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ハプニング(13)

ハプニング(13)




「お先に失礼します」
「ご苦労」
 上司と部下の挨拶を交わして、薪は小池たちと一緒にモニタールームを出た。金曜日だし、軽く飲んでいくか、と誘われるのを大学時代の架空の友だちの協力で断り、みなが帰ったのを確かめてから研究室に戻る。
 噂の真偽を確かめるためだ。

 昨夜は思いのほか会合が長引き、青木が疲弊しているようだったから見送った。今朝は室長会議があって、慌しかった。電話やメールも考えたが、こういうことは面と向かって、いきなり切り出さないと相手は尻尾を出さないものだ。昔鈴木に浮気されたことがあるから良く分かって……ああ、くそ! 今思い出しても腹が立つ!
 鈴木だって決していい加減な男じゃなかったけど、男って浮気する生き物なんだ。心と下半身は別っていうか。
 僕だって青木の恋人やってるけど、視覚的に興奮するのは女性の裸体だし。本能的に、男が女を求めるのは仕方のないことだ。男の視床下部には、女性を求めるための細胞がつまってるんだから。
 
 だけど、人間は本能だけでは動かないから。本能的な衝動をも上回る、もっと強い情感があるから。
 それを伴うセックスは、本能だけで行うそれとは比較にならない快感があり、比較しようもない幸福感がある。青木の身体も僕の身体も、それを知っているはずだ。
 そう思うと訊くことも躊躇われるが、やはり青木の口からはっきりとした否定の言葉が欲しい。

『オレが愛してるのはあなただけです』
 考えてみたらこのセリフ、もう何日言われてないんだろう。

 研究室に戻ってみると、宇野が一人でMRIモニターとにらめっこをしていた。画面に映像ではなく英数字が並んでいるところを見ると、プログラムで遊んでいるのだろう。宇野はこうして新しいプログラムを開発しては、MRIを進化させている。いわば、MRIシステムの母親的存在だ。MRIも宇野に一番なついているようだし。
「どうした、青木」
「あ、室長知りませんか」
「薪さんならさっき出てったけど。鞄持ってなかったから、外の空気でも吸いに行ったんじゃないか?」
 どうやらすれ違いらしい。宇野に礼を言って、薪は第九を出た。

 広い研究所内で、自分の姿を探す。
 青木のイメージから、まずは職員食堂、次にティーラウンジ、さらには売店の自販機コーナーまで当たってみたが、どこにもいない。以前なら、このどこかに必ずいたものだが。
「あ、そうか」
 探索を終えてから、薪はようやく気付く。今日は、室長会の暑気払いの日だ。今からパーティでご馳走を食べる人間が、食べ物関連の施設に用事があるはずがない。同じ理由で、ジムや道場に行くはずもない。
 残るは、中庭の散歩か。

 中庭と言っても、これが広い。あちこち探し回って、ようやく自分の姿を見つけたときには、一年で一番長い6月の日が暮れかける頃だった。
 その光景を見て、薪は咄嗟に立ち木の後ろに隠れた。
 黒い瞳に映っているのは、自分と見知らぬ女性。ショートカットの可愛らしいぽっちゃり系で、薪の好みのタイプだ。向き合って立ったまま、何か話しているようだが良く聞こえない。青木の耳は、薪ほど性能が良くない。
 尚も様子を見ていると、ふたりはその距離を縮め、抱擁を交わした。

「な……」
 何やってんだ、僕の身体で! そりゃ、その娘は僕の好みだけど、彼女のやわらかい感触を味わってるのは青木じゃないか。納得できない!
 すぐに離れるならまだしも、青木は彼女を放そうとしなかった。つまり、双方の合意の上にこの抱擁はなされているということだ。
 まさかこの二人、すでに関係を持ってるのか? いや、小池の話では『色んな女性と』ということだった。その気になれば、薪は相手には不自由しない。真剣に付き合いたいという相手も、アソビの関係を持ちたいという相手も、向こうから押し寄せてくるのだ。選び放題だ。不自由なのは、薪の下半身だ。って、やかましい!!!

