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クッキング(9)

クッキング(9)





 第九にその噂が伝わってきたのは、桜の花が咲き誇る4月半ばのことだった。

「三好先生がプロポーズされた!? うっわ、勇気あるなあ、相手の男」
「無謀と言うよりは命知らずだな」
「いや、強度のマゾヒストかもしれな……はっ」
 言いたい放題の第九職員たちに降りかかる、絶対零度の雪嵐。外には桜が咲いているというのに、モニタールームは一気に季節が巻き戻されたかのようだ。

「小池、曽我、宇野。データのバックアップ、明日までに更新しておけ」
 いきなりの残業命令に、3人は一様に顔を歪める。薪にしてみれば大切な友人を侮辱されたのが気に障ったのだろうが、公私混同によるパワハラなんて。どうしてうちの室長はこんなに狭量なのかと泣きたくなるが、薪の雪子びいきは今に始まったことではない。これは自分たちの迂闊さが招いたことだと肩を竦めて、仮眠の順番を決めるためのじゃんけんを始める3人を尻目に、薪はしたり顔で室長室へ入った。

「バカだな、おまえら。室長の前で三好先生の悪口はNGだろ」
「冗談のつもりだったんですけど」
「室長はともかく、青木の前では言うなよ? 色々と複雑な心境だろうから」
「ああ。相手の男は法一の同僚だって話ですよね。部屋は別々みたいですけど、同じ職種ってことで話も合うだろうし、年も上だとか」
「青木は一回りも年下だからなあ。頼りがいっていう点では、不利だろうな」
「将来性と腕力は負けてないぞ。それに、身長は絶対に負けない」
「そうだな、身長だけは完全に青木の勝ちだろうな」
「オレの男としての魅力って、要約すると身長だけになるんですか?」
「おまえ、それ言っちゃお終いだろ、って青木!」
 いつの間にか話の輪に入っていた後輩の姿に、一斉に職員たちが引く。副室長にコピーを頼まれた書類を片手に、青木は不思議そうに訊いた。

「オレが誰に負けてないんですか?」
 どうやら噂を聞いていないらしい青木の翳りのない質問に、友情に篤い仲間たちが心からのエールを贈る。
「いやいやいや、青木。自信を持っていいぞ、おまえにもいいところは沢山あるから」
「そうそう、気は優しくて力持ち。科警研のウドの大木といったらおまえの、ゴホゴホッ」
「曽我の言うことなんか気にするな。おまえのいいところは優しくて、傷ついたひとを放っておけない情の篤さだ。それを行動に移す勇気もある。まあ、大抵は暴走しすぎて薪さんを怒らせ、ゲホゲホッ」
「おまえら、青木が可哀相じゃないか」

 正直すぎるのか褒め言葉が苦手なのか、次々と言葉の暴力を振るう仲間たちを咎めて、年長者の今井が彼らの長舌を遮る。ぽん、と青木の肩に手を置き、
「気にするな、青木。大丈夫、俺たちはみんなおまえの味方だからな。室長を除いて」
「ちょっと待ってください、なんで室長だけ?」
「そりゃあおまえ。薪さんは三好先生の幸せを一番に考えるから……あれ?」
「ひっでー」
「ひどいっすよ、今井さん」
「毒舌には自信ありましたけど、そこまで鬼にはなれないです、俺」

 彼らの会話が今ひとつ見えない青木は、雪子の名前が出た時点で書類のコピーに立つ振りをしてその場を離れた。
 第九の先輩たちが、自分と雪子の仲を誤解しているのは知っている。しかし、本当の恋人が誰なのか隠さなければいけない立場の青木は、その誤解を敢えて解かずにいた。
 今現在、雪子に関する噂といえば、きっとあれだ。それは署内の其処此処で囁かれていて、青木の耳にも届いている。青木には、喜びこそすれ反対する理由はない。雪子さえ幸せになってくれればそれでいい。青木の幸せは他にあるからだ。

