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室長の災難(3)

室長の災難(3)







 いつもより三割増しの速さで、薪は第九への通路を歩いていた。
 所長室から退室する際に、竹内に言われた言葉が薪から冷静さを奪っている。

『官房長をたらしこんだ色香で、犯人も引っ掛けてくださいよ』
 所長の田城に聞こえないように薪に耳打ちされたそのセリフは、署内のあちこちで嘲笑とともに囁かれているらしい。その噂は、薪が27のときに官房長直々の特別承認を受けて警視正に昇任し、第九の室長に抜擢されたことに端を発しているようだが、もちろん事実無根だ。アホらしくて否定する気にもなれない。
 それにしても、田城まであんなことを言うなんて。まったくひとを馬鹿にしている。自分のどこが女に見えると言うのだ。確かに少し背は低いかもしれないが。
 163cmという身長が、薪の唯一のコンプレックスだった。
 こればかりはどうにもならない。その他は十分男らしいのに、とまあ自分のことは見えないものである。

 自動ドアが開き、見慣れた第九の風景が薪の目に映る。
 コンピューターだらけの部屋。壁一面の巨大なスクリーン。素人にはどう扱って良いか見当もつかないであろう、専門用語だらけの操作機器。
 ここがいちばん落ち着く。が、この日ばかりは違った。

「あ、室長がコケた」
「めずらしいですね」
「大丈夫ですか?」
「こっちの台詞だ!」
 薪にしては珍しい失態だった。
 腰砕けになって床に座ったまま、怒鳴り返した声はいつものアルトよりオクターブ高く、完全に裏返ってしまっている。
「おまえら、どう、どう……!!!」
 顔色もいつもの白さを通り越して、蒼い。
 無理もない。
 見慣れた部下たちが全員化粧をしてカツラを被り、女装していたのである。

「おまえらみんなして二丁目でバイトでもする気か! なんなんだ、その格好は!」
「いや、なんか、室長が囮になるって聞いたから」
 栗色のロングヘアの190cm近い大女。……青木だ。まだ着替えは済んでいないらしく、ネクタイをしたままだ。いや、青木の体に合う女物の服が無かったのか。
 小池は金髪のショートへアにピンクのワンピース。宇野と曽我は、黒髪のワンレングスにブラウスとスカートといういでたちで、準備万端である。

「だからって、なんでおまえらがそんな格好してるんだ」
「薪さんにだけ危険なことさせられませんよ」
 喜ぶべきことなのだろう。
 上司を思いやってくれる部下の気持ち。確かにありがたいことだ。
 しかし。
「おまえら、捜一の捜査を潰す気か!」
 どんなに好意的に解釈しても、受け入れられない現実というものはあるのだ。

「しかし薪さん」
「ひぇえ!」
 反射的に、薪の体が3mほど飛びのいた。
「ひええって」
「おっ、岡部!? お化けかと思った」
 確かに、こわい。
 岡部はもともと精悍な顔立ちで、ひげも濃く男くさい男なのだ。しかし、誰よりも薪のことを思い、その身を案じて心配しているのはこの男である。薪のために一肌脱ぐとあっては、男のプライドもなんのその。
 でも、こわい。

「オバケはひどいですよ」
「ひどいのはおまえの顔だ。とにかく、おとりは僕ひとりで十分だ」
「受けたんですか?」
 青木が驚きの声を上げる。少し非難めいているようにも聞こえる声音だった。
 それに対して薪は弁解がましいことは何も言わず、ただ頷いた。
「捜一に恩を売っておくのも悪くない。それに、無料奉仕(タダ)じゃない」
「タダじゃない?」
「今回のおとり捜査が功を奏して犯人を逮捕した暁には、正式発表は、捜一と第九の合同捜査であることを明言してもらう」

 ほっそりした指に挟まれた一枚の紙。
 誓約書、とある。竹内誠・田城良治の署名入りだ。
「捜一のバカ(竹内)は、どうせうまくいくはずがないと思ってサインしたんだろうが、約束は守ってもらうぞ。おまえら、早く着替えて仕事に戻れ」
 いつもの冷静さを取り戻して、薪は室長室に入っていく。ほっそりした背中に、冷たい怒りが燃えているようだった。

「相変わらず捜一とは仲悪いですよね」
「正反対の部署だからな。捜一にしてみりゃ、現場にも出ない聞き込みもしない、そんな捜査方法を認めるわけにはいかないんだろうよ。俺も昔そうだったしな」
「しかし、合同捜査であることを世間にアピールするって……室長、総監賞でも狙ってるんですかね?」
 小池が不思議がるのも無理はない。薪がこんなことを言い出したのは初めてだ。
 薪は出世には興味がない。興味があるのは事件のことだけだ。誰もがそう思っていた。それが世俗的な条件と引き換えに、今回の件を引き受けてきたと言う。

「俺たちのためだろ」
 薪の心を誰よりも知っている岡部が、即答する。
「薪さんは自分の出世には無関心だ。だが、部下である俺たちまでそうなることはないと思ってる。第九を守り、俺たちを守るためには、世間で叫ばれている第九への非難の声を少しでも抑えなくてはいけない。第九の有能さを世間にアピールすることは、必要なことなんだ」
 あまり表には出さないが、薪は確かに第九という職場を愛していた。自分についてきてくれる部下たちのことも。
 自分はいつも矢面に立って、一番いやな役はいつも自分で引き受けて。そんなことはおくびにも出さず、冷静な仮面をつけて仕事をこなす。
 やっぱり室長は、第九職員全員の憧れだった。


 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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