折れない翼(11)

折れない翼(11)






「薪坊! 藤堂が落ちたぞ!」
 吉報を持ってきた羽佐間に穏やかに微笑んで、薪はそれが当然のように頷いて見せた。
 入庁から1年が過ぎ、捜一の職務にも慣れ、本来の自信家の面が現れてきた後輩は、生意気さに拍車をかけると共に不思議な魅力を溢れさせていた。
「これで5つ目か? お宮から持ち出した事件は」
「そのうち『薪の前に迷宮なし』って言わせて見せますよ」
「抜かせ、この自信過剰の坊が!」
 怒鳴るように言って、羽佐間は薪の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
 他の人間がしたら反吐を吐きたくなるような高慢な態度が、何故だか許せる。最初の頃の澄ました優等生より、今の薪の方が羽佐間には数倍好ましい。

 未解決事件として葬られようとしていた事件を次々と解明し、その功績を認められた彼は、先日初めて班長職を任ぜられた。もちろん羽佐間がサポートに就くという条件の下であったが、入庁2年目の新人が班長を勤めるというのは異例のことだった。しかし、誰ひとりとしてその人事に異を唱えるものはいなかった。今の捜一に、彼の実力を認めないものはいなかった。
「おお、薪坊。またひと山当てたって?」
「よっ、捜査一課のシャーロックホームズ」
「やめろ。坊が図に乗る」
 他班の連中が囃し立てるのを抑え、羽佐間はニコニコと笑っている薪の横顔を見た。薪はどの班の人間にも請われれば自分の推理や知識を惜しみなく提供するから、他班との摩擦も減った。
 しかし、羽佐間以外の人間には、薪は軽口を叩かない。意外なくらい内向的で、心を許した人間以外には穏やかなポーカーフェイスを崩さない。向こうは薪と親しくなりたいようだが、薪は一定の距離を置きたがっているように見える。薪の真意がどこにあるのか、羽佐間には良く分からない。

「羽佐間。今日くらいは薪をお神輿に乗せてやれ」
 ワイワイと捜査に余裕のある連中が薪を囲んで騒いでいるのを咎めもせず、課長がこちらに歩いてきた。珍しいことに、いつも眉間に刻まれている縦皺が消えている。
「決まったぞ。警視総監賞」

 ぴたりと騒ぎが止み、次いでわっと歓声が上がった。
「僕にですか? どうして? だって僕は、実際に犯人を捕まえたわけじゃ、わ!」
 何本もの手が薪の身体に伸びた。男職場特有の荒っぽさで激励されあちこち小突かれ、もみくちゃにされて、でもそれは皆が彼の受賞を喜んでくれていることの証拠。普通は同僚が賞をもらったりすれば妬みが生まれて当然だが、薪の場合はそれはない。
 あまりにもレベルが違いすぎるのと、もうひとつ。
 彼らは、入庁したばかりの頃の薪の姿を知っている。平均より遥かに劣っていたはずの軟弱者の成長振りを見て、陰で行なわれたであろう彼の膨大な努力を察することのできない愚か者は、捜一にはいない。

 大きな手に次々と背中を叩かれて、薪は綺麗な顔をしかめていたが、その頬は紅潮し、大きな瞳はきらきらと輝いていた。



*****



『警視総監賞もらったんだって?』
「うん。今、同じ班の人たちがお祝いしてくれてる」
 行きつけの居酒屋で盛り上がる同僚たちの輪からこっそりと抜け出して、薪は鈴木からの電話に出た。歩きながら店の外に出る。秋口の宵は少し肌寒かったが、酔いの回った身体には心地よかった。
「だけど、あれは僕だけの手柄ってわけじゃないんだ。実際に捜査をしたのは捜一の先輩たちだし。僕は捜査資料を読んで、犯人の当たりをつけただけ。僕一人の力じゃ、何もできなかったよ」
『どうした、未来の警察庁長官が。えらくしおらしいじゃん』
 1年も前に言った自分の大言を返されて、薪は頬を赤らめる。あれは自分を鼓舞するための軽口だったのだが、きっと鈴木はそのことも知っている。

 鈴木には、薪の嘘は通用しない。強がりも泣き落としも効かない。薪が本当は何を望んでいるのか、幾重にも重ねた偽装工作をものともせず、鈴木は薪の本音をつかむ。

「鈴木のイジワル」
 拗ねた口調で薪が言うと、鈴木はクスクス笑って、
『でもさ、おまえの年で警視総監賞ってスゴイんじゃ?』
「1年以内に獲ろうと思ってたんだけど。予定を2ヶ月ほどオーバーしちゃったよ」
『あははっ、それでこそオレの薪だ』
 何気ない鈴木の言葉が、薪の胸を騒がせる。
 4年前にそのセリフを聞いたときは、ベッドの中で、彼は裸の僕を抱きしめていた……。
 キーワードに関連して脳内に甦った映像に、薪は慌ててかぶりを振った。こんなことをいつまでも考えてちゃダメだ、僕は鈴木の親友に相応しい男になるんだから。

『とにかく、おめでとう。オレも嬉しくてさ、所轄の連中に自慢しまくっちまった』
 受話器から聞こえてきた言葉に、亜麻色の瞳が大きく見開かれた。鈴木がそんなことをするとは思わなかった。自分のことを他人に話すなんて。
「本当に? 鈴木、僕のことを他人に自慢したのか?」
『あー、悪い。オレもちょっと舞い上がっちまって、つい』
「恥ずかしい奴だな。これから気をつけろよ」
 それだけ言って電話を切ると、薪は携帯のパネルをじっと見つめた。

 鈴木が、僕のことを他人に自慢した。僕が鈴木の自慢の種になった。

 うれしくてうれしくて、涙が出そうだった。やっと鈴木に相応しい人間になれた気がした。
 朗報をもたらしてくれた小さな通話機器に、薪はそっとキスをした。

「何やってんだ、主役がこんなところで」
 羽佐間に呼びかけられて、薪はびくっと背中を強張らせた。店の看板の陰に隠れて電話をしていたのに、本当に刑事というのは目敏い生き物だ。
「オンナか?」
「違います」
「嘘つけ、ニヤけた顔しやがって」
 
 本当に、刑事って生き物は。
 薪はぐっと顔を上げ、キッパリと言い切った。

「電話の相手は、僕の親友です」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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