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天国と地獄1 (4)

天国と地獄1 (4)








 青木が連れてこられたのは、蛍光ピンクのネオン看板が眩しい、×××町のお風呂屋さんだった。
「ここの店長とは古い付き合いでさ。情が厚くてかわいい娘を付けてくれるように、口きいてやるから」

 もう、言葉も出ない。
 好きなひとに欲情したら、その足で風俗店に案内された、なんて笑えない経験をした男って、この世に何人くらいいるんだろう。何だか世界で自分がいちばん不幸な人間になった気がしてきた。

 引き摺られるままに店内に入り、女の子の写真がずらりと並んだ壁の前に立つ。
「この店は女の子のレベル高いし、病気もしっかり管理してるから安心だぞ。この娘なんかどうだ?」
 薪のお勧めの娘は、黒髪の短髪に大きな黒い瞳。誰を意識しているのか、丸分かりだ。

「あの、薪さんは誤解してらっしゃいます。オレは三好先生とは何も」
「あ、茅場さん」
 青木の主張に耳を貸す気はないらしく、薪は、店の奥から出てきた顎髭を蓄えた男に気安く声を掛けた。
 ご無沙汰してます、などと世間一般の会話をした後、青木の方に顔を向けて、「こいつ、筆降ろしなんですよ」と見当違いのことを言った。

「そんなわけで、面倒見のいい娘お願いしたいんですけど」
「へえ。いい男なのに、機会がなかったんだねえ」
 10年近くも前に済ませました、などと本当のことは言えず、青木は引き攣った笑いを浮かべた。
「青木。がんばれよ、初体験」
 他人に励まされて、こんなに落ち込んだことはない。
 たしかに風俗店は初めてだが。というか、一生経験しなくても良かったのだが。
 青木は、心が伴わないセックスは好きではない。青木も男だから、身体だけの衝動に駆られるときがないとは言わないが、それでも心を通わせた相手以外と行為に及んだことはない。気持ちを伴わない行為がどんなに虚しいものか、想像すると萎えてしまうのだ。

 薪と店長は、まるで息子の見合い相手を品定めする両親のように、女の子の写真とプロフィール(自称何歳とか、どういう技が得意だとか)が記載されたファイルを広げて、青木の今夜の相手を見繕っている。ずい分ガタイがいいけど、あっちのほうはどうなの? と聞かれて、僕よりは小さいと思いますけど、なんて下品な答えを薪が返すのを耳にして、青木は泣きたくなった。
 
「青木。この黒髪の娘は、今接客中だって。終わるまで待てるか?」
「ですから、オレは別に黒髪が好きってわけじゃ」
「なんだ、相手を選ぶ余裕もないほど切羽詰ってんのか。じゃ、とりあえず空いてる娘で」
 ……もういやだ、このひと!

「剛君は、どの娘にする?」
 店長が薪にファイルを差し出す様子に、青木はすうっと下腹の辺りが冷えるのを感じた。
 薪さんだって普通の男なんだから、女を抱くだろう。青木にそれを非難する権利はない。
 でも……何だか、ものすごくいやだ。

 自身の身勝手な腹立ちに拳を握り締めた青木の横で、薪は両手を胸の前に出し、そのファイルを退けた。
「僕は今日はいいです」
「あれ? 彼女でもできたの?」
「昨日ナンパした女の子がすごくって。朝まで放してくれなかったんですよ」
 すごかったのはMRIの画像だ。幻覚が多くて、解析に朝までかかった。

「じゃあな、青木。僕は向かいのバーで飲んでるから。終わったら寄れよ」
 方向音痴のおまえを一人で歩かせたら、絶対に迷うから、と皮肉を言って片手を上げ、薪は店から出て行った。
「じゃ、きみ。今空いてるのはこの3人だけど、どの娘にする? 初めてならちょっと年は行ってるけど、アユミちゃんあたりがいいと思うよ」
「……薪さんが贔屓にしてる娘をお願いします」
 捻じ曲がった感情だと分かってはいたが、薪が抱いた娘を見てみたい。その娘の肌に薪の手が触れ、その乳房に薪がくちづけたのだと思えば、彼の残像を追って彼女を抱くことができるかもしれない。

「ヒトミちゃんなら、とっくに辞めたよ。この商売、そう長く続けられるもんじゃないからね」
 今はその日の気分で相手を選んでいる、ということか。
「それじゃ、薪さんと最近寝た娘を。すごく上手だったって言ってましたから」
 あまりしつこく薪の名前を出すと、おかしく思われるかもしれないと危惧して、青木は小さな嘘を吐いた。が、店長は渋い顔になるとチッと舌打ちして、あからさまな不快感を削げた頬に浮かべた。
「それ、うちの娘じゃないよ。剛君がここを利用してたのって、もう10年も前だもの」
「え?」

「『監査課に脅されても口を割らなかったのはここだけです、恩にきます』とか言っといて。他の店を利用してうちには来ないなんて、ひどいよな。まあ、友だちには宣伝してくれてるみたいだけど。きみの他にも何人か連れてきてくれてるし」
 店長の言っていることは今ひとつ分からないが、とにかく薪は、現在この店の常連客ということではないらしい。
「とにかくどの娘か選んで、ちょっと、きみ!」
 ファイルを広げる店主を無視して、青木は店から走り出た。

 けばけばしいネオンに彩られた街路に、優雅なシルエットを探す。どんな場所にいても、どんな服装をしていても、ひと目でわかる薪の静謐なオーラ。深海の底に降り積もる雪のような、そのわずかな波動を辿れば彼に行き着く。
「薪さん!」
 横断歩道で信号待ちをしていた薪を、大きな声で呼んだ。隣で腕を組んでいたカップルが、びくりと跳ね上がったのを横目に、青木は駆け出した。
 薪はきょとんとした顔をして、こちらを振り返った。信号が青になり、周囲の人々が一斉に動き出す中、薪はひとり立ち止まって青木を待っていてくれた。

「どうしたんだ?」
「何故あんな嘘を吐いたんですか?」
 薪の質問に別の質問をぶつけて、青木は呼吸を整える。
「昨日は確かに徹夜でしたけど、昼間ゆっくり休んで今は元気なはずでしょう」
 青木の質問の意味を理解して、薪のくちびるが苦く笑った。

「僕はもう、こういうことはしないんだ」
「付き合ってる女性がいるからですか」
 髪の毛一本ほどの可能性もないと思ったが、店主が言っていたことを繰り返してみる。まるで見当違いの質問をするのは、尋問のテクニックのひとつだ。
 思ったとおり薪は首を左右に振って、そんなひとはいない、と言った。
「あの店に、好みの娘がいなかったんですか。それとも、監査が怖いから?」
 的外れな質問を重ねると、今度は可笑しそうに笑って、薪はもう一度首を振った。

「僕は誰とも寝ない。これからもずっと」
「どうして?」
「この身体は、僕のものじゃないから」

 薪の言葉の意味は、よくわからなかった。どういう意味ですか、と聞こうとして、青木は声を飲み込んだ。
 無遠慮に訊くには、薪の顔があまりにも淋しそうで。これは触れてはいけないことだ、と青木の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

 憂いを秘めたその姿を、夜の街を淫靡に飾る色とりどりの電飾が照らしている。胸をはだけたホステスを魅力的に映し出すその明かりは、しかし、薪の清廉な美貌にかかれば、教会のステンドグラスのように荘厳な雰囲気を醸し出す。
 このひとは、なんてきれいなんだろう。
 そう感じるのは、決して惚れた欲目ではない。青木のほかにも、歩きながらも振り返っていく者が何人もいる。

「僕がしないからって、おまえが遠慮することはないんだぞ。これは僕の個人的な事情だから」
「オレもいいです。好きな人がいますから」
「え? だれだ?」
 あなたです、と口から出そうになった言葉を、隣に立った女性の影が止めてくれた。

「雪子さんか? 雪子さんしかいないよな。雪子さんだろ、そうだろ」
 薪は、畳み掛けるように雪子の名前を連呼した。両手を握り、腕を曲げて胸の前に寄せ、ぐっと力を込める。
「ようやくおまえも自分の気持ちを認める気になったか。よーし、あとは雪子さんの方だな。僕に任せとけ、絶対にくっつけてやるから」
 男女を結婚させることが生きがいの仲人おばさんみたいな表情で、薪は息巻いた。
 誤解を解きたいと思う反面、雪子のことがなかったら、薪はこんなに自分に構ってくれなくなる、というずるい考えが浮かぶ。どんな立場でもいいからこのひとの隣に居たい、と願うのは愚かなことだろうか。

「そうと決まれば作戦会議だ。雪子さんの好みの花とか食べ物とか、色々教えてやるから」
 歩行者用の信号が点滅しだしたのに気付いて、薪は青木の手首を掴んだ。
「ここの信号、やたらと長いんだ。走るぞ」
 引き摺られて青木が走り出すと、薪は手を放した。さっきも走ってきた青木は、息が上がりそうだ。もともと体力には自信がない。
 
