折れない翼(16)

折れない翼(16)






 情けなくも酔いつぶれた後輩を背負って、羽佐間は夜の歓楽街を歩いていた。最後の追い込みが効いたのだろう、何度揺すっても起きないから、仕方なく担いできたのだ。
 けばけばしいネオンが輝く通りで、キャバレーの呼び込みが声を張り上げ、看板娘が愛想を振りまいている、享楽的で猥雑な街並み。羽佐間の妻のような普通の女性には無縁の、汚らしささえ感じるであろうその場所を、しかし羽佐間はとても人間らしい空間だと認め、そこに生きる彼らを愛しいと思っている。
 
 羽佐間の背中で、後輩が「ううん」と唸り声を上げた。眼が覚めたらしいが、どうせ足に来て歩けまい。羽佐間はそのまま、薪を背負って駅への道を歩き続けた。
「薪坊。ちゃんとメシ食ってんのか? 店の女の子より軽いぜ」
「羽佐間さんの呼び出しがもう少し減ると、食事の時間も取れるんですけどね」
 背負ってもらっているくせに、口の減らないやつだ。
 羽佐間がそんなことを思っていると、薪は急に口調を改めて、羽佐間に礼を言った。

「羽佐間さん。さっきはありがとうございました」
「ああ?」
「立派な男だって言ってもらえて。嬉しかったです」
「なんだ、起きてやがったのか」
 狸寝入りだったのか。案外したたかなやつだ。
 そういえば、と羽佐間は薪が捜一に来たばかりの頃を思い出す。あの頃の薪は表情に乏しくて、人形みたいなやつだと思っていた。ポーカーフェイスも演技も、その場に応じて使えるやつなんだ。
 だた羽佐間の前では、特に職務以外では、もうそれは必要ないと、薪はそう思っているのだろう。

「おめえは見た目がそんなんだから、からかう連中も後を絶たねえだろうけどよ。気にするこたあねえ。言いたいやつには言わしときゃいい。それが男ってもんよ」
「いいえ、駄目です」
 捜一の中にも、薪の容姿を揶揄する輩はいる。軽い口調で言われるそれを、薪は全力で否定する。薪がむきになればなるほど相手はエスカレートして行くのだが、決して薪を蔑んでいるわけではない。むしろ親愛の情と言ったところだ。が、薪には我慢がならないらしい。

「僕のそんな噂を悲しむ人がいますから」
「オンナか?」
 お約束の言葉で冗談に紛らそうとして羽佐間は、背中に感じる薪の息苦しくなるような抑えた呼吸に、ここは逃げてはいけないところだと本能で察する。

「違うな。昔のオトコってとこか」
 あのクソのような週刊誌記事を読んだ後、薪が素の自分を曝け出した相手。一部始終を見ていた羽佐間には、薪の悪い噂を悲しむ人の正体が分かっていた。
「あいつか。背の高い、黒髪の……悪いな、立ち聞きと覗きは職業病でよ」
 薪は、羽佐間の言を否定しなかった。
 短い沈黙の後、控えめな声で、
「やっぱり羽佐間さんだったんですか。誰かの視線は感じてたんですけど……あの時は何かもう、どうでもよくなって」
 自嘲するように笑って一息つくと、羽佐間の背中に顔を埋めたまま、とつとつと語り始めた。

「彼を好きになったことを後悔するつもりはありません。でも、身体の関係は、持つべきじゃありませんでした」
 それは多分、ずっと昔のことなのだろう。少なくともこの一年、薪にそういう相手はいなかった。相手が男だろうと女だろうと、いれば分かる。好きな相手と一夜を過ごした翌日の人間の顔は、どこかしら満ち足りているものだ。

「同じように否定しても、身に覚えがあるのとないのでは、相手への伝わり方が違います。人の嘘を見抜くことに慣れている先輩方には、通用しないと分かっています」
「若いころのしょっぱい経験なんざ、誰にだってあらあな。若気の至りって言ってな」
「違います、そんな軽い気持ちで彼に抱かれたわけじゃない。先輩たちが言うような、いやらしい気持ちからでもありませんでした」
 静かな、でも強い口調で反駁されて、羽佐間は口を噤んだ。

「僕は真剣に彼を愛していて、彼のすべてが欲しかった。だから彼を抱きたかったんです。でもそれは僕の一方的な想いだったから。その気持ちを押し付けた上に、彼の身体まで傷つけるわけには行かなかった。だから受けるほうを選んだだけで、生まれつき男に抱かれるのが好きだったわけじゃありません」
 それは分かっていた。
 薪は基本的にはノーマルな男だ。羽佐間の知り合いにも何人か男しか愛せない男がいるが、薪と彼らは根本的に違う。薪は初心だが、女性の身体にはちゃんと興味を示す。同性愛者にはありえない反応だ。

「人に蔑まれるようなことをしたとは思ってません。それでも……彼とのことは、忘れなきゃいけないと思ってます」
「別にいいじゃねえか。何も忘れるこたあねえよ」
「彼とは今でも友だちなんです。おかしな噂が流れたら、彼にまで迷惑がかかる。それが辛いんです」
「かあ、見る目がねえなあ。それくれえのことでガタガタ抜かすような腑抜けなのか? おめえが惚れた男はよ」
 背中の後輩が、ハッと息を呑んだのがわかった。言葉を失くした後輩に、羽佐間はやさしく言った。
「おまえらは好き合ってねんごろになったんだろ。恥じることなんか、何にもねえよ」
 羽佐間はワイシャツの左の背に、温かい液体が染み込むのを感じた。ぎゅっと押し付けられた薪の顔が、微かに震えていた。





 数々の殊勲を立てて、羽佐間が新宿南署の強行犯課長として栄転になったのは、それから1年後のことだった。
 薪はそのとき25歳。何の障害もなく警視に昇任した薪は、羽佐間からの推薦と班全員の意向に副って羽佐間から班長を引き継ぎ、捜査一課第4班羽佐間班は、薪班へと名称を変えた。




*****


 うちの薪さんが男らしさに拘る理由って、結局これだったりして。
 鈴木さんに相応しくなりたいとか、迷惑掛けたくないとか、そんなことを考えて男らしくなろうと努力するうち、次第にそれがエスカレートして行って、現在のような暴力オヤジが出来上がったと☆
 薪さん、どんだけ鈴木さん好きなのよ?(笑)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: