ハプニング(10)

ハプニング(10)




 特捜が終了し、第九に日常の風景が戻ってきた。研究室で青木が忙しく雑用をこなし、薪は室長室で職務に励む。
 入れ替わり生活も10日を過ぎた。
 青木の仕事の煩雑さと守備範囲の広さに初めは戸惑った薪だが、持ち前の器用さを存分に発揮して、程なく職員たちの期待に応えられるようになった。コーヒーの味だけは、青木のようには行かなかったが。
 責任の軽い数多くの仕事は熟考を要せず、すべてを片付けた後にはスポーツにも似た爽快感を味わえる。その感覚を楽しむことすら覚え始めている自分の順応性に呆れつつも、一日の終わりに飲むビールは最高に美味い。昔、捜一で羽佐間の下にいた頃は、毎日がこんな感じだったな、と懐かしさに駆られたりもしている。
 そんな具合に、薪の方は新人だった頃のことを思い出したりして楽しくやっているが、青木の方はそろそろ限界だろう。夜もよく眠れないらしく、日に日に顔色が悪くなっている。
 
「薪さん、最近顔色が優れないみたいですけど。いっぺん、医者に診てもらったらいかがですか」
 モニタールームで職員たちの捜査の様子を見回っていた薪に、岡部が声を掛ける。岡部のお節介が始まった、と薪は横目で彼らの様子を見やった。
 心配かけてすみません、と青木が頭を下げかけるのを眼力をぶつけて制し、らしく振舞え、と無言のプレッシャーをかける。
「いや、大丈夫だ」
「しかし」
「僕の身体のことは、僕が一番よくわかってる。余計な気遣いは無用だ」
 よしよし、なかなかいい受け答えだ。もうちょっと険のある声が出せれば満点なんだが。

 すげなくされて口を噤む岡部に、室長はにこりと笑って、
「岡部。心配してくれてありがとう」
 こら、それは余計だ! 岡部がびっくりして腰砕けになってるじゃないか。隣の宇野まで巻き込んで、床に椅子ごと倒れこんだぞ。こいつらまで入れ替わったらどうするつもりだ。

「本当におかしいですよ、室長。絶対に病院に行かなきゃダメですって!」
「熱でもあるんじゃないですか?」
 室長と一緒にモニターを覗いていた今井が、回転椅子を回して薪の額に手を伸ばす。払いのけろ、と目で指令を下すが、青木はじっとしたまま、と思ったら。
 細い膝が不意に崩れ、薪の身体が今井に向かって倒れた。

「やっぱり……調子悪かったんじゃないですか。無理するから」
 今井は薪の身体を支えて、青木の方を見た。少しの間青木の顔を見ていたが、やがて不思議そうに首を傾げると、薪の身体を抱き上げて椅子から立ち上がった。腕の中の青白い顔に眉をひそめ、仮眠室へと歩き出す。
 自分の身体が誰かに抱き上げられているのを見るのは、何だかフクザツな気分だ。青木に抱かれてるところは見たことがあるが、ていうか強制的に見せられたのだが、つまり鏡の前でムニャムニャ……。

「何やってんだ、青木。早くしろ」
「は?」
 早くしろ、と言われたが、別に今井から時間制限のある仕事を預かった覚えはない。
「ベッドの用意だよ。てか、薪さんが倒れたのにおまえが泡くって走ってこないって、おまえもどっか具合悪いのか?」
 ……バカか、あいつは! そんなあからさまな態度を取るなんて、僕たちの関係に気付かれたらどうするんだっ!

 頬が熱くなるのを感じながら、薪は仮眠室の扉を開け、ベッドを整えた。シーツを伸ばし、今井がそうっと寝かせた細い身体の上に、さっと毛布を掛ける。
 今井は腕を組んで、じっと室長の寝顔を見つめている。
 そんなに心配することはない、これは寝不足によるただの貧血だ。1、2時間も眠れば回復する。薪の身体は、薪が一番良く分かっている。
 さっさと仕事に戻れ、と言いたいのを我慢して、薪は仮眠室を出ようとする。自分の寝顔を見ているのも、気恥ずかしいものだ。

「青木、おまえがついてろよ。俺はやりかけの捜査があるんだから」
「ただの貧血でしょ? 付き添いなんて、大げさですよ」
「……薪さんとケンカでもしたのか?」
 踏み込んでいいものかどうか、逡巡が見える口調で今井は尋ねた。スマートで人付き合いの上手い、今井らしい気の回し方だった。薪が曖昧に頷くと今井はクスッと微笑を洩らして、組んだ腕を解き、右手を腰に当てた。

「大方、特捜の意見が合わなかったんだろ。あの死刑囚の生い立ちは俺も知ってる。おまえの性格なら、同情するだろうと思ってたよ」
 さすが今井。青木のヘタレを見抜いている。
「薪さんはああいう性格だから。凶悪犯には同情の余地無し、とでも言われたんだろ」
 ……僕の性格も見抜かれてるのか。
「でも、あのひとの口の悪さは今に始まったことじゃないし。薪さんの正義感の強さと、誰よりも犯罪を憎む気持ちの根底に何があるのか、おまえだって知ってるだろ?」
 今井は光の加減によっては青みがかっても見える魅惑を秘めた瞳で、青木の顔を射るように見た。鋭い眼だった。
「今日の薪さん、元気なかったぞ。目が覚めたら、美味いコーヒーでも淹れてやれ」
 そう言って、今井はモニタールームに戻っていった。

 取り残されて仕方なく、薪は自分の寝顔と向き合う。背もたれのない丸椅子に腰を降ろし、その座り心地の悪さと青木の体格とのアンバランスさに驚きつつ、こんな不快な環境で無為な時間を過ごすことへの苛立ちと焦燥を覚えながら、薪は広い肩を竦めた。
 いつ目覚めるかわからない他人の寝顔を見ているだけなんて、薪には考えられないくらい無意義な行為だ。見ていたからと言って、回復が早まるわけでもないだろう。無駄だ。

 そういえば。
 薪が目を覚ますと、たいてい誰かが側にいた。その誰かはほぼ100%の確率で、薪に叱られた。
『こんなところで何をしている。早く仕事に戻れ』
 何度叱り付けても次の時にはやっぱり誰かいて、どうしてこいつらは学習しないんだ、副室長なら僕がいない間はしっかり部下を見張っておけ、と岡部に当り散らしたこともある。岡部は素直にすみません、と頭を下げたが、その状況が改善されることはなかった。結局、薪が自分で貧血を起こさないように、仕事のペース配分を考え直さなくてはならなくなったのだ。

「青木。薪さん、大丈夫か?」
 仮眠室のドアを静かに開けて、宇野がこっそり入ってくる。「大丈夫です」と応えを返し、薪は席を立った。何か後輩に頼みたい用事があって来たのだろうと思い、指示を待つ。しかし宇野は後輩の顔さえ見ずに、懇々と眠り続ける室長を見ていた。
「うん。さっきより、顔色よくなってきたみたいだな」
 頬を緩ませて、微笑する。宇野のこんな顔は、あまり見たことがない。小池の影に隠れて目立たないが、宇野はけっこう辛辣で辛口批評が得意だ。素直に人を褒めないタイプだし、だからこそ宇野が勧める映画や本にはハズレがないのだが。
「薪さん、食が細いからな。青木、昼休みに薪さんの好きなハーゲンダッツのアフォガード買ってこいよ。その間、俺が見ててやるから」
 そう言って、宇野は仮眠室を出て行った。

 ……今、代わってくれるんじゃないのか? てか、自分で買ってくればいいだろう。今井も宇野も、なんで青木にばっかり僕の面倒を頼むんだ。コーヒーだのアイスだの、僕のために買ってこいって言うけど、僕の口には入らないんだぞ? 美味しい思いができるのは青木で、しかも青木はアフォガードよりクッキーアンドクリームが好きだし、ああ、なんか納得できない!

「青木。薪さん、どうした?」
 今度は曽我と小池のコンビだった。
 こいつら、僕がいないと本気でサボリやがって。全員、地獄のシステムチェック48時間ぶっ通しコースに叩き込んでやろうか。
「寝顔だけは可愛いよな。ずっと眠ってりゃいいのに」
 小池、チェックメンバー確定。
「薪さん、また少し痩せたか?」
「そうだなあ。青木、ちゃんと薪さんにメシ食わせてるのか?」
 なんだ、その質問は! 青木は僕の保護者か!!
 冗談じゃない、いつもこっちが作って食わせてやってるのに。なのにどうして、まるで僕の方が世話になってるみたいな言い方をされなきゃならないんだ!?

 憮然とした気持ちが表に出てしまったのか、曽我は少し怯んで、それでもいつもののんびりした口調で言った。
「薪さんさあ、おまえが一緒だと良く食べるんだろ? きっとおまえの食欲に釣られるんだって、岡部さんが言ってたぞ」
 岡部のやつ、余計なことを。
 
 その後、なんだかんだとどうでもいい雑談を交わして、ふたりは出て行った。まったく、何をしに来たのかさっぱりわからない。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

Cさま、こんにちは。

うちの薪さんは第九の姫なので、みんなに愛されてるんです~。
そろそろ、それを分かってもいい頃ですよね。

原作の薪さんは、分かってるみたいな気もします。
そうじゃなきゃ、あんなに意地悪できないと思うなあ・・・・・。
わたしも相当意地悪な性格ですけど、何があってもこの人は自分を好きでいてくれる、と信じられないひとには意地悪しないです。 意地悪はしたいけど、嫌われるのは嫌だもん。
えっ、最低?
いや、意地悪なひとの心理って、こういうもんですって。(笑)


今井さん、カッコイイですか?
ありがとうございます。 今井さん、ビジュアルもいいから絵になりますよね、きっと。 過去にキスもしてるし、いっそ乗り換えるか?(笑)
・・・・・・・・・・・今井さんの方で逃げ出すと思います。

ありがとうございました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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