 自分の幸せの存在を確かめたくなって、青木は用もないのに室長室へ赴く。先刻持っていったコーヒーが空になっている頃だろうから、カップを下げに来たとでも言い訳しておくか、などとかなり苦しい理由をつけて、青木は扉をノックした。
「失礼します。……薪さん、何をしてらっしゃるんですか?」
 ドアを開けて、青木は思わず立ち竦む。数え切れないほどの紙片を床に並べ、それを屈んで見下ろしている薪の姿がそこにあったからだ。

「こうすると、いっぺんに6枚ずつ読めるんだ。おまえも急ぎのときは試してみろ」
 いや、それはきっと薪さんにしかできない妖術だと思います。百目小僧の本領発揮ってやつですよね?
「何をそんなに熱心に」
 床に並べられた紙に打ち出されているのは、ある職員の個人情報だった。

 在籍部署、法医第一研究室第3班、通称「風間班」。そこのリーダーの男性の履歴書だ。
 入庁からの経歴、賞罰、習得資格。そこまでは室長のIDで引き出せるデータだが、次に並んでいるのは小学校からの経歴と成績、資格試験の合否の回数。同僚の評判に上層部の評価、ってそれは機密事項のはずだが。
 一番右側の書類に添付されている写真に、見るからに穏やかそうな紳士が写っている。きちんと整えた短髪に銀縁の眼鏡、秀でた額が学者然とした雰囲気を漂わせている。優秀な医師、もしくは大学教授といった印象を受ける好男子だ。

「このひと、もしかして三好先生の」
「ああ。弁当が効いたみたいだな」
「は? お弁当がどうかしましたか?」
 青木の質問はスルーして、薪は異様な速度で書類を読む。本当に集中しているときは、薪は周囲の音も聞こえなくなる。特に都合の悪いことは完全に聞こえない、但し自分の悪口だけは聞こえる。実に便利な耳をしている。

 薪が書類から眼を離すのを確認して、青木は恐る恐る訊いてみた。
「薪さん。まさかハッキングしたんじゃ」
「僕がそんなリスクの高いことをすると思うか。間宮に頼んで送ってもらったんだ」
「えっ、間宮部長にですか? よく情報を流してくれましたね」
「頼んだときに、ケツ触られたけどな」
 ハイリスク! それ、めちゃくちゃハイリスクですからっ!!
「そんなことはどうでもいい。彼は雪子さんの夫になるかもしれないんだぞ。しっかり見定めないと」
 普段、あれだけ間宮からのセクハラを嫌がっているくせに、雪子が絡むと『そんなこと』になるのか。

 間宮の情報は流石で、彼の私生活から嗜好から、高校時代に付き合っていた同級生の名前まで記載されていた。一体間宮は、何処からこういう情報を仕入れてくるのだろう。
「人格OK、将来性もある。女性関係もきれいなものだ。ちょっと気になるのは、潔癖症のきらいがあるというところだな。雪子さん、掃除が苦手だからな。結婚した後でうるさく言われたら可哀相だ。事前に誓約書を入れさせないと」
「ちょっと待ってください。三好先生がプロポーズされたって噂はオレも聞きましたけど、まだそれを受けると決まったわけじゃ」
「なにを呑気なことを。雪子さんにプロポーズする資格があるのは、最高ランクの男だけだ。少なくとも僕が認めた男でなければ、彼女と付き合うことも許さん」
 薪の勝手な理屈に、青木は呆れ果てる。自分には雪子の恋愛を制約する権利があると、彼は本気で思っているのだろうか。

