折れない翼(5)

折れない翼(5)





『薪、仕事きつくないか? ちゃんとメシ食ってる?』
「大丈夫だよ。心配しすぎなんだよ、鈴木は」
 もはや日課と化した鈴木からの電話は、その日も当たり前のように掛かってきた。
 相手の迷惑にならないよう、それはほんの数分間のつながりだったが、その当時の薪の心を癒してくれる唯一の時間だった。

『周りの先輩たちと、うまくやってるか? またヘンなクセ出してないだろうな?』
「なんだよ、ヘンなクセって」
『いくら背伸びしたって、本当の身長は変わらないってこと』
「あっ、またひとが気にしてることを」
『いや、そうじゃなくて』
「なんだよ、自分がデカイからって、いっつも僕の身長のことからかって。鈴木なんかドアかまちに頭ぶつけちゃえ!」
『だから違うって』
 親友の言葉に戯れを返していると、指導員の羽佐間がドア口からこちらを見ているのに気付いた。職務中の私用電話に腹を立てているのかもしれない。新人のクセに生意気だと思われているのかも。

「もう切るよ。これから捜査会議なんだ」
 先輩に対する気兼ねもあって、薪は電話を切った。羽佐間の視線に応えて、自分から声を掛ける。
「羽佐間さん、何か」
「おめえ、笑えるんだな」
「……すみません、仕事中に」
「資料室の整理なんざ、仕事のうちに入らねえよ」
 捜査資料の山に埋もれている薪に向かって、羽佐間はバカにしたような口調で言った。

 3週目に入り、始末書の枚数が10枚に達したとき、薪はとうとう課長に見限られた。現場から外され、資料室の整理をするように言い渡されてしまったのだ。
 課長からは、『大事なキャリアに怪我をさせるわけにはいかない』と言われた。資料室の整理は新人の仕事だし、しばらくはそれに専念しなさい、と諭された。が、その本音は、現場の足を引っ張る新人キャリアを資料室に閉じ込めて、やっぱり自分は内勤向きだと気付かせたい、というところだろうと薪は思っている。

 まとめ終った資料を書類棚に戻そうと席を立ち、薪は足腰に走った痛みに眉をしかめる。昨日はちょっと張り切りすぎた。
「おめえ、身体の調子でも悪いのか」
 薪の動きの鈍さに気付いたのか、羽佐間が不思議そうに尋ねる。やっぱり刑事の眼は鋭い。
「いえ。何でもありません」
 羽佐間は薪の傍に駆け寄るように寄ってきて、素早く薪のズボンの裾を捲り上げた。膝から下を露わにされ、薪は驚きの声を上げた。
「なにを」
「どうしたんだ、このアザ」
「転びました」
 薪がそう答えると、羽佐間はふんと鼻を鳴らして、ズボン裾を乱暴に戻した。

「現場に出なくても怪我すんのか、おめえは。ドンくせえやつだな」
「放っておいてください」
「まあ、一息入れろや」
 右手に持った紙コップを机の上に置いて、羽佐間は部屋を出て行った。嘲笑いに来たわけではなかったのか。

 自分は少し、ひねくれていたかもしれない、と薪は思った。課長も本気で自分のことを心配してくれての資料室だったのかも。
 焦っていたのかもしれない。
 自分が考えていたより、現実はずっと厳しくて。これまでどんなに甘やかされて生きてきたのか、学生と社会人の差を思い知らされた。社会は常に百零の世界。90点では駄目なのだ。結果がすべてで、その結果を出すためにいかなる苦労を重ねようと、そんなものは評価の対象にはならない。
 自分はキャリアなのだから、それなりの成績を修めなければならないと自ら目標を掲げていたのに、何一つ思い通りに運ばない。理想と現実のギャップにストレスを感じて、空回りの連鎖に陥っていたのかも。

 薪は机に戻って、コーヒーに口をつけた。ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーは、薪の好みではなかったが、とてもやさしい味がした。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: