クッキング(4)

 こんにちは。

 うちのお話はですね、薪さんに幸せになって欲しい、と願うひとりのオババが、原作から彼の障害をひとつひとつ取り除いて出来上がったものなんですけど。

 例えば、
 薪さんが青木さんへの恋に悩むなら、青木さんの方から薪さんに恋をすることにしよう。
 薪さんが雪子さんへの罪の意識に苦しむなら、雪子さんと薪さんは親友で、お互いを大事に思い合っていることにしよう。
 薪さんが雪子さんに気兼ねして、青木さんへの気持ちを殺そうとするなら、雪子さんには別の相手を用意しよう。

 他にも、
 薪さんが孤独を感じるなら、第九の皆が薪さんを好ましく思っていることにしよう。
 薪さんが職務上の重責を一人で負わなければならないなら、岡部さんとの間に強い絆を作ろう。
 薪さんが警視総監に責を問われるなら、強い権力を持った庇護者を作ろう。

 てな調子で、どんどん彼に都合の良い設定を作っていったわけです。
 だから、うちの薪さんは瞬く間に幸せになれるはずで、おやあ?
 いや、この設定を有効に使えない男爵が悪いんであって、わたしは悪くな……すみません……。
 
 とにかく。
 竹内は最初から、雪子さんのお相手として作ったキャラなんですけど。
 原作にもこんなふうに、雪子さんをさらってくれるキャラがいたら、薪さんももっとスムーズに雪子さんの婚約を祝う事ができただろうに、と思、あれっ!?
 うちの薪さん、バリバリ引っ掛かってんじゃん!!
 薪さんが二人の障害になってんじゃん!(『女神たちのブライダル』参照)
 
 仲が良すぎてもダメなんですね。(笑)
 





クッキング(4)





 朝のミーティングの30分前、法一の自席で雪子は頭を抱えていた。
 机の上には死体検案書の山が築かれており、片肘を付いて手のひらを額に当てる彼女の姿は、他人からは徹夜仕事に疲れたキャリアウーマンの姿にも見えたが。

「お疲れのようですね。また徹夜されたんですか?」
 執務机の上に置かれたコーヒーに礼を言おうとして、それを差し出したのが助手の女の子の手ではないことに気付く。これは男性の手だ。白くて清潔な、医療に携わるものの手。
「ええ、まあ」
 眼を上げると予想通り、白衣に身を包んだ男性の姿があった。
「仕事熱心なのはいいけど、あんまり無理しないでくださいね。徹夜は肌によくないですよ」

 雪子の憔悴の原因を仕事だと決め付けて疑わないお人好しの彼は、法一の同僚で風間という。雪子と同じ監察医で、3班のチーフを務めている。1班のチーフを務める雪子とは同じ責任者同士、何かと接触の多い人物だ。
 風間の家は代々医者の家系だそうで、彼もそれに相応しく品の良いインテリと言った風情だ。実際、育ちもよいらしく、実家の資産も相当あるとかで出世競争にあくせくする様子はない。おっとりした性格で丁寧な研究をする、少々せっかちな雪子には学ぶところが多い尊敬すべき人柄だ。
 広く秀でた額と銀縁の眼鏡が、いかにも賢そうに見える彼に微笑みかけて、雪子は素直に礼を言った。

「ありがとうございます。気をつけますわ」
 こういう人物と相対すると、こちらも自然と身を正してしまう。同僚とはいえ彼は雪子より5歳年上、職場では目上のものに敬意を払い、丁寧な物言いをするのが当然だ。
「でも、実は今日は」
「おはようございまーす」
 ドア口から明るく響いた挨拶の声で、雪子の言葉は遮られた。声の主は雪子の助手の菅井祥子。彼女はいつも元気だ。

 菅井の姿を認めると、風間は雪子ににこりと笑いかけて部屋を出て行った。3班の部屋に戻るのだろう。
「おはようございます、雪子先生。風間先生がお見えでしたけど、なにか用事……」
 入れ替わりに雪子に近付いてきた菅井は、風間とはまるで反対の態度で、
「うっわ、先生、お酒臭い。サイテーですね、二日酔いで酒臭い30女なんて」
 いつにも増して辛辣な助手の攻撃にも、反撃する気力が起こらない。菅井の見解が事実だったことと、二日酔いによる頭痛が半端なかったこと、さらには彼女の暴言などどうでもいいくらいの深刻な悩みを、その時の雪子が抱えていたからだ。

 その電話はついさっき、雪子が法一のドアをくぐったときに掛かってきた。
『先生、昨夜はどうも』
 彼の声を聞いて、雪子はひどい疲労感に襲われた。昨夜の出来事が、走馬灯のように脳裏に甦ってきたからだ。
 昨夜はめっぽう忙しかった。
 竹内と居酒屋で飲んで、次に青木に会って彼をホテルに連れ込んで、彩華を呼び出して青木にお灸を据えて、それから薪の家に行って飲み会をやって、最終的には彩華と二人、自宅マンションで朝まで飲んだ。登場人物のうち女性は雪子ひとりで、状況説明だけ聞くとイケイケの発展家みたいだが、現実には色気のイの字もない。一夜が明けて雪子に残されたのは、二日酔いの苦しみだけだった。

 電話は、一番最初に会った男からだった。
『日曜日のことなんですけど。先生さえ良かったら、×××園に行きませんか?』
 咄嗟に断りの言葉が出てこなかったのは、止まらない吐き気のせいか、じりじりと焼ける胃のせいか。
 雪子が口ごもっていると、電話の向こうから『はい、今行きます』という彼の声がして、すぐに慌てた口調で、
『チケットは俺が用意します。10時に正門の前で待ってますから。お弁当、楽しみにしてますね』
 言いたいことだけ言って切ってしまう彼は、捜査一課のエース。おそらく、事件のことで課長にでも呼ばれたのだろう。仕事ができる人間ほど忙しい、警察はそういうところだ。

「ひっどい顔ですねえ。ちょっと来てください、目の下のクマだけでも隠さないと。死体と間違われて解剖されちゃいますよ」
 動くのが億劫でたまらない雪子の腕を無理矢理に引っ張って、菅井は化粧室へ雪子を連れ込む。体つきは小さいが、力はあるらしい。「ある」と言い切れないのは彼女が、実験に使う液体窒素のボンべ(40キロ)は軽々と運ぶのに、男性の前では重い荷物が持てなくなるという特性を持っているからだ。

「先生。30過ぎたらお化粧に手を抜いちゃダメですよ。女が身だしなみを忘れたら、オバサン一直線ですからね」
 自称恋愛マスターの菅井は、毎日のように雪子にこんな説教をくれる。余計なお世話だと思うが、菅井が本気で自分の身を案じてくれていることは知っているから、黙って聞くことにしている。
「それじゃなくても先生は、女らしいこと何にもできないんですから、せめて見た目くらい取り繕わないと。ますます男が寄り付かなくなっちゃいますよ」
 自分で言うだけあって、菅井は女としては上等の部類に入る。少し前に流行った言葉で、「ステキ女子」というやつだ。常にメイクは完璧だし、寝癖をつけたまま出勤してきたこともない。外見だけでなく、内面の努力も怠らない。仕事をきっちりこなした上で、料理や生花も習っているし、着物の着付けもできる。女を磨くことに関しては、雪子よりも遥かに努力家なのだ。

「スガちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」
 助手の有能さを認めて、雪子は遠慮しながら申し出る。日曜日の一件は、自分だけの力では解決できない。誰か助っ人を頼まないと。
「なんですか?」
「料理を」
 言いかけて、雪子は菅井がどんな反応を示すか考える。
 日曜日に、竹内と一緒に出かけることになって、お弁当を作らなきゃいけない。内情はどうあれ、竹内は署内1のモテ男だ。そんなことを不用意に菅井の前で言おうものなら、どんな騒ぎになるか。

「久しぶりにスガちゃんと一緒に作った料理が食べたいなあ、なんて。今週の土曜の夕飯とか、日曜日の朝食とか、どうかな?」
「無理に決まってるじゃないですか、土日なんて」
 チークとファンデーションを重ねて上手に目の下の黒ずみをカバーしながら、そのやさしい手つきとは掛け離れた冷たい口調で、菅井は雪子の頼みを一刀両断にした。
「だって、今日はもう木曜日ですよ? 今日の時点で週末の夜に予定のない女なんて、世界中探しても雪子先生だけですよ。先生って本当に、独りで年老いて誰にも知られずに死んで3年も発見されずに屍蝋化した老人よりも孤独な人生送ってますよね」
 ちょっと待って、あたしをどこまで孤独な女にすれば気が済むの、この娘。

 そこまで言われたら、とても頼みごとをする気になれない。百歩譲って頼んだとして、雪子が2人分の弁当を作らなければならない理由を追求されたら、隠しきれるかどうか不安だ。仕事のことならいざ知らず、菅井はこういうことには鼻が利くのだ。
「あ、ところで、風間先生の用事ってなんだったんですか?」
「あー、なんだろう。特に何も言われなかったけど……ぶらっと寄ったんじゃないの」
「そんなヒマなひとは法一にはいません。きっと何か頼みたい仕事があったのに、雪子先生がお化けみたいな顔してるから言い出せなかったんですよ」
 ここまで言われて頭を下げたら、本当のバカだ。