「結婚となると、相手の母親のことは重要だな。その辺、もうちょっと探ってくるか」
 床の資料を片付けてシュレッダーにかけておくよう青木に言いつけて、薪は研究室を出て行った。間宮のところへ行くのだろうか、それはやめて欲しいと言いたかったが、薪が青木の言うことなど聞き入れてくれるはずもなく。余計な怒りを買うだけだと分かっていて、でもやっぱり納得できない。
 薪が雪子のことを大切に思っているのは知っているが、これが青木のことだったら、ここまで熱心になってくれたかどうか。薪は青木に見合いを勧めたこともある。薪は自分の恋人なのに、彼の言動から自分への愛情を感じ取るのは砂漠に落とした一本の針を見つけるよりも難しい。

 難しいけれど。
 現在、青木はその困難を励行中だ。2ヶ月ほど前、雪子に気付かせてもらった年上の恋人の奥ゆかしい健気さ。それを青木は確かに見たのだ。

 床に散らばった紙片を集め、マグカップを持って室長室を出る。カップを給湯室に置いてからシュレッダーに問題の紙片をセットし、自分の持ち場に戻ろうとして、青木は足を止めた。モニタールームの自動ドアから、捜査一課のエースが入ってくるのが見えたからだ。
「竹内さん」
 声をかけて歩み寄る。青木は竹内とは友人に近い付き合いをしている。何度か一緒に飲んだこともあるし、洋服を見立ててもらったこともある。

「こんにちは。捜査依頼ですか?」
「いや、そうじゃないんだ。実はその」
 珍しく歯切れの悪い竹内を不思議に思いながら、青木は彼が会いに来たであろう人物が何処にいるか教える。
「岡部さんなら、第四モニタールームで特捜に掛かってます。呼んで来ましょうか」
「いや、岡部さんじゃなくて、えっと」
「じゃあ、室長ですか? すぐに戻られると思いますので、どうぞお待ちになってください」
 少しだけ疼く心を隠して、青木は竹内に応接コーナーのソファを勧めた。竹内が薪に好意を抱いていることは知っている。感情では「今日はもう戻りません」と言いたいところだが、青木の理性はそこまで脆弱ではない。
 しかし、竹内のお目当ての人物は、青木の予想とは全くの別人だった。

「違うんだ。おまえに訊きたい事があって」
「オレに?」
 捜査に関することなら、竹内の実力から言って青木に示唆を求めることなどない。残るはプライベイトだが、忙しい竹内がわざわざ第九まで足を運んで直接話をしたがるとなると、飲み会や合コンの相談ではなさそうだ。
 竹内は青木の腕を掴んでモニタールームの外に出ると、さらに廊下の隅まで青木を引っ張って行き、声を潜めて切り出した。

「おまえ、三好先生と仲いいだろ。彼女、プロポーズされたって本当か?」
「ええ、本当みたいですけど。なんで竹内さんが三好先生のことを気にしてるんですか?」
「いや、気にしてるわけじゃないんだ。ちょっと小耳に挟んだもんだから」
 竹内は青木の疑問を似つかわしくない慌しさで否定して、しかし直ぐに更なる質問を繰り出してきた。よっぽど気になるらしい。

「で、相手は? どんなやつか知ってるか」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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パパ

このお話の薪さんて、まるで娘を嫁に出すのを渋っている過保護なお父さんみたいで、面白いです。こんな厳しい保護者がいたら、竹内は結婚しても雪子さんをおろそかにできませんねっo(^-^)o。

あずきさんへ

あずきさん、こんにちは(^^
ぐんと寒くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか?


> このお話の薪さんて、まるで娘を嫁に出すのを渋っている過保護なお父さんみたいで、面白いです。

とうとうパパになったか(笑)
そうですね~、弟と言うよりは、お父さんですよね。
娘は渡さん!!みたいな(^^;


>こんな厳しい保護者がいたら、竹内は結婚しても雪子さんをおろそかにできませんねっo(^-^)o。

当たり前です。
ちょっとでも泣かせたりしたら、殴りこみに行きますよっ! 浮気なんてもっての他!!
でも、仲良くしてても妬くんですよね。
どうしろっての(--;

困ったパパで・・・・・すみません★
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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