クッキング(3)

クッキング(3)





「先生にこうして話を聞いてもらうようになって、3年くらい経ちますけど。ずい分、慰めてもらったなあって」
 
 竹内はエリートで、仕事もできるし女性にもモテる。彼のような人間は、中々他人に弱音を吐く事ができないものだ。
 そんな彼が、雪子を相手に失恋の憂さを晴らすようになったきっかけは、3年前のクリスマスイブ。
 ある男性と食事をしていたら、その男性は雪子を置いてレストランを出て行ってしまった。実際は雪子がそうしろと言ったのだが、傍目から見れば、『クリスマスイブに男に振られた可哀相な女』の構図だ。人からどう見られようとさほど気にならない雪子だが、たまたま同じレストランに竹内がいて、一部始終を目撃されてしまった。

 嫌なやつに見られた、と雪子は思ったが、竹内も彼女に振られた直後だと言う。そんな理由でその晩は意気投合して、一緒に食事をした後、助手の女の子にもらったコンサートのチケットを捨てるのももったいないから、とイブの夜を共有したのだ。
 クリスマスイブというロマンチックな夜に、しかし話題は失恋話。それも竹内の失敗談を延々と聞かされた。
 自分の前で情けなく愚痴る男を、なんだかどこかで見たような光景だわ、と思いつつ、面倒見のよい雪子は相槌を打ちながら彼の話を聞いてやったのだ。

 自分の愚痴を誰かが親身になって聞いてくれるという癒し。それに味をしめたのか、それからは彼女と別れるたびに、雪子を呼び出しては一緒に食事をする、というパターンが定着していた。途中、竹内が火災による事故で大怪我をして何ヶ月も入院したり、という中断はあったものの、この秘密の会合は多いときで1月に2回、間が空くときで3月に1回くらいの割合で繰り返されてきたのだ。

「先生に話聞いてもらうと、元気出るんですよね。先生、俺の愚痴、一生聞いてくださいね」
「いいわよ。その代わり、食事はあんた持ちね。3回に1回は中華にして。ラーメン屋でもいいから」
「あはは、ラーメン屋って中華料理に入るんですか?」
「あたしの中では立派な中華料理よ」
 雪子の庶民的な主張に竹内はひとしきり笑って、
「俺、一人っ子なんですよ。だからずーっと、こんな風に相談できる兄貴が欲しくて」
「ちょっと、兄貴ってなによ。あんた本気であたしの性別間違ってんじゃないの!?」
「あ、すいません。つい本音が。俺って嘘のつけない性格で」
 形の良い唇から、次から次へと出てくる軽口を聞いて、雪子は彼の心が元気になったことを知る。
 これで今夜の自分の役目は終わった。後はこの料理を平らげて家に帰ろうと思った矢先、竹内が妙なことを言い出した。

「先生。今度の日曜日、俺と遊びに行きません? 遊園地なんかどうですか?」
「なんで? 土曜の夜に振られる予定でもあるの?」
 雪子の切り返しにアハハと笑って、竹内はテーブルの上に身を乗り出す。腕を組んで、雪子の顔を下から覗きこむように、
「この2ヶ月で5人もの女の子と付き合ったら、ちょっと疲れちゃって。久々に男友達と過ごしたい気分なんですよね」
 ……この男、本気であたしの性別誤解してるんじゃ。

「じゃあ、男友達を誘えばいいでしょ」
「ダメですよ、休日に男を誘うなんて。『光源氏』の名折れです。その点、三好先生は生物学的には一応女性ですから」
「あたしを女性だと認識するのに、生物学からのアプローチが必要なわけ?」
 引き攣った笑顔で唐揚げを頬張る雪子を見て楽しげに、竹内は水割りを飲み干す。グラスを上げて店員を呼び、お代わりを頼むついでに雪子にもオーダーの確認をする。言うことは失礼極まりないが、よく気がつくし、けっこう優しい。

「三好先生って、見た目はイケルでしょ。俺の眼から見ても、ぎりぎり合格ラインだと思いますよ」
 どうだろう、この傲慢な言い方。ギリギリで悪かったわね、と返す間もなく、竹内は次の攻撃を繰り出してきた。
「でも、ぜんっぜん口説く気にならないんですよね。つまり、俺にとっては女じゃないんですよ」
 女じゃないってどういうことよ! 生理はまだ上がってないわよっ!!
 さすがにそのセリフは飲み込んで、もう少し婉曲な言い回しを考える。要は、自分が女だということをこの男に分からせればいいのだ。脱いで見せるという方法はダメだ、生物学的見解では雪子のプライドは治まらない。

