クッキング(15)

 最終章です。
 読んでくださって、ありがとうございました。(^^





クッキング(15)





「そうだったんですかあ。そんなことが」
 雪子のマンションのリビングで、昔話を聞き終えた菅井が、感無量といったため息を吐いた。まではよかったが、その後がよろしくない。
「ほんっと竹内さん、気が狂ってたとしか思えませんね」
「そうね、この子ができたってことは、今も狂いっぱなしってことねっ!」
 新居へ訪ねて来て、『おふたりの馴れ初めを聞かせてください』と頼むから話してやったのに。なんて言い草だ。

「先生、怒っちゃだめですよ。胎教に悪いです。もっと穏やかな心持ちでいないと、短気で意地悪な子が生まれちゃいますよ」
「スガちゃんが黙っててくれると、優しい子になると思うんだけど」
 いつもの小競り合いを楽しんでいると、夫が紅茶を淹れてきてくれた。本来なら妻である自分の役目なのだが、最近つわりが始まって、動くのが億劫なのだ。

「先生。その昔話、ちょっと脚色しすぎじゃないですか? それじゃあ俺、ただの我儘小僧じゃないですか」
「そう? 客観的に語ったつもりだけど」
「いくらなんでもひどいですよ。カッコ悪すぎ」
 あたしはそういうあんたの方が好きだけど、と心の中で呟いて、夫が淹れてくれた紅茶を飲む。雪子のお気に入りの銘柄の茶葉を、好みの濃さで出してある。香りも味も、満点だ。

「風間先生にとっても良かったんじゃないですか? だって、雪子先生と上手く行ってたら、今の奥さんとは結婚できなかったんですから」
 あれから1年もしないうちに、風間は10歳も年下の女性と結婚した。お見合いだったらしいが、夫婦仲はうまく行っているようだ。
 風間に結婚のお祝いを言ったとき、『先生のおかげですよ。自分に自信が持てました。彼にもよろしく伝えてください』と耳打ちされた。皮肉を言うようなひとではないから本心だとは思うが、意味が良く分からなかったので彼には伝えていない。

「風間先生、命拾いしましたね」
「だからどういう意味よっ」
「怒っちゃダメですってば。胎教が」
 この娘が自分の友人でいる限り、優しい子供は望めそうもない。

 キッチンからは、軽快な包丁の音が聞こえてくる。ジュウジュウという油の音も聞こえて、雪子は久しぶりに食事が楽しみになる。
 つわりが始まってからは食欲がなくて、本音を言うとかなり参っていた。こういうときには母親の作った手料理が食べたくなるものだが、雪子の実家は青森だし。そこで、雪子がこの世で一番美味しいと絶賛する友人の手料理を作ってもらおうと、夫が彼に頼んでくれたのだ。

「はい、雪子さん。お待ちどうさまでした」
 雑談も一区切りついたころ、幾皿もの料理を友人の一人が運んできた。雪子たちが座っているリビングのテーブルの上に皿を置き、さあどうぞ、と箸を並べる。
 
 エプロン持参、食料持参で雪子のマンションに来てくれた彼は、警察庁の上層部に籍を置く警視長。来年あたりは警視監に昇進するとの、もっぱらの噂だ。
 そんな大層な肩書きとは掛け離れたその容姿。さらさらした亜麻色の短髪と、きれいな顔立ち。細い手足に小柄な身体。チェックのエプロンがここまで似合う41歳の男って、染色体の異常じゃないかしら。加えて、この肌の透明度。この人、大学のときから年を取ってないんじゃないかしら、と雪子は監察医にあるまじき非科学的なことを考える。

「たくさん食べてくださいね」
 笑いかける彼の笑顔は、雪子向けの特別仕様。その笑顔を瞬時に消して、彼は雪子の夫に話しかける。
「竹内さん、飲み物を持ってきてもらえますか? 大丈夫です、雪子さんの隣には僕が座って給仕しま」
「みなさん、飲み物麦茶でいいですよね?」
 もう一人の友人が麦茶のポットとコップを持ってきて、テーブルの上に置いた。菅井が素早く取り皿と箸を分け、麦茶をコップに注いでそれぞれの席の前に置く。
「ちっ。余計なことを。青木、後でオボエテロよ」
「はいはい」

 仕方なく菅井の向かいに腰を下ろした薪は、面白くなさそうに麦茶を飲んだ。その隣に青木が座って、雪子たちと彼らが相対する形になる。
 卓の上には、寿司桶に入ったちらし寿司、秋刀魚の青紫蘇揚げに定番の鳥唐揚げ。付け合せのマッシュポテトは固めて花の飾り切りを施し、ダシで煮た人参は季節に合わせて紅葉の形に整えてある。筑前煮と生野菜、口直しのサーモンマリネ。生野菜には雪子の好きなマッシュかぼちゃとさらし玉ねぎのマヨネーズ和えが添えてあった。

「わあ、すごい、美味しそう。薪室長って、本当に何でもできるんですね」
 菅井が素直に賞賛する。この素直さの10分の1でもいいから、直属の上司に向けて欲しいものだ。
 お口に合うかどうか、などと儀礼的な謙遜を菅井に返して、薪は雪子の顔を見る。
「雪子さんがつわりだって言うから、お寿司にしてみたんですけど。どうですか? 食べられそうですか?」
「ええ。ありがとう、薪くん」
 温かいご飯は匂いが辛い。友人の気遣いに微笑んで、雪子は礼を言った。

「食べたいものを言ってください、僕が……あ」
 薪が行動に移る前に、夫が雪子の好みのものを小皿に取り分けてくれた。寝食を共にしている彼よりも雪子の好みを知っているものは、ここにはいない。

「ううう~~、竹内のやつ~~~! 僕が取ってあげたかったのに!」
「仕方ないでしょ、ご夫婦なんですから」
 青木が取り皿に薪の好きな生野菜を彩りよく盛り付けて、不平タラタラの彼の前に置く。それで薪の気持ちを宥めようという目論見らしいが、そんなもので落ち着くほど彼の恨みは浅くない。
「おまえはそれでいいのか。口惜しくないのか。それでも男か、プライドないのか。ここで引いたら一生負け犬のままだぞ」
「はいはい、帰ったらゆっくり聞きますから」
 小声でなにやら言っているが、聞こえない振りをしておいた方が無難だろう。

「うん、すっごく美味しいです。さすが室長ですね」
 好物の筑前煮を口に入れて目を細める竹内に、薪はぶすっとそっぽを向いたまま、
『おまえに作ったんじゃない』
 と声を出さずに口だけ動かした。竹内は、見てみない振り。薪のこういう行動には慣れている。

「それにしても、最初に知ったときは驚いたなあ。室長にこんな特技があったなんて、ぜんぜん知りませんでした。さっき菅井さんに話してた遊園地の弁当も、室長が作ったんですよね」
「くっ。こいつが食べると分かってたら、手伝わなかったのに……!」
 罪人が懺悔をするような、苦悩に満ちた薪の声を掻き消すように、菅井が明るい声を響かせる。

「それより、雪子先生が料理作れないって知ったときの方が驚いたんじゃないですか?」
「ええ。プロ級だって母親に自慢しちゃったもんだから、大変だったのなんのって。あのときも室長に助けてもらったんですよね」
「本当は僕は手伝いたくなかったんだ、これで結婚が白紙になるかもしれないと期待してたのに。雪子さんがあんまり一生懸命だったから。ていうか、この話ってなにか? 結果的に僕の料理がふたりをくっつけたとか言うオチじゃないだろうな? 認めない、僕は絶対に認めないぞ」
 小さな声で暗示を掛けるように繰り返して、薪は黄色いパプリカを口に運ぶ。カラフルなピーマンの爽やかな甘さを、彼は気に入っている。

