折れない翼(9)

折れない翼(9)





「薪坊、喜べ! 狩谷が自白ったぞ!」
 ばん! と資料室のドアを開けて、世良が飛び込んできた。
 反射的に、椅子の上で飛び上がろうとする身体を理性で押さえる。ただでさえ、なよっちいとかオカマくさい、とか陰で言われているのだ。自分は肝の据わった立派な男だ、というところを見せなければ。

「あの写真見せたら見る見る顔色が変わってよ、警察にはこういう写真が他にもあるってカマかけたら観念して……なんだ、嬉しくねえのか」
 キーボードを打つ手を止めて、世良の顔を見上げる。犯人が捕まったのは喜ばしいことだが、なぜそれをわざわざ言いに来たのだろう。自慢か、嫌味か?現場に出られない自分を嘲笑いに来たのか。
 1ヶ月前なら、そんなふうに考えていたかもしれないが。羽佐間が自分の鍛錬に力を貸してくれるようになった今では、自分はここにたった一人ではないのだと思えて、世良は単純に喜びを分かち合いたいと思って来たのだ、と自分を納得させることができる。
 ただひとつ、納得がいかないのは。

「いえ、事件が解決したのは喜ばしいことですけど。『坊』って、なんですか」
「知らねえのか? 小さい男の子のことを坊って」
「それは知ってます。僕が聞いてるのは、なんで僕がそんな子供みたいな呼び方されなきゃならないのかって」
「羽佐間さんがおまえのこと、そう呼んでるみてえだから」
 ……今日の訓練では、絶対に1本返してやる。この際、目潰しでも金的でも。
「うちの連中は姫って言ってるが。あっちの方がよかったか?」
 ……買出し当番のときに、世良班の弁当に下剤混ぜ込んでやる。
 姫ってなんだ、どういう意味だ、と考えるまでもない。完全にバカにされてる。くっそ、今に見てろよ、刑事は顔じゃない、と思うが、刑事に必要とされる体力も武術もまだ物にしていない。実力が伴っていればもっと強く言い返せるが、鍛錬はまだ始まったばかり。今の薪には、その不名誉な渾名を甘んじて受け入れることしかできなかった。

「今日は打ち上げだ。おまえも来いよ」
「どうして僕が」
「何言ってんだ。今回の功労賞はおまえじゃねえか」
「は? 僕は資料の整理をしてただけですよ? 犯人に手錠を掛けたのは、世良さんの班のひとでしょう」
「おまえがあの写真を見つけなかったら、もっと長引いてた。それは間違いねえ」
 驚いた。世良にこんなことを言ってもらえるとは思っていなかった。

「これは、おまえの手柄だ」
「……ありがとうございます。でも、今日は羽佐間さんと先約があって」
 約束しているのも本当だが、正直、反りの合わない世良班の連中とは飲みたくない。薪はあまりアルコールに強くないし、これ以上弱味を握られたくない。
 相手も社交辞令だったのだろう、無理強いはされなかった。じゃあ今度奢るから、と果たすつもりのない約束をして、部屋を出て行く。薪がPC画面に目を戻すと、世良は戸口のところで何かに気付いたように振り返って、
「そうだ。おまえのこと、現場に戻してもらえるように課長に頼んでおくからな」
 と、意外なことを言った。
「お気持ちは嬉しいですが。課長には、羽佐間さんが掛け合ってくれてますから」
 薪の指導員は羽佐間だ。薪の身の振り方のことで、世良に世話になる義理はない。
「あー、悪りい。おまえを資料室に閉じ込めろって課長に進言したの、俺なんだ。だから」
 決まり悪そうに頭を掻き、世良はその事実を告白した。世良は捜査一課のエースだ。発言力も強いし、同僚への影響力も大きい。課長も頷かざるを得なかった、というわけか。

「そうだ、これ使え。けっこう効くぞ」
 ひゅっと投げつけられたものを咄嗟には受け取れず、右の手のひらで弾くように止める。薪の手にぶつかったそれはキーボードを直撃し、PC画面の書類のレイアウトがピカソの絵のように崩れた。
 眉をひそめながら投げつけられたものを確認すると、筋肉痛用の塗り薬。キャップを外すと円形のスポンジが付いていて、薬液が染み出してくるタイプのものだ。
「僕が筋肉痛だって、よく分かったな」
 閉じられた資料室のドアに向かって、薪は呟くように言った。

 さすが刑事。みんな鋭い。階級は薪の下でも、実力は遥か上だ。
 その実力者が、自分を褒めてくれた。今回の白星は、自分の手柄だと言ってくれた。

 筒状の鎮痛薬を握り締めて、薪は世良の言葉を反芻し、踊りだしたくなるような気持ちになった。浮かれ気分の急くがまま、携帯電話を取り出す。
「鈴木? 今、大丈夫?」
『うん。どうした?』
「あのね、今日、先輩にお礼を言われた。僕が資料室で見つけた写真が、犯人逮捕の決め手になって」
 そこまで言いかけて、薪は鈴木に自分の現状を話していなかったことに気付いた。勇んで1課に来たものの、現場から外されて毎日資料の整理をしている、なんて言えなかった。恥ずかしかったし、鈴木に心配を掛けるのも嫌だった。

「えっと、とにかく、僕の手柄だって先輩に言われて」
 そこで薪は、また口ごもる。
 実際には、何の褒章を得たわけでもない。先輩にちょっと褒めてもらっただけだ。行く行くは警察庁のトップに立つ、なんて大言壮語を吐いていた人間が、それだけのことで電話をしてきたら訝しく思われるだろう。
 結局、薪は黙り込んだ。今まで鈴木に吐いてきた様々なウソを思い出すと、これ以上言葉を重ねることはやぶへびになる。

『よかったな、薪。初手柄、おめでと』
 素直な賞賛の言葉を聞いたとき、ああ、やっぱり鈴木だ、と薪は思った。
 鈴木は僕のことを、誰よりも理解してくれる。
 何を言っても、どんなことをしても、僕の本当の気持ちを分かってくれる。

 どきん、と薪の心臓が高鳴った。
 やっぱり、今でも僕は鈴木のことが……。

「ありがとう」
 切なさと嬉しさで一杯になりながら、薪は携帯を閉じた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: