クッキング(5)

クッキング(5)




 長年の友人である女性の口元を、薪は訝しげに見つめていた。
 質問が聞こえなかったのかと思うほど、雪子の取った間は長かった。紅茶を飲み干し、更には空になったカップを弄り回している。

「雪子さん?」
 再度、薪が声を掛けると、雪子はカップとソーサーをカシャンと触れ合わせ、その音にびっくりしたように短い髪を揺らした。赤いルージュを塗った唇が開く。

「お、お弁当が必要なの」
「お弁当?」
「日曜日に、友だちと遊園地に行くことになって、お弁当を持っていく約束をしちゃったの。で、薪くんに」
 なるほど、そういうことか。
 雪子は図々しく見えて、本当は気遣いのできる女性だ。必要に迫られて止む無く薪の手を借りたいと思っても、薪の忙しさは承知しているだけに言い出しづらかったのだろう。

「いいですよ。朝の何時までに、何人分用意しましょうか?」
「あ、そうじゃなくて、その」
 再び言葉を途切れさせる彼女の様子を、薪は不思議に思う。
 慎重な問題ならともかく、気風の良い姐御肌の彼女との日常会話が、こんなに詰まったことはない。いつも打てば響くようなのに。今日はどうしたことだろう。

「つ、作り方を教えて欲しいの。自分で作りたいから」
「えっ!?」

 作る? 雪子が、弁当を作る!?
 いや、そこまではいい。しかし、彼女が弁当を作るということは、日曜日に会う友人とやらは、それを食べさせられるわけだ。
 雪子の料理と言ったら、その破壊力は凄まじい。昔、鈴木に手料理を食べさせてやりたいという彼女に協力して、一緒に料理をしたときのことを思い出して、薪は身震いした。
 一口味見をしただけで、気絶しそうになった。何故限られた材料しか鍋に入っていないのにこんな味になるのか、見当もつかなかった。鍋の中で、なにかとてつもない化学反応が起こって、この世のものではない物質に変化している――――― そう確信した薪は、雪子のスキを見て足元の醤油瓶に躓いたふりで、危険物をディスポイザーに投入することに成功した。我ながらいい仕事だったと思う。

「えっと、雪子さんの得意料理の鍋と刺身は、どっちもお弁当には不向きでして。プチトマトとかブロッコリーとか、サラダ的なもので何とか」
 雪子のプライドを傷つけないように、薪は慎重に言葉を選んだ。しかし雪子は、薪のアドバイスを受け入れてくれる気はないようだった。
「和風のお弁当がいいかなって。魚の照り焼きとか、煮物とか、炊き込みご飯とか」
「えっ! 調味料が必要なものを作るんですか!?」
 死人がでる!!

「分量は2人分。法一の友だちと一緒だから」
 家族連れで賑わう日曜日の遊園地、そこに響き渡る救急車のサイレン。担架で運ばれる雪子の友人と、それに取り縋る雪子の姿が眼に浮かんだ。
 ……雪子に殺人の容疑がかかったらどうしよう。僕は彼女の無罪を証明できるだろうか。料理が一部でも残っていたらアウトだ、決定的な物証になる。

 頭の中に繰り返される光景と、どこからともなく聞こえてくる般若心経に眩暈を覚えながら、薪は必死に考えた。
 弁当箱にバイオハザードのシールを貼っても、この被害は防げないだろう。ここは自分が一緒にいて、悪魔の化学変化を防がなければ。

「作り方を教えてくれればいいの。ネットで料理本も読んだんだけど、よくわからなくて」
 医学書よりも料理本は難しいと、首を捻っていた昔の彼女を思い出して、薪は懐かしい思いに囚われた。と同時に、ある疑問が首をもたげる。
 女性が突然料理を作りたがるというのは、ある種の疑いを生じさせる。つまり、彼女はその料理を誰に食べて欲しいのか。その誰かというのは、特別な相手ではないのか?

「料理は実践あるのみですよ。よろしかったら、僕が直接お手伝いに伺います。日曜日は早いんですか?」
「10時に待ち合わせだから、9時には家を出ないと」
「じゃあ、朝の7時に雪子さんのところへ伺いますね。材料は、用意しておいてもらえますか?」
「うん。よろしくね」
 肩の荷が下りたというように頬を緩め、雪子は礼を言って室長室を出て行った。

 彼女を見送って、薪は執務机に頬杖をつき、しばし考えを巡らせる。
 雪子は、法一の同僚と一緒に遊園地に行くと言っていた。彼女が自分の手料理を食べさせたいと思う人間が、法一の中にいるということだろうか。
 もしもそうだったら。

 雪子には幸せになってもらいたい。が、薪はそれを彼女に伝えることはしない。その資格が、自分にはないことが分かっているからだ。
 彼女の婚約者を殺し、彼女の幸せのすべてを奪い、彼女の青木に対する気持ちを知りながら青木のことを受け入れた。青木とは充実した時を過ごしているけれど、ずっと罪悪感はある。僕たちがこうしていることで、きっと雪子さんは泣いている。
 昨夜だって、本当は辛かったのかもしれない。初めて会った雪子の友人の強烈なキャラクターに当てられて、ついつい当て付けるようなことをしてしまって。酒の席のこととはいえ、傷つけてしまったかもしれないと後で気付いた。

 そんな彼女にもしも、青木以外の思い人ができたなら。彼が雪子を愛しく思い、彼女を幸せにしてくれたなら。どんなにかうれしいことだろう。

 心の底で安堵している自分に気付いて、薪は羞恥に頬を染める。
 純粋に彼女の幸せを願うのではなく、自分の都合のいいように運べばいいと、恥知らずにも僕は思っている。万が一にも彼を奪られたくないと、そう思っている。

「ごめんなさい、雪子さん」
 眼を閉じて口中で呟き、薪はひっそりと誰にも届かない謝罪を繰り返した。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Yさまへ

Yさま、こんにちは(^^
コメントありがとうございます。


>薪さんがひど、もとい可愛すぎて。。。
>我ながらいい仕事だったとか、調味料が必要なものをつくるんですか?死人がでる!!って(笑)
>雪子さんの料理の腕ってどんだけなんでしょう。

ウケてもらえました? うれしいです~。
てか、薪さんヒドイよ!
「死人がでる」はないですよね~、毒薬作ってるんじゃないんだから(^^;
雪子さんが薪さんの本心を知ったら、得意の一本背負いを決められちゃいますね(笑)


>この二人の関係は本当に素敵ですね。
>お互いが親友、家族のように思いあってて尊敬をもって接しているんですもの。こりゃ青木が太刀打ちできないわけですね。

大学の頃からの付き合いという設定なので、20年近くなりますか。
付き合いが長いこともありますが、うちの薪さんは雪子さんにアタマが上がりませんから★
鈴木さんと親友でいられたのも、青木くんと恋人同士でいられるのも、みーんな雪子さんのおかげだし・・・・・おかしなあおまき小説だなあ(笑)


>原作の天涯孤独な薪さんにもこんな人がいれば。。。(泣)

本当に・・・・・・

うちの薪さんは決して孤独ではないです。 血縁者はいませんけど、仲間がいますから(^^
うちも天涯孤独は同じなんですけどね。 両親は小さい頃に交通事故で亡くなってて、養父母である叔母夫婦は外国にいるという設定なので。

だけど、原作薪さんの場合は、自分から仲間を遠ざけていると言うか。 
自分と深く関わることで、相手に危険が及ぶと思っているのでしょうか。 遠ざかることで仲間を守っているつもりなのだとは思いますが、何とも切ないです(TT)

・・・・・・そんなんで全国展開して大丈夫なのか第九、ってカンジもしますけど。
室長全員にSPつけなきゃ(笑)


>しかし薪さん、しっかり恋のキューピッドしてますねえ。続き楽しみにしてまーす。

この事実を知ったときの薪さんの顔が見ものですね♪
じたんだ踏んで口惜しがることでしょう☆★☆

ありがとうございました(^^

Aさまへ

Aさま、いらっしゃいませ~!


>こちらのお話は素敵な関係の二人ですね。
>きっと原作の薪さんは、理性の部分では雪子さんとこんな感じの関係が「理想」だと本当は解っているし、そうなるように本人達は一応努力している筈なのに、つい感情の部分で時折衝突しちゃうんでしょうね。

そうですよね、誰だって好き好んで傷つけあうことしかできない関係なんか作りたくないですよね。
だけど、ふたりの間には絶対に越えられない谷があって・・・・・8巻の『一期一会』のエレベーターの中の情景は、何度見ても辛いです・・・・・・。


>原作では今のところ葛藤があって微妙な関係の薪さんと雪子さんですが、しづ様ワールドの二人は信頼という絆があるせいか、雪子さんの姉御っぽさがより際立ち、コミカルでおかしくて、楽しく拝見しております。

正直、あれだけの過去があったら、こんな信頼関係は築けないだろうな、とは思うんですけど~、
でもでも、原作でできないことをするのが二次創作ですから! 敢えて、その無理を通しちゃいました☆

雪子さんは姐御肌、これは間違いないですよね。
青木さんの前では当然、薪さんの前でもお姉さんっぽく振舞っているような気がします。 弟さんもいるそうだし、根っからの長女気質なんじゃないでしょうか。
うちの雪子さんは、それに加えてお祭り大好きデス☆
悪ふざけが過ぎるという欠点がありますが、そこはご容赦ください(^^;


>いっそ原作の雪子さんにも、青木以外の素敵な男性が現れたらよいのですが…o(^-^)o。

ねーーーーっ!!!
いいですよねーーー!!!
だって、そうすれば薪さんの気持ちも楽になるだろうし、素直におめでとうって言えると思う、だけど婚約までしちゃった今になって出てきても困るだろうし・・・・・・(ぐるぐる)

難しいですね(^^;


ありがとうございました。

きゃっほーい

しづさん、こんにちは。

い~い感じですねえ。

私としては、「2」の終わりの台詞で竹内は雪子さんに惚れたと自覚したのではないかと思っていますが、どうでしょう、ふっふっふ。
実にさりげなく雪子さんをからかって、無理矢理予定をつけるあたりが、「さすが、光源氏」ですね。

雪子さんも、「まだ惚れたわけじゃないけど、売り言葉を買っちゃったから」と言い訳しながらお弁当をなんとかしたいと思う乙女心が可愛いです(^^)


>死人がでる!!
それにしても、薪さんにそこまでダメ押しされる雪子さんて・・・(@@ いや、他人に食べさせるものは作れないと自覚してるからいいか。

はっ。
この間、結婚式してましたけど、どこで料理がダメなのがバレたのか、気になります。 竹内がご飯をつくってるんですか? それとも、この夫婦は忙しいので外食主体ですか? 竹内はまだ生きてますかーーー!? 

イプさまへ

『きゃほーい』って(笑) イプさまがハジケテル(笑笑)


改めまして、イプさま、こんにちは!

ノーマルカップリングがお好きなイプさまに、いい感じ、と仰っていただけて光栄です(^^
自分で書いてて思ったんですけど、このふたりの恋愛はなんかリアルで・・・・・・あおまきさんの方はドラマティックな展開がポンポン浮かぶんですけど、(けっこう激しい感情のやり取りとかあった気がする)
こっちは全然・・・・・地味な話になりそうです。


