折れない翼(4)

 こんにちは。

 実は今日は、お義父さんの3回忌なのですよ。
 でも昨日は現場に出なきゃいけなくて、仕方ないからお寺の確認からお昼の予約確認まで、現場から携帯電話で。ローラーとASフィニッシャーの音がうるさくて、何度も聞きなおしながら☆

 帰ってから提灯とかお供え物とか祭壇とか作ったんですけど。
 いつもは一人でやるんですけど、今回は現場に出ていたせいで間に合わず~、義弟とオットに手伝わせちゃいました。お義母さんにはお掃除、義妹には買い物をしてきてもらって。楽しちゃった♪←長男の嫁のくせに。
 さらに、3回忌が終わったらオットと義弟と一緒に測量にGO! なのです。仕事に追われて、片付けどころじゃありません。 
 もう、長男の嫁というよりは息子のひとりと化していて。嫁失格かなあ。 
 こんな駄文を書いてる時点で、今更って気もするなあ(笑)  





折れない翼(4)




 張り込みというのはひどく退屈で、でも簡単な仕事だと薪は思っていた。
 同じ場所に何時間も居座り、犯人が現れるのを待ったり、容疑者の様子を見張ったりする。刑事ドラマでは時間の都合上、張り込んで数分で犯人が現れるが、現実はそうはいかない。一晩中神経を尖らせていても成果が得られないこともあるし、警察が目をつけた容疑者とは他の真犯人が出てきて、何日も続いた監視が空振りに終わったりする。
 それは薪も、重々承知していた。待つのは辛いかもしれないが、体力的には楽なはず。犯人の姿が見えたら羽佐間に無線で連絡をする、それだけの仕事だ。しくじる余地はないと思った。

 しかし、現実は。
 梅雨明けの太陽がギラギラと照りつける炎天下、電柱の陰に立ち続けるという仕事は、考えられないくらいきつかった。
 沸騰したお湯から湯気が出るような勢いで、アスファルトから陽炎が立ち上っている。靴底が熱い。生卵を落としたら、目玉焼きができそうだ。
 ドラマだと、ちゃんと冷房の効いた車の中で座って犯人を待つことができるのだが、現実には車を止められない道路の方が多い。罰金も高いし取り締まりも厳しいから、何時間も違法駐車をする車は少ない。そんな道路に堂々と車を停めておいたら、ここで見張っています、と犯人に大声で知らせているようなものだ。
「……刑事ドラマって、嘘ばっかり」
 あれが刑事の現実だったら、警察官は憧れの職業№1の座から退くことはなかっただろう。

 灼熱地獄に立ち尽くして2時間、薪は先刻から痛みだしたこめかみの辺りを押さえて、深いため息を吐いた。
 なんだか気持ち悪くなってきた。水分補給を小まめにするよう先輩に言われて、ペットボトルの水を飲んでいたのだが、それが全部出てきそうだ。
 容疑者は、まだ現れない。
 交代の時間まで、あと1時間。それまでは頑張ろうと目的の部屋を見つめる目に力を込めるが、直ぐに視界がぼんやりと霞んでくる。霞むくらいなら良かったのだが、次第にそれが暗く翳ってきて、薪の視界は急に狭くなった。

 狭い視界がぐらぐらと揺れ始めたときには、地震が起きたのかと思った。不安定に揺れる狭窄した世界に容疑者の姿が現れたのは、そのときだった。手にコンビニの袋を提げて、駅の方向からやってくる。きっと自分のアパートに帰ってきたのだ。
 やった、羽佐間さんに報告だ。
 自分の仕事はここまでだ後は羽佐間がここに来てから一緒に横田のアパートに踏み込んで逃げたら追って捕まえて手錠をこんどはぜったいににがさないようにてじょうをあいてにかじりついてでもひきとめててじょうを――。

 頭の中のシミュレーションは、無線の送信機をつかんだところで途絶えた。急に身体が軽くなって、足が宙に浮いたような気がした。目の前が真っ白になり、夏の日差しの眩しさに驚きを覚え、次いで暗転した。
 次に目を開けたときには、白い天井とフードのない蛍光灯が見えた。蛍光灯の基盤に貼り付けられた備品番号から、ここが捜一の仮眠室であることを知る。瞬間、自分がどうしてここにいるのかを悟って、薪は泣きたくなった。

 枕もとの携帯がピリリと音を立てて、薪の涙を止めた。深く息を吸って、電話に出る。
『薪? 大丈夫か? おまえ、現場で倒れたって』
「……なんで知ってるんだ?」
『さっき、おまえに電話したら羽佐間さんて人が電話に出て。熱中症だって? 大丈夫なのか?』
「熱中症? 大げさだな。ちょっと眩暈がしただけだよ。今張り込み中なんだ、切るよ」
 有無を言わせず電話を切ると、薪は肘を上げ、腕を目蓋の上にのせた。
 自分が情けなくて涙が出てくる。ここの仕事をこなすには、自分は絶望的に体力が足りない。もっと身体を鍛えておけばよかった。大学時代、痴漢対策にと雪子が柔道の基礎を教えてくれたが、荒くれ者相手にも通用するように、徹底的に仕込んでもらえばよかった。

