ハプニング(14)

 メロディ発売前に、こちらのお話を終わりにしようと思ったんですけど。 現場の中間検査が27日の午後に決まりまして、ちょっと難しいです。
 みなさんが12月号の衝撃で大変な時期に(←なぜ衝撃的な内容だと決めつける?) ちんたら更新するハメになりそうです。 
 KYですみません。(^^;





ハプニング(14)




 ―――― あなたなら、分かってくれるわよね?

 聞き覚えのない、女の声が聞こえる。

 ―――― 分かってくれるでしょう? わたしの気持ちが分かるでしょう?

 知らない女の声だ。記憶の片鱗にもない。
 否。
 何処かで……?

 薪はその声をどこで聞いたか思い出し、確信を持って目を開いた。果たして、薪の前には人皮のデスマスクを付けた女が、血まみれの包丁を持って立っていた。MRIの画と同じく、白いワンピースが返り血で真っ赤に染まっている。
 周囲の風景に、薪は見覚えがある。4人掛けのダイニングテーブルに、アニメのシールが貼られた冷蔵庫の扉。これは事件の現場だ。しかし、床に血溜りは無く、4つの死体もない。木目が美しく輝く明るいキッチン。それは彼女の憧れの象徴とも言える場所なのか。

「僕になんの用だ」
 恐ろしい女の姿に怯みもせず、薪は強気に言い放った。
「あなたとは、話が合うと思ったの」
「警察官の僕と死刑囚のおまえがか? 笑わせるな」
「でもあなたなら、わたしの気持ちを分かってくれるでしょう」
「あいにくだな。僕は犯罪者には同情しないタイプだ。話を聞いて欲しいなら、青木のところにでも出るんだな。もっとも、鈍いあいつにおまえの姿は見えないだろうが」
 幽霊相手でも、意地悪な性格は変わらない。いや、これは幽霊でもなければ生きた人間でもない。だから平気でいられるのだ。

 実は薪は、幽霊の類は苦手だ。部下たちには絶対に内緒だが、科学では説明の付かない心霊現象とは、あまりお近付きになりたくない。あいつらには理屈が通用しない、だから怖いのだ。
 なので、これが本当の幽霊だったらこんなに落ち着いてはいられないのだが、長い経験から薪には、この状態がMRIを見た後に良く起こる『引き込まれ』に過ぎないと分かっている。これは自分が作り出した幻だ。彼女の脳に影響を受けた自分の脳がその情報を整理しようとしている、それだけのことだ。

「分かるはずだわ。誰よりも、自分の過去を消したいと思っているあなたなら。過去に囚われて一歩も前に進めずにいるあなたなら」
「僕はおまえとは違う。過去を消したいなんて」
「考えなかった? 一度も?」
 いきなり目の前に死仮面が迫って、薪は大きく目を瞠る。さっきまで、3mくらい離れていたのに。この女は人外の速さを持っているのか。

「彼を失わなかった人生を考えたことはない?」

 古傷を抉られて、薪のガードにひびが入る。否定しなくては、と思いつつも、これは薪のアキレス腱だ。咄嗟には言葉が出てこない。
「鈴木さんが今でも生きていたら。あなたの親友として、ここにいたら。或いは……恋人だったら」
「やめろ、その口で鈴木の名前を呼ぶな」
 つややかなくちびるから零れたのは、押し殺したアルトの声。乱れた心を隠しきれないその響きを聞いて、彼女は嘲るように言った。
「考えないわけないわよね」
 彼女の言葉を否定できず、薪は目を逸らした。

 彼女の言うとおりだ、思わなかった日はない。あの日、この右手が引き金を引かなかったら、せめて急所を外れていたら。
 過去は消せない、変えられないと分かっていても、考えずにはいられない。

「そうやって、毎日毎晩、おんなじことを繰り返し考えてるくせに」
「想像したことがないとは言わない。でも、僕は君みたいに直ぐに逃げ出したりしない」
 薪は反論を開始した。赤の他人に好き放題言われて、黙って引き下がるほど穏やかな性格ではない。
「君が人間関係で辛い思いをしたのは、お祖母さんに罵られながら育ったからじゃない。それは確かに君の心に傷を残しただろう。でも、そんな人間は世の中にはたくさんいるんだ。もっと酷い虐待を受けて育つひとだって。彼らが全員社会に適合できないかというとそうじゃない。辛い子供時代をバネにして大きな成功を収める人だって、大勢いるじゃないか。
 君が周りと上手く行かなかったのは、君の力が足りなかっただけだ。周りの人間と和を持つ努力をしたのか? 自分から彼らに働きかけたか? 1度や2度冷たくあしらわれても、好意と誠意を相手に与え続ける、人間関係はそうやって自分で作るもんだ。
 上手く行かないことがあるたびに整形を繰り返すなんて、愚の骨頂だ。外見を変えたって、中身が変わらなきゃ一緒だ。君はバカだ」