 遅れ気味の青木の手を、再び薪の手が捕らえた。力強く、引かれる。
 心臓がドクドクと脈を打つ。前を走る薪の亜麻色の髪が、街灯に反射してきらめいている。

 華奢な肩が、しなやかな腕が、細い背中が。青木の前で、サバンナの野生動物のように躍動する。そこに青木は、彼の真意を探そうと試みる。これほど生命力に溢れているのに、だれとも愛を交わさないと言った、思い通りに動くのに、この身体は自分のものではないと言ったその理由を。
 反対側の歩道について、息を切らす青木の横で、薪は乱れた髪を手ぐしで整えている。少し伸びすぎた前髪をうっとおしそうにかき上げると、たった2分の全力疾走に根を上げている青木に、そんなことじゃ雪子さんの相手は務まらないぞ、と余計なお節介をくれた。



*****



 3杯のカティサークにあっけなく潰れてしまった薪を背負って、青木は夜道を歩いている。タクシーが拾える大通りまでの短い距離だが、周りには似たようなドランカーが多数いて、男が男を担いでいるという状況がそれほど目立たないことに安堵する。

 薪はぐったりと青木の背中に自分のからだを預け、泥酔者らしく普段より高い寝息を立てている。青木の耳元に掛かる息はアルコールの匂いが強く、いつものように青木をうっとりさせることはなかったが、背中に感じる温もりは、常と同じに青木の心を暖める。
 荷物よろしく動く気配のなかった薪の身体がピクリと震え、ううん、と微かに呻く声が聞こえた。その後に続いた、呻きよりもひそやかな囀り。
 
「……すずき」

 またか、と青木は思う。
 薪の寝言で一番多いのは、彼の名前。それはつまり、彼が薪の心の大部分を占めているということだ。

 今はひとの記憶の中にしか残らない、かれ。
 薪の夢の中に入れるのは、かつての親友だけ。薪から幸せそうな笑顔を引き出せるのも、彼だけだ。
 
 薄っぺらい紙切れの上でしか見られない笑顔。たったそれだけで薪を独り占めできる鈴木という男が、青木はとても羨ましかった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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鍵拍手いただいた方へ

こんにちは!
毎日暑いですね~。 いかがお過ごしでしょうか?


えっと、
前作に限らず、うちのお話は雪子さんがたくさん出てるんで、彼女を見るのもいやんな方には、拷問かと・・・・・・・(^^;
ご、ごめんなさいね、最初に彼女の役割を設定したときには、原作の彼女がここまで行っちゃうとは思わなかったもので。 誠にすんません、精神衛生上良くないので、無理しないでください☆


>青薪ラブラブとは言いませんからっ(笑)
>女の人が一切出ないのをお願いします(T_T)

女の人が一切出ないって、そんな不自然な(笑)
それに、しづは女の子が大好きなので~、
雪子さんとスガちゃんのガールズトーク、書いててとっても楽しいんです♪
あおまきさんのケンカも大好きだし、(その後必ず仲直りするのが前提ですけど) この辺は萌えの違いということで、理解してください☆


>ああ、ほんとにソープに行くのかと‥ドキドキ‥涙ぐみながら読ませていただきました‥ああ‥よかった‥でも‥薪さん10年前通ってたって‥いやだーーーーっっ!!そんなのは嫌ですっ!!


そ、そんなこと言われたって・・・・・・・薪さんだって男の子だし・・・・・・・・(^^;
第一、これ、ギャグなんで! 笑い飛ばして欲しかったんですけど・・・・・・・ダメ?
じゃあ、すみません、薪さんとは同姓同名の別人ということでお願いします(笑)


えっとですね、こちらも萌えの違いだと思うんですけど、
わたしは最初から男の人しか好きになれない男が男に恋をする話には、あまり萌えないんです。 
基本的にはノーマルで、普通に女の人と付き合っていたはずの男の人が、何故か同性を好きになってしまって、そこで戸惑ったり悩んだりギャグったり、というのが好きなんですよ。

だから、お好みのお話が書けなくてすみません。
しかしですね、何が書いてあっても所詮はトーシロが書いた二次創作、原作とはちがうんです。 間違っても泣いたり胃を痛くしてはいけません☆ (←誰のせいだよ)

悲しい思いをさせてしまって、すみませんでした。
迷惑だなんて思いませんけど、せっかく読んでくださる方を泣かせてしまうのは不本意なので、本当にムリしないでくださいねっ(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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