折れない翼(10)

 こんにちは。

 新しい工事が決まりました。
 なんと、11月~3月までの夜間水道工事!! 1年で一番寒い時期の夜間工事! 
 がんばれ、オット! がんばれ、みんな!
 わたしは家でネットしてるからねっ!!(←非道)

 皆さん、今年は暖冬になるように祈っててください☆





折れない翼(10)





「どうだ、動いたか?」
「いえ」
 短く応えを返す後輩に、羽佐間はコンビニのビニール袋を手渡した。羽佐間の相棒は大きな瞳を前に向けたまま、ビニール袋を受け取り、中をゴソゴソと探った。
 羽佐間は助手席に乗り込むと、冷たい外気に痛みを覚えていた爪先を車のヒーターに当てて温め、ふう、と息をついた。もうすぐ年が変わろうかというこの季節、夜にはぐんと気温も下がって、路駐した車の中での張り込みも楽ではない。

「動くとしたら、真夜中だろうな。今のうち食っとけ」
 はい、と素直な返事が返ってきて、しかし後輩は一向に食べようとしない。見ると、牛乳パックを持った後輩の手が止まっている。
「どうした。食えよ」
「僕、牛乳キライで……」
「ああん!?」
「だって、臭いし」
「おおう!?」
「……いただきます」
 差し入れの食べ物にゴチャゴチャ言うなんざ、刑事のすることじゃない。こういうところはまだまだガキだ。

 ガガー、という雑音の後に無線で呼ばれて、羽佐間は送話器を手に取った。返事をすると、近くで強盗事件が発生したのでそちらの応援に1人回して欲しいとのことだった。
「おい、薪。おまえ行って、ってまだ食ってんのか?」
 何をやらせてもトロいやつだが、食うことまで遅いのか。羽佐間ならこんなもの、2分で完食だ。
 見れば、細い指が菓子パンを小さく千切っている。遅いわけだ。

「男のクセに、パンちぎってんじゃねえよ。かじれ」
「どんな食べ方しようと、僕の勝手じゃないですか」
「ったく、口だけはいっちょまえだな。ちゃんと見張ってろよ。ホシが動いたら、俺に連絡するんだぞ」
 多大な心配と共に未熟な後輩をそこに残して、羽佐間は強盗事件の現場付近のパトロールに向かった。
 
 張り込みをしていた場所から2キロほど離れて、路地の角を曲がったとき、鉢合わせた男の風体に羽佐間はピンと来た。無線の内容を思い返すまでもない、黒い帽子に黒いジャージ姿、夜だというのにサングラスをかけていればそれは絵に描いたような不審人物で、この状況で彼に声を掛けない刑事はいないだろう。
「この近くで強盗事件が発生しましてね。その鞄の中身、確認させてもらえますか?」
 相手の手を掴んでから手帳を出し、鞄を取り上げてから声を掛ける。少々順番が違うようだが、口より先に手が出てしまうのは江戸っ子のサガだ。何枚始末書を書こうとも、なかなか矯正できるものではない。
 鞄を取り上げられた時点で、男は逃げ出そうとした。その首根っこをがっちり掴み、羽佐間はその場に男を押さえつけた。足で男の身体を拘束し、鞄を開ける。中にはむき出しの紙幣がゴチャゴチャに入っていた。決まりだ。
「この鞄の中身の内容について、ちょっとお話を伺いたいんですがね?」
 そのとき、羽佐間の無線から後輩の声が聞こえた。

『羽佐間さん、中西が動きました』
 なんてタイミングの悪い。走っても10分は掛かる。
『ボストンバックを持ってます。身を隠すつもりかもしれません。聴取、行きますね』
「待て、薪。ひとりじゃ危ねえ。応援を呼べ」
『そんな余裕はないみたいです』
「おい、薪! 待っ」
 切りやがった。なんて勝手な野郎だ。

「あの野郎。道場で説教だ」
 羽佐間は男に手錠を嵌め、無線で強盗事件の容疑者を確保したと連絡を入れると、強盗犯を引き摺るようにして張り込みの場所に戻った。
 薪の姿はない。辺りを見回すが、どこにもいなかった。
「ちっ」
 強盗犯と駐車禁止の道路標識を手錠でつないで、羽佐間は手のかかる後輩を探しに出かけた。二人が張り込みをしていた中西には、連続殺人の容疑が掛かっている。こういう凶悪犯に対峙するときには、必ず二人以上で望むものだ。でないと。
 ――― こんなことになるからだ。