「大丈夫か、おい」
 枕元で先輩の声がして、薪は慌てて涙を拭いた。これ以上、自分のヘタレ伝説に拍車を掛けたくない。ぐらつく頭を右手で押さえ、ベッドの上に身を起こした薪に、羽佐間は冷たいスポーツ飲料を差し出した。
「次からは水じゃなくて、こいつにしとけ」
 羽佐間が自分をここまで運んでくれたのだろう。どうして羽佐間には、自分が現場を放棄したことが分かったのだろう。連絡する前に気を失ってしまったし、交代の時間はまだ先だったはずだ。

「どうして僕が倒れてるってわかったんですか?」
「無線持たせたろ。あれでよ」
 ピー、とスイッチが入った直後にガガッという雑音が入り、薪の身に何かが起きたことを羽佐間に教えた。現場に駆けつけながら尚も無線に耳を澄ますと、『おい、大丈夫か。しっかりしろ』という男の声が聞こえた。
 現場に到着してみると、男の腕に頭部を支えられ、介抱されている後輩の姿があった。
 羽佐間は迷った。親切な行きずりの男に礼を言うのが先か、彼に手錠を掛けてからにするべきか。

「犯人に助けられる刑事って、おめえよ。マンガじゃねえんだからよ」
「すみません」
 薪が神妙に謝ると、羽佐間は嫌味に笑って、
「ま、ものは考えようだ。相手もまさか、おめえみてえな刑事がいるとは思わなかったんだろうぜ。おかげでホシは捕まえたし、怪我の功名ってとこだ。おめえの手柄と言えなくもねえ。ひ弱で良かったな?」
 ニヤニヤと笑っているが、これはもちろん褒め言葉ではない。果てしなく蔑まれているのだ。その証拠に、
「てなわけで、これ頼むな」
 羽佐間が薪の膝の上にぽんと置いたのは、2枚の始末書。

「僕はともかく、羽佐間さんはどうして? 横田は逮捕したんでしょう?」
「俺もちぃとばかり焦ってな。本部への連絡を忘れて突っ走っちまった」
 言うことはきついが、羽佐間は悪い男ではない。自分のことを心配してくれたのだ。電話の向こうの親友と同じように。

「あ、そうだ。おめえをここに運んでくれたのは、世良だ。後で礼を言っとけ」
「どうして世良さんが」
「おめえが役に立たなくなったのは察しがついたからよ、近くで聞き込みやってた世良に応援を頼んだのよ。俺が横田をしょっぴいてる間に、世良がおめえをここまで運んでくれたってわけだ」
 選りに選って嫌なやつに借りを作ってしまった。またネチネチ言われるだろう。羽佐間には悪いが、知らぬ振りをしてしまおうか。世良だって、自分と話すのは不愉快だろうし。

「羽佐間さん、ここにいたんすか。課長が呼んでますよ」
 などと卑怯なことを考えていたら、当の本人が顔を出した。やっぱり、ズルはだめか。
「お。気が付いたか、粗大ゴミ」
 人生で他人にゴミと呼ばれたのは初めてだ。
 複雑な胸中を表に出さないようにして、薪は世良に謝罪した。

「すみませんでした。ご迷惑かけました」
 世良の視線が痛い。相手の顔をなるべく見ないようにして、薪は頭を下げた。
「これで分かっただろ? 現場は、おまえみたいな軟弱者が出てくるところじゃねえんだよ。今回は無事に犯人が捕まったからいいようなものの、こないだみたいに取り逃がしたらどうするんだ? あれはケチなコンビニ強盗だったけど、それが連続殺人犯だったら?
 おまえのヘマのせいで新しい犠牲者が出たりしたら、おまえ責任取れるのか?」
 握り締めた自分の手をじっと見つめながら、薪は世良の言葉を聞いていた。世良は現在の捜一のエースだ。自分にも他人にも厳しい。

「キャリアはキャリアらしく、部屋の中でハンコ押してりゃいいんだよ」
「まあ、そう言うなよ、世良。こいつも反省してるからよ」
「ったく。羽佐間さんは甘いんだから……っと、課長ですよ、課長」
「うう、また説教か」
「早くしてくださいよ、俺が怒られちまう」
 捜一のツートップでも課長は怖いらしい。オタオタとうろたえるようにして、二人は部屋を出て行った。

