折れない翼(17)

 ラストです。
 読んでくださったみなさま、ありがとうございました。




折れない翼(17)





 羽佐間が案内してくれた店は、K署に近い小料理屋で、刺身と日本酒が美味い店だった。さすが海を抱いた千葉県だ。刺身の鮮度は東京の比ではない。
「ほう。いけるようになったじゃねえか」
「羽佐間さんには敵わないです」
 何が昔ほど飲めるわけじゃない、だ。昔とちっとも変わってないじゃないか。
 羽佐間は相変わらずの酒豪だった。あの頃に比べたら酒宴の付き合いも増えた現在、自分もかなり飲めるほうになったと思っていたが、羽佐間の方が数段上だ。

「よし。じゃあ次は、カワイコちゃんのいる店に繰り出すか」
「す、すいません。一身上の理由で、羽佐間さんの好きなキャバクラはちょっと」
「なんだ。ユッコちゃんは、どっかの馬の骨に取られちまったんだろ?他に操を立てるような相手がいるのか」
 いる。
 しかも、ものすごくタチの悪い相手が。しかし、それはここでは言えない。

「実は警視監昇任の話があって。監査課にばれるとまずいんです」
 監査課に知れると拙いのは本当だが、薪が恐れているのはそこではない。薪の現在の恋人にバレたりしたら、ベッドの中でどんな目に遭わされるか。考えるだけで恐ろしい。
 こないだなんか、新しく第九に来た新人にMRIマウスの手ほどきをしてやっただけなのに、何を思ったのか朝までネチネチと……ワイシャツに口紅なんか付けて帰ったら、三日三晩やり倒されそうだ。

「ふーん。キャバクラくらい許せねえような了見の狭い相手なんざ、俺ならゴメンだが」
「すごくヤキモチ妬きなんですよ。僕がちょっとでも他の人間と、って、違いますよ! 監査の話をしてるんじゃないですか」
「ま、当人同士の問題だからな」
「違いますって!」
「薪。上に行きゃあ、嘘をつかなきゃならねえことも多くなるだろうから、教えといてやる。ウソ吐くときに、瞬きの数が多くなるんだよ、おめえは。ちょっと鋭いヤツにはすぐにバレるぞ」
「羽佐間さんが鋭すぎなんですよ……」

 その時、何度目かの着信が薪の胸ポケットを振るわせた。小池からだ。何か、新しい画が見つかったのかもしれない。
「薪だ。うん、じゃあ調べろ。前科者リストと照合するんだ」
『調べるって、全員ですか?』
「当たり前だろ。そこに共犯者が映り込んでるはずなんだから」
『だって500人は下らないですよ? 顔写真だけで照合するとなると、スキャンシステムを使っても、大変な作業で』
「なに寝言言ってんだ、バカヤロー! 1000人いようが2000人いようが、照合するんだ。さっさとやれ、今夜中にだ!!」
 ムリですよ~、という小池の泣き声が聞こえてくる。さすがに可哀想か。
 厳しくするばかりが指導ではない。アメとムチを上手く使わないと。
 よし。ここはひとつ、優しい声で激励してやろう。

「小池。おまえなら出来る。大丈夫だ、きっと見つかるから。おまえの実力なら、今夜中に報告書まで作れるんじゃないか?」
 突然聞こえた猫なで声に、電話口の相手が沈黙する。ここで、とどめだ。
「僕が帰ったときに出来上がってなかったら、どうなるか解ってるな?」
 がしゃん、と耳障りな音が聞こえた。小池が携帯を取り落としたのだ。
 真っ青になった部下の顔を想像して、薪はウキウキするような気持ちになる。小池を苛めるのは、けっこう楽しい。

『薪さん。あんまり意地悪しちゃダメですよ。小池さん、涙目になってましたよ』
「嬉し泣きだろ、きっと。やさしく励ましてやったから」
 小池の携帯電話から別の部下の声が聞こえてきて、薪は驚きつつも平然と答える。室長のお気に入りの部下に向かって、何とか取り成してくれ、と頼む小池の姿が目に浮かんだ。

『今夜は、そちらにお泊りになるんですか?』
「ああ」
 言いかけて、今日が金曜の夜だったことに気付く。明日は出張で大阪まで行かなくてはいけない。今週はもう、会えない。
「いや、帰る。遅くなるかもしれないけど、帰るから」
『わかりました。部屋でお待ちしてます』
「うん……」
 携帯電話に残る声の余韻を惜しむように、薪はフラップを閉じた。脳髄に木霊する、彼の声の甘さを感じる。多分今夜はどれだけ遅くなっても、青木は僕を待ってる。それからきっと、朝まで放してくれない。

「ヤキモチ妬きの恋人からか?」
 まずい。自然に口元が緩んでいたのを、羽佐間に見られただろうか。
 薪は咄嗟に室長の顔を取り繕った。
「違いますよ。部下です。捜査の進捗状況を連絡するように言ってあったんです」
「おまえの相手って、本当に自分の部下なのか。また、ヤバイ橋渡ってんなあ」
「違いますってば!」
 相変わらずひとの話を聞かない人だ。

「仕方ねえなあ、今日はここで引き上げるか。おまえも早く、帰りてえんだろ?」
「いえ。お付き合いしますよ」
「電話の相手が、部屋で待ってんだろ?」
「え!? なんで聞こえ……あっ」
 しまった。引っ掛かった。羽佐間お得意の誘導尋問だ。