 羽佐間が横手の路地に二人を見つけた時、それは考えうる限りで最悪の状況だった。
 中西は左手に大きな鞄を持ち、右腕には羽佐間の後輩を抱えていた。薪の細い首にはナイフが突きつけられていた。
「何をやってんだ、このバカ」
「すみません」
「こいつの仲間か。逃走用の車と現金を用意しろ!」
 羽佐間を見て、中西が声を荒げる。

「だから待てって言っただろうが。なんで俺の言うこときかねえんだ」
「だって、逃げられちゃうと思って」
『車と現金だ、早く用意させろ!』
「それに、羽佐間さんの言いつけを守ったからこうなったんですよ」
「融通の利かねえやつだな。いいからさっさと片付けろ」
『おい、聞いてんのか?! くる』
 中西は、そこまでしか喋らせてもらえなかった。右足の甲に鋭い痛みが走り、呻いた瞬間世界が回っていた。気付いたときには綺麗な星空が見えたが、息も止まりそうな痛みが背中から襲ってきて、その美しさを楽しむ余裕は消え失せた。

 中西の手首に薪が手錠を掛けるのを横目で見ながら、羽佐間は呆れ返った口調で言った。
「いいんだよ。さっさと捕まえちまえば」
「だって、こないだこのパターンで始末書書かされたから」
「だからって人質になるこたねえだろうが」
「他にこの場に彼を引き止める方法を思いつかなかったんです」

 アパートから出てきた中西の前に廻りこみ、薪は高圧的に言った。
『中西だな? 諦めろ、おまえは既に包囲されている。あちらのビルには狙撃班も配置済だ』
 その言葉はもちろんブラフだった。連絡を入れる暇もなかったのだ。応援が来るわけがない。しかし、それによって容疑者が取るであろう態度は予想がついた。
 暗闇に紛れて見えないが、警官隊の包囲網を突破するのは至難の業だ。飛び道具でもあれば別かもしれないが、そんなものは持っていない。多勢に無勢だ、普通に逃げるのは不可能だ。そんな恐怖を味わい、次に自分にそれを告げた年若い刑事の外見を見て、犯人たちは一様に思う。
 こんな華奢で女みたいなやつ、簡単に押さえ込める。こいつを人質にして、逃走手段を確保すればいい。
 彼らの誤算はひとつ。見た目はひ弱そうに見えるこの青年が、鍛錬を積んだ警察官だということ。事実を知ったときには、その手に手錠が掛かっているという寸法だ。

 捜一に入って半年。薪はよく頑張っている。
 体力もついてきたし、柔道の腕も上がってきた。以前、自分で言っていたようにひ弱な外見を利用して犯人をおびき寄せ仕留める、という試みもまずまずの成功を収めている。まだ3割ほどは逃がしてしまうようだが、それでも新人には立派な数字だ。半年前は近年稀に見るほどのダメ新人だったのに、この成長振りは見事だ。
 何が彼をそんなに成長させたのだろうと羽佐間は考えて、しかし自分の指導力かと自惚れる気にはなれない。最初に一通りのセオリーは教えたが、指導と言えるような指導はしてこなかった。
 薪はひとに言われる前に自分で自分に必要なことを考え、それを得るために行動できる男だ。そして、普通だったら途中で放り出してしまいそうな、地道な努力を続けられる根性を持っている。諦めは、極めて悪い。

 中西と強盗犯を連行して署に戻ると、待ちかねた様子の世良が寄って来た。
「お疲れさまっす、薪坊借ります」
 羽佐間に一礼しつつ、薪の後ろ襟を掴む。そのままずるずると薪の身体を引き摺っていく。
「ちょっと世良さん。僕、これから中西の取調べが」
「面通しだけ。頼むわ」
 取調室に設置されたマジックミラーの裏側の部屋に薪を連れ込むと、世良は中を見るよう薪に促した。
 狭い部屋の中で世良の部下と向かい合っている容疑者の顔を見て、薪の瞳がきらりと輝く。強気な笑みを口元に浮かべて、世良の顔を見上げる生意気な後輩キャリアの憎らしいこと。

「ありがとうございます、世良さん。調べ直してくれたんですね」
 刑事らしからぬ幼い顔でにこっと微笑まれれば、今年8歳になる自分の娘にするように、抱き上げて頬を擦り付けたくなる。ったく、小憎らしいったらありゃしねえ。

 3ヶ月前まで強制的に資料室の整理をさせられていた薪は、現場に戻ってからも手の空いた時にその仕事を続け、ようやく最後の棚に行き着いた。そこには、迷宮入りを待つ未解決事件の資料が鎮座していた。それは捜査一課の、謂わば敗北の証だった。
 未解決の事件と知って、薪は貪るように資料を読んだ。かつての捜査本部の司令塔が諦めざるを得なかった事件、あるいは犯人の目星さえつかずに時間切れとなった事件。どれもこれも難解で、資料からは捜査が行き詰まる様子が読み取れた。
 しかし薪の眼には、その捜査は穴だらけに見えた。
 もっと調べるべきことが山のようにあると薪は思い、それを課長に進言した。
『犯人はおそらく被害者の甥です。調べ直してください』

 それを聞いた1課の刑事たちは、反乱軍の兵士たちのように怒号した。自分たちが汗水たらして捜査を続け、悔し涙と共に諦めざるを得なかった事件。その資料を読んだだけの新人にそんなことを言われたら、吼えずにいられないだろう。
 薪に詰め寄って彼の細い首を締め上げようとした十数人の捜査員たちを制止したのは、薪の指導員の羽佐間と、薪とは敵対していたはずの捜一のエース、世良義之だった。
『おまえ、ここに何人敵を作れば気が済むんだ』
 後ろ襟を掴んで、薪の身体を猫の子のように持ち上げ、世良はククッと笑った。
 未熟で口ばかり、頭でっかちではねっかえりの小僧。だが、そのポテンシャルは恐ろしいものがある。今はただの新入りだが、将来は大化けするかもしれない。

「課長に許可をもらえなかったから、諦めてました」
「例の借りを返そうと思ってよ」
 3月ほど前、薪の人間離れした記憶力のおかげで、世良班は難航していた事件を解決することができた。世良が言っているのはその件だ。
「貸しだなんて思ってません。それに、2回もお酒をごちそうになりましたし」
「酒ぐらいで消えるほど、小さな借りじゃあるめえよ」
 もちろん、それだけで課長の命に背いたわけではない。事件当初、世良もこの男に何かしら感じるものがあったのだ。しかし、彼のアリバイは確かなものだった。それを薪は捜査資料を読み返しただけで、彼の不在証明のわずかな矛盾点を見つけ出した。

「そう思っていただけるのは光栄ですけど、僕自身は何もしてませんよ。ただ、頭の中から記憶を引き出しただけです。だから、世良さんがそんな風に思われるのは的外れかと」
「相変わらずかわいくないね、おまえは」
「二十歳過ぎた男がかわいかったら、気持ち悪いでしょ」
「黙ってりゃ姫なのにな」
「なんか言いました?」
「いんや、べつに」
 自分より10歳も年下の、外見は20歳くらい若い後輩と軽口の応酬を楽しみながら、世良は薪が、あの当時の自分が崩せなかった犯人のアリバイをものの見事に看破した時の彼の顔を思い出す。その時も彼は、自慢もせず得意にもならず、どうしてこんなことに気付かないのか不思議でたまらないと言った表情をしていた。

『彼のアリバイを証明しているのは、自宅近くのコンビニの防犯カメラ。彼はここのコンビニで二時間近く立ち読みしてたってことになってますけど。
 この夜、この地域は事故のため、ほんの5分ばかりだが停電してる。店の自家発電に切り替わる間の1分間、暗闇のショットが防犯カメラのどこにもない。
 つまり、防犯カメラの映像は偽装工作』
 防犯カメラの映像で早々と容疑者から外れた彼は、当時の捜査網から見事に逃げおおせた。第一級の証拠品であるカメラ画像の真偽を疑うものはいなかった。
「意外と簡単にできるんですよ、PC接続型の防犯カメラの偽造って。店内の風景なんかそんなに変わるもんじゃないですからね。日付だけ操作してやればいいんです。もちろん、店員の中に協力者がいないと不可能ですけど」
「なんで別の日に写されたものだって気が付いたんだ?」
「僕が購読してる雑誌が写ってたんです。その雑誌の発売日は木曜日。事件当夜には、まだ店頭に並んでいないはずです」
「……カメラか、おまえの目は」
「僕は普通です。みなさんが節穴なんですよ」
「かー、絞め殺してやりてえ、このクソガキが」
 たまに羽佐間がするのを真似して、世良は薪の頭をくしゃくしゃと掻き回した。さらさらとした頭髪が指に心地よく絡む。

「おまえの愛読書って何よ?」
 キャリアの読むような本を自分が知っているとも思えなかったが、話の流れというやつだ。どうせ小難しい専門誌に違いない。それも世良が苦手なITなんとかとか、PCうんたらとか、横文字の。
「『ターザン』です」
 顔に似合わない雑誌名に、世良は思わず噴き出した。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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牛乳嫌いの薪さん

こんにちは。

今月号(10月号)のメロディの「秘密」の表紙で、薪さんが牛乳を美味しそうに飲んでいるのを見まして、「あれ?薪さん、牛乳嫌いじゃなかったっけ?」と思ってしまいました。
そして、「あぁ~、牛乳嫌いなのはしづさんの所の薪さんだった」と気付きました。

原作の薪さんは牛乳が嫌いじゃないんだぁ、としみじみ思いました。
しづさんの所のオヤジカワイイ薪さん(どなたかがおっしゃっていましたよね?)が原作に負けないくらい好きなので、うっかりしていました。

こちらを初めて訪れた時にアップされていたお話しが、この「折れない翼」だったこともあり、非常に印象深いのです。

最近の皆様のコメントがとっても楽しくて、面白くて良いですね!
私はギャグセンスがイマイチなので、お話しには参加できないかもしれませんが、次回のイルカ作戦には参加したいです!!(って、次回はあるの?)
私もしづさんがいらっしゃらないと死活問題なのですよ。特に次回の「秘密」は年末ですし・・・。

次のお話し(更新)を、いつもとっっても楽しみに待っています!!


umisoraさまへ

umisoraさん、こんにちは。


> 今月号(10月号)のメロディの「秘密」の表紙で、薪さんが牛乳を美味しそうに飲んでいるのを見まして、「あれ?薪さん、牛乳嫌いじゃなかったっけ?」と思ってしまいました。
> そして、「あぁ~、牛乳嫌いなのはしづさんの所の薪さんだった」と気付きました。

はい、10月号、読みましたよ~!
日本酒好きは当てましたが、牛乳嫌いは外しました☆

牛乳飲んでましたねえ。 薪さん、まだご自分の身長、諦めてないんですねえ。(笑)

 
> しづさんの所のオヤジカワイイ薪さん(どなたかがおっしゃっていましたよね?)が原作に負けないくらい好きなので、うっかりしていました。

オヤジカワイイって、どんなんでしょうね。(笑)
原作に負けないくらい好き、なんて、恐れ多くも嬉しいです♪ ありがとうございます!

二次創作のイメージが強くて、ついつい原作と混同してしまうことってありますよね~。
たまに逆になって、あれっ、この漫画間違ってる! 青木さんは薪さんと愛し合ってるはずなのに! とか、思っちゃいますよね! (そんな読み方するくらいなら読者やめちまえって言われそうだ・・・・)


> 最近の皆様のコメントがとっても楽しくて、面白くて良いですね!
> 私はギャグセンスがイマイチなので、お話しには参加できないかもしれませんが、次回のイルカ作戦には参加したいです!!(って、次回はあるの?)

そうなんですよー!
もう、おかしくておかしくて!
次回のイルカ作戦、て、そのネーミングをなさった時点でお仲間だと思いますけど~。
みなさん楽しい方ばかりなので、遠慮なさらずに絡んでください。 きっと楽しいと思います!(^^


> 私もしづさんがいらっしゃらないと死活問題なのですよ。特に次回の「秘密」は年末ですし・・・。
>
> 次のお話し(更新)を、いつもとっっても楽しみに待っています!!

ありがとうございますーー!
原作から外れたお話ばっかり書いてるわたしを必要としてくださるなんて、秘密ファンは本当にお心の広い方ばかりで・・・・・!
個人的な事情で、ここ二ヶ月ばかり青薪妄想ができなかったんですけど、また頑張ってみようと思います。

次回の秘密はお休みなんですね。 4ヶ月は長いな~~~(^^;
でも、最終回の通知はなかったですよね? 年内終了説が覆って、ひとまず、ほっとしています。
2月号では、薪さん、滝沢さん、青木さん、SAT、黒メガネの男、などなど、主要人物が一同に会するわけですよね。 まさに大詰め!! 先生が休載を挟みたくなるお気持ちも、分かるような気がします。 時間をたっぷりかけて最高の作品に仕上げたい、そういう意気込みでいらっしゃるんですよね。
楽しみだな~~~♪♪♪


更新を楽しみにしてくださっているとのお言葉、とても光栄です!
なるべく定期的に更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。
ありがとうございました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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