ハプニング(11)

 最近ですね、アクセスしてくださる方が増えたみたいなのですよ。
 とっても嬉しいのですけど、間違って来ちゃった方が多いのかな、って不安も大きかったりして(^^;
 で、検索キーワードを確認してみたら、殆どの方が『法医第10研究室』で来てくださってるみたいで安心しました。 
 一部、『警視庁 昇任試験』『一本背負いのコツ』で来て下さった方、スミマセン☆
 

 そうそう、一番面白かったキーワードは『一糸まとわぬ捜査官』
 どんな捜査官だよっ! と突っ込みたくなりましたが、身に覚えがありすぎて……自爆★





ハプニング(11)





 3度目にドアが開いたとき、薪はもう驚かなかった。
「青木。薪さんの具合、どうだ?」
 副室長までこの始末だ。小1時間の間に入れ替わり立ち替わり、第九はいつからそんなに暇な部署になったんだ。

「おまえ、薪さんに無理させてるんじゃないのか?」
「どういう意味ですか」
「おまえの若さと体力で押しまくったら、薪さんはこうなっちまうってことだ」
 岡部の誤解に眩暈を覚えながら、薪は首を振った。入れ替わってから10日以上、セックスどころかキスもしていない。自分相手にそんなことができるほど、ふたりとも自己愛が強くない。

「いいえ。薪さん、ちょっと風邪気味なんですよ。そのせいだと思います」
 適当な嘘を吐き、岡部の邪推を撥ね返すと、薪はせいぜい青木らしく笑って見せた。岡部は鋭いから、他の職員たちよりも注意が必要だ。
 薪が最も信頼している第九の副室長は、いくらか思案する素振りを見せたが、それ以上は追求しなかった。岡部はお節介だが、プライベートに立ち入り過ぎない大人の分別を持っている。
 
「それじゃ、今週の定例会もお流れだな」
 先週は特捜の最中だから、という理由で定例会は中止した。2週続けてのキャンセルに、岡部は少々がっかりするようだった。
「仕方ないですね。また来週ということで」
「来週はダメだ。室長会の暑気払いがある」
 そうだった。予定では、海辺のホテルに一泊して高級バイキング食べ放題……考えただけでヨダレが出そうだ。

「楽しみですね、バイキング」
「ははは、おまえも早く出世して室長になれば、参加できるかもな」
 このままだと青木が参加することになるのに気付き、宴席は体調不良を理由にキャンセルさせた方がいいか、と薪は考える。しかし、それまでに戻れれば自分が参加できるのだ。今の薪は、ホテルのディナーバイキングを逃すことには大いに不満がある。
 だって、海沿いのホテルだぞ。刺身の鮮度はバツグンだろうし、オプションで平目の活け造りとか食べられちゃうかもしれない。その機会を棒に振るなんて。
 食欲本能が突き抜けた青木の身体にいるうちに、薪はすっかり意地汚くなってしまった。売店のおにぎり一個で昼食を済ませ、昼休みの殆どを睡眠時間に充てていた昔の自分が信じられない。
 
 岡部がいなくなった後、仮眠室に二人きりになって、薪は見るともなく自分の顔を見る。
 連中は、何が楽しくてこんな顔を覗きに来たんだろう、と薪は思う。眠ってるわけだから変化もないし、面白いこともない。寝てる間に普段の仕返しをされるのかと思えば、そんなことはなかったし。

 我ながら可愛くないな、と薪は自分を嘲笑う。だけど、自分にはこんな考え方しかできない。

 だって。
 この身体の持ち主は、他者の愛情を受けるに値しない人間だから。

 それなりの地位と権力は持っている、仕事の面では部下を絶対服従させることができる。でも、それはあくまで仕事上のことだけだ。みんなに心配してもらえるような、そんな価値のある人間じゃないんだ。
 上司への義務的な見舞いならともかく、こんな意識が無い状態のときに見舞われて、起きたらあれを食べさせろだの、身体に気をつけてやれだのと親身な言葉を掛けられて。心配で堪らない眼で見られて、頬に赤みが差しただけで嬉しそうに微笑まれて。
 あいつらは、どうして学習しないんだ。なんで僕なんかに、そんなに――――。

「……ちくしょ。あいつら、まとめて減俸だ」
 思いがけず溢れてきた涙は、とても甘く。口汚く罵りながらも、薪はそれを止めることはできない。

 昔、青木にも言われたっけ。
『みんながあなたを大切にしてるんです。それを壊す権利は、あなたにはありません』
 あのときは、何を言ってるんだ、自分の身体をどう使おうと自分の勝手だと思ったけれど。今こうして青木の言葉の裏側に隠された真実を見せられれば、自身の安全を省みない薪の捜査方法に対する青木の怒りにも納得がいって、改めてあの時の自分は愚かだったと自省する。
 自分のことは世界一嫌いな薪だが、自分の大切な人たちがこんなに愛してくれるものを、そんなに嫌っては申し訳ないか、とほんの少しだけ思えるのは、流した涙の甘さに酩酊した扁桃体のミスか。

