ハプニング(7)

ハプニング(7)





 正午を告げるチャイムを聞くと同時に、曽我は席を立った。隣の席で小池が、うーん、と唸りながら背伸びをしている。
「小池、今日の昼メシ、銀洋亭のランチにしようぜ」
「おう。薪さんが特捜に掛かってる間くらい、外へ食いに行かなきゃな」
 悲しいことに彼らは、「仕事最優先、食事は単なるエネルギー補給に過ぎない」という自論を部下にまで押し付ける室長のせいで、しばしば食の楽しみを奪われている。室長の目が届かないときくらい、昼休みを満喫したいと思うのは当然の心理だ。

「青木はどうする?」
「そうだな。一応、声掛けてみるか」
 小池は携帯電話を取り出し、後輩のアドレスに手早くメールを打った。
 青木は現在、室長とふたりきりで特捜に掛かるという、第九職員にとってこれ以上はないくらい不幸な境遇にある。あの状態は、例えるなら地獄の最下層だ。せめて昼休みくらい、哀れな亡者から人間に戻してやりたい。

「あ、でもどうだろう。あの事件て、あれだろ? かなりグロイ画を見てるはずだけど、青木のやつ食欲残ってるかな」
 特捜に掛けられた事件の概要は、小池たちも知っている。
 不倫の果ての一家惨殺事件の犯人、世間から魔女と罵られた女性が今回の捜査のターゲットだ。不倫関係にあった男とその妻、子供2人を殺して逮捕された。死刑が求刑されたのは4人もの人を殺した罪の重さもさることながら、その遺体に加えられた残酷な仕打ちも大きな要因を占めていた。
 殺された4人の被害者は、顔の皮を剥がされていた。
 男も妻も子供たちも、剥き出しの筋繊維と神経を晒し、初動捜査に当たった警察官たちを戦慄させた。その惨状から『魔女』という流言も生まれたのだ。
 犯人の脳には当然、皮を剥ぐ様子も映っている。グロテスクな画が苦手な青木には、かなり厳しいはずだ。

「そうだなあ。青木が行くって言ったら銀洋亭のハンバーグは諦めて、三笠屋の天ぷらにするか」
「天ぷらもきついだろ。松乃の蕎麦にしといてやれよ」
「えー、蕎麦じゃ夕方まで持たないよ。3時には腹が減っちまう」
 そんなことを話しながら、特捜が行なわれている部屋へ向かう。

 第九には、モニター室が4つある。第一モニター室には巨大なメインスクリーンがあり、ここが普段の捜査に使われている。第二から第四は特捜など、担当者以外の者が情報を得ることはできない極秘捜査のための個室になっている。
 その第四モニター室から、おぼつかない足取りで出てきた人影を見て、ふたりは首を傾げた。

 廊下の壁にもたれるようにしてよろよろと歩く姿は、間違いなく鬼上司のものだったが、彼のこんな頼りない背中はこれまで一度も目にしたことがない。第九では連続の徹夜作業も珍しくもないが、徹夜明け屍累々といった有様の中、薪だけはシャキッと背筋を伸ばして昂然と頭を上げているのが常である。
 かといって、薪が人並みはずれてタフかというと、そうでもない。年を重ねても一向に衰えない美貌からサイボーグ説まで浮上している薪だが、実際はその細い体躯に見合った体力しか持っていない。結果、薪の身体は、限界を超えると同時に意識を失い自動的に体力回復を図るという荒業をやってのけるようになった。その生命維持機能が働いて突然倒れる直前ですら、彼の背筋はきれいに伸ばされているのに。
 これは只事ではない。

「大丈夫ですか、室長」
「俺に摑まってください、仮眠室へ」
 曽我の腕にすがった室長は、真っ青な顔をして右手で口元を押さえている。ぎゅ、と目をつむって、とても辛そうだ。
「仮眠室の前にトイレだ。……ですね」
 モニター室から現れたもうひとりの男が、冷めた口調で言った。曽我の腕から薪の身体を引き取り、荷物でも扱うように自分の肩に担ぎ上げた。

「薪さん、体調悪いのか?」
「いや。けっこうキツイ画だったんで、そのせいですよ」
「そんなわけないだろ。あの薪さんが画に酔うなんて」
 青木はそれに答えず、黙って洗面所がある方向へ大股に歩いて行った。

「あ、今日は銀洋亭ですよね。ちょっと待っててくださいね、これ運んだら直ぐに行きますから」
 思いついたように振り返ると、ふたりに声をかけて、青木は廊下の角を曲がった。廊下に立ったまま、小池と曽我はまたもや首を傾げる。
「コレ?」
「運ぶ?」
 青木が薪に心酔していることは、すでに第九の中では朝太陽が昇ることと同じくらい当たり前のことだった。薪が倒れたりしたら青くなって飛んできて、大事そうに抱えてベッドへ運び、薪が眠っている間も何度も仮眠室へ様子を見に行く。眠って食べれば元気になるのが分かっていても、平静ではいられないらしい。
 その青木が、薪の身体をモノ扱いするなんて。

「何かあったのかな、青木のやつ」
 細い目を一層細めて、小池は思慮深げに腕を組んだ。
「ここ最近、どうもヘンなんだよな。何日か前もさ、青木に『おまえ悩みなんかないだろう』って言ったんだよ。そしたら『失礼な、悩みくらいある。今日の昼飯のこととか』みたいな返事が返ってきて」
「はは、青木らしいな」
 坊主頭を掻いて、曽我はひとの良さそうな笑みを浮かべる。陽気で朗らかで、自分とは正反対の友人の性格を、小池は少しだけ羨ましいと思っている。
 
「内容はな。でも青木なら、最初の一言は言わないと思う」
 小池が指摘すると、曽我はきょとんとした顔になって、ああ、と頷いた。
「咄嗟の一言って、人間性が出るんだよな。あれは青木には相応しくない言葉だ」
「そうだな。でもまあ、青木もここに来て3年だろ? いつまでも新人じゃないし、喋り方もくだけてきて当たり前じゃないのか」
「馴れ馴れしいのとは、また違うんだよな。なんかこう、ニュアンスが」
 そこで小池は言葉を切った。青木の姿が廊下に現れたからだ。

「お待たせしました、早く行きましょう」
「薪さんは?」
「仮眠室に寝せてきました。まだ気持ち悪いって」
「おまえ、ついてなくていいの?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって」
 それはこっちが聞きたい。

「早く行かないと、昼休み無くなっちゃいますよ」
 先に立って歩き始める青木に、またふたりは違和感を感じる。青木はいつも、ふたりの後を付いて来ていたのに、自分が先頭に立つなんて。
「小池さん、曽我さん。どうかしました?」
 ふたりの歩みの遅さを不審がったのか、青木が振り向いた。いくらか眉を寄せたその顔つきは、中々に精悍で男らしい。最近、女子職員の間で青木の人気が鰻登りだという眉唾物の噂は、1%の真実を内包しているのかもしれない。
「いや。早く行こうぜ」
 曽我が青木の横に並び、ふたりは小池の前を歩き始めた。青木はちらりと不審がる顔を見せたが、すぐにいつものように笑って、曽我と他愛ない話を始めた。
 
 青木の大きな背中を見ながら小池は、こいつも逞しくなったもんだ、と感慨深いものを抱く。
 第九に入ったばかりの頃は甘ったれたツラして、図体はでかいが威圧感は感じなかった。取っ組み合いのケンカになっても、勝つ自信があった。
 現在の青木は、柔剣道共に岡部に仕込まれて、身体も引き締まったし武道の実力も上がった。精神面も強くなり、凄惨な画も正視できるようになった。こいつはずっと、努力してきた。その自信がようやく表に出てきた、そういうことなのかもしれない。
 そんな理屈で小池は、自分の中に生まれた僅かな疑念に折り合いをつけ、同僚の後を追いかけた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

拍手コメントいただきました、Aさまへ。

更新を楽しみにしてくださってるとのお言葉、とってもうれしいです!
励まされます~(^^

>きっと神棚の鈴木さんも爆笑しながら、二人のすったもんだを眺めているのでしょうねo(^-^)o。

あはは、本当にバカですよね、こいつら(←暴言)
じ・つ・は、モニタールームに鈴木さんの写真を持ってきたのは、ちょっとした伏線になってるんですけど、
ここは笑って流して下さい☆
そのための男爵カテゴリですから♪
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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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