天国と地獄1 (3)

天国と地獄1 (3)







「なにやってんだ?」
 胸の中に抱き込んだ亜麻色の頭から不思議そうな声が聞こえて、青木はハッと我に返る。

 しまった。
 あんまりかわいくって、我慢できなくて、つい……。
 
 怒られると思ったが、薪は案外落ち着いていて、やんわりと青木の腕をほどいた。悪戯っ子のような表情で、亜麻色の瞳を宝石みたいにくるめかせると、
「もしかして、溜まってる?」と聞いた。

 溜まってるって、何が?

 こういう状況だからそういう意味だと思うが、薪のきれいな顔にはあまりにもそぐわない言葉なので、青木の頭は一瞬真っ白になる。
 青木の沈黙を肯定と取ったのか、薪は鷹揚に頷いて、ひょいと立ち上がった。
「よし、僕に任せろ」
 ……任せろって、どういう意味だろう。

「用意するから、ちょっと待ってろ」
 点目になった青木の視界で、薪は真っ直ぐにバスルームに向かった。

 え? え?
 えええええ!!???
 バスルーム直行、ということは、そういうこと!?

 いやいやいや、だってまだ告白もしてないのに。想いを告げてもいないのに、身体の関係を結ぶなんて、そんなふしだらな。

「ど、どうしよう……」
 何度も夢に見て、繰り返された妄想の回数は3桁にも及ぶ青木だが、いざその状況になると、どうしようもない焦燥感に襲われた。
 薪は自分と違って大人だから、こういうのもありなのか。
 大人の恋愛ってそういうものなのかもしれないけれど、でもやっぱり青木としては、告白して、お互いの気持ちを確かめ合って、何回かデートも重ねてからそういう関係になりたい。まどろっこしいかもしれないけれど、それが恋愛というものだと思う。
 好きだという言葉も聞けないうちからこんな、これじゃまるでセフレみたいで。

 それに、夢や想像の中でイメージトレーニングは充分といえども、実際に男のひととこういう行為に及ぶのは初めてだ。現実の知識は皆無といっていいくらい、ない。果たして上手くできるだろうか。
 そこまで思案を巡らせて、青木は重要なことに気付く。
 
 どっちが女の子になるんだ?

 想像の中では当然薪が女の子だったが、現実は薪の方が年上だし上司だしケンカも強い。『任せろ』との言葉からも察せられるように、こちらの経験も豊富らしい薪が男役を務めることになったらどうしよう。

 ……逃げ出したくなってきた。

 このまま帰っちゃおうかな、とソファから腰を浮かしかけたとき、薪がリビングに入ってきた。腰にバスタオルを巻いただけの格好で、もう、やる気マンマンという感じだ。
 その引き締まった裸体を見せ付けるように青木の前を過ぎって、キッチンへ入っていく。水分補給に行ったらしい。

 ……まむしドリンクとか飲んでたらどうしよう……!

 薪がタオル一丁の姿で手を腰に当て、強壮ドリンクをオヤジ飲みしているところを想像して、青木は気を失いそうになった。

「青木、どうした?」
 グラグラする頭を抱えていた青木は、涼やかな声に顔を上げた。
 至近距離に、薪の顔。腰を折って身を乗り出し、青木の体調を心配する素振りだ。

「い、いえ、あの」
 シャワーを浴びたばかりの瑞々しい肢体に、青木は声を失う。
「もしかして、おまえ、初めて?」
 見抜かれた。
「そっか、それで緊張してたんだな。大丈夫、おまえはじっとしてればいいから」
 じっとしてればって、やっぱりオレが女の子!?
「そ、それは嫌です!!」
 嫌です、と言い切ってしまったが、これは考えてみるとすごく勝手な言い分だ。
 自分が嫌なことは、薪も嫌なはずだ。見掛けはどうあれ、薪は普通の男の人なのだから。しかし、薪はクスリと笑って、青木の我儘を許してくれた。
「おまえの好きにしたらいい」

 その笑った顔が、目を疑うほどきれいで。
 潤った素肌が部屋の明かりを反射して、拭いきれていない水滴がキラキラと輝いて。青木がいつも真っ先に目を奪われるつややかなくちびるは、口にしたばかりのミネラルウォーターに濡れて、一層あでやかに艶めいて。

 青木は思わず目を閉じた。
 薪のこんな姿を見ていたら、後先考えずに男の本能に負けてしまいそうだ。

 やっぱり、こういうのはよくない。ちゃんと心を通じ合わせてから。
 でもでもでも、こんなチャンスは二度と訪れないかもしれない。
 薪も「好きにしたらいい」と言ってくれたし、自分からシャワーを浴びて準備をしてくれたということは、決して青木を嫌っているわけではない、ということだ。
 そうだ。今この場で、告白すればいいんだ。
 鋭い薪のこと、青木の気持ちにはとっくの昔に気付いていて、もしかしたら薪の方も自分のことを、という可能性もあるんじゃないか? きっとそうだ、そうに違いない、そうでありますように!

「薪さん! オレ、ずっと前から薪さんのこと好きでした!」
 叫ぶように言って目を開けると、そこには誰もいなかった。
 ローテーブルの上に置かれた鈴木の写真に告白する形になってしまった青木は、その事実に眉をしかめる。

「なにか言ったか?」
 カチャリとドアを開けて出てきた薪の姿を見て、青木はあんぐりと口を開けた。
 紫色の開襟シャツにダークなジャケット。上着に合わせた黒っぽいスラックスは細身のシルエットで、薪の足をすらりと見せる。ウエストを緩く飾るベルトのバックルに、さりげなく入っているのは有名ブランドのマーク。多分、胸につけた金のネックレスと同じブランドだ。
 この姿の彼を見て、警察官だと思うものはいないだろう。
 軟派で派手で、そこに薪のきれいな顔が乗ったら、完全にホストだ。間違いなくナンバー1だ。

「行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「男の天国」
 顎を反らせて嘲るような笑みを浮かべると、薪は玄関のドアを開けた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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