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室長の災難(4)

室長の災難(4)






 白衣を翻し、彼女は第九への通路を急いでいた。
 背筋をぴんと伸ばし、颯爽と歩く。気の強そうな顔には、何やらいたずらっ子のような表情が浮かんでいる。

「三好先生。解剖所見、わざわざ先生が持ってきてくれたんですか?」
 法医第一研究室の三好雪子女史だ。彼女と仲の良い青木が、席を立って書類を受け取りに行く。
「こっちはついで。見物に来たのよ。あとこれ、差し入れね」
 ハンバーガーの入った大きな紙袋を青木に預けて、にやーっと笑う。
「薪くん、女装するんですって?」
「やっぱり。あんまりからかわないで下さいよ。ただでさえピリピリしてるんですから」
「こんな面白いもの見逃せません、監察医として」
「監察医、関係ないでしょう」
 笑いながら室長室へ入っていく。そこでは薪が化粧の最中だった。

「薪くーん、陣中見舞いよー。って、キャ―――!!」
 悲鳴と同時に飛び上がる。その声は明らかな恐怖で満たされていた。
「なに? なんなの!? お化け屋敷のバイト!?」
「え……岡部と同レベル?」
 監察医という仕事柄、恐ろしいものを見慣れているはずの彼女をこれほどまでに驚愕させたのは、薪の変わり果てた姿だった。

「まあね、化粧の上手い男なんて、気持ち悪いけどね。」
 化粧品の数々―――― 男にとっては、未知の世界だ。どの順番で何を使って良いのか分からず、いい加減に塗っているうちに原型を留めなくなってしまったらしい。
「とにかく、それ落として。石鹸じゃ駄目よ、クレンジング使って。って、パック塗ってどうすんのよ。違う、それ除光液!」
 見るに見かねて、雪子はクレンジングとコットンを手に取った。

「女の人って、毎日こんなことしてるんですか? 朝の忙しい時間帯に?」
「そうよ。尊敬しなさい」
「はい」
 コットンに化粧が移っていくに従って、薪の美しい素顔が現れる。
 やわらかい肌、長い睫。睫毛の上にマッチ棒が3本乗るのが自慢の友人がいたけど、こちらはマッチが箱ごと乗りそうだわ、と心の中で舌打ちする。女性には少々、複雑な気持ちを起こさせる美貌である。
 幼な子のような透明感のある白い肌。しみひとつない。あまり外に出ない職業柄かもしれないが、それにしてもこれが男の肌とは。
「薪くん、洗顔料なに使ってるの?」
「メンズビ○レです」
 聞くだけ無駄だったようだ。雪子が使っている洗顔料の10分の1の値段で買える量販品で誰もがこの肌になれるのなら、エステは商売として成り立たない。

「初めに化粧水、乳液、下地クリーム。頬に赤みをのせたければオレンジの顔料、逆に白くしたければ緑色の顔料……聞いてる?薪くん」
「すいません。どれが化粧水で、どれがえっと、乳剤?」
「顔に塗ったら面白いでしょうね」
(乳剤=道路の舗装材の下に撒くどろどろの黒いタールのような液体)

 結局、基礎化粧からやってあげることになる。まあ、薪くんの化粧した顔を一番最初に見られるものね、とまんざらでもない雪子である。元来姉御肌で面倒見が良い彼女のこと、口で言うほど怒ってはいない。
 白い肌に、すうっと化粧水がなじむ。乳液も下地クリームも、びっくりするくらい良くのびる。本当に、子供のような肌をしている。化粧のノリはすこぶる良い。
 このまま肌の色に補正の必要はないと判断して、ファンデーションをのせる。ごく薄くしないと、せっかくの透明感が損なわれてしまいそうだ。

「アイシャドウは何色にする? 髪の色に合わせて、ブラウン系でまとめようか」
「お任せします」
「つけまつげは必要ないわね。マスカラだけでいけそう。チークはピンク系かオレンジ系か。ん~、薪くん、口紅塗るから動かないで……はい、できたわよ」
 さっきの失敗を思い出してか、薪はおそるおそる目を開けた。

 鏡の中には、自分によく似た女性が映っている。どこから見ても立派な女性だ。
「雪子さん会心の出来だわ。楽しいわね、人に化粧するのって」
 じっと見ても女にしか見えない。自分でもこんなになるとは思わなかった。どうしてこんなに線が細く……?
「っ、眉……雪子さん! 僕の眉毛!」
「あ、剃ったわよ。薪くん、眉毛だけはいくらか男らしいから」
「冗談じゃないですよ! これじゃまるっきり女の子……!」
「だって、女装しておとり捜査でしょ? 女の子に見えなきゃ困るんじゃないの?」
 いや、それは確かにそうだけれど、でもしかし、ここまで女性そのものにならなくても……!!

 往生際悪く、しばらく何か言い返そうと口をパクパクしていた薪だったが、やがてがっくりと肩を落とした。
「こうなったら、何が何でも捕まえてやる。眉毛の恨み、思い知らせてやる」
「あたし、なんかマズイことした?」
 凶悪犯罪に対する義憤や正義感。そこに逆恨みが加わって、薪のやる気は臨界点を超えそうだった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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