 薪の反駁が終わると、彼女はゆっくりとデスマスクを外した。美しく作られた細面の顔。赤くて薄い唇が、アルカイックに釣りあがった。
「ずいぶん、偉そうだこと」
 自分のことを棚にあげて、と彼女は皮肉な口調で言い、薪を侮蔑の表情で見据えた。

「努力次第でなりたい自分になれる? よく言えたものね」
 にやりと笑って、冴子は大きな姿見をかざす。そこには薪の本当の姿が映っている。
 自分自身ですら実年齢を疑いたくなる少年めいた顔。色素の薄い日本人離れした肌の色と華奢な体つき。薪が憧れる男らしさとは無縁の姿だ。

「それがあなたの望んだ姿? あなたが歩みたかった人生?」
 この外見のせいで、色々といやな目に遭ってきた。軽んじられたり、謂れのない中傷を受けたり、おかしな男に目をつけられたり。思い出したくないことばかりだ。
「誰よりも、自分を捨てたいと思ってるくせに」
「……思ってない。僕は今の自分に満足してる」
「うそ。成り代わりたいと思ってるでしょ? あの、女医先生に」
 予想外のことを言われて、薪は眉根を寄せる。一瞬にして幼くなった自分の顔に、疑念と不安が浮かんでいる。

「なに……?」
「彼女はあなたの憧れですものね、強くて気高くて美しい。その上、愛するひとの想い人」
 とんでもない言いがかりだ、僕が雪子さんを妬んでいるとでも言うのか。
 侮辱を受けた怒りに、薪の拳が固く握り締められる。雪子の幸せを願う気持ちは、薪の中で一番純粋な思いだ。それをこんなふうに穢すことは許さない。

「そんなことは思っていない。僕は彼女の幸せを心から願っている」
「嘘おっしゃい。自分の大事なひとを奪っていく彼女が、憎くてたまらないくせに」
「昔はそうだったけど、今は違う。青木は僕のことを」
「アハハハハハ!!」
 薪が言いかけると、冴子はけたたましく笑った。耳を劈くような不快な哄笑に、咄嗟に耳を塞ぐ。

「必死になっちゃって、ああ、おかしい。
 わかってるんでしょ? 自分じゃ一生彼の側にいることはできないって。
 男のあなたには結婚もできない、子供も産めない。あなたは所詮、一時の恋人」

 冴子は軽快に爪先を運び、薪の周囲を歩き回った。右手に包丁を握ったまま、手を後ろに組んでいる。刃物の切っ先から、血の雫が滴る。どこから沸いてくるのか、包丁から流れる血は一向に止まらず、薪の周りには血の輪ができた。

「彼の人生のパートナーにはなれない」

 耳に当てられた細い指が、そのまま亜麻色の髪に絡んだ。ぐしゃりと髪を摑んで、歪んだ顔を下に向ける。キッチンの床に土足で立っている自分の革靴の紐が、幾重にもダブって見える。美しく磨かれた木目に、透明な雫が零れ落ちた。

 いつも。
 いつも自分で思っていることを他人に言われるのは、こんなに衝撃的なものか。反射的に涙が零れるほどに、それを止められないほどに。
 
「彼女が羨ましいでしょう? 彼女になって、彼に愛されたい、彼の子供が産みたいと思うでしょう。彼と確かに愛し合った証を、彼との間に残したいと思うでしょう」
 薪は夢中でかぶりを振った。床に幾つもの水滴が落ちる。
「思ってない。僕は本当に雪子さんと青木がそうなってくれたらいいと」
 冴子に向かって一歩踏み出した薪の足が、何かにぶつかった。下を見ると、女の死体だ。冴子が殺した不倫相手の妻の―――― ちがう、これは……。
 白衣が真っ赤に染まって、短い黒髪が血溜りの中に散らばって、顔は分からない、皮を剥がれていて判別が付かない。だけどこの女性は、ちがう、ちがう、これは現実じゃない――――。

「自分の姿を見るといいわ」
 嘲笑と共に投げつけられた言葉に、薪は顔を上げた。

 鏡に映っていたのは、右手に血に濡れた包丁を握り、雪子のデスマスクを被った自分の姿だった。






テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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