> 私としては、「2」の終わりの台詞で竹内は雪子さんに惚れたと自覚したのではないかと思っていますが、どうでしょう、ふっふっふ。

うふふ~、雪子さんはすでに竹内に惚れているのに、自覚が無い、あるいは認めない段階でいたということですね。
その通りです~。 てれてれ。


> 実にさりげなく雪子さんをからかって、無理矢理予定をつけるあたりが、「さすが、光源氏」ですね。

巧みな話術で相手を自分のペースに引き込むのは、スケコマシの面目躍如というところですねっ。
肝心要の相手には効きませんけど。 薪さん、オトコだから(笑)


> 雪子さんも、「まだ惚れたわけじゃないけど、売り言葉を買っちゃったから」と言い訳しながらお弁当をなんとかしたいと思う乙女心が可愛いです(^^)

そうなんですよ! ここはオトメゴコロなんですよ!
その辺で出来合いのものを買ってきて詰めていくことだってできるのに、自分で作ろう、なんて思うあたりが。女の子として認めてもらいたい、という心理が働いているのかもしれませんね(^^


> >死人がでる!!
> それにしても、薪さんにそこまでダメ押しされる雪子さんて・・・(@@ いや、他人に食べさせるものは作れないと自覚してるからいいか。

薪さん、ひどいよ! と、書いてるわたしも突っ込みました(笑)
今回イチオシのギャグでございました♪


> はっ。
> この間、結婚式してましたけど、どこで料理がダメなのがバレたのか、気になります。 竹内がご飯をつくってるんですか? それとも、この夫婦は忙しいので外食主体ですか? 竹内はまだ生きてますかーーー!?

あ、これはですね、
婚約した時点で、竹内のお母さんが来ることになって、雪子さんの手料理を振舞うという話が持ち上がって、そこでバレるんです。
結局、また薪さんに助けてもらうんですけど。

料理は竹内もそこそこ作れますが、段々に雪子さんも作れるようになるんじゃないかなって。 料理は習うより慣れろって言うし・・・・・・・無理かしら(^^;

竹内はまだ生きてますかーー!? って、さり気にヒドイんですけど、イプさま! げらげら☆ 
生きてますよっ。
最終章をお楽しみに~(^^


ありがとうございました。

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Yさまへ

Yさま、こんにちは。
お返事遅くなってすみません~。


> イプ様あてのコメントを見ていてずっとお願いしたかったのですが、薪さんがあのお弁当を作っていたのがばれるエピソードが読みたいです!

よ、読みたいですか?
あー、頭の中にはあるんですけど、書こうとは思ってなくて~、(だから平気で内容をばらしてた)
でも、
 
> そして、竹内母のためにプロ顔負けの料理を華麗に作る薪さん。。。

は、素敵かも。
竹内のお母さんが、雪子さんより薪さんを気に入っちゃったらどうしましょう(笑)


> 今回のお話で光の君がけっこうひどい人だと分かってしまいましたが、

あははは!
そうなんですよ、けっこうヒドイ人なんですよ(^^;
わたしのキャラって、欠陥人間ばっかです。


> 薪さんで一度くらい良い思いをさせてあげたいのです。。。武士の情け(?)

ダメです(笑)
報われないから竹内なんです。 報われちゃったら竹内じゃないです(笑笑)



> では最終章まで楽しみにしています。
> モチってなんでしょうねえ?

ありがとうございます。
モチはヤキモチでした。
・・・・・・オヤジギャグ?


> 追伸:以前携帯から見ていることでご心配いただいていましたが、私の携帯はYahooが変換してくれるので、アヤシイ画像なく見れています^^
> 携帯の機種によって違うんでしょうが、その代わりに拍手が送れないのが難点ですが。。。


へえ、携帯にもいろいろあるんですね。
うちのオットのはドコモなんですけど、モロ出ちゃいますよ(^^;
ヘンなブックマーク付けるな、って怒られました★

拍手のことも気遣っていただいてありがとうございます。
Yさまはこうしてコメントいただけるので、読んでいただいてることが分かってますから(^^

ありがとうございました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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