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天国と地獄1 (5)

天国と地獄1 (5)








 オレはあの頃、とにかく鈴木さんのことが羨ましかった。
 いや、羨ましいなんてきれいなもんじゃない。憎らしかった。死んだ人間が、いつまでも薪さんを捉えていることが許せなかった。

 もちろん、現在はそんなことは思っていない。薪さんというひとを形作る上で、鈴木さんの存在はなくてはならないものだった、と分かったからだ。
 同じ意味であの事件も、今の薪さんを形成する重要なキーだったと言える。おそらく、あの事件がなかったら薪さんの性格は今と違っていたと思うし、オレは薪さんを好きにならなかった。
 オレは薪さんを好きになったことを後悔する気はないから、鈴木さんが生きてたらどんなに薪さんは幸せだっただろう、と彼の死を悼みつつも、心のどこかで死んでくれてよかった、と思ってしまう。そんな自分に、激しい罪悪感を覚える。オレがこんなことを考えてしまう冷酷な人間だと知ったら、薪さんはオレを嫌いになるだろうか。

 物思いに耽っていたオレを、誰かの声が引き戻した。
 窓の外から聞こえてくるのは、オレの大好きなアルトの声。「早く!」と急き立てる口調に、声の主と買い物に行く約束をしていたことを思い出す。

 オレが人生のパートナーに選んだ相手はとても気の短いひとで、その上気まぐれで自分勝手で、自分はよく寝過ごしてデートの時間に遅れるくせに、オレが1分でも待たせると大変なことになる。
 コートに袖を通して、急いで階段を駆け下りる。すみません、と謝ると、声の主は予想通り目を三角にして怒っていて、不機嫌な顔のままこちらに背を向けると、ずんずんと苛立った歩調で歩き始めた。オレは慌てて小さな背中を追いかける。

「そんなに怒らないでくださいよ。お待たせした分、今夜のマッサージ延長しますから」
「そうじゃない。雪子さんの出産祝いなんか、選びたくないだけだ!」
 ばっと勢いよく振り返って、まるでその原因がオレにあると言わんばかりに噛み付いてくる。三好先生が竹内さんと結婚したのはオレのせいじゃないのに、まったく八つ当たりもいいところだ。

「相手が他の男ならともかく、竹内の子供なんて! 雪子さんが竹内なんかに何回もやられちゃって、しかも子供まで産まされるのかと思うと、ああっ、夜も眠れないくらい口惜しい!」
「だってあの二人は夫婦で」
「竹内のやつ、嫌がる雪子さんに無理矢理迫ったんだ。そうに違いない! 可哀相に雪子さん、きっと泣きながら耐えてるんだ」
 そうかもしれない。竹内はかつて捜一の光源氏と異名を取るくらいのプレイボーイだったから、女の子の扱いは相当慣れている。涙の意味は違っても、ベッドの中で泣いていることに変わりないかも。
 竹内の名誉のために言っておくと、彼らは1年半前に結婚して以降、周囲が羨ましがるくらい仲睦まじく暮らしている。無理矢理云々というのは、このひとの妄想だ。

「くっそー、こんなことなら羽佐間さんに言われたとおり、僕がさっさと押し倒しとくんだった」
「また、できもしないことを」
「ああん!?」
「すみません……」
 惚れた弱味とは言え、一言も返せない自分を情けなく思うと同時に、このひとがこんな我が儘をぶつけてくるのは自分だけだ、と浮き立つ気持ちにもなる。そんな訳でこのひとといる限り、これからも一生退屈はしないだろう。

「だけど、『赤ちゃんが生まれました』のお知らせの葉書の3人は、とっても幸せそうでしたよね」
 オレがそう言うと、世界で一番三好先生の幸せを願っている彼は、不承不承頷いた。ふたりの仲を認めてはいるものの、面白くないのだ。要は、花嫁の父親の心境だ。

「でも、これからもそうとは限らない。あの竹内が大人しくしてるはずがない。絶対、いつか浮気する」
「未来のことは分かりませんけど。好きな人と一緒にいられるのが、一番の幸せだと思いますよ」
 言葉に詰まった彼が、花の蕾のようなくちびるをムッと尖らすのを見て、オレはまた笑い出したくなる。
「オレは幸せですよ。大好きなあなたと一緒にいられて」
 こっそり囁くと、彼は微かに頬を染めながらも、不機嫌な表情を崩さない。

「薪さんは?」
「言わなくたって、わかってるだろ」
「聞きたいです」
「言いたくない」
「あんまり長い間言ってくれないと、オレ、輪っか使いたくなっちゃうんですけど」
「あれはやめろ!!」
 きれいな顔を紙のように白くして、ムキになって叫ぶ。よっぽどイヤなのか。……楽しいのに。

「言葉を強要するのって、愚行だと思わないか?」
「だって、好きな人に好きって言われたらうれしいじゃないですか。薪さんだって、オレに好きって言われて、今うれしいと思ったでしょ?」
「べつに。もう、聞き飽きたし」
「じゃあ、むかし鈴木さんに言われたときは?」
「……ポッ」
「なんですか、それ! なんでオレのが『聞き飽きた』で、鈴木さんが『ポッ』なんですか!?」
「なんでって、テレテレ」
「~~~!!!」
 ほんっと、鈴木さんが死んでてくれてよかった!!(もう、悪魔と呼んでくれ)

 オレが口をパクパクさせて怒っていると、彼はいつものようにイジワルく笑った。
「マッサージ延長、1時間だからな。忘れるなよ」
「え、そんなに待ちました?」
 支度をして下りてくるまでに掛かった時間は、10分弱だったと思うが。
「待ってる時間てのは長いんだ」
 またそんなむちゃくちゃな理屈を。
 でも、首を横に振れない自分が哀しくも愛しい。

「わかりましたよ。じゃあ、マッサージの後のご褒美も3割増しにしてくださいね」
 何かに躓いたように小さな靴がたたらを踏んで、細い肩がびくっと上がった。腰を屈めて覗き込むと、むくれていた顔が赤く染まっていく。

「バカ」

 コートから伸びたオレの足を、薪さんは容赦なく蹴り飛ばした。


(おしまい)



(2009.12)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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