 菅井に頼れないとなれば、雪子の知る限りで料理の達人はあと一人しかいない。昨夜も彼の手料理をご馳走になったが、恒常的に料理をふるまう相手ができたせいか益々腕を上げて、この料理が毎日食べられるのなら彼の家の飼い犬になってもいいと、思わず人間の尊厳を忘れそうになった雪子である。
 ただ、これもまた複雑な事情の絡む人物で、竹内と一緒に出かけることを打ち明けるわけにはいかない。彼は竹内の思い人そのひとなのだ。
 しかし、彼は竹内の想いにはまるで気付いていないどころか、竹内のことを蛇蝎のように嫌っている。友人である雪子が竹内と共に休日を過ごすことを知ったら、凄まじい勢いで怒り出し、竹内のところに怒鳴り込むに違いない。
 
 トラブルに発展する危険性はあるものの、縋る糸は一本しかない。それに、彼は雪子にはいつもやさしいし、詮索好きでもないから、雪子が頼めば詳しい事情を聞かずとも協力してくれそうだ。彼はとても忙しい男だから頼むのも気が引けるのだが、口頭でもいいから教授してもらえればその場でレシピを作成して、あとは自分で何とかしよう。
 彼の仕事が落ち着く時間まで待って、雪子は第九研究室を訪れた。彼はここの室長を務めている。

「作り直せ! 何年この仕事をしてるんだっ!!」
 自動ドアをくぐると同時に聞こえてきた罵声に、雪子は足を止める。折りも悪く、鬼の室長が糸目の部下の顔に書類を投げつけたところだった。
 どうやら仕事の真っ最中だったらしい。研究所が定めた退室時刻は1時間前に過ぎているが、ここでは薪が法律だ。第九の労働基準法は薪の匙加減で左右され、それに逆らうことは許されない。
 これはまずい。出直してこないと。

「あ、三好先生、こんにちは!」
 そっと後ずさりする雪子を目ざとく見つけた曽我が、必要以上に大きな声で雪子の存在をアピールした。ハッとしてこちらを見た薪の顔が、厳しい室長の顔から大切な友人に向けられるやさしい顔になる。雪子にだけは甘い薪の特性を、咄嗟に同僚の救済に利用するとは、曽我はけっこうちゃっかりしている。

「提出は明日まででいい。犯行の動機について、もう少し詳しく頼む」
 先刻とは別人としか思えない穏やかな口調で小池に言うと、薪はにっこりと微笑みまで浮かべてこちらへ歩いてきた。
「雪子さん、昨夜はどうも。僕に何かご用ですか?」
「うん、ごめんね、薪くん。忙しいところ悪いんだけど、ちょっとお願いがあって」
「僕にできることなら何でも」
 内容を聞く前から承諾を約束するのは、薪が雪子に絶対の信頼を寄せているからだ。雪子のおかげで今日の自分があるとまで思っている薪は、彼女のためなら自分の立場が危うくなることまでしかねないが、雪子は決して薪の負担になるような頼みごとはしない。そして雪子もまた、薪の信頼を裏切ったことは一度もなかった。

 薪にいざなわれて室長室へ入り、カウチに腰を下ろす。隣に腰掛けた薪の顔は、完璧に整ったマスコミ仕様の笑顔ではなく、心を許した一握りのひとにだけ向けられる特別な笑顔だ。相も変わらず、妬ましくなるくらいかわいい。
 時を置かず、曽我が室長室へ紅茶を持って入ってくる。香りでわかる、F&Mのダージリン。この頃すっかり第九とは疎遠になってしまっていたのに、まだ雪子の好みの銘柄の紅茶を置いてくれている、その事実に胸が暖かくなる。一番若手の青木にではなく、曽我に紅茶を運ばせたのだって薪の指示だろう。薪は自分に気を使っている。

 薪は昔からそうだった。
 表向きは暴君ともいえるくらい我儘で自分勝手なのに、裏では色々と気を使って手を回して。心から大切に思う人々を守るための努力は、決して怠らない。薪がどんなに彼らを愛しているか、雪子は知っている。
 それなのに、薪が一番大切に思っている肝心要の男は、つまらない嫉妬心にいつまでも囚われて。あんまりふざけたことを言うから頭に来て、昨夜はキツクお灸を据えてやった。あれで眼を醒ましてくれると良いのだが。

「それで、雪子さん。僕に頼みって?」
「あ、うん。その……」
 薪に訊ねられて、雪子はここを訪れた本来の目的を思い出す。
 思い出して、柄にもなく緊張している自分を自覚し、気持ちを静めるために曽我が淹れてくれた紅茶を飲み干した。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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