 薪は白旗を掲げた。
 むかし、鈴木に思いを寄せていたことも、このひとには知られてしまっている。現在の薪の恋人が男だということも、第九の部下だということも、先刻の会話でわかってしまったのだろう。
 それでも、羽佐間の自分を見る目に変化はない。昔もそうだった。知られたらお終いだと思っていたのに、羽佐間との関係も捜一での薪の立場も、何も変わらなかった。
 羽佐間匡という男は、人間的にも捜査官としても、とても尊敬できる先輩だった。

 羽佐間の撤収命令に、薪は清算を済ませて店を出た。通りに向かって手を上げる。タイミングよく流れてきた一台のタクシーを停めて、羽佐間の身体を後部座席に乗せた。
「おめえは?」
「駅まで2,3分ですから。歩きます」
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな」
「はい。羽佐間さん。色々ありがとうございました。今日は楽しかったです。また、一緒に飲みましょう」
「おうよ。今度はおまえのお気に入りの部下も、一緒にな」
「……はい」
 完全に、バレてる。

 薪の気まずそうな顔を見ながらニヤニヤと笑う、警察機構に一生を捧げた誇り高い男の退官を、薪は最敬礼で見送った。



―了―


(2010.8)



 冒頭にも書きましたが、このお話は、わんすけさんに捧げます。
 思ったよりも地味な話になってしまって、喜んでもらえたかどうか、かなーり不安なんですけど~(^^;
 すみません、感謝の気持ちだけでも受け取っていただけたらうれしいです。

 わんすけさん。
 今まで、たくさんの楽しい記事をありがとうございました。
 お腹痛くなるくらい、顔の筋肉が引き攣るくらい、いっぱいいっぱい、笑わせてもらいました。 

 これからも、コメント欄でお喋りしましょうね。
 よろしくお願いします。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは。
コメントありがとうございます。


こちらの話は薪さんの成長に焦点を合わせてまして、かなり地味なお話なんですけど、大好きと言っていただけて、とってもうれしいです。
もっと薪さんの天才性を発揮できるような、難解な事件とか書ければいいんですけど~、わたしの残念な脳にはハードルが高いです。(^^;

捜一時代の薪さんのお話をご所望で、
え、しかも女装ですか? 
そんなことしたら一課全員メロメロに・・・・・それも面白そうですねっ♪ 
そっかー、こんな地味なエピソードを積み上げなくても、最初から女装させれば一気にみんなのアイドルにのし上がったんだな☆☆☆

Sさまへ

Sさま。

捜一時代の薪さん、可愛いとお褒めくださってありがとうございます。(^^
地味なお話、読み返していただいて嬉しいです。

薪さんにもこういう時期があってもいいかな、と思って書きました。
若さゆえの堅さとか勇み足とか、誰もが経験することだと思うのですけど、実際はどうなんでしょう。 薪さんは天才だから、しなかったのかな~。 

こんな時間まで、お仕事、お忙しいのですね。
早く落ち着くといいですね。
わたしは年度末の仕事が終わりまして、専業主婦状態になってます。 妄想し放題です。 ←それは主婦の仕事じゃない。
新しいお話も、今日から公開を始めました。 Sさまに楽しんでいただけるといいな~。

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Eさまへ

Eさま。

どおもお~!



>羽佐間さんかっこいいですねぇ。

ありがとうございますっ。
わたしもオヤジ大好きなんですよ。だからオヤジには力入れてますよ。
てか、うちの話ってオヤジ率高いよね? 薪さんからしてオヤジだもんね?←それはどうかと。


>薪さんの捜一奮闘記(?)、重なるところはないですが自分の社会人一年目の頃なんかを色々思い出しつつ

わたしも自分の社会人1年目を思い出して書きました。
社会人になって驚いたのが、学校の勉強がまったく役に立たないこと。テストの点や成績表なんかゴミだな、って思いました(笑)
とにかく仕事できない奴でね~。今思い出しても恥ずかしくて埋まりそうなミスの連発でした。
先輩には迷惑かけっぱなしで、それでもよく面倒見てもらいましたよ。あの頃は意識して感謝したことなかったけど、いい先輩に恵まれてたんだな~。


>上司にちょっとほめられただけで思わず電話しちゃう薪さんは文句なしに可愛くて(笑)

鈴薪さんになると、薪さんが素直に可愛いんですよね~。
鈴木さんに甘えることに躊躇いが無い。そこが鈴薪さんの強みですよね。
青木さん相手だと、色々障害入るんでしょうね。年の差とか年の差とか年の差とか。



>これで多分未読記事、総て読ませていただきました。

ありがとうございます。さぞお疲れになったことでしょう!
なんたってテキスト量がハンパないからね、殆ど拷問だからね。
目も肩も酷使されたことでしょう。目薬注して、ゆっくり休んでくださいねっ。

てかごめん、
わたしの方は、Eさんとこ、2015年の8月で止まってます、ごめんね(^^;

今さっき、入札書5本と3本目の施工計画書が上がったとこなの~。
なので今日から8月5日の入札日まで、少し余裕があります。
またお伺いしますので、よろしくです。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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