ハプニング(18)

ハプニング(18)




「何をやってんだ、おまえら!! 」
 ほぼ一月ぶりに響いた室長の怒号は、第九全体を揺るがすような威力だった。

「今井、宇野! 何処に目をつけてるんだ!! モニターは四角形だぞ、三角形のつもりで見てるのか? だからこんな見落としをするのか?」
「小池、おまえの頭の中には何が入ってるんだ、豆腐か? 耳から熱湯注ぎ込んで頭ン中湯豆腐にされたくなかったら、さっさと証拠を見つけろ!」
「青木、それっぽっちの書類を作るのに、よくそれだけの時間を費やせるな? 文字を一つ一つドット画で書いてるのか? 10分以内に提出、できなかったらドット画のゲームキャラにおまえの顔をビジュアル変更してやるぞ、この拳で!」
「曽我、いつまで同じ画を見てるんだ、面で見ろ、面で! なに? できない? 人間ならできるはずだ。昆虫以下か、おまえの頭は!」

 溜まりに溜まったストレスを一気に発散させるかのように、薪の暴君ぶりは凄まじく、主にその被害を受けるはずの後輩は何故か今日は集中攻撃を免れて、室長の罵詈雑言は全職員に平等に降り注いだ。
「うひゃー、薪さん全開だな」
「ここんとこ静かだったのに。やっぱり平和は長く続かなかったか」
「だからずっと眠ってりゃいいんだよ、あのひとは」
「聞こえてるぞ、曽我、小池!」
 怒鳴りつけられて、二人はヒッと首をすくめる。室長の地獄耳を舐めるなよ!
 
 薪の激励に煽られた彼らは、いつもの数倍の熱心さで与えられた仕事に取り組む。死に物狂いで職務に励む部下を見るのは気持ちがいい。顔色が紙のように白いことと眼が血走っていることを除けば、なんて理想的な職場だろう。仕事意欲に溢れている。
 熱心さでは引けを取らないが、ひとりだけ普通の顔をしている部下がいる。副室長の岡部だ。岡部には、どうも薪の睨みが効きにくい。裏の顔を色々と知られているせいだ。ここは攻撃の方向を変える必要がある。

「岡部。昇任試験の勉強はしてるんだろうな?」
「は、はい! やってますとも!」
「じゃ、これ。僕が作った模擬テスト。やってみろ」
「ひ―――っ!!」
「なんだ、その情けない悲鳴は」

 数式の並んだテスト用紙を見た途端、部屋の誰よりも青い顔になってだらだらと汗をかき始める岡部を見て、薪は我慢しきれずにクスクス笑い始めた。
 薪の笑いに気付いて、他の職員たちもこちらを見ている。コワモテで警察官の経験も長く、滅多なことでは動じない岡部のうろたえる姿に、悪気のない失笑が洩れた。
 薪はしばらくの間、笑いながら岡部の様子を見ていたが、やがてきれいな手を問題用紙の上に被せて、やさしく言った。
「それは宿題だ。家に帰ってからゆっくり考えろ」

 岡部の顔がほっと緩み、次いで嬉しそうに破顔した。
 それは今、苦手な数式から解放されたことによる単純な喜びではなく。薪が薪らしく、元気でパワフルに職務に邁進する姿を久しぶりに見ることができた、それに対する心からの喜び。他の連中も、きっと同じ気持ちだと薪は確信する。

 僕は僕のまま、ここにいていいんだ。

 ふと目を落としたPC画面の右下の時刻表示を見て、薪は時計を確認した。18時20分。
「岡部、晩メシ食いに行かないか。銀洋亭のスペシャルディナーなんかどうだ」
「珍しいですね、薪さんが洋食なんて」
「たまにはいいだろ。僕が奢るから。おまえらもどうだ?」
 振り向いて、全員に声を掛ける。付いてくるのは青木ぐらいだと解ってはいたが、平等に誘わないと不自然だからな。
 しかし。

「やった、薪さんの奢りっ!」
「お供します!」
「ご馳走さまです!」
 俄かに活気付くモニタールームの空気に、誘った薪の方が怯んでしまう。なんだ、この食いつき方。
「オレ、2人前食べてもいいですか?」
「ずるいぞ、青木。じゃ、俺、デザートにマンゴープリンいいですか?」
「フルーツパフェ食ってもいいですか?」
 半分、ノリで言ってみただけなのに、奢りと聞いたらこいつら。

