折れない翼(14)

折れない翼(14)





 闇に紛れるようにして道路端に停めてある車の助手席で、羽佐間は一軒のアパートを見張っていた。
「島田のやつ、本当に来ますかね」
 運転席に座った後輩が、ぽつりと溢した。無理もない、この張り込みは4日目だ。羽佐間自身、読み違えたかと自分の勘に疑いを持ってきている。標的の島田という男には情婦が2人いて、羽佐間はこちらに賭けた。
 
 羽佐間班に入ったばかりの新人がコンビニの袋を持って走ってきて、後部座席に素早く乗り込んだ。この新人は所轄上がりで、運転席の後輩よりも年は行ってるが、階級はずっと下だ。
「お待たせしました、どうぞ。羽佐間さん、薪さん」
 袋ごと差し出された張り込みのアイテムを受け取り、薪は自分の膝の上にそれを置く。視線は前方に据えたまま、適度な緊張を保っている。

「やっぱり向こうの女の方へ行ったんじゃないですか?」
 先輩の作戦にケチをつけつつ、生意気な後輩はコンビニ袋を探って中からアンパンと牛乳を取り出した。それを羽佐間のほうへ寄越すと、自分もパンの袋を破り、小さな口を大きく開いて、パンに齧りついた。
「話を聞く分にはよ、島田は絶対にこっちの女に惚れてると思ったんだが」
「いえ、僕が島田なら、あっちへ行きますね」
 小動物のように頬を膨らませてパンを食べながら、紙パックの牛乳にストローを差す。その姿に昔の彼を重ねて、羽佐間は感慨深いものを覚えた。

「どうしてそう思うよ?」
「だって、あっちの女のほうが胸が大きかったですから」
「……おめえ、時々すっげえバカなこと言うのな」
「えっ、どうしてですか? 女の子はまず胸でしょう?」
「なるほど、犯人に付き合っている女が二人いるときには、胸の大きな女のほうを張りこむと」
「吉井、メモは取らんでいい。てか、こいつのバカの証拠を残さんでくれ」
 捜一に入って2年、その若さで警視総監賞を二度も受賞した薪は、所轄の間ではちょっとしたヒーローになっていた。この吉井も、薪に憧れているクチだ。

 薪自身はそれを口にしたことは一度も無かったが、署内報に取り上げられた薪の記事には、彼が国家公務員Ⅰ種試験の首席合格者であること、東大の法学部を首席で卒業したことなどが経歴として記され、ならばこいつは本物の天才だったかと、捜一の仲間たちは改めて彼の飛びぬけた才能を思い知らされた。
 捜一は徹底した実力主義だ。犯人を挙げたものが偉いのだ。よって、捜一の人間で薪を誹謗するものは、今は誰もいない。

「薪。そいつあ何だ」
「何って、牛乳ですけど」
「俺の眼には妙に茶色く見えるが?」
「暗がりだからそう見えるんですよ」
「えっ? 自分は、薪さんにはちゃんとコーヒー牛乳を買って来ましたが」
 ギロッと冷たい眼で薪が後ろを振り向くと、吉井は慌てて口を閉ざした。口止めしてやがったな、この野郎。
「薪、おめえ」
 張り込みの退屈を紛らわすように、どうでもいい小ネタを仕掛ける。長時間の張り込みの間には、こんなことでもなければやってられない。

「何度言ったら分かるんだ? 張り込みには牛乳だって」
「だってキライなんですよ。紙パックの牛乳は特に臭くって」
「なるほど、薪警部は牛乳が苦手と」
「だからメモを取るなって。薪、そんなこっちゃいつまで経っても一人前になれねえぞ」
「刑事としての成長と牛乳に、何の因果関係があるんですか? そもそも牛乳は牛の乳なんだから、本来は牛が飲むものでしょう。僕だって人間の女性のものなら喜んで飲みますよ」
「なるほど、薪警部は巨乳好き、と」
「「メモを取るな! てか言ってない!!」」
 ふたりが一斉に後ろを向き、声を合わせたとき、吉井の目に人影が映った。

「来ました、島田です」
 そっとドアを開けて目的の人物に忍び寄り、猫背に歩くその男の前に羽佐間が回り込む。
「島田敦だな? 向井秀夫さんが殺害された事件について、ちょっと話を」
 羽佐間が威圧的な声を出すと、島田はパッと身を翻し、勢い良く駆け出した。後ろで待機していた薪が素早く足払いを食らわせ、現場の捕り物に慣れた吉井が「21時34分、公務執行妨害で逮捕」と罪状を言いながら手錠を掛ける。じたばたともがいていた島田は、手錠のガチャリという音を聞くと、急に静かになった。

「羽佐間さんの読みが当たりましたね」
「よく言うよ。おめえにだって分かってたろ」
「いいえ。僕だったら、絶対に彼女のところには来ません。一番好きなひとに罪を犯した自分を見られるのも、彼女を厄介ごとに巻き込むのも。僕だったら耐えられない」
「ま、おめえならそうかもしれねえな。だけどよ、世の中そんなに強い人間ばっかじゃねえからよ」
 滅多に言わない賛辞を相棒に投げてやると、薪はそれを喜ぶどころか、困惑した表情になって言った。

「僕は弱い人間ですよ。とても弱い人間なんです」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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