「三好先生が女らしいことをしてるところが想像つかないっていうか……例えば料理とか。先生、できないでしょう?」
「できるわよ、料理くらい」
 反射的に口から出たウソを、雪子は後悔しない。できないでしょう、と決め付けられて、『はい、できません』なんて言えるほど可愛らしい性格はしていない。

「本当ですか? じゃ、日曜日、お弁当作ってきてくれます?」
 ……オベントウってどんな生き物だっけ。尻尾は何本だっけ、空は飛べるんだっけ。
「任せて。リクエストはある?」
 できればカップラーメンかレトルトカレーで……。
「三好先生の得意なものでいいです。食べ物の好き嫌いはありませんから」
「そう言われると迷っちゃうわ。和食も洋食も中華も、何でも得意だから」
 傷つけられたプライドが言わせるのか、女の意地か。見栄のために二枚目の舌を使ったことなどなかったのに。

「楽しみだなあ」
 両手で頬杖をついて、竹内は無邪気に笑った。
 にかっと子供みたいに笑う、それは雪子だけが知っている彼の顔。男友達は知っているだろうけど、きっと女の子たちは知らない。
 スマートで都会的で、女性なら誰もが酔わされる甘いマスク。洗練された会話にお洒落な演出。女性の前ではそのスタイルを崩さない竹内の舞台裏は、普通の女性では見ることができない。

 今、感じているこの気持ちは、なんだろう。
 優越? それとも、女性扱いしてもらえないことに対する落胆?

 どちらも自分が感じる必要のないものだと考えて、しかしざわめく気持ちを抑えることができない。
 ハッキリしないのは苦手だ、曖昧なものからは誤解や錯誤が起こる。だけどハッキリさせるのも何故か怖いような気がして、雪子はいつもその感情を気づかない振りでやり過ごす。

「先生。携帯鳴ってますよ」
 竹内に言われてバックを見ると、中の携帯が震えていた。マナーモードにしておいたのに、刑事の眼は鋭い。
 電話に出てみると、12歳年下の第九職員だった。
「どうしたの? 何か急用?」
 公衆電話のある位置に移動しながら、雪子は小声で尋ねた。この男が自分に連絡してくるときは、恋人、つまり竹内の想い人とのトラブルと相場が決まっている。内容を竹内に聞かせるわけにはいかない。

『三好先生、今から会えますか?』
 しばらくぶりで聞く彼の声は、落胆を滲ませた涙声。自分の感情に素直な彼の声を、雪子の耳は心地よく聞く。自分の気持ちをストレートに表に出せるのは、彼の一種の才能だと思う。

「悪い、竹内。ちょっと友達がトラブっちゃって」
 席に戻ってみると、竹内は帰り支度を整えていた。テーブルの端に置かれていた伝票もなくなっている。敏いというか、気が回るというか。薪といい勝負だ。
「俺、そろそろ帰ります。明日も仕事なもんで」
 相手に気遣わせない細やかな心配り。これくらい気働きが出来ないと、光源氏は務まらないのかもしれない。

 じゃあまた、と手を上げて去っていく竹内の後姿を見ながら、雪子は数十分後にここに来るであろう男のことを考える。

 トラブルの原因は分からないが、どうせまたつまらないことに決まっている。なんのかんの言ったって、あのふたり、相思相愛なんだから。放っておいても元鞘に収まるだろう。自分は少し、口と手を貸すだけ。
 そうでなくては、困る。
 去年の夏、久しぶりに悔し涙以外の涙を流した。あの涙が無駄になる。

 テーブルの上に残っている料理を眺め、ふと雪子は思う。
 竹内が食べたのは、肉じゃがと鮪の生姜煮と揚げだし豆腐。大根サラダに卵焼き。エビチリや堅焼そばには箸をつけなかった。これまでの傾向からも察するに、彼の好みは和食か。
 そんなことを思って、雪子は自嘲する。日曜日の遊園地なんて、あれはその場のノリというやつだ。その証拠に、約束の場所も時間も決めなかった。だから彼の好みをリサーチする必要はない。

 やがて電話の相手が現れて、雪子の前に腰を下ろした。ビール好きの彼は店員に中ジョッキを注文し、ハイペースで飲み始める。
 190近い長身の、黒髪に黒い瞳。スクエアなチタンフレームの眼鏡にオールバックの落ち着いた髪型。竹内とは正反対のタイプだが、十人並みの容姿は軽く超えている。

「すいません、チューハイお代わり」
 通りかかった店の女の子に声をかけるが、あからさまに無視された。隣の席のOL集団が、ひそひそと「ちょっと、別の男よ?」「うっそ、二股? ありえない。しかもカッコイイ」「何様よ、あのオバサン」だから聞こえてるっつーの!!

