折れない翼(12)

折れない翼(12)





 久し振りに見る友人の姿に、鈴木は驚きを隠せないでいる。
 見た目は全然変わらない。刑事という職業が果てしなく似合わない幼い顔。スレンダーでモデルのような体つき。警察官というよりはアイドルスターと言ったほうがしっくりくる。
 その彼が一心不乱に食べているのは男メシの代表、カツ丼。それをかき込むようにパクパクと。薪が丼ものを食べるだけでも似合わないのに、このがっつき方。まるで、肉体労働者の昼食風景のようだ。

「ちがう。こんなの薪じゃない」
「ん?」
 鈴木の呟きを耳にして、薪が丼に突っ込んでいた顔を上げる。お約束で、丸いほっぺたにご飯粒がついている。きょん、と丸くなった大きな瞳と合わせて、もうむちゃくちゃ可愛かった。
「いや。おまえってそんなによく食べるやつだっけ?」
 子供みたいにすべらかな頬に手を伸ばして、いやしんぼの証を取ってやる。自然に自分の口に運ぼうとした自分の手を、鈴木は理性で止める。さすがにここではまずいか。

 警察庁に隣接された科学警察研究所管理棟内の職員食堂。警視庁にも警察庁にも食堂はあるのだが、食べ比べの結果、研究所の食堂が一番美味かった。食事を人生の楽しみと考える鈴木は、いつもここまで足を運んでいるのだ。
「食べなきゃ持たないんだよ。現場は体力勝負なんだから」
 強く主張して大きく口を開け、カツを頬張る。こないだ雪子と食事をしたときにも、同じことを言われた気がする。本当にこのふたりは良く似ている。

「鈴木の方はどうなの? 順調に行ってる?」
「ああ、対外的な仕事はあまりないし。課内の人間関係さえ無難にこなせば」
 入庁から1年半、鈴木は所轄から警察庁に帰ってきた。配属先は生活安全局の地域課。内勤中の内勤だ。
 薪のいる警視庁とは隣同士だ。これから毎日、親友と会える。仕事中はともかく、昼休みやアフターは一緒に過ごせる、と鈴木は思っていたのだが。

「ふぐ、はひ!」
 口いっぱいに頬張った食べ物の処理に焦りつつ、薪は無粋に鳴りだした携帯電話を耳に付ける。「わかりました、すぐに行きます!」と言う元気な返事と共に席を立ち、鈴木のほうへ自分のトレイを差し出した。
「鈴木、これあげる。じゃねっ!」
 気前良く鈴木に食事のお裾分けをくれると、薪はカフェテリアを駆け出して行った。
「あげるって……ごはん粒しか残ってないんだけど」
 片付けといて、の間違いじゃないのか。

 外見以上に変わっていない親友の身勝手に呆れて、鈴木は笑う。
 鈴木の親友は多忙を極め、定刻に昼食が摂れるときなんて滅多にないのに、その数少ないチャンスですら、こうして突発事件に奪われていく。知らず知らず吐いてしまう、重いため息。

 こうして薪が現場に出て行くたびに、鈴木は心配でたまらなくなる。荒っぽい犯罪者に怪我をさせられやしないか、キャリア嫌いのノンキャリアの同僚に妬まれて苛められていないか。鈴木がいくら言っても、捜一から離れようとしない。薪の肌に合うとはとても思えない部署なのに、なぜ。

「ほんと、変わらないよな」
 薪は独特の思考形態を持っていて、鈴木は彼の考えが読めた試しがない。ただ、何をして欲しがっているかはよく分かった。薪の亜麻色の瞳は、自分の欲望にいつも忠実だった。その欲望がどうして生まれたのかという理由は分からなかったが。

