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折れない翼(2)

折れない翼(2)





『どうして捜一なんか希望したんだよ? 警察庁の内勤から始めるって、おまえそう言っただろ?』
 携帯電話から聞こえてくる親友の心配を含んだ声に、薪は頬をほころばせた。
「僕は早く出世したいんだよ。手柄を立てるなら、ここが一番手っ取り早いだろ」
『おまえが決めたことなら、仕方ないけどさ。でも、本当に大丈夫か、薪。危ない目に遭ったりしてないか? 』
「大丈夫だって」
 親友の言葉を遮るように、薪は言葉を重ねた。

「僕をだれだと思ってるんだ? 行く行くは、警察庁のトップに立つ男だぞ。捜一なんて、軽いよ」
『……おまえ、鼻っ柱折られて泣くなよ』
「鈴木こそ。所轄の人間に舐められるなよ。僕たちはキャリアなんだからな」
 わざと高慢なセリフで自分の弱気を隠し、薪は胸を張った。

 鈴木はいつも自分を気遣ってくれる。自分だって新しい職場に入ったばかりで気苦労も多いだろうに、こうして毎日のように連絡をくれる。
 薪はずっとその気持ちを嬉しく受け止めてきたし、彼に頼っても来た。しかし。
 いい加減、彼からは卒業しないといけない。でなかったら、いつまでも鈴木と対等な人間になれない。

 彼の親友に相応しい男になりたかった。
 捜査一課は刑事にとっては花形部署だが、仕事がきついことでも追随を許さないと聞いた。そこを職場に定めれば、嫌でも自分を鍛えられると思った。

 携帯を閉じて、薪はため息を吐く。
 学生の頃は滅多に吐かなかったのに、この頃はめっきり多くなった。社会人の苦労というやつが分かってきた証拠だ。
 今日のため息の原因は、昨日の現場での大失敗。自分のせいで犯人を取り逃がした。刑事にとって、これ以上のしくじりはない。

 先輩と一緒に強盗犯を追いかけて、狭い路地で挟み撃ちにした。犯人は自分が追い詰められたことを悟ると、迷うことなく薪の方に突進してきた。
 相手の勢いに押されながらも、薪は雪子に習ったことを思い出そうとした。走ってくる相手の左側に避けて、腕を決めて足払いをかけて……頭の中のシミュレーションは完璧だったのに、現実は厳しかった。
 相手の腕をつかむまではうまくいった。しかしその後、見事に引き摺られてしまった。足を踏ん張ろうとしたが無駄だった。強盗犯の太い腕が振り回され、薪はあっけなく吹っ飛ばされて塀に背中を打ちつけられた。胃が胸から飛び出るかと思った。よくも悪くも優等生だった薪に、コンクリートの塀に叩きつけられた経験などあるはずがなかった。
 薪が痛みに息を詰めている間に、犯人はいなくなっていた。地べたに座って背中をさする薪の前を走り抜けた人影から舌打ちが聞こえて、立ち上がろうとしたが、痛みが強くて動けなかった。
 薪の空けた穴から逃げた犯人は、先輩刑事の追走を振り切り、まんまと逃げおおせた。薪は指導員の先輩と共に課に戻った。薪の背中には大きな痣ができて、後頭部に擦過傷もあったが、薪に与えられたのは叱責だけだった。

 すみませんでした、と深く頭を下げた薪の背中に、不愉快な声が飛んできた。声の主は世良義之。同じ課の先輩の巡査部長だ。
「課長。こいつを現場に出したのが、そもそもの間違いなんですよ。勉強ばっかりしてきたモヤシ野郎なんか、足手まといになるに決まってるじゃないですか」
 自分がミスをしたことは分かっていたが、公衆の面前で自分が役立たずだと決め付けられて、薪はカッとなった。課長や指導員の先輩に叱られるのは仕方ないとしても、この事件とは何の関係もない別班の人間に侮辱を受ける謂われはないはずだ。
 言い返してやりたかったが、世良は羽佐間と並んで捜一のエースだ。今現在薪が彼に勝るものといったら、階級くらいしかなかった。使い勝手の良くない武器だとは思ったが、薪はそれを使うことを選んだ。
 このとき、薪は23歳。悲しいくらいに若かった。

「世良さん。警部補の僕にそんな口を利いて、後で後悔しま……っ!」
 精一杯の強がりですら、最後まで言わせてもらえなかった。
 世良に胸ぐらを掴まれて、身体を持ち上げられた。息が止まる。

「ここではホシを挙げたやつがチャンピオンなんだ。階級なんざ、何の役にも立たねえよ」
 世良の乱暴な振る舞いを咎めるものは、ひとりもいなかった。
 薪がキャリア入庁していることは、皆が知っている。そのことで疎まれていることも承知していた。ここでは自分の味方は誰もいない。薪は痛烈に孤独だった。

