいたのは、まだ雪子が青木の家にいたときだ。ということは、初めから録音していた? もしかしたら、研究所に戻って輸血の道具を取ってくる、と言って外出したときに、すべての仕掛けを済ませていたのか?
 どうしてそんなことを、また何故あんな強引な方法を取ったのだろうと考えて、青木はあの事件の直後、雪子が竹内と婚約したことを思い出した。

「今度薪くんが馬鹿なこと言い出したら、それで黙らせなさい。動かぬ証拠よ」
 人の妻になったら、今までのように青木の面倒は見られない。雪子はこれから、竹内のことを一番に考えて生きていくのだ。これは、青木に残してくれた雪子の置き土産だ。

「ありがとうございます」
 本当に感謝している。薪が雪子に返しきれない恩があるように、青木も雪子に限りない優しさをもらった。強くてやさしくて美しくて聡明な女性。心から幸せになって欲しい。

 青木がメモリーカードを受け取って内ポケットに落としたとき、控え室のドアが再びノックされた。年配の女性が顔を出し、花嫁の友人たちに微笑みつつ会釈をする。初めて見るが、雪子の母親だろう。娘と良く似た強くてやさしい目をしている。
「雪子、早くしなさい」
「はーい。じゃあね、薪くん、青木くん。披露宴でね」
 母親に呼ばれて、雪子は控え室を出て行った。集合写真に親族の顔合わせ、来賓への挨拶に司会との最終打ち合わせ。花嫁は忙しい。今日一日は、食べる暇もゆっくり腰を落ち着ける暇もない。

 やがてアナウンスが流れて、結婚式の始まりを告げる。式場の敷地内にある小さな教会に人々が集まって、一組の夫婦の誕生を見届ける。
 祭壇の前に立ち、ふたりの男女は神父の言葉に誓いを立てる。集った人々は、その証人になる。指輪の交換をして誓いのキスをする。法一の仲間たちや第九の職員たちにも愛されていた彼女は、一人の男性のかけがえのない人になる。
 
 ふたりを祝福するために集まった人々は一足先に教会を出て、フラワーシャワーの準備をする。腕を組んで教会を出てきた主役たちに、歓声とともに色とりどりの花びらが降り注ぐ。
 花嫁のブーケがふわりと投げられ、一人の女性がそれを受け取った。次は彼女が主役になるのかもしれない。花嫁のブーケには、たしかそんな言い伝えがあったはずだ。

 誰もいなくなった教会内に、ひとり立ち尽くしている細い人影がある。亜麻色の頭を上に向けて、ステンドグラスを見つめている。
 つややかなくちびるが開いて、微笑みの形を作る。彼が笑いかけたのはおそらく、遥か頭上にいるはずの親友。そして新婦の昔の恋人だ。

「見てるか? きれいだろ、雪子さん」
 ―――― ああ、見えるよ。すごくきれいだ。
 一度も聞いたことのない彼の声が、青木にも聞こえたような気がした。

 ゆっくりと教会の中に戻り、薪が親友との会話を終えるのを待つ。薪はしばらくそのままでいたが、やがて青木に気がついた。
「三好先生、輝いてますよね。本当にきれいです」
「惜しいことしたと思ってんだろ。雪子さん、おまえに気があったんだぞ」
「だから、それは薪さんの誤解ですってば」
 青木はきっぱりと言い切ったが、本音では少しだけ、その可能性を考えたこともあった。
 でも、雪子はそれを口に出したことも態度に表したこともなかった。だからここは、薪の勘違いで通しておこう。どちらにせよ、自分にはこのひとしかいないのだから。

 薪はふっと遠い目をして、十字架に掛けられた神の化身を見上げる。その美しい横顔はこの場所に相応しく、限りなく穏やかで清廉だった。
「鈴木に振られて自棄になってたところを、雪子さんが助けてくれたんだ」
 このごろ薪は少しずつ、鈴木との過去を青木に話してくれるようになった。それは薪が、鈴木のことを大切な思い出として心にしまい始めている証拠だ。
「もう二度と鈴木の顔を見られないって思ってた僕を、鈴木のところへ連れて行ってくれた。雪子さんのおかげで、僕は鈴木と親友に戻れたんだ」
 薪は後ろを向いて、青木の目を見た。亜麻色の瞳がやさしく笑う。

「雪子さんはあの時から、ずっと僕の女神なんだ」

 それは薪の本心だった。
 薪は雪子のことを、とても大切にしてきた。雪子からもらったやさしさを糧に、つらい日々を乗り切ってきたのだろう。
 だから薪は、雪子に幸せになって欲しかった。例えあの事件が起こらなくても、薪の思いは同じだったはずだ。その幸せのためなら、自分の気持ちを殺してもいいと思うくらいに大切な女性。決して恋愛感情には変化しないが、この世で一番幸せにしたい女性。
 そんな男女の関係もあるのだ。

「三好先生が薪さんの女神なら、オレの女神は薪さんです」
「僕は男だから女神じゃないだろ、男神だろ。ヘラクレスとかアポロンとか」
「なんでみんなマッスル系なんですか?」
 自覚のなさは相変わらずである。そこが薪の面白いところなのだが。

 青木は薪に向かって、右手を差し出した。訝しげに瞬く亜麻色の瞳に、青木は騒ぎ出す心を抑えきれない。
「せっかく神さまが見ていてくれるんですから、ここで誓いを立てましょうか。薪さんを永遠に愛しますって」
「バカ。キリスト教はソドム禁止だぞ。そんなことしたら、地獄の業火で焼かれるぞ」
 決死のプロポーズを、薪はあっさりと拒否した。しかもバカ呼ばわりだ。

 青木は高々と掲げられた十字架を見上げる。すべてのものを受け入れた超越者の表情を見つめながら、祭壇の周りを回って薪のところに歩いていく。
「そうかなあ。真剣な気持ちで愛し合ってるって判れば、神様も納得してくれるんじゃないですかね。だって、愛と寛容の――――― 痛っ!」
 祭壇の裏側に置いてあった神父用の木製の台に、向こう脛を打ちつけてしまった。打った場所が場所だけに、思わずうずくまってしまう痛さである。
「ほらみろ。天罰テキメンじゃないか」
 薪が青木の方へやってくる。小さな手を青木の前に出して、薪は満面の笑みを浮かべる。以前は古い写真でしか見ることのできなかった、その希少な笑顔。

 差し出された華奢な手を掴んで、青木は彼を自分のほうへ強く引っ張った。バランスを崩した細い身体が、青木の上に倒れこんでくる。

「青木?」

 愛しい人の身体を抱きしめて、青木は神さまに宣戦布告する。
 できるものならやってみればいい。業火でも洪水でも起こせばいい。神さまからだって、この笑顔は守ってみせる。

 祭壇の陰に引き込んで、軽く口付ける。慌てる薪の顔がかわいらしい。
「バカ、おまえ。こんなとこで」
「永遠に愛してます。死がふたりを別つまで」
 青木の誓いに亜麻色の瞳が揺れて、困惑の表情が微笑に変わる。青木の好きな、少し意地悪そうな薪の貌だ。

「それはキリスト教徒の誓いだろ。僕のは」
 小さな両手が青木の頬を挟む。薪のきれいな顔が近づいてきて、つややかなくちびるが不遜に歪められた。
「死んでも僕を好きでいろ、だ」
 薪の傲慢さは果てしない。ソドムの罪より業(カルマ)のほうが重そうだ。

「神さまより厳しいですね」
「当たり前だ。おまえにとっては、神さまより僕の方がエライんだ。神さまは、こんなことしてくれないだろ」
 やわらかいくちびるが重なってくる。青木が仕掛けたような軽いものではなく、熱のこもったディープなキス。薪の手は青木のズボンにかかる。服の上からそこを撫でられる。嬉しいが、ここではさすがにヤバイ。
「薪さん、ダメですよ」
「僕は半端なことは嫌いなんだ。やるならとことんだ。でなかったら、初めからするな」
「……すみません」
「度胸のないやつ」
 ふふん、と嫌味な笑い方をして、薪は立ち上がった。

 これ以上何かしようとしたら、拳が飛んでくるに決まっている。キスより先のことをする気など自分でも毛頭無かったくせに、要は自分が優位に立てればこのひとはそれで満足なのだ。まったく困ったひとだ。これから一生、自分はこのひとに振り回されるのだろうか。
 どうやら、それは確定らしい。
 一生傍にいろと言われてしまったのだ。薪が結婚しても、誰かを好きになっても、一番近くにいるのはおまえだと命令されてしまった。警察官にとって、上司の命令は絶対だ。逆らうことなど思いもよらない。

 青木は、自分の受難を歓喜と共に噛み締める。
 死んでも薪を愛し続けることを、神さまの前で誓わされてしまった。神さまもさぞ困ったことだろうが、この際検察側の証人になってもらおう。薪のことだ。これからだってどんな勘違いをして何を言い出すか、わかったものではない。その時、薪の口から青木を遠ざける言葉が出た際には、雪子のくれたメモリーカードと共に、この証言がモノを言うのだ。
 そのときはよろしくお願いします、と心の中で頼み込んで、青木は教会の入り口に目をやる。薪は青木を置き去りにして、もう教会を出て行くところだ。

「青木、早く来い。披露宴が始まるぞ」
 岡部が教会の入り口で、青木を呼んでいる。青木たちを迎えに来てくれたらしい。
「よーし、今日は朝まで飲むぞ。岡部、付き合えよ」
「あんまり飲みすぎないで下さいよ。薪さんの場合は、周りのほうが大変なんですから」
「これが飲まずにいられるか! 雪子さんを竹内なんかに奪られたんだぞ、あんなゴミみたいな男にっ!」
「はいはい」
 岡部と一緒にさっさと歩いて行ってしまう薪の背中を追いかけて、青木は走り出す。建物を一歩出ると、強い日差しが肌に突き刺さるようだ。

 6月の空は眩しく晴れ上がって、蒼く蒼くどこまでも澄み渡っていた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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No title

しづ様

こんにちは

「タキシードの薪さんがウェディングドレスの雪子さんにプロポーズします」とレスをいただいても半信半疑だったのですが(花嫁略奪か!?)、言ってましたねえ。
さすが男爵!!
自分と青木クンが恋人同士になって4年になるのを雪子さんは知っているのだし、鈴木さんのこともあるのに、よくもまあ、青木クンを薦めたり、自分が立候補したりできるものです。
青木クンのことを国宝級だの天然記念物だのと言っていましたが、スットコドッコイ・スットン・キョー・オカドチガイ 薪男爵は世界遺産級、特別天然記念物なのでは?
きゃーっ、ごめんなさい~~~

竹内さんと雪子さんの馴れ初めはどんなだったのでしょう?
薪さんはいまだ、竹内さんが好意を持っていた(る?薪さんの女装写真、どうしたでしょうね)ことを知らないようなので、男3人の悶着はなかったのですね。
ちょっと期待してました。(←鬼とでも悪魔とでも呼んで下さい)

スガちゃんは、雪子さんが竹内さんと付き合っていることを知ったとき、何て言ったのでしょう?
彼女、おもしろすぎですよ~。
そのときも、辛辣なやりとりがあったのでしょうね。

ぜひぜひ、雪子さんが結婚に至るまでを読ませてくださいませ。竹内さんのお母さんと食事をするお話とか。(笑)


紆余曲折ありましたが、女神さま方、どうぞお幸せに。

サンショウウオさんへ

サンショウウオさん、こんにちは。
お返事遅くなってすみません。


> 「タキシードの薪さんがウェディングドレスの雪子さんにプロポーズします」とレスをいただいても半信半疑だったのですが(花嫁略奪か!?)、言ってましたねえ。
> さすが男爵!!

M男爵『いやあ、それほどでも』


> 自分と青木クンが恋人同士になって4年になるのを雪子さんは知っているのだし、鈴木さんのこともあるのに、よくもまあ、青木クンを薦めたり、自分が立候補したりできるものです。

M男爵『あの女たらしより僕の方がマシだし、青木は夫にするには最適の男ですから』

> 青木クンのことを国宝級だの天然記念物だのと言っていましたが、スットコドッコイ・スットン・キョー・オカドチガイ 薪男爵は世界遺産級、特別天然記念物なのでは?
> きゃーっ、ごめんなさい~~~

M男爵『そんなに褒められるとテレちゃうなあ』(てれてれ)
・・・・・・薪さん、褒められてないからね?

よーく考えたらそうですね(^^;
ごめんなさい、ギャグのつもりだったの~~。(ギャグ?あれが?というツッコミはスルー)

てか、サンショウウオさん、よく男爵のフルネームをご存知ですね(爆笑)
細かいところまでチェックしていただいて、ありがとうございます♪
よし、男爵プロフィールに世界遺産に認定されたって追記しておこう。(笑)


> 竹内さんと雪子さんの馴れ初めはどんなだったのでしょう?

えっと、
竹内が女にフラれるたびに、一緒に食事をして彼を元気付けてあげて、という感じですね。
馴れ初めや、竹内が雪子さんに惹かれるエピソードとか、ふたりのデートの様子とか、考えてはあるんですけど、書く気が起こらないんですよね(^^;
だって・・・・・薪さんが出てこないんだもん・・・・・・。


> 薪さんはいまだ、竹内さんが好意を持っていた(る?薪さんの女装写真、どうしたでしょうね)ことを知らないようなので、男3人の悶着はなかったのですね。
> ちょっと期待してました。(←鬼とでも悪魔とでも呼んで下さい)

ありませんでしたね。
竹内がふたりの関係に気付くエピソードは、そのうち書こうかとは思ってますが。
竹内の快気祝いの話とかで。


> スガちゃんは、雪子さんが竹内さんと付き合っていることを知ったとき、何て言ったのでしょう?
> 彼女、おもしろすぎですよ~。
> そのときも、辛辣なやりとりがあったのでしょうね。

一部でハバネロ女と呼ばれております、うちのスガちゃんです☆
でも、うちのスガちゃんは雪子さんのこと大好きなんですよ~。 口ではああ言っておりますが、実際に雪子さんが悲しむようなことになれば、薪さんと共に黙っていないと思います。 杞憂ですけどね(^^


> ぜひぜひ、雪子さんが結婚に至るまでを読ませてくださいませ。竹内さんのお母さんと食事をするお話とか。(笑)

食事会は、妄想したことがあります。
うちの雪子さん、料理が壊滅的にダメなのですけど、ちょっとした誤解から、竹内のお母さん(小さな料亭のおかみだったりする)に手料理を食べさせなければいけないことになり・・・・・みたいなお話なんですけど。
ただ、このふたりだと萌えないんですよねえ・・・・・・根っからの腐女子ですみません(^^;


> 紆余曲折ありましたが、女神さま方、どうぞお幸せに。

雪子さんはこれから幸せに、
薪さんはサードインパクトへまっしぐらでございます。<こらこら。

ありがとうございました♪
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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