 鈴木はじっと薪が走って行った方角を見やる。
 人ごみの中に紛れてとうに見えなくなった薪の背中を、黒い瞳がいつまでも追いかけていた。



*****


 只今戻りました、とお決まりの挨拶を口にして捜一のドアを潜ったとき、薪は違和感を感じた。
 何となく、遠巻きにされている感覚。自分の机に戻るまでに、普段なら何人かの同僚に声を掛けられるのに、今日は誰も薪の顔を見ようとしなかった。
 不思議に思いながらも席に戻り、事件の報告書をまとめ始める。事務仕事の苦手な羽佐間に代わって、書類を作成するのはもっぱら薪の仕事だ。

 現在捜査中の事件に90%、目先の報告書に5%の思考を向けて、薪はリズミカルにキーボードを叩く。その指はほんの僅かな淀みもなく、まるで熟練したタイピストのようだった。
 残りの5%で、薪は1課に漂う違和感の正体を突き止める。それは世良班の佐藤がこっそりと自分の背中に回した一冊の週刊誌だった。

 薪は作成した報告書を課長席に届けると、その足で世良班の机に向かった。薪が属する羽佐間班とは隣同士、何かと便宜を図ることも多い関係だが、今日の佐藤は頑なに薪の視線を拒んだ。そのくせ口はいつも通り軽く、薪を揶揄する態度も変わらなかった。
「何か御用ですか、姫」
「背中に隠したものを見せてください」
「別になんも隠してねえよ」
「じゃあいいです、売店に行きますから。10月5日発売の週刊××ですよね?」
 人ならざるもののように鋭すぎる薪の眼は、それを見逃してはくれなかった。観念した佐藤が、ため息混じりに薪に雑誌を手渡す。

 表紙に、覚えのある男の名前が書いてあった。薪が迷宮から引き出して、真実を白日の下に晒した事件の犯人の名前だ。
 これはとても古い事件だった。時効制度があった頃なら司法の裁きから逃れられるところまで、あと1年を残すだけとなっていた。何食わぬ顔で市井の人々に紛れて暮らしていた彼の過去を、薪は暴き立てた。それが薪の仕事だったからだ。
 
 彼の名前の隣には、『残された家族が一家心中』と書かれていた。

 週刊誌を開くと、そこには犯人側に同情的な文章が記載されていた。『苦しみ続けた20年、その果てに家族を襲った悲劇』という、まるで警察の非道を責めるような書き立て方だった。それは、時効制度の廃止によって生まれた悲劇を取り上げて読者の同情を惹こうという週刊誌側の戦略に過ぎなかったが。薪の行動によってひとつの家族が崩壊し、未来ある子供の命までも奪うことになったことは事実だった。
 それは罪ではない。ただそこにある、厳然たる事実だった。
「気にすんな、薪」
 黙って記事を読む薪に、世良がそっと声をかけた。
「おまえは間違ったことはやっちゃいねえよ」
「べつに。気にしてませんよ。僕は何も悪いことはしてませんから」
 ぱん、と本を閉じ、「くだらない」と捨てゼリフを残して、薪は部屋を出て行った。彼の背中はしゃっきりと伸びて、それを曇らせるものは何もないように見えた。

「かわいくねえな、あいつあ」
「そんなことないですよ。顔色も青かったし、声も震えてたじゃないですか」
 ぼそっと呟く世良を、部下の佐藤が嗜めるように言った。佐藤は薪のことを気に入っている。自分の部下の殆どがあの生意気なキャリアにほだされてしまっている事実を、班長として認めていいものかどうか。
「だからかわいくねえって言ってんだよ。坊のくせに強がりやがって」

 苦虫を潰したような顔で毒づく世良の視界の隅で、薪の指導員が席を立った。薪の後を追って部屋を出て行く。
 その姿を見て世良は、1年前の自分の選択を少しだけ後悔する。課長に、新人キャリアの指導員を羽佐間か世良のどちらかに担当して欲しい、と持ちかけられたとき、世良はその役目を羽佐間に押し付けた。あの時は、毎日キャリアの顔を見て過ごすなんざ冗談じゃない、と思ったのだったが、さて。

 捜一のエースの座を争うライバルの背中を眼で追いつつ、世良は薪が置いていった週刊誌を乱暴にゴミ箱に叩き込んだ。




 

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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