 薪を中心に、わいわいと喋りながらエントランスを出た第九職員たちは、正門の手前で一人の男に呼び止められた。焦げ茶色の髪をお洒落に流した警視庁きってのモテ男、竹内警視だ。天敵であるはずの薪ににこやかに笑いかけながら、こちらに向かってスマートに足を運んでくる。
「室長。これ、DARPAの資料です。あれから色々調べてみたんですよ、この施設の研究内容とか。良かったらどうぞ」
 薪に向かってA3サイズの封筒を手渡す。かなり厚みがあって、重かった。
「DARPA?」
 竹内がどうしてそんなものを持ってきたのか、薪は見当もつかなかった。
 押し付けられた封筒の中身の頭だけを引き出して確認し、その枚数にちょっとびっくりする。これだけの資料を集めるのは大変だっただろう。こんなムダなことをしているヒマがあったら、指名手配犯のひとりでも捕まえたらどうなんだ。

「何の嫌がらせですか?」
「え。いや、こないだ興味がありそうだったから」
 こないだ、と聞いて青木に目を走らせる。眼鏡の奥の眼がウロウロしている。なにか、やらかしてくれたらしい。後でとっちめてやる。
「ダーパでしょう? 最先端科学を速やかに軍事技術に転用する目的で創設されながら、国費を使って空想に近い研究ばっかりやってるトンデモ施設ですよね。国費を浪費している、第九と同じだって言いたいんですか?」
「ち、違います! 確かにここはユニークな研究をしてますけど、俺は決してそんなつもりでは」
「失礼。これから部下たちと食事に行くので」
 威嚇するような低めの声と氷の壁で竹内の言葉を遮って、薪は仲間の輪の中に戻る。残された竹内は、呆然と立ち尽くすしかない。

「……やっぱりあれは夢だったのかな」
「すみません、竹内さん。本当にごめんなさい!」
 謝罪の声に気付いて竹内が我に返ると、第九の新人が頭を下げている。
「なんでおまえが謝ってんの?」
 おかしなやつだ、と竹内は思い、「置いてかれちまうぞ」と彼を急かして仲間の元へ走らせた。青木の大きな背中が第九の輪に溶け込むのを何となく見ていた竹内は、自分と同じ目的で彼らを呼び止めたもうひとりの男に気付いた。

「薪くん。こないだの資料、役に立った?」
 警務部長の意味ありげな視線に、薪はすっと仲間から離れて間宮の側に寄って行った。その様子を見て、竹内は薪の身を案じる。岡部が睨みを利かせているから間宮も滅多なことはしないと思うが、それでも心配だ。
 ふたりはコソコソと秘密めいた会話をしていたが、やがて間宮が大きく頷き、薪の腰に手を伸ばした。以前の薪なら5秒で蹴り飛ばしていたが、こないだの薪は辛そうに震えていた。あんな薪を見るくらいなら、査問会覚悟で間宮をぶっとばしても―――。

「そっか、上手く行ったんだ。じゃ、ご褒美に、ぎゃんっ!」
 ……3秒だった。

「さすが室長、素早い反撃だな」
「蹴りが鋭くなったよな」
「間宮部長も可哀相に」
「そうかあ。ああすればよかったんだ……」
 ひとりだけズレた会話をしている仲間たちの中に薪がようやく収まって、彼らは歩き始める。室長を中心としたその輪は、活気と明るさに満ちて、梅雨空を吹き飛ばすかのように楽しげだった。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

Cさま、コメントありがとうございます。

はい、やっと戻りました~。
何かしら学んで戻ってこれたようで、一応はハッピーエンドです。


>ここの世界はしあわせでいいなあ。

本当に、原作のほうはすごいことになっちゃって、
創作との乖離は大きくなる一方です☆

実は、青木さんのお母さんが絡む内容で、12月号を読む前に書いちゃった話があって、公開してよいものかどうか迷ってるんですけど。
ま、いいかあ。 二次創作だし。 
うちの場合、原作との乖離は今に始まったことじゃないですしね(^^;


読んでくださって、ありがとうございました。
またお越しくださいませ。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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