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QED(5)

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 事件が解決したのは、翌週のことだった。
 青木が聞き込んだラブホテルの従業員からの情報が、証人の気持ちを動かした。手のひらを返したように協力的になった証人のおかげで容疑者は確定され、木曜日の夜に犯人は逮捕された。
 そこで第九の捜査ラッシュは途切れ、薪の泊まり込みは15日間という数字で終わった。事件解決の祝い酒はまた今度の機会に譲って、その週の第九は休日を返上して、連日の捜査に関する膨大な報告書の作成に追われていた。

 明けて、月曜日の夕方。
 薪は珍しく定時で研究室を出た。
 日比谷公園を横切って、日比谷駅から山手線に乗る。銀座で降りて、晴海通りを歩く。ソニービルの1階の有名なパティスリーに寄って、ケーキの箱を持って出てくる。
 マキシムド・パリのミルフィーユは、だれかさんの大好物だ。この大きさであの値段だからかなりの贅沢品だが、今日くらいは奮発してもいい。

 今日は、特別な日だから。

 せっかく銀座まで出たのだからと、薪はもうひとつの贅沢を自分にも許してやろうと思う。銀座には、薪の大好きな吟醸酒を売っている店がある。京都伏見の『綾紫』。限定品で、東京ではここでしか手に入らない。
 コンビニの角を左に曲がり、歩くこと数分。
 薪は人ごみの中に、周囲より頭ひとつ分高い部下の姿を発見した。

「あ」
 声を掛けようとして、思い留まる。
 青木がこの道を歩いているということは、たぶん目的地は薪と同じだ。薪のお気に入りの酒を手土産に、マンションに来る気でいるのだろう。
 まったく、薪の機嫌を取ることに関しては仕事より熱心だ。吟醸酒くらいで、薪が平日に最後まで許すとでも思っているのだろうか。

 ……でも、今日は特別な日だし。
 1ヶ月ぶりのデートだし。こないだのエッチはめちゃめちゃ中途半端だったし。僕だって絶対にイヤだってわけじゃないし、あいつが土下座して頼むなら考えてやっても。
 果てしなく傲慢なことを考えていた薪は、次の瞬間、息を呑んだ。

「え……?」
 青木の隣を、女の子が歩いている。20歳前後の若い娘だ。長い髪とスタイルの良さが人目を引く美人だ。二人は歩きながら、親密そうに顔を寄せて話をしている。

 誰だろう。少なくとも青木が以前見せてくれたアルバムの中に、この女性はいなかった。
 まさかと思うが、浮気?
 ないない。あのヘタレにそんな勇気があるもんか。万が一にも僕に嫌われる可能性のあることを、あいつがするわけがない。たしかにこの近くにはホテル街があるけど、まだそこへ行くと決まったわけじゃ……。
 薪の予想を裏切って、ふたりはだんだん問題の通りに近付いていく。角を曲がって通りに入り、やがて一軒のホテルに入っていった。

 嘘だ。
 なんかの間違いだ。
 きっとこれには訳があって、そういう目的じゃない何かで青木はあの娘とここへ入ったんだ。だからすぐに出てくる。5分もしないうちに出てくるはずだ。それから僕へのプレゼントを買って、僕のところへ来る。
 僕はあいつを信じてるから、ここで待ち伏せるなんて真似はしない。ただちょっと歩き疲れたから、立ったまま休みたいだけだ。

 30分経っても、青木は出てこなかった。
 馬鹿馬鹿しくなって、薪はその場を離れた。吟醸酒を買うのを忘れたな、と電車の中でぼんやりと思った。家に帰ってからケーキの箱を開けてみると、ドライアイスが切れて温度が上がったせいか、飾りの生クリームが溶けていた。これぐらいなら食べられると思ったけれど、何故かそれが許せなくて、ゴミ箱に叩き込んだ。
 それから薪は、冷蔵庫を開けた。
 その中には今夜のために昨日から仕込んでおいた料理がぎっしりと詰まっていたが、薪は片っ端からそれらを取り出して、トレーごとゴミ袋に突っ込んだ。

 ふざけやがって。
 なにが『来週の月曜日は何の日か覚えてますか?』だ。
 僕を誰だと思ってんだ。警視長試験トップ合格者の薪剛だぞ。覚えてないわけないだろうが。

 聞かれたときにそのことを言わなかったのは、仕事中だったから。職務中にするのは仕事の話だけ。プライベートの話はそれ以外の時間にするべきだ。僕がそういうポリシーを持っていることくらい、とっくに解ってると思ってたのに。
 あの会話で、青木は今日の約束はキャンセルだと思い込んだのだろう。それであの娘と。

 冷蔵庫の扉を開けたまま、薪は冷気の前に座り込んでいる。
 冷蔵庫が空になったら、自分の心まで空っぽになってしまったような気がする。勢いで全部捨ててしまったけれど、これじゃ自分の夕飯もない。

「なにやってんだ、僕」
 自分の短気に、頭を抱える。
 いいじゃないか、べつに。たまに女の子と遊ぶくらい。
 本音を言えば薪だって、時々は女の子と寝たいと思っている。これは男である以上、当たり前のことで。あいつが泣くと思ったからしなかっただけで、あっちもやってるんだから、これからは自由にできるということだ。ラッキーじゃないか。

 青木の隣を歩いていた、髪の長い女の子を思い出す。
 37歳のオヤジと20歳の女の子。
 どう考えても勝ち目がない。ていうか、薪だってそっちがいい。
 1年経って痛みはだいぶ薄らいできたけど、やっぱりセックスは女のほうが気持ちいい。だいたい、なんで僕ばっかり痛い思いしなきゃいけないんだ。そりゃ、たまにはうまくできることもあるけど、ほとんどは我慢してるだけだ。早く終わって欲しいって、そればっかり考えてる。

 もしかしなくても、僕とのセックスは、楽しくないのかもしれない。
 男の場合、感じてるかどうかなんて見た目ですぐに解っちゃうし、どうしてもダメなときは途中で強制終了だし。
 痛がってばかりいる相手とのセックスなんか、面白いわけがない。僕だって、そんな女の子と寝たくない。
 でも、青木は僕のことが好きだから。
 だから、土下座して頼むほど僕のことを欲しがって……。

 薪は呆然と床を見つめた。
 木目の美しい床の上に、正座して頭を下げる大男の幻が見えた。





*****

 ラブコメラブコメ♪
 って、世間一般の定義と若干のズレがあるような。(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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