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室長の災難(6)

室長の災難(6)







 竹内誠は、目の前の美しい女性に見とれていた。
 肩にかかる亜麻色の髪を、鬱陶しそうにかきあげる。ちらりと見える白いうなじが、たまらなく艶かしい。
 形の良い耳たぶにプラチナのイヤリング。今時ピアスでないのは少し不自然だが、華やかさを演出するには充分だ。
 花のようなかんばせ―――― 一番先に目に付くのが、つややかな唇である。
 男の支配欲を直撃するような、その濡れ方。
 果実のような口唇は、思わずふるいつきたくなるような強力な引力をもって男を誘う。この女性と差し向かいでグラスを傾けたら、そのまま彼女を家に帰せる男が、果たしてこの世にいるだろうか。

「聞いてます? 竹内さん」
「はっ。え?」
「人員の配置はここに1名、それから向かいの角に1名ですね?」
「はい。いや、1名じゃ足りないでしょう。5名ずつに増やしましょう」
「はあ? それじゃ目立ちすぎでしょう。犯人どころか誰も寄ってきませんよ」
「え? あ、はあ、そうですね」
 なんとも間抜けな受け答えである。

 どうしてこんなことになったんだろう、と竹内はつい先刻までの自分を思い出す。
 先刻まで、確かついさっきまで、部下の大友と「あの憎たらしい第九の室長の泣きっ面を肴に、今夜は一杯飲もう」と笑い合っていたはずだ。
 どうせあの衣装を見て、ムリですと詫びを入れてくるか逆ギレしてくるか、万が一それを着てくれば思いっきり嘲笑ってやれる。いずれにしても、笑える展開になるはずだった。
 ところが。

 この美しい女性は何者だ?
 この女性が現れてから竹内はいつもの冷静さを欠き、しどろもどろに的外れなことしか言えなくなったのだ。
 こんな展開は、ない。こんな可能性は微塵も考えてなかった。
 いくら顔が女みたいだからといっても、体は男のはずだ。いくら華奢でもこんな女物の、しかもMサイズの衣装が着られるか、普通?

「よく着られましたね。それ」
「自分で用意しておいて、それはどういう……」
「いや、サイズの話です」
「少し大きかったです。肩紐は簡単に落ちるし、スカートは緩いです。ほら」
 言葉の通り、肩を傾けると肩紐が外れ胸元が覗く。パット入りの下着を着けているだけで実際に乳房があるわけではないと理性では分かっていても、つい眼を逸らしてしまう。肌の白さが眩しい。
 ウエストが緩いのも本当らしい。よく見なければ分からないが、タックを寄せて安全ピンで留めてある。どうやら第九にも、女性の協力者がいるようだ。化粧もやたらとうまいが、おそらくその協力者の仕事だろう。
「でも、大きいほうが動きやすいし、キツイよりは良いですから。女性の服でも、こんなに大きいサイズもあるんですね」
 標準サイズであることは黙っていよう、と竹内は思った。

 しかし、困った。
 ここまで美しい女性に化けてこられたら、おとり捜査を断念する理由がない。正式な捜査依頼をしたものの、絶対に断ってくると踏んでいた。そうしたら、第九の非協力的な態度を非難してやろうと思っていたのだ。
 第九との合同捜査など、とんでもない。手柄は捜一のものだ。現場は捜一の舞台なのだ。
 いや、何より、これでは本当に襲われてしまう。
 竹内は、薪にそこまで危険なことをさせるつもりはなかった。薪のことは大嫌いだが、別に怪我をさせてやろうとか、しばらく動けなくなってしまえばいいとまでは思っていない。ただほんの少し、その生意気な口を黙らせて悔しがらせてやればいい―――― その程度の意地悪だったのだ。

「じゃ、発信機は2基、イヤリングと髪飾りに仕込みます。作戦の開始は20(フタゼロ):00(マルマル)。吉祥寺の前坂交差点付近の例の店で。よろしくお願いします」
 慣れない長髪を後ろに払って、彼女は立ち上がった。小道具のバックを持って部屋を出て行こうとする。遠巻きに見守っていたギャラリーが、一斉に道を空けた。

 やはり、止めるべきだ。竹内は、彼女のすらりとしたきれいな足に視線を釘付けにしながら決心した。
 もし彼女の身に何かあったら、自分の責任問題だ。うん、ここは男らしく俺の方で折れてやろう。
「あっ、ちょ、ちょっと」
「なにか」
「やっぱり止めましょう。危険すぎます」
「なに言ってんですか、いまさら」
「いや、でも、危ないですって。本当に」
「正式な捜査協力依頼ですよね?」
「あれは取り消します。取り消しますから」
「はあ?」

 つかつかとヒールの音を響かせて、彼女は竹内のそばに戻ってきた。
 ジルコニアの花のネイルアートが施された華奢な手が、竹内のネクタイを掴もうとした。が、長い付け爪が邪魔をして、力が入らない。
 どうやら襟元をつかんで引っ張りあげる、というのをやりたかったらしいが、それはこの身長差では爪がなくても無理だろう、と竹内は思った。
 彼女の方もそれは諦めたようだ。チッと舌打ちして「邪魔だな」と爪を見て、それから竹内にぐっと顔を近づけてきた。
「取り消しなんか、利くわけないでしょう」

 きつい眼光。捜査会議のときに、時折見せる猛禽類のような鋭い眼差し。あの眼で睨まれると泣く子も黙ってしまう、と評判の氷のような眼。
 しかし、今は違う。
 扇情的というか、誘われてるというか……間近に見ても、女性にしか見えない。もとい、女性だ。これはあの憎たらしい第九の室長じゃない。自分たちの苦労の上前をはねて、結果を出したもの勝ちだと言いたげに現場の人間をせせら笑う、あの男とは別人だ。

「人にこんな格好までさせといて、冗談じゃ済みませんよ。おおかた公約のことが不安になったんでしょうが、約束は守ってもらいます。警察官が嘘ついたらお終いでしょう」
 あの蠱惑的な口唇が一個の生き物のように動いて、何か言っているが理解できない。こんなに至近距離に来られては、冷静になどなれない。
 沈黙を了解と取ったのか「それじゃ、よろしく」と言って踵を返し、今度こそ本当に彼女は部屋を出て行ってしまった。華奢な後姿は細いながらにしなやかで、モデルのような美しい足にはハイヒールが嫌というほど似合っている。

 呆然と見送る竹内に、部下の大友がこっそりささやいた。
「どうすんですか、竹内さん」
「どうしよう」
「やばいでしょ、あれ」
「そうだよな、ぜったい標的になるよな。どうしよう。彼女になにかあったら、俺」
「……あんたのほうがやばいよ」
 
 とりあえず、今日の飲み会は中止だ。
 居酒屋の予約を取り消すために、大友は携帯電話を取り出した。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

こんにちは、Kさま。

うひゃあ。
それを見つけるために、読み直してくださったんですか???
大変な苦労をかけてしまったみたいで、申し訳ないです~~(><)
すべてわたしの不注意によるもので、Kさまのご指摘の通りです。
これから少しずつ、直していきますので。

わたしは田舎者で、あまり東京のこととか、よくわからないんです。
地図を読むのもあまり得意ではなく・・・・(あたま悪くてすいません)、ホテルと公園の位置関係とか、あまり気にしないで書いてしまいました。すいません。
未来の話だし、まあいいか、くらいの軽い気持ちで・・・・・ごめんなさい・・・・・・。
これからは、ちゃんと調べてから書くようにします。

それと、原作の薪さんで、うちの薪さんがしていることを思い浮かべるって・・・・・発狂しちゃいますよ、Kさん!(笑)
Kさんにはいくつか許容していただいたみたいですが、わたしはただのひとつも許せないです(って、自分で書いておいて)原作の薪さんには、1ミリも崩れて欲しくないです。(^^;

Rは・・・・・あははは。これはきっと、ご期待には副えません。
わたしのRは、キツイです。(断言)
特に、ふたりが恋人同士になってからは、ほとんどポルノ小説か?って感じになるので・・・・・今の状態で指の隙間から読んでいただいているようでは、たぶん、両目を瞑って読んでいただくことになるかと(って、読めないだろ、それ)
カテゴリを分けますので、そこには立ち入らないようにお願いします。(^^;
一応、このお話自体は、ふたりが恋人同士になったところで、おしまいなんです。むしろ、そのほうがいい、と思っています。
それから先は蛇足だな、と。
でも、思いついちゃったら書かずにいられなくて。そういう状況にならないと、書けない話もありますし・・・・・いえ、わたしが腐ってるだけですね。すいません。(^^;

ところで、Kさま。
Kさまは、わたしのリンク先のブログさまのチェックはお済みですか?
まだでしたら、ぜひ行ってみて下さい。
どのブログさまも、わたしの駄文置き場みたいなブログより、ずっと素晴らしいですよ!

たとえば、
原作の薪さんがそのまま動いているかのような、かのんさんの「この世界を愛したくて」
純粋でピュアで、切ない薪さんに泣かされること請け合いの、みちゅうさんの「秘密のたまご」
スリリングな展開に息も吐けなくなるような、めぐみさんの「MAKI rulez」
硬質な文章で、わたしの理想の薪さんが実在している、第九の部下Yさんの「いつもあなたを守ってる」
(めぐみさんとYさんは、Rも無いに等しいので、よりKさん向きかも。)
Kさんは、長い文章を読むことが苦にならないみたいなので、この4つは特にお勧めです。(^^

いろいろ、お気遣いいただいて、ありがとうございました。m(__)m

Aさまへ

Aさま、こんにちは!
いつもありがとうございます!


>なるほど、竹内さんは薪さんの女装姿に惚れちゃったんですね(笑)薪さんなら素顔でも女性で通りそうですが(>▽<)アニメではシンプルでしたね。

薪さんの女装ネタ。
はい~、こちらアニメが元になってます。 

竹内はノーマルなんで、女装でもしなきゃときめいたりしないです。 第九のひとたちもそうです。 普段のスーツ姿の室長にときめいたりしません。 
うちで完全にヘンタイなのは、青木くんだけです。(笑)


アニメは、はい、シンプルでしたね。
でも、室長が女装して囮捜査なんて、もっと膨らましてもいいネタですよね? せめてこのくらいは派手に作ってもいいんじゃないかなー、と思って書きました(^^


>私は原作は読んだことなかったんですが、うは~(〃▽〃)と思い、そこばかり繰り返し見てしまいました。そして原作にも手を出した(笑)

あはははは!
原作で女装がなくて残念でしたね★ (あっても困るかな(^^;))

アニメと原作はまるで違いますからね~。
わたし、アニメの全体的な感想が、
『全国ネットで二次創作してる』でした(笑)


>室長の女装に岡部さんとか平静なのが不思議でした。

岡部さんは!!
好きな女性がいるんです。 でもって、外見に惑わされるような脆弱な精神はしていないんです!
なぜなら、わたしが岡部さん大好きだから。(←理由になってない)
ああ、岡部さん、カッコイイ。 結婚したい。 うっとり・・・・・・・(ドリームに入った)


>アニメの薪さん、男っぽかったですね(^^)

ですね(^^
わたし、男っぽい薪さんが好きなので、柔道で犯人を投げ飛ばした場面には拍手!でした。
柔道する薪さんが原作に出てきたら、びっくりでしょうね。 ありえないと思いますけど。

うちの薪さんが強いのも、ネクタイをしてるのもアニメの影響ですね。 
原作の薪さんは、そんなに強くないイメージが強いのですが、実際はどうなんでしょうね? 青木さんをのせる、って本当なんでしょうか? それともハッタリ?

柔道着姿の原作薪さん。
見たいような、見たくないような・・・・・フクザツ☆です。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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