「聞いてくださいよ、三好先生。薪さんたらひどいんです!」
 
 いつものように愚痴り始めた男の言葉を聞きながら、雪子は大儀そうに腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。


*****

 このときの薪さんと青木くんのケンカの顛末は、『サインα』というお話に書いてあります。
 よろしかったらどうぞ(^^



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

Cさま、こんにちは。

青木さんが褒められると嬉しいですか?
Cさま、青木さんのこと好きなんですね。(^^

わたしも最近の青木さんは好きです。
青木さん、成長しましたよね~。 
昔の青木さんは、何も知らない無垢な天使くん故のやさしさを持ってらした気がするのですけど、
最近の青木さんからは、色々乗り越えて大きくなった上での強さや思いやりを感じます。 
今の青木さんの方が、断然素敵だと思います。

うちの青木くんは、相変わらずのおバカですけどねっ★

ありがとうございました。

Rさまへ

Rさま、いらっしゃいませ!
お久しぶりです。


きゃー、PCが吹っ飛んだんですか? (あ、飛んだのはデータですね)
大変でしたね!
うーん、わたしもこのPCが飛ぶと、公私共にエライことになります。 ブログも電子入札もできません、ってそこまで公私混同するってどうよ?
あ、でも、ご心配には及びませんよ。
不審がったりしません。 お名前を覚えてますから(^^


> が、今回は私の大好きな雪子さんのお話だったので嬉しくなり出てきてしまいました(笑)。
> 私は原作の雪子さんは正直好きではないんですが、しづさんのとこの雪子さんはとても好きです。

ありがとうございます!
雪子さんには力入れてます。 彼女は薪さんが幸せになる上で、欠かせないパーツのひとつだと思っております。

原作の雪子さんはね・・・・・・5巻でUFOにサルベージされちゃってるから・・・・・(そうとしか思えない)
4巻の雪子さんをそのまま継続すると、うちの雪子さんになると思うんですけど。 みんな宇宙人が悪いと思います★


> さっぱりしてて姉御肌で薪さんと青木君の仲を取り持ってくれるし(ここ重要)、って原作もこういかないかなぁ(笑)。

ですよねえ。
取り持つのは無理だとしても、もうちょっと何とかならなかったんですかねえ。
薪さんの気持ちを知りながら青木さんのプロポーズを受け入れたときの、彼女の苦悩とか描いてくれていれば、もっと彼女の気持ちに寄り添うことができたのではないかと思われますが、その辺、悩んだ様子もないし。(わたしが見落としているだけかもしれませんが。 あるいは行間の読めないやつなので、ご不快に思われたらすみません)
まあ、あっちは男同士なんだからどうすることもできない、それが常識的な判断だと言われれば反論する言葉も無いんですけど。 
腐女子の常識は社会の非常識ってことですかね(笑)


Rさまにコメントいただいて、とっても嬉しかったです。
ああ、まだ読んでいてくださったんだわ、と・・・・・いつ見限られても仕方ないものを公開しているので・・・・・・いつもギリギリですみません(^^;


そんなこんなで、
今年もよろしくお願いいたします。
Rさまの、またのお越しをお待ちしております♪

Yさまへ

Yさま、こんにちは!
コメントありがとうございます!


>いよいよクッキングが始まってますねっ嬉しいです~

Yさまが後押しして下さったおかげで、このSSを公開する事ができました。
感謝してますv-354


>しかし。。。光の君ったら意中ではナイ人に対してはなかなかヒドイですね。ちょっと雪子さんに同情しちゃった。。。

あっ、しまった、Yさんて竹内好きなんでしたっけ。
どーしよー、この話を読んだら竹内に幻滅するかも、てか、絶対にする・・・・・だって竹内、マダオだもんv-356
ごめんなさいーー!!


>薪さんへのLOVEと全然違う~!!!薪さんにはあんなにドリーマーなのに。(夢、見すぎですね)

ドリーマー!(爆)
たしかにっ、確かにドリームですねっ! 
薪さんのことを考えると、初恋したての中学生みたいになっちゃうんですね。 げらげら☆


>これから雪子さんの魔法のような料理(爆)の腕が発揮されるんですね!楽しみにしています~

魔法というか、破壊的というか(^^;

先を楽しみにしてくださって、嬉しいです。
これからもよろしくお願いします(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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