ロジックゲーム(10)

ロジックゲーム(10)




「ぼく、上条ハルって言います」
 自分の部屋に落ち着くと、彼は礼儀正しく自分の名を名乗り、ありがとうございました、と頭を下げた。

「実は今日、バイト代をもらったばっかりで。あのリュックの中に全財産入ってたんです。青木さんに助けてもらわなかったら、飢え死にしちゃうところでした。本当にありがとうございました」
 インスタントコーヒーの温かな湯気を挟んで、ガラス製のローテーブルの両側に向かい合わせに腰を下ろし、青木は少年と少年の部屋をさっと観察した。
 親がいないとの言葉通り、質素な部屋だった。この年代の子供が必ず持っているゲーム機やパソコンなど、高価な玩具類は一切なかった。家具も必要最低限のものしかなく、相当つつましやかに暮らしているものと思われた。

「ハルくん、学校はどうしてるの?」
「夜間高校に通ってます。昼間はバイトしなきゃいけないから」
 砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを両手で持って飲んでいた少年は、青木の言葉に顔を上げ、かわいらしく小首を傾げた。
「ふうん。えらいね」
「いえ、当たり前のことです。ぼくの友だちは皆そうです」
 自分が学生生活を満喫していた年齢に、この少年は働いて糧を得ているのかと、しかも孤独な身の上らしいし、彼のそんな事情を知れば、根がお人好しの青木のこと、たちまち同情心でいっぱいになる。
「いや、大したものだと思うよ。きみの年齢で働いて学校に通うって、なかなかできることじゃない」
 街を歩けば自分と同じ年頃の少年たちが、自由と享楽を身体中に溢れさせて闊歩するのが嫌でも目に付くだろうに、自分の境遇に不満を溢すこともなく、前向きに生きるその姿に尊敬すら覚える。

 青木が素直な賞賛を口にすると、ハルは照れたように笑った。はにかんだその笑顔は、とても愛らしかった。
 頬の丸みと長い睫毛が、薪に少しだけ似ている。髪は脱色していて、金髪に近い。あどけない微笑が似合う瞳は、カラーコンタクトでも入れているのか薄く緑がかっている。
「青木さんこそ、すごいと思います。普通はみんな、見ても見ぬ振りなのに。青木さんみたいにやさしいひとに会ったの、初めてです」
「それこそ当たり前だよ。オレは警官なんだから」
「でもぼく、本当にうれしかったんです。あんな風に、他人に親切にされたのも心配されたのも、初めてだったから」
 少年らしく、やや高めのハルの声は途中から小さくなり、次第に涙交じりの鼻声になった。
 当たり前のことをしただけなのに、こんなに喜んでくれるなんて、と青木は胸が熱くなるような感動を覚える。鍛錬を積んでいてよかった。岡部の指導のおかげだ。

「きみの気持ちはよくわかったから。涙拭いて」
 テーブルの縁を回って少年の近くへ寄り、ティッシュを引き抜いて彼に渡す。青木の手から紙を取るはずの彼の手は、何故か素早く青木の背中に回された。
「……ハルくん?」
「青木さん」
 柔らかそうな頬が、青木の胸に擦り付けられる。突然のことに戸惑う青木の視界で、ハルの幼げな美貌がゆっくりと上げられた。

「本当のこと言うと、ぼく、青木さんに一目惚れしちゃったんです。ぼくを助けてくれたとき、すごくステキだったから。だから」
 一旦言葉を切って、ハルは恥ずかしそうに俯く。
「青木さんさえ良かったら、ぼくを好きにしてください」

 自分の腕に身を投げ出してくる少年の、綺麗な顔が薔薇色に染まっているのを見て、青木は彼をかわいいと思う。
 他人に、素直な情愛をぶつけられるのは久しぶりだ。
 青木の現在の恋人はとても複雑な性格をしていて、その心情は回りくどくて分かりにくい。何をしたいのかハッキリ言わないし、本当に欲しいものには手を伸ばさない。青木がそれに気付いて、アクションを起こすのをじっと待っている。

 ベッドに誘うときだって、本当に大変なのだ。
 一発でOKしてくれることなんか滅多にないし、こんな風に自分から求めてくれたことなんか一度もない。疲れるから嫌だとか、面倒くさいとか、そんな実も蓋もない言い方で断られることもある。そこを拝み倒すようにして何とか付き合ってもらうわけだが、よく考えたら、これが普通だ。恋人同士なのだから、何もあんなに苦労することはないのだ。
 今だって、土曜日の深夜にどうして青木がこんな状況に陥っているのか、その理由を顧みれば、相手の勝手な言い分で、2ヶ月もの間恋人としての付き合いを禁じられてしまったからだ。プライベイトの薪と夜を過ごせなくなって、1ヵ月半。もちろん、欲求もたまっているし、人肌も恋しい。
 
 青木に恋人関係の中断を言い渡したときの薪の冷たい顔が脳裏に甦り、青木は腹立たしい気持ちになる。2ヶ月も恋人としての時間を奪われるというのに、薪ときたら毛ほども寂しそうではなかった。
 とにかく、薪はいつだって自分勝手なのだ。自分のしたいことだけ、青木の気持ちなんかこれっぽっちも考えてくれない。
 本当に薪ときたら―――――。

 思い出される、薪の取り澄ました顔。
 淀みなくキィを叩いていた指先。青木には眼もくれず、ディスプレイと書類の間を行き来していた亜麻色の瞳。きりっと吊りあがった眉毛、つんとした顎。

 ――――― かわいいんだから。

「悪いけどオレ、恋人いるから」
 青木がお定まりの断り文句を口にすると、ハルはさほどがっかりした様子でもなく、そうでしょうね、と頷いた。
「あなたみたいに素敵なひとに、恋人がいないはずがないですよね」
 こっそりとため息を吐くように吐き出されたハルの言葉に、青木はこそばゆさを感じる。背中が痒くなりそうだ。年がら年中、薪にバカだのマヌケだのと罵られているものだから、それが普通になってしまったらしい。

「でも、ぼくも本気なんです」
 幼いひたむきさで、ハルは言い募った。
 大きな瞳にありったけの勇気と情熱を湛え、青木を見上げる。ぎゅ、と青木の襟元を掴み、必死になって取り縋ってきた。

「今夜だけでいいんです。絶対に誰にも喋りませんから」
 恋人のいる男にとっては都合のいい一夜限りの関係を求めて、ハルは身を乗り出してくる。間近に迫ったハルの緑色の瞳が、妖しくきらめいた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

ふふふ、さすがCさま。
しづの手管を読みきってますね。 (てか、あからさますぎ?)

青木くんがスキだらけって~~~、
だって相手は男の子だし! まさかこう来るとは思わなかったんですよ。
これが妙齢の女性なら、部屋に上がったりしませんて。

てなわけで、顛末をお楽しみに(^^


Aさまへ

Aさま、拍手コメントありがとうございます。

『キャー!』と叫びつつ、めっちゃ楽しそうなんですけど(笑)

薪さんの代わりに天誅を下してくださるんですか?
大丈夫ですよ、Aさまのお手を煩わせるまでもございません。
原作でがっつり下って・・・・・・・・・しゃ、シャレにならない・・・・(^^; 


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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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