「結局、薪さんの料理がふたりを、グホッ!!」
「言葉にするな! 本当になっちゃうじゃないか!!」
 薪が乱暴に青木の背中を叩いても、この場にいるものは誰も止めない。青木が余計なことを言って薪に怒られるのは、このふたりのパターンだ。菅井がズバズバと雪子に物を言うように、これがふたりのコミュニケーションなのだ。放っておくに限る。

「うん、このサーモンマリネ、美味しい」
「あ、それ、オレが作ったんです。けっこう腕上がったでしょ?」
「へえ。青木くん、すごいじゃない。あ、このお吸い物も美味しい」
「それは俺が作ったんですよ。先生の好物でしょ? はまぐりの吸い物」
「そうなの? 二人ともすごいわね」
「雪子さん、僕は? 他は全部僕が作ったんですよ、美味しいですか?」
「あー、はいはい、おいしーおいしー」
「なんか僕だけ投げやりじゃないですか……?」

 むうっと膨れて、腹いせに青木の膝を蹴る。なんでオレに当たるんですか、と青木が抗議するのに、うるさい、と一喝。その様子があまりにも可愛らしくて、全員で笑い出してしまった。
 あの当時、雪子も竹内も大人気ない自分たちを恥じたものだが、薪には全然敵わない。

 夫が作ってくれた吸い物を飲み、雪子はほっと息をつく。
 見回すと、自分の周りには楽しげに食事をする友人たちの姿。隣には愛する夫がいて、お腹の中には新しい生命が宿っている。

 雪子は密かに左手の手首に触れ、かつてこの世で一番大切だったひとのことを思い出す。それから腹に手を当てて、生まれてくる子供のことを思う。

 ――――― 出産を終えたら、整形外科に行ってみようか。

 そうしたら再来年の夏は、半袖の服を買わなくちゃ、と雪子は思った。


―了―


(2010.11)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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わーん、大団円^^

やっぱりここの雪子さん、最高に羨ましいっ!
薪さんもめっちゃ幸せそうだし。
ああ、しづさんのお話の中の雪子になりたい(笑)

とっても面白く楽しませて頂きました♪♪
そしてハッピーな気持ちに^^
しづさん、ありがとう~!

Cさまへ

Cさま、こんにちは~。

Cさまのセルフ突っ込み、大笑いしました。
でも、そうですよね、整形外科って言ったら整形手術がメジャーですよね(^^;
じゃあ、雪子さんはプチ整形ってことで・・・・・ほら、原作の彼女も見違えるようにきれいになってたし。 7巻から別人みたいですよね(--


>ハッピーエンドで本当に良かったです。

ええ、わたしだってね、こういう穏やかで幸せな話が書けるんですよ。
あおまきさん、もしくは、すずまきさんじゃなければ! (むしろそちらでハッピーエンドを書くべきでは?)


スピンオフに最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
Cさまの、またのお越しをお待ちしております(^^

めぐみさんへ

めぐみさん、こんにちは!
スピンオフにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!


> やっぱりここの雪子さん、最高に羨ましいっ!
> 薪さんもめっちゃ幸せそうだし。

『原作でできないことをするのが二次創作』がわたしのモットーです♪
それはすでに二次創作と言わないんじゃ、って、突っ込んじゃダメダメん(笑)


> ああ、しづさんのお話の中の雪子になりたい(笑)

えええ~!
うちの雪子さん、スガちゃんと竹内の言葉の暴力に日夜晒されているみたいですけど、
それでもいいですか?(爆)


> とっても面白く楽しませて頂きました♪♪
> そしてハッピーな気持ちに^^
> しづさん、ありがとう~!

わーん、うれしいです!!
ですよね、お話ってこうあるべきですよね! 楽しんでハッピーになれる、それが一番だと思います!
・・・・・・・・・ごめんなさい、なんか急に地べたに頭をこすり付けて謝りたくなってきました。 現在書いてるお話がちょっと・・・・・・うう、滝沢さんが悪いんだ・・・・・(責任転嫁は十八番)

こちらこそ、ありがとうございました!
またのお越しを~♪

Sさまへ

Sさま、こんにちは!
アンチ雪子のSさまに(笑) 読んでいただけるとは思ってませんでした~、うれしいです~。


>久しぶりに心臓に負担のかからないお話を有り難うございます!

心臓に負担、って!(爆)
いつもいつも心臓に悪い話ですみません~(^^;
今度、甘いの公開しますから。 ご勘弁☆


>一つ一つのエピソードがとても面白かったですけど、やはり一番のお気に入りは薪さんと青木が時々視線をからませながら歩いている!場面ですね~。
>竹内がディナーの席からY子を連れ去るとこも大好き。

今回、青薪さんは完全に脇役だったんですけどね、
やっぱりこの2人を書いてるときが楽しいんですよね~。
あおまきさんの恋愛感情はクローズアップしなかったので、かえって気楽に書けて、楽しかったのかな。
風間先生の調書を見ているシーンとか、最終章で人前も気にせずいちゃつくところとか。(あのメンバーは全員、2人の関係を知っているので自然体で、ていうか、あれ、いちゃついてるんですよ、一応!注記つけないとわかんないですけど(笑))

レストランで雪子さんを連れ出すシーンは、賛否両論だったようですけど、
気に入ってもらえて嬉しいです。
ときどき、間違ったことをしてしまう人間を書くのが好きです。 完璧な人より、間違いを犯す人に魅力を感じます。 
でも、うちの薪さんみたいに最初から終りまで間違ってばかりなのはイヤ(^^;


>でもY子に彼は勿体ないです。私の脳内ではヤツには熊のような男を

ビジュアルは岡部さんですね(笑)
『男はハートで勝負』!!!
Sさまも、Mさまの動画、ご覧になったんですね。
わたしもあれ、超お気に入りで~、もう何度も見ちゃいました。 バックの歌まで歌えそうです♪ あんなに面白い動画を作ってくださったMさまに感謝です! そして絵の描けないわたしには、神!

それにしても、
Sさまは常々、Y子を嫌っていると言いながらも、ちゃんと相手を考えているとは、(それもこんなに細かく) なんてやさしい方なんでしょう(^^
ますます、好きになってしまいそうです♪


>私は2月号の青木のモノローグ(見当違い云々のくだり)をどのように解釈してよいか年末中七転八倒していたところ、誰かの脳を二つほど自分の手で取り出す、という初夢を見てしまいました。ハイ、その脳はライトなグレーでした。

2011年はシュールな初夢で始まった――― という感じですね(^^;

青木さんのモノローグ。
姉のMRIを心配して様子を見に来た弟の振りを、というところですか?
あれは、
青木さんは滝沢さんが薪さんのことを知ったかぶりして語るのを聞くに堪えず、要は彼に嫉妬して持ち場を離れた。 そこに薪さんの姿を見つけ、本当はどうなんだろう、と頭がいっぱいの状態で薪さんを見ていた。 お姉さんのことは考えてなかった。
薪さんは、そんな青木さんをお姉さんが心配で、彼女の脳を見ることになっている自分を見ているのだと勘違いした。 それに乗じて、
と言うことだと思いますが。

単に、薪さんかわいい、と見惚れてただけだったらどうしましょう(笑) 

青木さんの本音も気になりますが、
薪さんの白昼夢も気になります~!
あれ、死亡フラグなんですかね? 
これから、青木さんの死につながる場面が必ず出てくるんでしょうね。 でもって、その場にいた薪さんは、ずっと見ていた幻覚が頭の中を過ぎって、冷静さを欠いた行動に出てしまう、という伏線になってるんだと思ってます。 身を呈して青木さんを庇っちゃったりとか・・・・・・・萌える。
薪さんが死んじゃうのはダメだけど、青木さんを庇う薪さんは萌える。 小さい身体で大きな青木さんを庇うのがいいの。 うっとり。
・・・・・・・・今度はそういう話を書こう。(←どんどん増える、心臓に悪い話)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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