クッキング(12)

クッキング(12)





『先生。夕飯一緒にどうですか?』
「あたし今日は胃袋がラーメンだけど、それでいい?」
 わかりました、と苦笑する声が聞こえて、電話が切れた。雪子は上機嫌で白衣を脱ぎ、仕事場を出る。春とはいえ、夜は冷える。温かい麺類が恋しいのだ。

 研究所の正門に出ると、既に電話の主は来ていて、彼がここから電話をしてきたことを知る。平日の呼び出しは久しぶりだが、何か聞いて欲しいことでもあるのだろう。竹内が話すことと言ったら、どうせ引っ掛けた女のことだろうが。
 そう思って、カウンター式のラーメン屋ではなく中華飯店のテーブル席にしたのだが、その夜に限って竹内は妙に静かだった。食事の前も後も、ロクな会話もなく、頬杖をついて雪子が食べる様子を見ていた。
 以前も「自分の周りにはこんなに良く食べる女性はいないから珍しい」と言っていたが、そんなに面白いのだろうか。自分が食べているところを自分で見たことはないが、そう変わった食べ方はしていないと思うが。

 食事を終えて、店を出る。歩道には多くの人々が楽しげに語らいながら歩いている。ふたりもまた夜の街を並んで歩く、それでも竹内は黙ったまま。話したがらない相手に口を開かせるのは雪子の流儀ではないが、さすがに沈黙が重くなってきた。
「ねえ。なんか話があったんじゃないの?」
 単に夕飯の相伴が欲しかっただけだったのだろうか。だったらラーメン専門店にしたのに。中華飯店と専門店では、味も値段も違う。専門店なら値段も安いし、トッピングとか脂の量とか、色々注文も付けられるし、替え玉だって、などと食べた後まで意地汚いことを考えていた雪子の耳に、竹内の歯切れの悪い声が届いた。

「なんで急に髪型変えたんですか」
「え? 特に理由もないけど。ヘン?」
「いえ、お似合いですけど。もしかして、誰か見せたいひとが」
「誠?」
 一旦通り過ぎた女性が立ち止まり、こちらを向かずに彼の名前を呼んだ。雪子が立ち止まると、ちょうど振り向いた相手と眼が合った。

 職業、モデル。そんな字幕が現れそうな女性だった。華やかでセンスが良くて、当たり前のように目鼻立ちがいい。
 十中八九、竹内の元カノだ。
 
 竹内の昔の女性に会うのは初めてではない。あれだけ多くの女性と付き合っていれば、出先で偶然遭遇する事だってあって当然だ。しかし、これまでは竹内の方が先に気付いて、彼女たちの目を逃れるようにさりげなく立ち位置を変えるとか、手荷物を顔の近くに持ってくるとか、非常手段としては雪子の後ろに隠れるとかして、彼女たちと顔を合わせないよう気遣ってきたのだが。夜ということもあって、今日はニアミスを許してしまったらしい。

「久しぶり。元気だった?」
「ああ。君も、元気そうで」
「そちらは? 新しい彼女?」
 否定しようと雪子が口を開ける前に、竹内がさっと彼女のほうへ歩み寄った。雪子の前に立ちふさがる形で、たぶん彼女の顔を見られたくないのだと思ったから、雪子は口を噤んで2,3歩下がった。

「うん。君は?」
「いいわね。あたしはまだ独りよ」
「どうして。蓉子ほどの女なら、引く手あまただろ?」
「誠以上の男なんか、そうそう見つかるもんじゃないわ」
「よく言うよ。君が俺を振ったくせに」
「振ってあげたのよ。あなたが別れたがってるの、解ったから」
 数歩離れた場所で、二人の会話を聞くともなく聞いている。彼女と話している竹内の瞳も声もやさしく甘く、雪子がついぞ見たこともなければ聞いたこともない、それは雪子が知らないもうひとりの彼。
 女性に対しては、彼はきっといつもこんなふうに接するのだ。心地よい言葉と涼やかな眼差しで、相手を夢心地にさせる。男友達の自分とはエライ違いだ。

 それからほんの僅かな時間、竹内と元彼女とは穏やかに話して穏やかに別れた。いい付き合い方と、きれいな別れ方をしていたのだろう。さすが捜一の光源氏。
「いいわけ? 彼女、絶対に誤解したわよ?」
「誤解? ああ、すみませんでした。つい」
『つい、先生の性別忘れちゃって。しまった、彼女に男に走ったと思われたかな』
 雪子はそんな軽口を期待して、でも竹内は何も言わなかった。つい、の後に続くセリフは、その後も彼の口から零れることはなかった。彼の唇が形作ったのは、人間が言い難いことを言うとき特有の、曖昧な空隙だった。

「あの……噂を聞いたんですけど。先生、同じ課の」
「あっ!! 竹内、アレは何っ!?」

 竹内の焦げ茶色の髪の向こうに、雪子は知り合いの姿を見つけて、彼の注意を別方向に向けるべくわざとらしく声を上げた。
 薪と青木だ。仕事帰りのようだったが、どこかに用事でもあるのか、研究所から直接駅へ向かわなかったらしい。