 床に投げ落とされて、傷めた背中がずきりと痛んだ。表情を隠すために、薪は俯いた。
 世良は薪を馬鹿にしたように鼻で笑うと、自分のデスクに戻って行った。口惜しかったが、腕力の差はどうにもならない。そしてここでは、頭脳よりも体力の方がものを言うのだ。
 証拠物件から犯人のプロファイリングを行ったら、大学で犯罪心理学を専攻していた薪の方が上かもしれない。しかし実際の捜査では、推理力が問われる場面は少ない。犯人が防犯カメラに映っていたり、目撃者や証拠が山ほど現場に残されていたりして、考えを巡らせる間もなく犯人の正体が分かってしまう。そんな事件が殆どなのだ。
 例え謎めいた事件が起こったとしても、それはベテラン刑事の仕事だ。新入りには、意見することすら認められない。執行部からの指令にひたすら従うだけだ。そこに必要なのは、体力と根性。薪のこれまでの人生には、どちらも必要のないものだった。

 背中に響かないように気をつけて、薪は立ち上がった。自分のデスクについて、始末書を書き始める。捜一に配属されてわずか1週間の間に、この書類はもう3枚目だ。
「おい、薪。俺の分も一緒に書いといてくれ。得意だろ?」
 ペンの上にわざわざ書類を落とされて、薪は苛立ちを奥歯でかみ殺す。自分が書くべき書類を薪に押し付けようとしているのは、羽佐間匡。先刻、薪と一緒に強盗犯を追いかけていた先輩だ。

 羽佐間は世良と同じ巡査部長で階級的には薪の下だが、彼は自分の指導員だ。逆らわないほうがいい。
 部屋の中では比較的穏やかな羽佐間だが、現場に出るとものすごく怖い。初めて羽佐間に怒鳴りつけられたときには、ショックで棒立ちになってしまった。幼い頃から優等生で通してきた薪は、他人からあんな風に怒鳴られたことはなかった。

「ついでに、異動願いも書いたらどうだ」
 冗談じゃない、1週間で異動なんて。
 キャリアの異動が多いのは常識だが、あれは昇任システムの関係から派生する人事であって、力不足で職務がこなせないから逃げるわけじゃない。何も為さないまま、逃げ出すなんて真っ平だ。推薦してもらった警大の教授にも合わせる顔がない。

「羽佐間さんにはご迷惑かもしれませんが、もう少しここで頑張りたいと思います。引き続き、ご指導ください」
「頑張るったって、おめえよ。人には向き不向きってもんがあらあな。怪我しねえうちに内勤に移った方が、てめえの為だと思うぜ」
 ひとの良い振りをしてやさしい言葉を掛けるが、羽佐間の本音は分かっている。デキの悪い新入りを追い払いたいのだ。
 だからと言って、羽佐間を冷たい人間だと詰る気はない。今日の捕り物の顛末からも分かるように、薪は羽佐間の足を引っ張ってばかりだ。指導員として薪とコンビを組む前の羽佐間は、逮捕数トップの座を世良と競っていたのだ。自分の成績が落ちる原因を取り除きたいと思うのは、当たり前のことだ。
 
 申し訳ない気持ちもあって、薪は俯くことしかできない。
 元々、薪は人前で自分の意見を言うのは苦手だ。研究発表のように資料があれば淀みなく喋れるが、普通の会話は苦手なのだ。仲の良い友だちになら気兼ねなく話せるが、それ程心を許していない相手にはどうしても寡黙になる傾向がある。
「また黙んまりか。ったく、扱いづれえなあ、キャリア様ってやつは。泣きもしねえ、笑いもしねえ。人形みてえに澄ました顔しやがって」
 羽佐間は肩を竦めて、机の前から離れた。

「俺あ、人形に仕事を教える気はねえからよ」
 羽佐間の広い背中から放たれたその一言が、薪の心に深く突き刺さった。

 自分がとてもつまらない人間に思える。これまでずっとエリートの道を歩いてきた薪は、誰かに足を引っ張られた事はあっても、逆の立場になったことはなかった。生まれて初めて味わう挫折感に、そのあまりの絶望感に萎縮して、本来の力を発揮できない。

 2065年の現在、天才との呼び名も高い警察庁の星、推理の神さまとまで讃えられる薪剛警視長の刑事人生のスタートは、その名声に相応しくない屈辱の幕開けで始まったのだった。



*****


 ぷぷぷ。
 劣等生の薪さん、かわいい♪(←鬼畜)



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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