ゲスト(2)

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「ところで、室長さん」
 軽やかな彼女の切り出しに、薪は「はい」と顔を上げた。
 息子によく似た彼女のやさしい笑みに安心を覚えながら、決してこの笑顔を曇らせてはいけない、その頬に嘆きの涙を流させてはいけないと心に決めて、薪は彼女の言葉を待った。

「いったいあの子のどこがお気に召しましたの?」
「ですから、それは今申し上げましたとおり。優秀な頭脳と体術を兼ね備えた人材は、そう簡単に見つかるものではなく」
「まあ、そうなんですか。普通はやさしさとか性格とかが重要視されると思うんですけど、やはり男の方だと選定基準が違いますのね」
「……はい?」
 なんだろう、微妙な会話の食い違いを感じる。てか、すごく嫌な予感がするんだけど。

「昨今では外見とか年収を気になさる方もいらっしゃいますわね。後者はどうかと思いますけど、やっぱり生活を共にするとなると大事なことですものね」
 どうしてだろう、今すぐここから逃げ出したくなってきたんだけど。本能がガンガン警鐘鳴らしてるんだけど!

「いえね、今まで一行がお付き合いしてきた女性の方々は、口を揃えて『やさしいところ』と仰ってたものですから。てっきり室長さんも、同じことを仰るのかと」
 なんか、青木の過去の女性たちと同列に並べられてるような気がするんだけど。僕の気のせい? 気のせいだよね?

「でも困ったわ。一行がそんなに優秀なわけはないし、すぐにボロが出てしまうでしょうねえ。
 室長さん、親バカを承知でお願いします。もしもあの子が室長さんの期待に応えられなくても、見捨てないでやってくださいね。あの子にはもう、あなたしかいないんですから」
 彼女の言い回しに不可解な響きを感じて、薪は恐ろしい予感を打ち消せない。考え過ぎかもしれないけれど、まさかお母さん、僕たちのこと知ってるんじゃ。
 いや、それはないか。知っていたらこんなに平然と、僕と話ができるわけがない。僕は彼女にしてみれば、大事な息子を男色の道に迷い込ませたサキュバスなのだから。

「あの子は本当に、あなたのことが好きなんですよ。どうか、一生面倒見てやってくださいね」
 彼女の言葉を額面どおりに受け取って、薪は「はい」と肯いた。上司として、青木の面倒は見る。青木が自分の部下である以上、それは当たり前のことだ。
 ……でも、一生って……なんかやっぱりおかしくないか?

「ありがとうございます。これで一安心ですわ。この年になると、どうしても保証が欲しくなりまして。かと言って、おふたりには結婚することも籍を入れることもできませんでしょう。だから今日は、室長さんの言質が欲しくて参りましたの」

 ガシャン! と遠くから聞こえたはずの音の原因が、自分の手元で倒れた湯飲みの音だったと分かって、薪はひどく驚いた。あらあら大変、と言いながら手早くテーブルを拭いている青木の母親の姿を、まるで映画のワンシーンのように感じる。
 現実感がない。夢の中の一コマみたいだ。
 カラカラに乾いた唇を亞者のように動かして、薪は訊いた。

「僕と青木のことを、ご存知だったんですか?」
 想像もつかなかった展開に、薪は言葉を吟味する余裕を失くす。もう少し婉曲な訊き方をすべきだったと悔やむが、もう遅い。
 彼女の顔が嫌悪に歪むさまを想像して、薪は心臓が止まりそうになったが、現実の彼女はそんなことはしなかった。それどころかぷっと吹き出すように笑って、
「そりゃあ分かりますよ。あの子ったら、室長さんの話しかしないんですもの」

 アホか―――っ!!!

「いえね、最初は仕事の話やお友だちの話をしてるんですよ。でも、何を話していても、いつの間にか室長さんの話になっちゃうんですよ。
 こないだも仕事で2日も徹夜した話をしていて、『それは大変ね』とわたしが言ったら、大したことない、室長さんは4日も寝なかったって。『室長さんはすごいのね』と言ったら今度は、室長さんがすごいのは根性だけじゃなくて、って延々と自慢話が始まって。だけど無理をしすぎて突然倒れてしまうクセがあるから、すごく心配だ。あのクセだけはどうにかならないものかって」
 クスクスと笑いながら、彼女はおかしそうに息子の様子を話した。

 バカだバカだと思ってきたけど、本当にバカだ、あいつ!この世で一番隠さなきゃいけない相手に、どうしてそんな話をするんだ!
 てか、この人もおかしいよ! なんで呑気に笑ってられるんだ。自分の息子と一緒に住もうとしている恋人が、12歳も年上の男なんだぞ!?

「どうして反対なさらないんですか?」
 その質問は自分がしてはいけないものだと思ったけれど、どうにも我慢がならなかった。だって、不思議でたまらない。自分が彼女の立場だったら、どんな手を使ってでも阻止しようとするだろう。それが普通だ。
 薪の無礼な態度にも、彼女は不快な様子を見せなかった。眉を顰めることもなく、変わらぬ笑顔で薪の質問に応えた。

「一緒に住むことになった、って電話してきたときのあの子のはしゃぎようったら。舞が生まれたとき以上の興奮振りで、あんなに嬉しそうな声を聞いたら、反対なんてできませんよ」
「だけど!」
 どういう気持ちからか、彼女は穏便に事を済まそうとしてくれているのに、何よりもトラブルを恐れていたはずの自分がこんな質問をするなんて、でも、やっぱり訊かずにはいられない。

 自分と青木の関係は彼の親を泣かすことになると、何年もの間悩み続けてきた。幾度も訪れた破局の理由には、いつも少なからず含まれていたその事実。
 今、思いがけなく当人から話が聞ける機会を得て、だったらこの際、彼女の気の済むまで罵ってもらったほうがいい。

「僕が訊くのはおかしいんですけど、でもどうして、僕に抗議してこなかったんですか。彼の気持ちに気付いていたなら、どうして息子さんを諭さなかったんですか。
 ましてや一緒に住むなんて、お母さんにしてみたら耐え難い苦痛なんじゃないんですか?」
「わたしこそ、室長さんにお聞きしたいですわ。どうしてわたしが息子の幸せを苦痛に感じなければならないのでしょう?」
 
 子供の幸せを願うのが親のこころ。
 彼の行く道が暗闇に包まれれば光となって足元を照らし、彼が渇きを覚えれば露となってその喉を潤し、日暮れて一日が終われば歩き疲れた彼の足を休める褥になる。無償で尊い、比類なき愛情。
 だからこそ、許せないことがあるはずだと薪は思う。

「僕の存在が必ずしも彼の幸福を生み出すとは限りません」
 自覚はある。自分さえいなければ、青木には他の人生があったのだ。もっと大らかに、堂々と周囲の人々に祝福される人生が。
「僕は、エゴの強い人間です。以前、彼には総務部長の娘との見合い話が来ていました。例え恋愛感情はなくとも、慈しみの心を持って彼女との生活を営んだほうが彼にとっては実りある人生になるはずだと……思って僕は、でもどうしてもそれを為せずに、彼の幸せを潰しました」
 親戚や友人にも胸を張れる素晴らしい伴侶。その絵図を握りつぶしたのは自分だ。言い訳はしない。

「失礼ですけど、室長さんが仰るのは幸せな人生とは言わないんじゃないかしら。それはそう、楽な人生と言うのだと思います」
 彼女の反論に、薪は目を瞠る。
 「室長さんのような学のある方に、こんなことを申し上げるのは恐縮なんですけど」と前置きして、彼女は言葉を継いだ。

「毎日を面白おかしく暮らすよりも、苦労の中にひとかけらの幸福を見出す、それでこそ幸福の価値が分かるのだと思います。どんなに恵まれた生活も、それが当たり前になってしまったら、幸せを実感できないでしょう?」
 彼女の幸福論を黙って聞く薪に、彼女はにこっと笑いかけて、
「あの子にはそれくらいで丁度いいんですよ。すぐに調子に乗るんだから」
 と、母親らしい一言で締めくくった。

 薪は自分の膝の上で、ぎゅっと拳を握り締めていた。
 彼女に言いたいことがある、だけどそれを言っていいものか、言葉にすることが許されるのか。
 迷いに迷って、薪はやっとの思いで口を開いた。

「僕のすべてをかけて、彼を守ると誓います。彼の人生を僕に預けてください」






テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Wさまへ

Wさま、お手紙ありがとうございました。

後ほどブログにお邪魔しますが、SSのことだけはこちらでお返事します(^^


> 「ゲスト」、確かに今メロディであんなことになっていること考えると(p_-)

はい~。
『わたしが想像していた青木さんのお母さん』と『現実=原作』との間にものすごい開きがあって、仰天しました(@@


> まさかあのお母さん、薪さんにまで「死神」呼ばわりしたり雪子さんにまで「死体切る仕事の女なんて」っていったりしないですよね・・・・?

ひいいいい!!
黒い、黒いよっ、Wさんっ!
ていうか、お母さんの態度については反対派と共感派、今の段階では賛否両論みたいですけど、薪さんを糾弾した途端に反対派一色に傾くと思いマス☆(理由は聞いちゃいやん)


> しかし、男爵の一人暴走は面白い\(^o^)/
> ほんと、清々しいまでに駄目になりますね・・・・。しょっぱなから噛んで(笑)
> 男爵の努力もむなしく、全てバレテいたようですが・・

だって男爵だもん、暴走してなんぼです(笑)
実際、こんなもんだと思いますよ?
ほんと、親には敵わないなーと思うことが、この年になってもあるんだもん。て、わたしが未熟なだけか(^^;


> 「楽な人生」と「幸せな人生」がおおっと思いました。
> 目から鱗・・・・。。ぽろ~(@_@;)

いや、わたしなら楽な人生を選びます。(←ぶちこわし)


> そして
> 捜一時代の薪さん!!!\(≧∀≦*)/
> いやっほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!

きゃー、もう1年以上も前のリクなのに、こんなに喜んでくださって感激です。


> 「なめられたくない!」って頑張る若き日の男爵が見られるんですね!!!!

はいっ!

> 鈴木や雪子さんは出てくるんでしょうか!?わくわく(>_<)

はいっ!!

> しづさんのことだから、事件もかなりしっかり絡んでくると期待していいんでしょうか!!!??(プレッシャーをかける犬)

は・・・・・・えっと、そのあの、事件は流れていくだけというか、ううーん・・・・・・(不安)


> ドキワクしながら待たせて頂きますヽ(^o^)丿

あっ、あんまり期待しないで・・・・・・(超不安)


> ありがとうございます!!!

・・・・・・・ごめんなさいっ!!
実はすごーく地味なお話になってしまって~。 うちの薪さんから天才取ったら、何にも残りません的なストーリーに・・・・・・やっぱり薪さんは天才じゃないとダメですね。
つまんなくっても怒らないでくださいね(^^;

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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