天国と地獄1 (2)

天国と地獄1 (2)








 薪が目を覚ましたのは、夕方の6時過ぎだった。
 青木がキッチンで夕食を作っているところに、クシャクシャのワイシャツ姿で朦朧としながら歩いてきた。自分がどうしてここにいるのか解っていないような顔つきの薪の第一声は、「ハラへった」だった。

「今、お味噌汁できますから。あ、お風呂も沸いてますよ」
「飢え死にしそうだ。メシが先」
 珍しいこともあるものだ。薪が風呂より食事を優先するなんて。
 ……何日食べてなかったんだろう。

 薪のところで夕食をごちそうになるたびに料理を手伝わされているので、青木も簡単なものなら作れるようになった。
 今日の献立はスズキの刺身と南瓜の煮物。きゅうりとワカメの酢の物に、味噌汁は小松菜と玉ねぎと油揚げ。刺身には、すりおろした生姜がたっぷりと添えてある。薪はワサビが苦手なのだ。

「あ~、五臓六腑に染み渡る。味噌汁は日本人の魂だよな」
 顔に似合わない薪の台詞に、青木は思わず噴き出してしまう。
「なにが可笑しいんだ」
「いえ、別に」
 ビスクドールみたいな顔をして、そんなことを言われても。

 刺身に箸をつける薪に、青木は岡部からの伝言を報せる。事件のことが気になっているだろうと思ったのだが、薪は既にその情報を得ていた。
「携帯にメールが入ってた」
 なるほど。夕方まで寝ていたわけだ。
 事件が片付けば食欲も起こるらしく、薪は二杯目のごはんを茶碗によそった。

「共犯者は、やっぱり女性だったんですね」
「うん。相手が女性だと思えば、気を許してついていくのも無理はないからな」
「薪さんが睨んだ通りでしたね」
「ていうか、おまえ以外の全員が解ってたぞ?」
 事件が絡むと、薪の口は途端に辛辣になる。
「若い女性が、あんな中年オヤジに騙されるのは不自然だろ。連れ込まれるときに抵抗した痕跡がないんだから、共犯者が誘い込んでた、と考えるのが当たり前だ。気付かないおまえがバカだ」
「……食事のときに、仕事の話は止しましょうよ」
 せっかくの薪と二人きりの食事が、不味くなってしまう。
 青木がおずおずと、しかしパッキリと話の腰を折ると、薪は酢の物の酸っぱさに顔をしかめる振りをして、苦笑してくれた。

 それからは仕事の話はせずに、定例会の時のように取るに足らない四方山話に興じた。
 小池が彼女と縁りを戻そうとして見事失敗した話や、宇野が開発しためちゃめちゃ重い負荷テスト用のプログラムのこと、岡部の弁当に入っていたケシズミのような卵焼きのことなど、どうでもいいことをルーズな口調でうだうだと話した。
 そうこうするうちに、料理の皿がほぼ空になり、薪は箸を置いた。ごちそうさま、と言って席を立つと、リビングに行ってソファに仰向けにひっくり返る。
「うー、ちょっと食べ過ぎたかな」とぼやく声が聞こえる。人間、食べ溜めはできないんですよ、と教えてやりたくなる。

 跡片付けと洗い物を手早く済ませ、コーヒーを淹れてリビングに持っていく。コーヒーの匂いを嗅ぐと、薪はゆるゆると身を起こし、マグカップを青木の手から受け取った。
「どの料理が一番美味しかったですか?」
「刺身とごはん」
「それは料理って言わないですよね」
 青木が複雑な顔をすると、薪はイジワルそうに笑った。

 青木は薪の隣に腰を下ろして、テレビのリモコンを手に取った。ニュース番組にチャンネルを合わせ、第九に回されそうな事件が起こっていないかチェックする。
 交通事故や芸能ニュースで埋められたラインアップを見て、青木はほっと息をつく。今のところ、夜中に呼び出されるような事件はなさそうだ。今夜はゆっくり、自宅で過ごすことができるだろう。

 ほうっと嘆息する声が聞こえて、青木はテレビの画面から隣に視線を移す。
 薪は片膝を立てて背中を丸め、コーヒーを啜っている。ソファの座面に片足を載せるその体勢は、限られた人間の前でしか見せないくだけた姿だ。
 尖らせたくちびるをカップに近づけ、目蓋を伏せてふっと息を吐く。立ち上る湯気と香気に頬を緩めて、薪は唇の両端を吊り上げた。

「これだけは、誰もおまえに敵わない」
 マグカップを掲げ、青木の仕事を褒めてくれる。

 そうっとカップの縁に唇をつけ、薪はゆっくりとコーヒーを飲む。カップの底で顔の中心を隠すようにして一滴残さず飲み干すと、ふわっとやわらかい笑みを見せた。
「あー、美味い」
 職場にいるときとは別人のように穏やかなその様子に、彼の安寧のひとつに自分が関与していることに、青木は踊りだしたいくらい嬉しくなる。

 事件が収束を見せた安堵感からか、久方ぶりの自宅という開放感からか、薪はすっかりくつろいでいる。自然で素のままのかれは、本来の健やかで伸び伸びとした美貌を意識せずしてさらけ出す。
 モニターを見るときにはいつもキッと吊り上げられている眉が前髪の奥で緩やかに開かれ、厳しい光を放つ亜麻色の瞳は慈愛に満ちた聖女のような静かさをたたえ、長い睫毛に隠されながらも春の光にきらめく水面のような輝きを見せる。
 温かい食事と飲み物のおかげでほんのりと染まった頬は、触ったら溶けてしまいそうに甘そうで、その味を試したくなる。そんな幼げな相貌の中で、アンバランスとも言えそうな、それゆえに最大級の引力で青木を惹きつける色めいたくちびるが、見事な三日月の形にほころんでいる。

 ……くどくどした言い回しはどうでもいい。
 つまりは、めちゃくちゃ可愛いってことだ!

 単純な言葉を心の中で叫んだら、想いが一気に溢れ出すようで。
 思いがけず溢れた気持ちはとてつもなく巨大で、青木は制御が利かなくなる。我知らず伸ばした右手で薪の頬を包み、もう一方の手を背中に回し、細い身体を抱き寄せた。





*****


 はー、初々しい、懐かしい。
 またこういうの書きたいなあ。 ←Aサイトが今更(笑)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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