 自分も仕事に戻らなくては、と薪は思い、足を床に下ろして立とうとした。が、膝に力が入らず、ぺたんとその場に腰を落としてしまった。手も足も、小刻みに震えている。
 熱中症になったのも初めてだ。どちらかというとインドア派の薪は、学生の頃も夏は冷房の効いた室内で過ごしていた。もう少し、耐性をつけておけば良かった。
「何やってんだ。まだ寝てなきゃ駄目じゃねえか」
 数分後、何故か戻ってきた羽佐間が床に座った薪を立たせて、再びベッドに寝せてくれた。「課長のお説教は終わったんですか」と聞くと、「フケてきた」と言う。不良学生のような言い草が、ほんの少しおかしかった。

「そら、飲め」
 寝たまま飲めるように、ペットボトルの口に蛇腹つきのストローが差してある。見た目に合わない細やかな心配りが意外だった。
「大丈夫です。構わないでください」
 先刻の世良の苦言も手伝って、素直にひとの好意を受けられない心理状態だった薪は、つっけんどんにペットボトルを押し返した。
「ただでさえ僕のせいで世良さんに差をつけられて、焦ってるんでしょう。さっさと横田の自供を取って、少しでも点を稼がないと」
 世良に対する憤りを世話になっている先輩刑事にぶつけるのはおかしいと自分でも思ったが、心の中で渦を巻く自己嫌悪と敵愾心が薪の口を動かした。
「何なら、僕の指導員から外れてくれても結構ですよ。僕は一人だって」
 一人でだって立派な刑事になって見せます、と言おうとして、さすがにそれは大言が過ぎると判断して、薪は口を噤んだ。羽佐間から顔を背けて壁を見つめ、下唇をぎゅっと噛み締める。

「薪よ。警大の天才だか何だか知らねえが、一人は所詮一人だ。出来ることにゃ限りがあらあな。警察の仕事ってのは、一人じゃどうにもならねえもんばっかだぜ?」
 分かっている。だけど、こんなに誰かの足を引っ張ってばかりいる自分なんて、誰かに損害を与え続ける自分なんて、認めたくない。
「いっぱしの刑事になるのには、何人もの人間に育ててもらわなきゃならねえ。俺もそうだった。俺がおめえの指導職を受けたのは、その先輩たちへの恩返しだ。要は俺の都合だからよ、おめえの我儘は聞かねえよ」

 羽佐間は冷たいペットボトルを横になった薪の顔の上にまともに載せると、さっと踵を返した。
「いいな。寝てろよ。俺はこれから横田の取調べだ。おめえのお守りはしてられねえからな」
 そう言いつつ、それから2時間の間に、羽佐間は3回も薪の様子を見に来た。4回目に来たときには、薪はそこにいなかった。
「なんだよ、挨拶もなしに帰っちまうたあ。最近のガキはまったく」
 薪は大分落ち込んでいたようだった。これはいよいよ異動か。

 しかし、それは羽佐間の早とちりだった。二枚置いていったはずの始末書が一枚に減っており、薪はそれを課長に提出に行ったものと思われた。そして、残されているのは羽佐間が書くべきだった始末書だ。
 薪はさすがに大卒のキャリアだ。書類はやつに任せておいて間違いない。羽佐間はこれに判を押すだけでいい。
「……ああん?」
 いつもなら小難しい漢字が並んでいるはずのその書類には、薪のきちんとした文字で、
『羽佐間さんは何も悪いことはしてません』
 とだけ書いてあった。

「…………ほんっと、使えねえやつだな」
 苦虫を潰したような顔で呟くと、羽佐間はその書類をポケットにしまって、クククと笑った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、コメント欄では初めましてです! 


> 以前からお邪魔して作品を読ませていただいてました(*^ω^*)

ありがとうございます!!
うちの駄文は、原作のイメージを大事になさる方には申し訳ないような内容なんですけど~、
それでも読んでいただいたのですね。 
Aさまの寛容なお心に感謝します!


拍手の件、教えていただいてありがとうございました。
わたし、自分の携帯持ってないんです。 だから知りませんでした。
オットの携帯を借りて入ってみたんですけど、たしかに拍手が押せませんでした。
そっかー、実は『ハプニング』途中から拍手が半分くらいになって、間が空いて忘れられちゃったかな?なんてちょっとだけ思ってたんですけど、携帯で読んでくださってる方々は押せない状態になってたんですかね?

心苦しいなんて、思わないでください!
読んでいただけるだけで、充分幸せです!
逆に申し訳ないことをしてしまいました。

 
> あ!でも仕様が変わって過去のお話を時系列で読む事ができました♪
> どれも面白かったです!(月並み以下の感想で申し訳ないです…)

そうなんです。
あの携帯用のテンプレは、カテゴリが画面に出るので、読みやすいかなって思って変えたんです。
でも、拍手もらえないと寂しいし~。 元に戻そうかな~。(拘るわけじゃないんですけど、本当に読んでくださってるのがわかって、とっても励みになるんです)

面白いと言ってただけて、うれしいです!
うちのお話はギャグ小説なので、笑っていただいてなんぼですから(^^

楽しみにしている、とのお言葉もありがたかったです。
これからもよろしくお願いします!!
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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