ロジックゲーム(7)

ロジックゲーム(7)





「僕たちは、他人に恥じなければいけないようなことはしていません」
 その言い方があまりにもキッパリとして、まるで自分たちの関係に誇りすら持っているように感じられて、小野田はいたく心を害する。真剣に愛し合っているだけだ、と言わんばかりの彼の強い瞳に、失望を禁じえない。

 この子は何もわかっていない。少し、お灸を据えておくか。

 小野田はふわりと背もたれに身体を預け、顎を上げて薪を見上げた。
「それを聞いて安心したよ。何たって幹部候補生の素行調査は、きみが受けた特別承認の調査より、ずっと厳しいからね」
「えっ!?」
 薪は一瞬で真っ青になった。
「あれよりすごいんですか?!」

 上ずったアルトの声を聞きながら、小野田はポーカーフェイスの下に込み上げる笑いを封じ込める。
 そんなわけはない。あれは特別調査だ。薪を自分の娘の婿にしたい小野田の意を汲んで、中園が異常なまでに細かく調べ上げたのだ。
 不安そうに眉根を寄せる薪を安心させようと、小野田はにっこりと、それこそ神さまのように笑って、
「当たり前だよ」と言った。

「調査期間も候補者確定までの2ヶ月間と長いし、親類関係も友人関係もばっちり調べられる。アフターも休日も、監査官が後ろにいると思って間違いない」
「そんな……」
「心配することはないだろう? 君たちは、恥知らずな真似はしていないんだろ?」
「恥知らずな真似はしてませんが、恥ずかしいことはいっぱいされちゃって、いや、あのその」
 パニックになってるらしい。聞き流しておこう。

「どんな優秀な調査官だって、無いことは見つけられないよ」
「……分かりました」
 薪は数秒でパニックを抑えて、静かな表情を取り戻した。微かに震える小さな拳が、彼の感情の乱れを物語っていたが、口調はしごく平静なものだった。
「小野田さんの信頼に背くようなことはしません」

 彼との関係自体が、ぼくの信頼を裏切ってるんだよ。
 そう言ってやりたかったが、堪えた。薪の悪感情を自分に向けさせることは、得策ではない。

 薪は頭を深く下げて、官房室を出て行った。彼の姿が見えなくなり、さらに2分の猶予を置いて、小野田は再び携帯電話を耳に当てた。
『ホントに甘いね、おまえは』
 小野田を見下すように、官房室付参事官は舌打ちした。上司に対する態度ではないが、小野田も中園を部下だとは思っていない。
『あれで牽制したつもりか?』
「あのくらいにしておいた方がいいんだよ。薪くんはキレると、とんでもない暴挙に出るんだから」
『いっそのこと暴露して別れさせちゃえば? おまえのところには『切り札』があるんだろ』
「だからあれは使えないって、前にも言っただろ。あれが公になったら、薪くんは自分を犠牲にしてでも彼を救おうとするだろうよ」
『得意技は自爆、ってか。面倒な子だな』
 普段の冷静な貌からは想像もつかないような激しさを、薪はその心に隠し持っている。それが職務上のことで発揮される分には後押しを辞さない小野田だが、あの男を守るために発現することには我慢がならない。

「虚偽の事件調書なんか、正式な調べが入ったら簡単に分かっちゃうしね」
『それでも、ひとを葬ることはできる』
 中園の言葉が事実であることを、小野田は知っている。
『ターゲットの性格、性癖、行動パターンをインプットして、標的が自らはまり込んでくれるような舞台を用意する。入力データさえ正確なら、僕の計算に狂いは無い』
 警察庁の出世道は百鬼夜行の世界。嘘に塗り込められた真実が、そこ此処で細い悲鳴を上げる。
 実力だけでは這い上がれないこの世界では、敵対者を葬るために偽の醜聞を使うこともあるし、ミスをでっち上げることもある。小野田が官房長の椅子を手に入れるまでに行ってきた数々の暗い策略。その殆どを立案し遂行してきた中園の言葉は、彼の体験をもって重く響いた。

「とりあえず、青木くんの素行調査は通り一遍で済ますように手を回しておくことにするよ」
 よっぽど表立ったことをしていなければ露呈することは無いと思うが、一応念のためだ。
 素行調査で重点的にチェックする項目は、風俗店の出入りと暴力団とのつながり。アフターに上司のマンションに出入りしても、別に問題にはならない。上司の酒の相手を部下が務めるのは良くあることだ。

「ああ言っておけば、2ヶ月間は恋人としての付き合いは避けるだろうし。その間に少しでも、熱が冷めてくれることを期待するよ」
『バカか、おまえは。そんなことくらいで熱愛中の恋人同士が会うのをやめるもんか。止められたとしたら、それこそ気持ちが冷めてる証拠だ』
「やめるさ。薪くんの性格は良く分かってる。万が一監査に引っ掛かったら、青木くんの将来に響く。どれだけ耐え難くても、距離を置くさ」
『かりそめの恋人に、そこまで気を使うかね』
「かりそめなんかじゃない。だから困ってるんじゃないか」

 俄かには信じがたい、と中園は呻る。
 男同士の関係は実に即物的で、一時の快楽にのみ互いの合意を得るものだ、と言うのが中園の持論で、その間に男女間のような崇高な気持ちが生まれることはない、と彼は声高に主張する。
 家族にもなれず、子孫も残せない不毛の関係。そんなものが長く続く方がおかしいと、言われてみれば納得するものの、彼らを見ているとどうしてもそうは思えない。

「薪くんの声、聞いただろ?  あのうれしそうな言い方」
『神経質になりすぎなんじゃないのか? 薪くんは冷静に報告してたじゃないか。途中、ちょっとコケてたみたいだったけど』
「実際に彼を見れば分かるよ。薪くんは正直だから、顔に出るんだ。自慢げに胸張っちゃってさ。『僕の青木が次席になりました。すごいでしょう』って、翻訳が付きそうだったよ」
 やっかみにしか聞こえないセリフを、小野田が聞かせるのは世界に一人だけ。小野田が本音を語れる相手は、後にも先にも彼だけだ。
 
 頑固で我儘な老人のような小野田の言葉に中園はクスクス笑い、いつものシニカルな口調で合議を切り上げた。

『わかったわかった。官房長殿の我慢も限界のようですし。データ収集がてら、ちょっと揺さぶってみますか』




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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