 亜麻色の頭が女性の肩から離れて、その大きな瞳が薪の方を見た。遠くて表情は良く分からないが、はっきりとした動揺が伝わってくる。女性の方はうっとりと目を閉じて、全く気付かない様子だが、青木は間違いなく薪に気付いている。
 その証拠に青木は彼女を放すと、なにやら言って聞かせ、穏やかに別れた。「また後で」とでも言ったのだろうか。

 一人になった自分の身体に向かって、薪は大股に近付いた。上から彼を見下ろして、厳しい眼で相手を威嚇した。
「どういうつもりだ。僕の身体で何をしているんだ!」
 恨みがましい声が出た。
 当然だ、怒ってるんだ。声を抑える理性も蒸発するほど。

 冗談じゃない。
 青木と特別な関係になってからだって、誘惑はたくさんあった。正直、僕の好みド真ん中のぽっちゃり系の小柄な娘だって何人かいたんだ、1度だけって言葉に乗っかりそうになる自分の中の雄を必死で抑えたことだって、何度もあったんだぞ。
 女性だけじゃない、どこかのオヤジにいきなりトイレの個室に連れ込まれそうになったり、若い男に物陰に引き摺って行かれそうになったり……。
 誰のために必死で守ってきたと思ってんだ!! それを当の青木にこんな!

 それよりなにより。

 僕が念願の5人斬りをやらなかったのは、元に戻った後のこととか青木の経歴に瑕がつくとか、そういうことも考えたけど一番の理由は。
 青木の身体を、誰にも触らせたくなかったから。

 だってこれは僕のものだ、今青木は僕の恋人なんだから、僕だけのものだ。だから誰にもさわらせたくない、僕以外のひとに触れて欲しくない。それが青木の意志じゃなかったとしても、絶対に嫌だと思った。
 青木も同じ気持ちだと思っていたのに。それは僕の勝手な思い込みだったのだろうか。

「薪さん、ごめんなさい。勝手なことをして」
 青木はあっさりと、浮気の事実を認めた。

 ちょっと待て、白状するの早すぎるだろう。言い逃れする気ないのか、おまえ。それはなにか、このまま僕と切れてもいいということか?
 いや、彼女たちと会うことは内緒にしていたのだから、別れるつもりはないのだろう。これはあくまで浮気だ。男の本能が理性に勝っただけだ、ただの生理現象だ。自分がAV見てヌクのと一緒だ、と薪は懸命に自分に言い聞かせ、努めて冷静な口調で言った。

「どうして、こんなことをしたんだ」
「不安で……どうしても、我慢できなかったんです」
 精神的な不安を一時の快楽で紛らわせていた、ということか。今の薪が相手をするわけにはいかないから、声を掛けてくる女性たちを相手に。
「元に戻ったとき、トラブルの元になるようなことはやめてくれ」
「そんなことにはなりません。ていうか、オレ……このままでもいいかなって」

 青木の言葉に、薪は驚愕する。
『このままでもいい』とはどういうことだ、元に戻れなくてもいい、ということか? このまま、薪剛としての人生を歩んでもいいと?
 たしかに、もう元に戻れない可能性もある。その身体は永久に青木のものになるのかもしれない。だったらどう使おうと自分の勝手、というわけか。
 元に戻れなかったら、僕たちはもう愛し合えない。気持ちだけでつながってたわけじゃない僕たちには、肉体関係のない恋人同士としてやり直すことは難しいだろうし、相手を愛しいと思うのは、その姿形もひっくるめて愛しいのだ。自分の姿をした人間に恋心を抱くなんて、僕にはできない。

 薪は劣等感が強い。自己評価も極端に低い。いくら中身は青木だと自分に言い聞かせても、自分の姿を目にした途端、咄嗟に嫌悪感を抱いてしまう。

 ――――― 自分なんて、愛せない。

「もういい! おまえがそのつもりなら、おまえとはこれで終わりだ」
 突然張り上げた大声に、亜麻色の瞳が大きく見開かれた。急変した薪の態度をどう受け止めていいのかわからないと言いたげに、つややかなくちびるが驚きの形に開かれる。
 呆然としている自分の身体に背を向けて、薪は急ぎ足でその場所から遠ざかった。慌てて青木が後ろから追いかけてくる。
「待ってください、薪さん。なんか誤解してます。オレは何も」
「うるさい!」
 掴まれた手を思い切り払ったら、薪の身体がびっくりするくらい遠くに吹っ飛んだ。自分から2mも離れた地べたにみっともなく突っ伏したその姿を、薪は臍を噛む思いで見つめた。

 なんて軽くて手ごたえの無い身体なんだろう。青木が本気になったら、僕なんか相手にもならない。
 青木はいつも、壊れ物を扱うみたいにやさしく僕を抱く。本能的な衝動に押し流されるときでさえ、彼の手が僕への気遣いを忘れたことはない。

「乱暴は止してください。これは薪さんの身体なんですから。怪我でもしたらどうするんです」
 起き上がってスーツについた土を払いながら、青木は悲しそうに言った。
 お人好しめ、いま痛いのはおまえだろうが。

「軽い打ち身だけですね。よかった」
 青木は愛おしそうに自分の身体を自分で触り、怪我のないことを確かめると、ふっと微笑した。
 その様子に、早とちりだったかも知れない、と薪は思った。
 はっきり「他の女と寝た」と言われたわけじゃない。ごめんなさいと謝られたから、てっきりやったんだと思ったけど、別のことで謝ったのかもしれない。抱擁の事実はこの目で見たけど、ホテルに入るところを見たわけでもないし、マンションに連れ込む様子を目撃したのでもない。証拠としては弱い。
 何より、こんなに僕の身体を大事にしてくれる青木が、一時の快楽のために僕の身体を使ったりするだろうか。
 いや、待てよ、逆かもしれないぞ。薪さんの身体にキモチイイコトしてやろう、なんてトンチンカンなことを思ってるのかもしれない。だってこいつってベッドの中じゃものすごくしつこくて、もうカンベンしてくれって何度も訴えてるのに「薪さんたら、まだ欲しいんですか」とか真逆のこと言ってくるし。
 そりゃ身体は反応してるけど、僕は本当に嫌なんだ! 一晩に何度も何度も、頼むから一回で済ませてくれ!

「薪さんの許可もなく、勝手なことをしたのは謝ります。これがオレの我儘だってことも分かってます。だけどオレ、どうしても我慢できなくて」
「薪さん、探しましたよ!」
 青木の供述を遮ったのは、第九研究室の副室長だった。緊急の事件かと身構えるが、岡部の手に握られているのは薪の鞄だ。
「みなさん、お待ちかねですよ。バスを待たせてるんですから、急いでください」
 今年の懇親会は、海の見えるホテルに1泊しての宴会だった。残念だ、今のこの身体で参加できたら、ホテルの豪華バイキングをたらふく味わえるのに。

 青木は岡部の手前を取り繕って冷静な表情を作ると、「話の続きは帰ってから」と薪に向かってきっぱり言い、いつも薪がするようにくるりとこちらに背を向けた。
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
 薪は二人の背中に頭を垂れ、青木がここで言うであろう言葉を口にし、じっと自分の爪先を見つめた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Bさまへ

はじめまして、Bさま。
こんな文字ばっかりの地味なブログに、ようこそお越しくださいました!!(^^


楽しんでいただいているとのお言葉、何よりも嬉しいです。 また、夢中になって読んでくださったなんて、身に余る光栄です。
(ええ、わたしもね、自分で読み直すと夢中になるというか、本当に夢の中と言うか、つまり眠っちゃうんですけど(^^;))
その他にも、ドキドキしたとか、感動したとか、舞い上がるようなお言葉をたくさんいただいて、ありがとうございました。

で、でも~~、
うちのあおまきさんはちょっと変わってて、あちこちで躓いてばかりいる、ホントおっぺけ劇場みたいなお話ばっかりで~。
感動するようなお話はあんまりなくてですね、どっちかと言うと「アホか、こいつら」みたいな、おバカ全開の与太話がメインでございます。 どうか笑ってやってくださいませ。
せっかくお褒めの言葉をいただきましたのに、なんか色々すみませんっ!


>「ハプニング」も、薪さんと青木さんのお互いに思い合う気持ちや、第九メンバーの薪さんへの気持ちが描かれてとても好きです。 

ありがとうございます~~。
第九のメンバーが入れ替わり立ち代わり薪さんを見舞うシーンは、一番書きたかったところなんです。
第3者の目線に立って、初めて自分がみなに愛されていることを知る。 自己評価の低い薪さんに、そんな経験をして欲しかったんです。


>読んでいて、知らず知らず自分の顔が笑顔になってしまいます。

Bさまも、薪さんのこと大好きなんですね。 だから薪さんが幸せな気分だと、ご自分も嬉しいのですよね(^^
そんな風に、読んでくださった方が笑顔になってくれたら・・・・・・・物書き冥利に尽きます。 恥を忍んで駄文を公開した甲斐がありました!(と言いつつ、うちのサイト、鬼畜な話が多くてすみませんっ!)


本当に、ありがとうございました!
Bさまの、またのお越しをお待ちしております。


Cさまへ

Cさま、いらっしゃいませ~。

薪さんの表情やシーンを思い浮かべながら読んでくださっているのですね。 ありがとうございます。 
Cさまの想像力の豊かさに、感謝します。(^^


>端から見ると、敬語でぺこぺこしてる薪さんを尊大な青木が助け起こすシーン、、、。萌えないなあ、やはり(笑)
>敬語でぺこぺこしてる大男を小さい薪さんが尊大に助け起こすからいいんだよなあ、、などと考えながら読んでます。

わははは!
わたしもまったく同意です~~!
本当に、薪さんの方が身体が小さいのに尊大なところがいいんですよね。


>ところで、また勘違い男爵が暴走してしまいそうなんでさらにややこしくなりそうなんですが?やっぱりしづさんの小説は面白いです。

今回は暴走させません。
入れ替わったままで男爵が暴走すると、収拾つかなくなっちゃうので(笑)
今回は拍手のお礼ですし、薪さんが泣くようなことにはなりません。
ご安心ください。(え、信じられないですか? うええーんっ)

面白いと仰ってくださって、ありがとうございますっ。 
読んだ方に楽しんでいただけたら、書き手はとっても幸せです。

ありがとうございました♪

Mさまへ

コメントありがとうございます。
ただいま帰りました~!!

>まだまだお忙しいことと思いますが、更新ありがとうございます♪

こちらこそ、メロディ発売前の不安定な時期に、駄文読みに時間を割いてくださって、ありがとうございます!


>薪さんが・・・青木君の身体になったからといって、出来もしないのに「栄光の5人斬り」とか「念願の5人斬り」とか心の中で呟いてるのがおかしくてたまらないです!

出来もしないって(笑)
ええ、たしかにそうなんですけどね(^^;
不憫だなあ、うちの薪さん(笑笑)


>この後またひと悶着ありそうで楽しみです!(笑)

もしもーし。
あおまきすとさん?(笑)


>そして、遅くなりましたが・・・30000ヒット、おめでとうございます!これからも無理のない範囲で更新してくださいね♪

ありがとうございますっ。
30000ですよ~、自分でもびっくりです~。
Aサイトから流れてきてる人が多いのかしら(汗)

ここからは、メールで送ります。
よろしくご査収ください(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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