 食事の後、すぐに職場に変えるつもりだったから科警研の近くの店を選んだのだが、失敗した。青木はいいとしても、竹内と一緒にいるのを薪に見られたら、どんな騒ぎになるか。
 冷静なのは見た目だけ、薪はけっこうケンカっぱやい。『雪子さんを毒牙に掛ける気か!』などと見当違いの言い掛かりをつけるや否や、問答無用で飛び蹴りがきそうだ。そんなことになったら、捜一VS第九の全面戦争が勃発してしまう。

「アレって……あ、焼き芋屋じゃないですか? 珍しいですね、もう春なのに」
「そうよ、今シーズン最後の焼き芋屋よっ! 逃せないわ、行くわよ!」
「って、いまラーメン食ったばっかり、ちょっと先生!」
 反対車線の路肩をトロトロと走る軽トラック目掛けて、雪子は近くの歩道橋を駆け上がった。後ろから竹内が付いてくるのを確認して、胸を撫で下ろす。

 階段を駆け下りて、歩道をダッシュする。「おじさん、ちょっと待って!」と声を上げて、トラックを止める。
 何本買おうか思案していると、竹内が横から出てきて、大きい方の袋をひとつ、と言って札入れを出した。
「どうせ今からまた仕事なんでしょう?」
「ご明察」
 袋の中から一本取って、半分に割って雪子は嬉しそうに笑う。ヤキイモは雪子の大好物。満漢全席を食べた後でもこれなら食べられる。お義理で竹内に差し出すと、袋を片手に抱え直し、いただきます、と礼儀正しく断ってから受け取った。

 トラックの陰から向かいの歩道に視線を走らせ、問題の二人が歩き去っていくのを確かめる。彼らの様子を見て、無駄な労力を使ったかもしれない、と雪子は思った。
 なにやら楽しげに喋りながら、ちらちらと互いに視線を交し合って、その視線が長く絡み合うことはないけれど、それでもあれだけ頻繁に目を合わせていれば、周囲の人間の顔なんかロクに見ていないに違いない。
 人前では常に距離を置いている彼らだが、こうして知り合いがいないところでは、言葉以外の温かいものを通わせあっている。数ヶ月前、青木が『薪さんの気持ちが分からない』などと寝ぼけたことを言ってきたが、どうやらお灸が効いたようだ。

 あのふたり、わりと仲良くやってるじゃない、心配して損したわ、と雪子は自分の杞憂に憤慨し、でもその表情は明るく。大切な友人たちの幸せを心から望む彼女の瞳は、やさしい光に満ちている。

「俺、女の人とヤキイモ屋の追っかけやったの初めてです。ほんっと、先生って……ククククッ」
 突然噴き出すように笑われて、雪子は一緒にいる男の方に顔を向ける。竹内の身長は雪子より2,3センチ上といったところ、昔のように見上げる必要はない。
 何がそんなにおかしいのか、竹内はしばらく笑い続けていたが、やがて笑いを収めて上空のおぼろ月を見上げ、大きな独り言を言った。

「あー、やっとわかりました。すっきりした」
「なにが?」
 黄金のスローフードをかじりながら雪子がモゴモゴと訊くと、竹内は空に視線を固定したままで、
「俺が欲しかったのはイモじゃなくて、モチだったみたいです」

「えっ。あんたの田舎には、石焼モチってのがあるの? おいしいの、それ」
 食べたことはないが、どんな食べ物かは想像がつく。焼いた石を使って調理するのだろう。石焼だと遠赤外線効果で中身はふっくらやわらかく、外はこんがりと仕上がるから、味には期待できそうだ。
「ええ。そのうち先生にも、絶対に味わってもらいますから。それも大量に。覚悟しててくださいよ」

 竹内がいつもの無礼なお喋り男に戻ったのが嬉しくて、雪子は心が軽くなる。腰に手を当てて肩をそびやかせ、横目で彼を見下すように軽口を返した。
「ふん、あたしの胃袋舐めんじゃないわよ。鏡餅サイズで持ってきなさいよ」
「あははっ、さすが先生。頼もしいですね」
 当然、と豪語して雪子は大きく口を開け、ヤキイモを頬張った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ


Cさま、こんにちは~。
コメントありがとうございます~。


>自ら『石焼持ち』まで言っておいてなぜ気がつかない,雪子!!

何故でしょう(笑)
恋愛指数の低い人って、こういうところがダメなんですね★
まあ、あの竹内の言動からラブを感じ取れって言うのも難しいかも知れませんけどね(^^;


>青木と薪さんの仲睦まじい所をみておいて,竹内の胸中はどうだったんでしょうか、、。もう,雪子さんの事ばかりなのかしら、、。

あ、これは、
竹内は二人に気付いていません。
雪子さんに気を逸らされて、てか、自分のことでいっぱいいっぱい・・・・
指名手配犯が紛れ込んでいたらどうするんでしょう。 (←今頃気付く筆者)
刑事失格ですね、こいつ(^^;
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薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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