サインα(2)

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「いいですよ、無理しなくて」
 自分の下で固く強張る細い背中を、青木は押しのけるようにして自分から引き剥がした。
 行為の途中で急に引き抜かれて、ベッドに突き飛ばされた薪は、恋人の乱暴な仕打ちに驚いた顔で振り向いた。
「薪さん、本当はしたくないんでしょう?」
 薪と愛し合っているときに、青木がこんな真似をしたことは今までに一度もない。しかし、幾度も幾度もその衝動は青木の中で湧き上がり、意志の力でずっと抑えられてきた。それがついに、表面に噴き出した。
 それは2年目の冬。ここまでよく続いた、というべきか。

「今日は、ちょっと疲れてて」
 薪はすまなそうに言い訳をすると、でも大丈夫だから、と青木に続きを促した。生まれつき淡白な薪とのセックスは、青木の方が一方的に欲望を満たすことも多い。外見と性的年齢の隔たりが50歳くらいありそうな薪に合わせていたら、青木は気が狂ってしまう。だからこれは、円滑な恋人関係を保つための妥協案で。薪の「大丈夫」は、そういう意味だ。

 これまではそうしてきた。だけど、その夜の青木は妥協したくなかった。
 たしかに、青木ひとりの欲望でも行為はできるけど。それは恋人のセックスじゃない。

「青木?」
 いつになく不貞腐れた様子の青木に、薪が不安そうに声をかける。常ならその台詞で自分に挑んでくる青木が一向に動こうとしないので、訝しく思ったのだろう。
 だけど、今日はどうしても我慢ができない。ずっと心の底に押し込めていた憤懣が一気に堰を破ったかのように、青木はひどく好戦的な気分になっていた。と同時に、目の前の何も知らない無垢で残酷な彼を、思い切り傷つけたくなった。
「誰だって好きでもない人と、こんなことしたくないですよね」

 このひとは、何も知らない。
 オレが今までどんな気持ちで、他のひとを想い続けるあなたを見てきたか。恋人とは名ばかりで、彼の身代わりに過ぎない自分の立場にどんなに苦しんできたか。何ひとつ分かっていないのだ。

「なにを言って」
 薪の言葉を遮って、青木は言葉を重ねた。言いたくても言えずにいたこと、飲み込んできた数々の言葉が奔流になって出てきた。
「好きな人が裸で目の前にいたら、普通欲しくなるでしょう? したくなって当たり前ですよね。でも、薪さんはいっぺんもそんな風になったことがない。いつもいつもオレの方からばっかり、オレばっかりあなたが欲しくて」
 言い出したら、止まらなくなってしまった。言葉はどんどんエスカレートして、薪の表情は泣き出しそうな困り顔になった。
 いつもならそこで青木は慌てて謝るのだが、その日は彼を困惑させて申し訳ないと思う気持ちは湧いてこなかった。
 少しくらい、苦しめばいいと思った。何年も悩み続けている自分のために、一度くらい涙を流してくれたってバチは当たらないと思った。

「だいたいおかしいですよ。オレたち、付き合い始めてもうすぐ2年ですよ。それなのに、まだ慣れないなんて。気持ちが入らないから感じないんですよ。オレのこと、好きじゃないから!」
 なかなか成長しない薪のセックスの理由を愛情の欠如だと決め付けた青木の言葉に、薪は大きく目を見開き、次いでくちびるを開いた。
「僕がどんな思いで」

 ええ、聞かせてください。
 薪さんがどんな気持ちで、オレの恋人でいるのか。オレのこと、本当はどう思っているのか、ちゃんと薪さんの口から聞かせてください。

 青木は心の底から切望したが、その後の言葉は聞けなかった。薪はそれきり口を閉ざし、下を向いてしまった。 つまり、青木の言を認めたということだ。

 青木は黙って寝室を出た。
 どうして何も言ってくれないのだろうと、冷たい恋人に腹が立った。
 本当は、言って欲しかった。
『そんなことはない、おまえが好きだ』
 薪の口からその言葉さえ聞けたら、すべての迷いを捨てることができるのに。薪がその手の台詞が苦手なのは知っているが、自分たちは恋人同士だ。恋人に好きと言ってもらいたい、その望みはそんなに大それたことだろうか。
 それとも、嘘は吐けないということか? 嫌いではないが好きでもない、求められれば応じるけれど、自分から進んで取りに行くほどのものでもない。その程度の思いだと?

 やっぱり、無理なのかもしれない。薪の心を自分に向けさせることなど、できないのかもしれない。
 結局、自分はずっと鈴木の代わりで。薪への想いは一方通行のまま。

 裸の恋人を放ったまま、青木は薪のマンションを出た。家に帰るのも何だかシャクだ。いっそのこと、浮気でもしてやろうかと思う。
 折りしも歓楽街が賑わう時間帯、駅前通りには腕を組んで歩いている男女が大勢いて、中にはいかにもその道の女性らしき相手を連れている男も何人かいたが。女性たちはみなキレイに化粧をして、魅惑的なボディラインを強調する衣装をまとっていたけれど。

 ……ダメだ、薪以外の人なんて。ぜんぜんその気にならない。

 どんなに理不尽な扱いを受けても、薪と別れることなんかできない。薪のマンションに取って帰して懸命に謝れば、薪はきっと青木の暴言を許してくれる。薪は決して狭量ではないし、青木も別れましょうと言ったわけではない。ただのケンカだ。悲しいことに、こんなケンカはしょっちゅうやっている。
 でも今のままでは、遅かれ早かれ破局はくる。

 どうにもならない気持ちをもてあまして、青木は携帯電話を取り出す。この頃、めっきり顔を見なくなった女性の名前を選んで、電話を耳に当てた。
 5回目のコールで電話に出た相手に、挨拶も無しに青木は言った。
「三好先生、今から会えますか?」








テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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No title

はじめまして、こんにちわ♪

おもしろいですね^^v

Re: No title

はじめまして。

読んでくださってありがとうございます。
秘密ファンの方ですか?

これからもよろしくお願いします。m(_ _)m
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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