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「あの、三好先生? こんなところで何をしようと」
 いや、この建物の目的はよく分かっているし、青木も何度も利用したことがあるから使用方法についても熟知しているが。
 そういえば、薪とはまだ入ったことがない。薪のマンション以外で、行為に及んだことはない。一度誘ってみようか。新鮮な気分になれば、薪の反応も変わってくるかもしれない。

 青木が呑気なことを考えているうちに、雪子はさっさと中に入ってしまった。一体、どういうつもりだろう。
 薪を愛していることを、身体で証明する? ラブホテルで、雪子の前で?
 もしかして、薪とここでセックスしなさい、と言う気だろうか。それはいくら雪子の命令でも……いや、薪は雪子の言うことなら何でも聞く。これはいけるかもしれない、むしろブラボー!
 見ると、雪子は携帯電話を耳に当てている。間違いない、薪を呼び出しているのだ。

「すぐに来るから。部屋で待ってましょ」
 雪子は部屋のキーを持って、先に立って歩き出した。青木はその後ろをいそいそと着いて行く。誰かに見られたら確実に誤解を受けるが、これ以上のカモフラージュはない。後からひとりでホテルに入る薪と、女連れで先に入った自分を結びつける者はいないだろう。そこまで気を回すとは、さすが雪子だ。
 部屋で待っていると、30分も経たないうちにノックの音がした。中途半端なベッドに悶々としていた青木の胸が、期待にトクンと高鳴る。

「あの、三好先生。オレたち、二人きりにしてもらえますか?」
 申し訳ないが、雪子にはここで退場願おう。薪は恥ずかしがり屋だ。明るいところで抱き合うのも嫌がるのに、人前でなどできるわけがない。
「いいの? あたしがいなくなっても」
 ここまで来れば、薪だって覚悟を決めるだろう。いつもと違うシチュエーションに、気分も盛り上がるに違いない。
「大丈夫です。ちゃんとオレがリードしますから」
「へえ。ずい分自信あるのね。あんた、初めてじゃないの?」
 青木はドアを開け、訪問客を迎え入れた。

「何を言って……どえええっ!?」
 彼は部屋に入るなり、青木に抱きついてきた。きつい香水の匂い、それより強いオスの臭い。
「あ~ん、お久しぶりぃ、一行ちゃん!」
 ドスの利いた低い声で名前をちゃん付けで呼ばれて、青木は総毛立つ。厚く塗ったファンデーションと真っピンクの口紅。つけ睫毛とマスカラに囲まれた眼は狐のように釣りあがって、大きな口はうれしそうに笑みを刻む。
 野太い声と目の周りを強調したメイク。男でも女でもないこの生命体をカテゴリに分類するとしたら―― 妖怪?
「ほ、本間さ、いえ、彩華さん!?」

 本名本間竜太郎、38歳、性別♂。しかし、源氏名の『彩華』で呼ばないと返事をしないことからも分かるように、意識はしっかり女性だ。雪子の友人で、青木のアドバイザー。つまり、そちらの方面の先生というわけだ。
「逢いたかったわぁ」
 間近に顔を覗き込まれて、青木は引っくり返りそうなる胃を根性で押さえ込む。どこから見ても立派な男性の彼が、厚化粧と身体にぴったりとしたスパンコールつきのミニワンピに身を包むと、その破壊力はすさまじい。視覚刺激で脳髄が焼き切れそうだ。

「ちょっ、顔近付けないでください、心臓に悪いです」
「まあ、一行ちゃんたら。それは恋のときめきってこと?」
 ……コロシタイ。

 彼女に初めて会ったのは、2年前の春。男同士のセックスのことなど何も分からない青木は、薪との最初の夜、派手な失敗をしてしまった。それから少しずつ勉強し始めたのだが、こういうことは書物を読むより経験者に体験談を聞いたほうがよく分かる。何かうまく行かないことがあるたびに、プロの彼女に電話で相談してアドバイスを受けていた。
 髭剃り跡の濃い顔を近づけられ、青木は仰け反って彼女を避ける。逃げるほどに彼女は接近してきて、青木はベッドまで追い詰められた。

「じゃあ、後はよろしくね、彩華。彼、あなたと二人きりになりたいみたいだから」
「ちがいますっ! てっきり薪さんが来ると思ったから! 行かないでください、みよしせんせえええ!!」
「バカじゃないの、あんた。薪くんがこんなところに来るわけないでしょ」
 冷静に考えたら、雪子の言うとおりだ。もし雪子が、「いま青木くんとホテルにいるの」と報せたら、つねづね結婚するなら雪子としろ、と青木に刷り込んでいる薪のこと、「お幸せに」と言って電話を切ってしまうだろう。 未だに雪子の結婚相手として自分を視野に入れている、それもまた、薪の愛情を疑う要因のひとつであるのだが。

 彩華は青木をベッドに押さえつけ、慣れた手つきでネクタイを外した。抵抗しようとしたが、音を立てて首を吸われて力が抜けてしまった。相手は自分より小さくて非力なはずなのに、撥ね退けることができない。嫌悪感と吐き気に襲われて、身体に力が入らない。なんかもう、妖術にでもかかってる気分だ。
「三好先生っ、助けてっ、助けてください!!」
 どんな部門でもプロと言うのは大したもので、彩華は素早く青木のシャツを脱がし、はだかの胸に頬をこすりつけた。
「あぁ~ん、たくましい胸。若い肌っていいわね~」
「ひええええ!!!」
 ヒゲがジョリジョリする! ありえない、気持ち悪いっ! 嫌悪感に気を失いそうだ。ある意味、雪山で死にかけたときより危険な状況だ。

「遠慮しないで、ズドンとやっちゃいなさい」
 青木の悲鳴に、雪子はつかつかとベッドの側まで寄ってきて、しかし友人の暴挙を止めようとはせず、腕を組んで睥睨した。どうやら傍観者の立場を決め込むつもりらしい。雪子がお祭り好きなのは知っているが、いくらなんでもこれはヒドイ。
「いや、ムリです! オレ、薪さん以外の男じゃ勃たな……!!!」
 ズボンの上からそこを撫でられて、青木は声を失った。おぞましさに眩暈がする。
「大丈夫、あたしたちはリバーシブルが基本だから。うふふ、新しい世界を教えてあげるわ」
「うぎゃああああ!!!!」
 
 ついに切れて、青木は彩華の身体を思い切り突き飛ばした。黒帯に近い実力をつけてきている青木の突きに、武道をたしなまない彩華の体は軽々と吹っ飛び、雪子に受け止められた。
「いやですっ、男にやられるなんて! オレは女じゃありません!」
 その言い方は彩華の職業を侮辱するかもしれないと微かに思ったが、言葉を止めることはできなかった。

「薪くんは?」
 思いもかけない方向からの質問に、青木の眼が点になる。どうしてここに薪の名前がでてくるのだ?
「あんた、薪くんに散々やっといて、よくそんなことが言えるわね? 薪くんだって男なのよ。ゲイじゃないって言ったでしょ」
「だ、だって、薪さんは……鈴木さんと、その」
「過去にそういうことがあったのは事実だけど、薪くんはゲイじゃないわ。男の人を見て欲情したりしないもの。あんたに欲情しないって、そういうことでしょ? ほら、彩華はちゃんと勃ってるわよ」
 ミニスカートを捲られて、その事実を強制的に視認させられる。眼が腐り落ちそうだ。

「いっぺん、薪くんの立場を体験するといいわ。そしたら彼の気持ちが解るでしょ」
「いや、だって、薪さんとオレは恋人同士なんだし、それは当たり前のことで」
「じゃあ、あんたが薪くんに抱かれてみる? それはありなわけ?」
 考えたこともなかった。
 薪は「青木のハダカを見ても勃たないから」という理由で、最初から受ける方を選んだ。鈴木のことがあったから、それが当然だとそのときは思ったが、考えてみれば16年も昔の話だ。自分の身体が傷つくことも承知の上で、薪は青木に身体を開いてくれようとしたのだ。
 
 初めて自分が薪の下になって彼に犯されることを考えてみて、いくら薪が相手でもそれはイヤだと心の底で叫ぶ声に気付いて、青木は驚く。愛し合うことが目的なら、どちらが男役でもいいはずだ。だけど、理屈では割り切れない絶対的な嫌悪感が存在する。それは本能的なもので、男である以上仕方のないことだ。
 ……じゃあ、薪は?

「ノンケの男が男に身を任せるのが、どういうことだか解った? 半端な覚悟でできることじゃないでしょ。あんた、そんなことも分からないで薪くんのこと抱いてたの?」
 青木は、言葉を返すことができなかった。
 苦痛に耐える覚悟を決めてくれた薪に感謝はしたが、自分が女として扱われることに対する彼のプライドについては、何も考えなかった。
 薪のプライドの高さは折り紙つきだ。自分が女に間違われたり、同性からそういう眼で見られることを何よりも嫌がるのだ。そんな彼が、青木と愛し合うときには自分から女性の役割を引き受けてくれる。それはつまり。

「必死で頑張ってるのに、それを理解するどころか愛情まで疑われて。あーあ、薪くん、かわいそう。やっぱりこんな男とは切れた方がいいわ。この次はかわいい女の子見つけるでしょうから。その方が薪くんのためだわ、うん」
 青木は起き上がり、シャツのボタンを止めた。彩華に取られたネクタイを床から拾い、ポケットにしまう。
「三好先生」
 ハンガーに掛けておいたジャケットを着て、雪子とその友人に向き直る。ふたりに向かって、最敬礼の角度に頭を下げた。
「ありがとうございました」
 青木が礼を言うと、雪子はにやっと笑った。今宵、初めての笑顔だった。

「あたしはいいけど、この子が納得しないみたいだから。キスでもしてやって」
「すいません、勘弁してください」
 彩華にも感謝している。彼女は雪子に頼まれて、店を抜け出してきたのだ。服装が営業用のそれだった。しかし、その感謝をキスで表すわけにはいかない。
「オレ、夢中で恋してる相手がいますから」

 精一杯の感謝を笑みで表した青木に、彩華はフンと鼻を鳴らし、
「あ、また『オレは世界一の幸せ者だ』って顔してる。雪子、この子、殺っちゃっていい?」
「そうね、協力するわ」
 ふたりの魅力的な女性が揃ってポキポキと指を鳴らし、戦闘の合図をする。青木は大慌てでホテルの部屋を飛び出した。
「失礼しますっ!」
 ガタイばかり良くて実情は情けない長身の男がいなくなると、部屋に残された二人の女性は顔を見合わせて笑った。

「あ~、楽しかった。あの子、面白すぎ。雪子、また呼んでね」
「機会があればね。彩華、これからお店に戻る?」
「せっかくだから、ここでお仕事してくわ。ホテル代、儲けさせてもらう」
「はいはい、がんばって」
「あんたも頑張りなさいよ。アタシたち、もう40になるのよ。早くいいひと見つけなさい」
 ギラギラにコーティングされた携帯電話を取り出して、彩華は客のひとりに商売を始める。その様子を見ながら、あんなにたくさんのストラップがついていたら、電話をするのにも収納にも邪魔なのではないかとお節介なことを思う。

「あんたに言われたくないわ」
 自分も1本の電話を済ませると、雪子は出口に向かった。後ろから、彩華の声がかかる。
「雪子。いつまでも死んだ人に操立ててたって、彼は喜ばないわよ」
 雪子はびくりと足を止めたが、振り返らずに部屋を出て行った。その背中はピンと筋が通って、潔く、美しかった。



*****


 ああっ、楽しい!
 次は彩華さんのスピンオフを書こう(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

鍵拍手いただきましたMさまへ

えええええええええええ~~~~!!! 

これって、青×薪ではなく、青×雪でもなく、彩華×青木ですよね!?
げらげらげら!!!

わかりました、Mさまのお望みとあらば特別編で、彩華さん×青木さんの大人のラブストーリーを、、、、、、っっ、
ひぃぃ~~~~~(>∇<)

Mさまへ

Mさま。

はじめましての方ですよね。
読んでいただいてありがとうございます(^^)


>彩華ネエさんナイス!キャラ!!

ありがとうございます!
うち、ギャグ小説サイトなんで、笑ってもらえるのが一番うれしいです。

こういうとんでもキャラ、考えるの楽しいです~。
うちのオリキャラはみんな個性強いんですけど、その中でも彼女(?)はピカイチでございます。
気に入っていただいて光栄ですww


Mさまのまたのお越しを、心よりお待ちしております(^^)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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