 大きな手が枕の上に散らばった亜麻色の髪に触れ、やさしく梳いた。サラサラとした手ざわり、青木が薪の髪を撫でるのが大好きだったことを思い出す。
 自分が今、この亜麻色の髪を、その持ち主を好ましいと思っているのは、青木の手の細胞に僕を愛した記憶があるからなのか。撫でられた僕の身体が喜びを覚えていると確信できるのは、僕の髪の細胞に彼のぬくもりが刻まれているからなのか。
 自分を慈しむ気持ちなんて、死ぬまで持てない、持っちゃいけないと思っていたのに。僕にそんな権利はないと、ずっと思っていたのに。
 彼らに愛されている自分を、誇らしく思うこの気持ちを捨てることができない。

 青木の眼から零れ落ちた薪の涙が、ふっくらと丸い頬に落ち、長い睫毛が微かに震えた。薪の見守る中で、類稀なる美貌が目を開けた。その亜麻色の瞳は果てしなく澄んで、夜空に輝く冬の星座のよう静謐だった。
「薪さん……どうなさったんですか?」
 急いで指で涙を拭くが、メガネが邪魔だった。慌てたものだから、耳から外れて床に落ちてしまった。床に屈んで眼鏡を拾う薪に、心配そうなアルトの声が降ってきた。
「大丈夫ですか?」
「こっちのセリフだ。いきなり倒れやがって」
 何とか平常心を取り戻して、薪は小さな椅子にどっかりと腰を下ろし、途端バランスを失って転びそうになった。仮眠室の椅子はもっと大きなものに取り替えるよう、総務に申請を出しておこう。

「オレ、倒れたんですか? はあ……貧血なんか、生まれて初めてです。吐き気がするんですね。知らなかった」
 青木にしてみれば、慣れないことの連続だ。薪には新人だった頃の記憶があるが、青木に室長の経験はないのだ。実際に室長の仕事をさせているわけではないが、その立場にいるだけでも気疲れして当然だ。
「色々、他人に言われることもあると思うけど、そんなに気にするな。あいつらはおまえに言ってるんじゃなくて、僕に言ってるんだ。聞き流しておけばいい」
「違います、彼らは薪さんに言ってるんじゃありません。第九の室長に言ってるんです。薪さん個人に対してあんなことを言われたら、オレ、とっくにキレてます。
 薪さんの方は大丈夫ですか? どこか、痛むんじゃありませんか?」
 相変わらずお人好しの青木は、心労で自分が倒れたというのにひとの心配ばかりする。

「人のことはいいから、まずはその青白い顔を何とかしろ。食欲がなくても、ちゃんと食べなきゃダメだ」
 岡部から耳にタコができるほど聞かされているセリフを自分が口にする滑稽さに、思わず笑いが込み上げてくる。ここで甘い顔を見せては駄目だと自分に言い聞かせ、薪は口元を引き締めた。
「すみません、ご迷惑かけました。岡部さんにも心配掛けちゃって」
「岡部に礼なんか言うことないんだ」
 そうだ、ここはきちんと言っておかないと。後で大変なことになる。
「あいつは本当にお節介なんだから。こないだなんか、ちょっと胃が痛いって言っただけで胃カメラ飲まされたんだぞ? あいつの言うことを全部実行してたら、病院の検査予約でスケジュール表が埋まっちまう。仕事してるヒマなんて無くなるぞ」

「岡部さんは、本当に薪さんのことが心配なんですよ」
 ……知ってる。
「岡部さんだけじゃなくて、みんなも」
 そう言って彼は、とても幸せそうに笑った。薪の身体で薪の顔で、薪がとうに忘れてしまった無垢な笑顔で。
 その笑顔を守りたいと思うこの気持ちは、一体何処から湧いてくるのだろう。

「……分かってるなら、僕の身体で貧血なんか起こすな。業務が停滞する」
 薪は、素っ気無く言い捨てて席を立った。
「弁当とアイス買って来てやる。それまで寝てろ」
 努めて不機嫌な態度を崩さずに、薪は部屋を出た。束の間、その場に立ち尽くす。
 仮眠室のドアを背に佇む薪の胸の中には、先刻の自分の笑顔が鮮明に残って、彼を微笑ませた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: