QED(3)

QED(3)





 第九のモニタールームに、張りのあるアルトの声が響いている。
 衆目の中、メインスクリーンの前に毅然と立った室長は、いつもの通りメモを見ることも無く、流麗な口調で事件の概要を説明していた。
 2週間ぶりに会う室長は、長い研修に疲れた様子もなく、被疑者未確定の事件の際に見せる行き過ぎた熱心さで部下たちを鼓舞する。
「いいか。今、この瞬間に第3の犠牲者が出ないとも限らない。捜査は一刻を争う。一秒でも早く犯人を見つけるんだ!」
「はい!」
 時刻は10時を回っていた。今日は確実に真夜中を越えそうだ。
 しかし、第九にはこれが当たり前のことだ。事件の見通しがつくまで、不眠不休の捜査が続く。

 普段は「健康管理は社会人の基本だ」などと職員たちの夜遊びを叱る室長が、事件が起こるや否や、180度言うことが変わる。
 いわく、『2、3日寝なくても人間は死なん』
 ……死ななければいい、というものでもないと思うが。

 睡眠不足は確実に仕事の能率を落とす。集中力の欠如は、大きなミスに繋がる。結果的には捜査を混迷させる結果になりかねないのだが、そこは気力で何とかしろと言うのが室長の厳命である。
 集中が削がれる原因は、睡眠不足ばかりではない。空腹や疲労、悩み事など精神的なことも大きな要因だ。その兆候が現れているひとりの捜査官に、薪はそっと話しかけた。

「青木」
「はい」
 表面上は平静を装っているが、その眼には僅かばかりの不満が表れている。
 あの状況で呼び出されたのでは無理もない。2週間ぶりのご馳走に待ったを掛けられ、お預けを食った犬状態。青木はまだ25歳という若さで、他の職員に比べると精神的にも未熟だ。取り上げられたご馳走に意識が向いて、いつもの能力を発揮できないかもしれない。
 この部下の操縦法は解っている。ここはフォローを入れておくところだ。

 薪は声を落として、青木の耳にだけ入るように囁いた。
「さっきは、残念だった」
 自分だって辛かった、という気持ちを伏せた睫毛の震えで表現する。青木はたちまち嬉しそうな顔になって、薪に微笑を返してきた。
 これだけで充分だとは思うが、念のためにもう一押し。この一言で、青木は実力以上の力を発揮する。
「おまえがこのヤマのホシ挙げたら、埋め合わせに朝まで付き合ってやるから」
「本当ですか!」
「男に二言は無い」
「岡部さん! 最初のガイシャ、オレに任せてください!!」
 青木のやる気を引き出すことは、薪にとっては赤子の手を捻るより容易い。

 デスクを二つ占領して捜査資料を広げ、捜査官の目になってモニターを見始めた青木の様子に、他の職員たちが驚いている。青木は普段から仕事熱心な男だが、ここまでの気迫を感じることはめずらしい。
「むちゃくちゃ張り切ってないか? 青木」
「鬼気迫るもんがあるな」
 たしかに。
 身体の一部が差し迫っている。
「青木なりに考えてんだろ。薪さんが警視長になって初めての事件だ。ここで事件の解決にもたついてみろ。警察庁の仕事と第九の室長を兼任するなんてわがまま、通らなくなるぞ」
 青木が考えているのはそういうことではない。

「岡部さんの言うとおりだ。俺たちも青木に負けないように、頑張ろうぜ」
「いいです、皆さんは普通にしててください。でないとオレのご馳走がなくなっちゃいます」
「はあ?」
 青木の言うことは時々よくわからない。
 この現象は何年も前から続いていることだから、いまさら誰も突っ込む者もいないが。

「見つけましたっ!! この男です!」
 気合が能力を水増ししたのか、最初に決定的な画を発見したのは、周囲から浮きあがるほど張り切っていた捜査官だった。
 青木のモニターを見て、薪が満足げな笑みを浮かべる。自分が育てた捜査官の実力が確実に伸びていることを認識するのは、上司の醍醐味というものだ。
 こいつが本当に集中したときのカンの良さは、岡部に匹敵する。サーチの能力も、宇野に近付いてきている。少し精神的にムラが多いのが難点だが、スキルは確実に伸びている。
 これは、褒賞の価値がある。

「よくやった! 約束どおり朝まで付き合ってやるぞ!」
 薪の宣言に、青木はびっくりする。
 そんなに大きな声で、みんなに聞かれてしまう。まさかカミングアウトするつもりじゃ。
 もちろん青木に異存はない。薪が自分とそういう仲だと公言してくれたら、どんなに嬉しいだろう――――― なんて、甘い夢だった。
 
「みんな、事件解決の祝い酒だ! 朝まで飲むぞ!!」
「やった!」 
「朝までってそういう意味……?」
「今日は僕のおごりだ。おまえらジャンジャン飲め!」
「ごちそうさまです!」
 ……詐欺だ。

 盛り上がる同僚たちを尻目に、青木は深いため息を吐く。
「まあ、予想はしてたけど」
 青木は何回か、このパターンで騙されている。何度引っ掛かっても次の時にはまた騙される。その度に、この次は絶対に騙されないぞ、と心に誓うが、やっぱり乗せられてしまう。滅多に見せない薪のしおらしい態度や、上目遣いのクラクラする可愛らしさに、コロッといってしまう。
「どうしたんだ、青木? おまえが功労賞だぞ」
「はい。もうヤケクソです。ビール樽ごと持ってきてください」
「なんでヤケ酒?」
 これが飲まずにいられるか。

 捜査データを保存してプロテクトを掛け、みなが帰り支度を始めた時だった。
 直通電話がルルルと鳴り、近くにいた岡部が電話に出た。
「室長! 捜一から緊急の協力要請です!」
 連続の捜査要請。
 薪は瞬時に厳しい室長の顔に戻り、澄んだアルトの声を張り上げた。

「祝賀会は延期だ。続けて検証に入る。おまえら、根性見せろよ!」
「はい!」
 室長の気迫に、職員たちが力を込めた返事で応える。

 第九研究室の明かりは朝まで消えず、「朝まで付き合う」と言った薪の言葉は現実のものとなったのだった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: