ハプニング(8)

ハプニング(8)




「おーい、青木くん!」
 昼の弁当の買出しに行く途中の廊下で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
 青木と呼ばれて、自然に振り返る。青木の身体に入って1週間、名前を呼ばれると反射的に身体が反応するようになった。

「雪子さ……三好先生。こんにちは」
 白衣の裾を蹴立てるようにして駆けてくる女性に、薪はにっこりと笑いかける。薪が世界で一番幸せになって欲しい女性、それが彼女だ。
 三好雪子は薪の親友で、将来は青木の奥さんになるかもしれない女性だ。矛盾極まりない話だが、青木と恋人関係にありながら、薪は彼女と青木が結ばれてくれることを期待している。
 自分には決して与えてやれない青木の幸せがあることを、薪は知っている。それは女性にしかできない、つまり彼の妻となり、彼の子供を産むこと。
 青木が子供好きなことは周知の事実だ。青木は今のところ薪に夢中で、そんなことは頭の片隅にもないのかもしれないが、将来的にはきっと出てくる問題だ。そうなったときには、自分は身を引かないと。青木の幸せを妨げるようなことだけはしたくない。そして彼の子供を産む幸せな女性は、できれば雪子であって欲しい。
 雪子なら、諦めがつく。彼女には逆立ちしたって勝てない。

 ヒールの音をカンカン響かせて薪の傍に立ち、雪子は薪を見上げた。黒いキラキラした瞳に上目遣いに見られて、薪はときめいている自分を自覚する。
 驚いた、上から見ると雪子さんは可愛い。ゴージャスな美人というイメージが強かったのに、自分の身体が大きくなったせいか、雪子が華奢に見える。それでいて盛り上がった胸の魅惑的なことと言ったら。
 それが目に入った途端、こめかみの辺りがカッと熱くなる。これは、青木の身体が反応しているのだろうか。男として当たり前の、女性に対する本能的な欲求。青木はいつもそれを雪子に感じているのだろうか。
 
 胸の中でざわりと蠢いた不愉快な感覚に気付かない振りをして、薪は「何かご用ですか」と雪子に尋ねた。真っ赤な口紅を塗った魅力的な唇が開いて、歯切れの良いアルトの声が響く。彼女のきっぱりと潔い話し方を、薪は好ましく思っている。
 
「こないだのあれ、試してみた? うまくいった?」
「あれってなんですか」
「帆掛け舟。図解してあげたでしょう?」
 ふね? 図解?
 さっぱり解らないが、おかげさまで、と答えておく。青木と入れ替わっていることは、もちろん雪子には内緒だ。お祭り好きの雪子にこの事実を知られたら、想像を絶する騒ぎになるに違いない。当たり障りのない会話を心掛けて、この場を凌がないと。

「次はツバメ返し、行ってみる? 薪くん、身体柔らかいからイケルと思うんだけど」
 ツバメ返しは知っている、柔道技の一つだ。が、雪子の言う「身体が柔らかいからいける」の意味がわからない。柔道のツバメ返しは、相手の足払いを避けて逆に足払いをかける技だ。相手の柔軟性に左右される技ではない。
 あと思い当たるのは剣術。宮本武蔵のライバル佐々木小次郎の技だ。じゃあ、これは剣道の話か。しかし、剣道に柔軟性が必要なのか? そもそも、どんな技だっけ?

「薪さんには無理ですよ。経験もないのに」
 薪は、剣道はやったことがない。身体の柔らかさには自信があるが、いきなり高等剣術を要求されても。
「あら、大丈夫よ、試してみなさいよ。あんた初めは信じなかったけど、×××の×××スポットだって、あたしが言ったとおりだったでしょう?」
「はっ!?」

 女性の口から信じられない言葉、というか放送禁止完全アウトの用語を聞いて、薪は目が点になる。雪子とは15年来の付き合いになるが、彼女の口からこんな言葉を聞いたことはただの一度もない。強く気高く美しい、雪子は薪にとって女神のような存在だったのだ。その女神がこんな下品な言葉を発するなんて。
 驚きの後に思いついたのは、あれを青木に教えたのが雪子だったという事実。青木は20歳年上の恋人に教えてもらった、と言っていたが、本当は雪子に教わったのか? もしかしなくても、実践で?

 一瞬、自分の恋人と友人の女性の情事が脳裏に浮かんで、薪は絶望的な気分になる。
 足元が、周りの風景が。
 砂になって崩れていく感覚。信じていたものがすべて風化して――――― きっと何も残らない、今、青木が僕から去ったら、僕には何も残らない。だって急すぎる。先日あんなに激しく愛し合ったばかりなのに、今日こんな事実を知らされても。
 できれば、この事実は青木の口から聞きたかった。もう少し、心の準備をさせて欲しかった。
 青木の子供を産むのは雪子さんであって欲しい、などと口では言いながら、いざそれが現実になると心は千々にも乱れて……ああ、僕は相変わらず口ばっかりだ。心の底から二人の幸せを願うのは、口で言うほど楽じゃない。

 薪の胸中を露ほども知らず、雪子はカラカラと笑って、
「まあ、これからも彩華からノウハウ聞いて、あんたに伝授してあげるわよ。本当はあんたが直接彩華に教わるのが、一番手っ取り早くていいんだけどね」
 シナプスの連結が所々切れてしまったかのような壊れた脳細胞で、薪は雪子の言葉を理解しようと努める。
 彩華って誰だろう。雪子の友人だろうか。
 いや、直接教わってはマズイだろう。雪子の友人とも、なんてどんだけ乱れた関係だ。本気ではないのだろうが、それを口に出す雪子も雪子だ。

「オレは、そんな軽い男じゃありません」
 つらいセリフだが、こう言っておかないと。ふたりの関係を壊すわけにはいかない。
『薪さんとは、ちゃんと別れます。オレが愛してるのは貴女だけです』
 何とかしてその言葉を口にしようと呼吸を整えている薪の耳に、雪子の声が聞こえてきた。

「言葉と図解だけってのは、限界があるのよ。彩華も身体で覚えるのが一番いいって言ってたじゃない。ウケを経験した男って、いいタチになれるって話よ。頑張ってみたら?」
 ……何だか話がおかしい。青木にホモの女役を勧めているように聞こえるが、気のせいだろうか。
「薪くんを愛してるんでしょう? あたしだって薪くんには幸せでいて欲しいんだから。がんばってよ」
 そう言った雪子の顔は、心からのやさしさに満ちて。一瞬でも二人の仲を疑った自分を、薪は激しく後悔する。
 雪子さんも青木も、そんな人間じゃない。何食わぬ顔で友人を裏切り続ける、そんなことができるほど器用じゃない。青木と雪子さんが知り合って3年、その間に男女の関係が一度もなかったとは言い切れないけれど、現在はないと信じよう。

「それとね、これも彩華に聞いたんだけど、×××を××するときには、直線的に動かすより回転させて、ぴーぴーぴー」(放送禁止コード底触)
 …………ないな、この二人は絶対にそういう関係になったことないな。ちょっとでも色気があれば、こんな話をするとは思えない。ていうか、雪子さんは本当に青木のことが好きなのか? だんだん自信なくなってきた……。
 
「ツバメ返しの体位はね、肩に乗せた相手の足の引き具合がポイントで、左右に動かすことでぴーがぴーしてぴーーーーー」(放送不能)
 ツバメ返しって、セックスの体位なのか?! てか、なんでそんなに詳しいんだ!? あああ、僕の女神が穢れていく!!

「雪子さ、いえ、三好先生! やめてください、女性の口からそんなっ」
 聞くに堪えない卑猥な言葉を連呼されて、薪は真っ赤になって叫ぶ。もともと猥談の類が苦手な薪は、そういう言葉に慣れていない。
「何よ。あんたが薪くんを悦ばせてやりたいって言うから、色々調べてやってんじゃない」
 僕の女神に何をやらせてんだ、あいつはっ!!

 声にならない叫びを体内中に駆け巡らせる薪の前で雪子は、白衣のポケットに手を入れ、ゴソゴソと中を探った。
「あ、そうだこれ。薪くんの反応が薄いときには使いなさい」
 チューブに入った塗り薬のようなものを渡される。薬品らしいが、名称も成分表示も見当たらない。しかし、雪子のにやーっと崩れた表情から察するに。
「これで楽しい夜が増えるわよ」
「い、いりませんよ、こんなもの」
「だって、薪くんが薄くて1度しかできないって不満がってたじゃない。これがあれば2回目もいけるわよ。薪くんの×××に塗り込めば、バッチリだから」
「うわ―――んっ!!」
 雪子にクスリをつき返して、泣きながらその場を走り去る。
 ひどい、あんまりだっ、そんなことまで雪子さんに話すなんて!! あいつ絶交だっ!!!

「……ヘンな青木くん」
 一人残された白衣の美女は長い首を傾げると、短い黒髪を一振りして自分の庁舎に帰っていった。


*****

 あおまきさんの入れ替わりを考えたとき、一番最初に思いついたのがこのネタでした。
 あー、楽しかった♪

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

うわーっ(><)
薪さん、薪さんが、可哀想すぎるっっっ!! 

しづさん、青木がすっごーい悪い奴になってますよん。これで薪さんが恋人関係を続けたら、もう、 快楽>良心 じゃないですかっ

(いや、今は青木の身体なんだから、どさくさに紛れて青木の体格プラス空手技じゃなくて柔道だったかな、なんでもいいや、雪子さんを寝技に持ち込んでしまえっ。ナニしても、犯人は青木だ。)

雪子さんは女神に戻れるんだろうかと心配です。薪さん、彼女は女神様なんだよ~~~・・・(@@; 

イプさまへ

イプさま、こんにちは~。
コメントありがとうございます(^^


> うわーっ(><)
> 薪さん、薪さんが、可哀想すぎるっっっ!! 

いや、これ、笑うとこです。(←鬼)

うふふ、さすがイプさま、やさしい~~。
では、全速力で走っていった薪さんを慰めてあげてください。 外見は190センチくんですけど☆


> しづさん、青木がすっごーい悪い奴になってますよん。これで薪さんが恋人関係を続けたら、もう、 快楽>良心 じゃないですかっ

あははは!
Aコンテンツに相応しい方程式ですね(笑)
あー、でもうちの薪さんの場合、 雪子さん>快楽>良心 って気がしなくもないですが。


> (いや、今は青木の身体なんだから、どさくさに紛れて青木の体格プラス空手技じゃなくて柔道だったかな、なんでもいいや、雪子さんを寝技に持ち込んでしまえっ。ナニしても、犯人は青木だ。)

すみません、これこそ 快楽>良心 では・・・・・・・
いえ、なんでもないです。


> 雪子さんは女神に戻れるんだろうかと心配です。薪さん、彼女は女神様なんだよ~~~・・・(@@;

そうです、うちの雪子さんは女神なんです。
こんなことくらいで堕ちたりしません。
てか、これ男爵カテゴリなんで、本編には影響しませんから。(←逃げ道) 


ありがとうございました~。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: