室長の災難(7)

室長の災難(7)





 研究室に戻るや否や薪は現場の地図を広げ、部下たちを呼び集めた。
「作戦を説明しておく。被害者のうち2人が吉祥寺の『K』という店で、容疑者と話しているところを目撃されている」
 きらきらと光る花をあしらった長い爪が、一枚の写真を指し示す。写真の男は、年の頃25、6の、人気俳優の誰とかによく似た美男子だった。
「僕はこの店に午後8時に入る。8時半に小池、僕の携帯に電話を、っておまえら聞いてんのか!?」

 怒鳴りつけられて、部下たちは我に返った。
 しかし、この状態で仕事に集中しろと言うほうが無理な注文だ。
 もともと警察官には出会いが少ない。女性に対する免疫が少ないのだ。しかも、第九に妻帯者はいない。目の前の美しい女性に気をとられるなと言われても。エリートの彼らにも、男の本能はあるのだ。

「岡部」
 腹心の部下に、地図上の地点をいくつか示し、指示を与える。
「被害者の遺体が発見された場所だ。おそらく、この近辺で事件は起きている。被害者には激しく抵抗した痕跡が残っていることから、音の漏れない場所、逃げ回れるスペースがある場所、人の来ない場所―――― 倉庫か廃ビル等。今からでは間に合わないかも知れないが、あたってみてくれ。こういう捜査はおまえが一番早い」
「わかりました」
 手早く手帳に地図を書き取り、元捜一のエースは頷いた。できれば室長の護衛の方を担当したかったが、仕方ない。

「小池はここで連絡係だ。8時半に僕の携帯に連絡をくれ。それから携帯はずっと繋いでおく。なるべく犯人との会話の中に場所を指す言葉を入れるようにするから、岡部に連絡して捜査範囲を絞れるようにしてくれ。おまえが一番、会話を読むのが上手い」
 文系出身の小池は、捜査二課で詐欺事件を主に担当していた。何気ない会話の裏側を読むのは得意中の得意だ。
「曽我はここのコンビニで張り込みだ。私服に着替えて9時頃に来てくれ。この店から大通りに出るには、必ずここを通る。尾行はおまえの得意分野だろう?」
 曽我はやはり二課で窃盗事件を担当していた。特に電車内のスリの現行犯逮捕の実績はだれよりも高く、目立たない容姿が尾行に最適であることが大きな武器になったようだ。
「宇野は被害者の脳を見て、無事な部分から何とか情報が引き出せないか、やってみてくれ。新皮質が潰れてしまっていても、島皮質のほうに何か映っているかもしれない」
「外側溝ですか? 時間がかかりますよ」
「だからおまえに頼むんだ。機器操作の速さ、正確さでおまえの右に出るものはいない」
 宇野は情報処理の専門家で、MRIシステムに誰よりも精通している。もともとは所轄にいたのだが、宇野の経歴を見た薪が第九に引き抜いたのだ。

「捜一のバカどもはあてにならん。僕のサポートはおまえたちに任せる。みんな、頼んだぞ」
「はい!」
 部下たちが張り切って持ち場に散らばる。
 滅多に人を褒めない室長に少しでも褒めてもらえれば、俄然やる気も沸いてくる。人に頼らない性格の室長に頼られれば、死んでも守ろうと思えてくる。ここぞというときに部下のやる気を引き出す、薪は優れた上司だった。

「あの、室長。オレは?」
 一人だけ指示を与えられなかった青木が、不安そうに室長を見る。まさか、自分だけ外されたのか、と心配になったようだ。
「おまえは僕と一緒だ。ちょっと来い」
 薪は室長室に入り、自分の机から小さな電卓のようなものを取り出した。
「おまえにはこれを預ける」
 手のひらに収まる、小型のモニター。発信機の受信装置である。

「犯人側は拉致する前に発信機や盗聴器の確認をしてくるだろう。今は発信機を感知する機械が市販されているからな。でも、電波を発しない状態なら感知はされない。だから、拉致されてからこの発信機の電源を入れる。大丈夫、その場では殺されない。捜一が用意した発信機が取り上げられたら、おまえだけが僕の居場所を知ることになる」
 澄んだ双眸が、青木を映す。
「今日はこの服のせいで、防弾チョッキが着られない。だから」
 その眼に、迷いも恐れも、ない。
「僕の背中はおまえが守れ」
「はい!」
「発信機の電源が入るまでは岡部を手伝え。二手に分かれて捜査を進めろ」
「わかりました」

 強い人だ、と青木は思う。その名の通り、剛い。
 みんな女の子のような見かけに騙されるが、薪は実に男らしい。
 頭が良くて決断力があって、仕事ができて正義感が強い。浮いた噂がないのは世間の非難の的である第九の室長という立場と、キツイ性格のせいだ。

 モニタールームに戻ると、法一に帰ったはずの雪子が再び第九を訪れていた。
 5人目の被害者を解剖してきたところだという。そこで見つけた新たな情報を、薪にこっそり教えに来たのだ。
 今までも彼女は、こうして何かと情報を隠したがる捜一の目を盗んでは、有益な情報を第九にもたらしてきた。薪が彼女に頭が上がらない一因である。

「ドラック?」
「そ。ドラック。今回は、被害者の発見が早かったから体内に残ってた。このタイプは一日で体から抜ける。ドラックの効果は、一時的な手足の麻痺と性的な興奮状態の維持。早い話、これ飲んだら一時間後には効いてきて、4時間は天国に行きっぱなしってこと」
 まだ22、3の若さで、そんな目に遭って死んでいった彼女たちが不憫でならない。表情には出さないが、薪の心は義憤に猛っていた。

「それと、犯人は一人じゃないわよ」
「え!?」
「被害者の体内に残された精液は、何人かのものが混じってた。血液型だけで分けても3人。もしかするともっと多いかもしれない。DNA鑑定にはもう少しかかるわ」
「聞いてませんよ、そんな話。やっぱり危険すぎますよ」
 心配そうに眉を寄せる青木を横目に、薪は冷静な態度を崩さない。それどころか、静かな怒りがますます彼を美しくしているようだった。
「いまさら後に退けない」
「薪さん」
「退く気もない」
 言いよどむ青木の前に、雪子がぬっと手を出した。

「これ、飲んでみる? ドラックの作用を打ち消す薬。まだ試薬段階だけど」
「雪子さん」
「副作用は人によるけど、頭痛、眠気、倦怠感、吐き気。でも、本当の天国へ行くよりはましでしょ」
「ありがとうごさいます」
 素直に礼を言って、薪は微笑んだ。本当に彼女には助けられてばかりだ。
「あたしだって女よ。こいつらのこと、絶対に許せない。頑張ってね、薪くん」
「はい」
 複雑な表情で二人を見ていた青木は、やがて嘆息して岡部の応援に回ることにした。
 もう、それほど時間はない。作戦開始まであと2時間弱。

「あ、雪子さん。もうひとつ聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
「男の引っ掛け方っていうか、逆ナンの仕方っていうか」
「……それ、あたしにはムリだわ」
「やっぱり?」
 薪はもう一度、容疑者の写真を見る。この男にうまく近づかなくてはならない。しかし自慢にもならないが、30年以上生きてきて、自分から初対面の相手にそういう目的で声を掛けたことなど一度もない。

「捜査官に、ナンパの技術が必要だとは思いませんでした」
「監察医にも要らないわよ、普通」
 恋愛ゲームに疎い2人の男女は、一緒にため息をついた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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こちらに鍵コメいただきました、Kさまへ

鍵付き拍手コメントいただきました、Kさま。
このような稚拙な作品に、過分なお褒めの言葉をいただき、ありがとうございました。

警察関係のことをリアルに書いている、と言っていただいて、とても恐縮なのですが・・・・・これは俗に言う、講釈師見てきたようなウソを言い、というやつでして・・・・。
すいません。ネットと本で調べた知識を、それっぽく書いただけなんです。なので、見る人が見たらすぐにメッキが剥がれます。というか、すでにボロボロです。見逃してください(^^;)

うちのオリキャラの、竹内を気に入っていただいて、とてもうれしいです♪
読み始めていただいたのが最近とのことなので、ご注意申し上げておきますが、うちのサイトのカラーはR系のギャグ小説です。なので、ぜんぜんロマンチックじゃないです。
それと、うちの鍵付きの節は読まれない方が無難です。かなりキツクてグロイです。ごめんなさい。m(--)m

Kさまがよく拍手をされているブログ様とは、かけ離れた種類のR系イタグロなので、ご不快になってしまわれるかと・・・・心配です。(わたしも、Mさまのブログにはまっておりまして。Kさまのコメは拝見させていただいております。本当に、Mさまは素晴らしいですよね!)

心臓に悪い箇所も時々出てまいりますが、末永くお付き合いいただけるとうれしいです。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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