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スキャンダル(3)

スキャンダル(3)




 


 そんな、逢瀬ともいえない一時の触れ合いで薪の中に生まれた感情は、ひどく彼を苦しめることになった。
 いや、気付いてしまったと言うべきか。

 青木との時間が取れなくなって、芽生えないはずのない淋しさを、環境の変化に余裕をなくしていた薪の心は自覚することができなかっただけで、それはとっくに自分の中に溢れていたのだ。いったん堰を切ってしまったら、もう止めることができないほど大きく膨れ上がったそれは、すべてを壊しかねない危うさを秘めていた。
 それでも、自分を騙すことにかけて薪はスペシャリストだ。自分の感情には気付かないふりをし、目の前の職務に没頭することで色々な局面を乗り切ってきた。今回もそれでうまくいく。時間と共に、この痛みも治まるはずだ。今にも破裂しそうな風船を胸の中に抱え、冷静な室長の仮面をつけて、彼は週3日という約束の第九の職務をこなし続けた。

 しかし。
 間が悪いというか、貧すれば鈍すというか、とにかく薪は恋愛の神さまにはとことん嫌われているらしい。

 中園と行くはずだったH友会の接待が相手の予定でキャンセルになったと聞かされて、それならばと恋人の予定を思い出せば、今日はあいにくデータ整理の残業が入っている。せめて彼の顔だけでも見たいという本音を「気になっている案件があるから」というオブラートにくるんで、薪は夜の第九を訪れた。
「室長。お疲れさまです」
 プライベートと仕事のけじめはきっちりつけろ、と口が酸っぱくなるほど言い聞かせている年下の恋人は、研究室では薪を室長と呼ぶ。例え周囲に誰もいないことが明白でも、だ。
 薪もまた、ご苦労、と上司が部下を労う態度で返して、青木の机の上とPCの画面に目をやり、仕事の内容を把握する。青木が眺めているモニターには死者の脳内映像ではなく、英文字と数字が並んでいる。新システム移行に伴うデータ整理をしているのだ。

 システム開発室の若き天才の手によって、MRIシステムの新しい局面が開かれる計画が立ち上げられたのは3年ほど前だが、ようやくそれが試運転の段階まで仕上がってきた。
 新しいシステムとは、ずばり音声。人間の唇の動きを機械が判断し、音声にして出力する。更に現場の状況から周囲の音、屋外なら車の音、雑踏のざわめき、雨の音―――― これによって、より正確な犯行現場の再現が可能になるというわけだ。
 これから何度かのテストを行い、ゆくゆくは新しいシステムで捜査を行なうようになる予定だが、それまでの間にこの膨大なデータを整理し、スムーズに移行できるようにしておかなくてはならない。青木がやっているのは、そのための作業だ。

「おまえがひとりでやってるのか?」
「あ、いえ。さっきまで岡部さんと一緒にやってたんですけど。中園参事官がお見えになって、岡部さんに話があると仰るので、オレひとりでできるとこまでやっておくことにしたんです」
「中園さんが? あのひとがアフターにすることって言ったら、ナンパか酒か、どっちかだぞ」
「そうなんですか? 官房室の首席参事官が?」
「親の遺言で、6時以降は仕事ができないそうだ」
 あはは、と青木はお人好しに相応しい屈託のない笑顔を見せる。相棒が美味い料理と酒を楽しんでいる間に、自分ひとりが仕事をしている状況に、腹も立たないらしい。
 薪は呆れた顔を作って、青木の隣の席に腰を下ろした。

「おまえも帰ればよかったのに」
「帰ってもやることないですから」
「友だちもいないのか? 寂しいやつだな」
「週末ならともかく、月曜から飲みに行くような友人はいませんよ」
 何ということもない会話の中で、薪は息苦しさを覚える。クールビズ励行中の第九は、MRIシステム適温ギリギリの25度。当然、青木は半そでのワイシャツ一枚の姿だ。

 束の間、マンションで青木に会った日からすでに1月近い。
 亜麻色の眼が、マウスを操る青木の腕に釘付けになる。彼が小さく指を動かすたびに、手の甲に骨っぽく筋が浮き、腱がしなやかに連動する。
 
 もう何ヶ月、あの腕に抱きしめられていないのだろう。
 そんなことを考えている自分に、狼狽する。ここは職場だ、自戒しろ。

「室長。コーヒー淹れましょうか」
「いや、いい」
「遠慮なさらないでください。オレも一息吐こうかと……薪さん?」
 気がつくと、給湯室に向かおうと立ち上がった青木の腕をつかんでいた。触ってはいけない、と思いつつ、放せなかった。この手を放して室長室へ行き、目的の書類を持ってここから出ろ、と理性が叫んだ。

 自分の身体が理性の制御を離れたことは何度かあったが、職場でそんな状況に陥ったことは一度もなかった。
 薪にとって、職場は神聖な場所だ。親友が命を落とした場所なのだから、彼の最期の想いが残るのもここだと思っている。だから、こんな気持ちに駆られることはとてもいけないことだし、警察官としての良識を踏まえても、職場でこういう行為に及ぶ不届きな輩は厳重に処罰するべきだと薪自身つねづね思ってきた。
 でも……。

 手のひらから伝わる彼の皮膚の感触は、薪のからだの芯に眠る情動を呼び覚まし、内部深温を上昇させた。5ヶ月ぶりの感覚に、どうしても我慢がきかなくなった。
「薪さん?」
 相手の腕を引き寄せ、自分も立ち上がり、互いの進路を故意にぶつける。意図的な接触事故は計算された正確さで青木のくちびるを捕獲し、薪はむさぼるようにその獲物にかじりついた。

 これまで何度も薪の身を助けてきた理性と言う名の番人が、ここから先に進んではいけない、取り返しがつかないことになる、と頭の中で警鐘を鳴らした。身を滅ぼすことになっても知らぬぞと、薪の喉に鋭い槍を突きつける。
 わかっている、いくら欲しくてもこれ以上は、と彼に従おうとしたとき、青木が舌を返してきた。甘い痺れが薪の背筋に走り、彼の声は聞こえなくなった。

 薪を止めるものはいなくなり、薪のからだは自由に動き出した。
 慣れた手つきで相手のネクタイをほどき、ワイシャツのボタンを外す。開かれたシャツの襟口から手を忍ばせ、僅かに汗ばんだ青木の肌をまさぐる。シャツの前をはだけ、露わになった若い肌に舌を這わせる。
 だんだんに下方へ下りていく頭部に合わせて、薪の膝は床に着く。膝立ちの姿勢になって、青木の腰に抱きついた。迷わずベルトを外そうとする薪の手を握って、青木がためらいがちに言った。
「あの、嬉しいですけど……ここでは、ちょっと」

 薪は無言のまま立ち上がり、青木の手を引いて仮眠室の扉を開けた。
 相手の躊躇いを無視して、薪は力任せに彼を突き飛ばした。足がベッドにぶつかって、青木は仰向けに倒れる。
 薪はさっさと上着を脱いで、ネクタイを取った。ワイシャツのボタンを3つほど外し、青木の手を取る。それを自分のはだかの胸に導き、心臓の上にあてがった。

 手のひらを密着させることで伝わる、胸の動悸。今にも破裂してしまいそうなほどに、いっそ壊れてしまうかと思われるほどに。
 それはまるで、ふたりで一緒にあの階段を駆け上がる瞬間のようで。

「僕が今どういう状態だか、理解したか?」
 
 青木の眼鏡を取り上げて、ベッドの横についている簡易式のクロゼットに置く。時計を外し、2人分のネクタイもそこに放り込んだ。
 弱気な恋人を奮い立たせるように、薪は強くくちづける。触れてしまったら、もう我慢ができなかった。ここが職場で、深夜とはいえ誰が来るかも判らない場所で、などという常識的な判断ができなくなってしまった。
 でなければ、薪のようなお堅い人間が、職場でそんな行為に及ぶはずがない。5ヶ月もの間引き離され、寂しさは頂点に達していた。

 すべてを忘れ、今は互いのことだけ。久方振りの逢瀬は、激しかった。




*****

 きゃー、薪さんの襲い受け、一度書いてみたかったんですー、許してー!(そんな筆者の下らない気まぐれのために、この後あんな目に遭ううちの薪さん。不憫(笑))


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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あんな目ってどんな目に?

きゃ~理性が飛んだ薪さんとは、なんて美味しい設定(笑)。
いつも冷静な人が乱れるというお話が大好きなんです、私。
大好物です、こういう展開(オイオイ)。
失礼しました、私も理性が飛びました(汗)。
ここからは真面目なお話を。
薪さんて鈴木さんの事を一番に想っていなきゃいけないって、どこかで考えてたのではと思うんです。
彼は自分のせいで亡くなったんだっていう罪悪感の為に。
だから他の人に気持ちが傾くのも許せない感じで、ずっと本当には青木君の事を受けいれられなかったのかなって。
でも雪子さんに鈴木さんの事を返してって言われた時に、もう解放されて良いんだと思えたのでは(ちょっと前のお話ですが、あの時の雪子さんも恰好よかったです)。
まぁ好きになりすぎて離れられない、怖いっていう気持ちもあったとは思うんですけど。
何かまとまりがつかなくなってしまいました。前に友人とも話したんですけど文章って難しいですよね、言いたい事がうまく伝えられなくて・・・・・。
周りに秘密読んでる人本当居ないんで・・・・出来れば皆さんとお会いしてじかに秘密話を思いっきりしたいと本当思います(難しいでしょうけど)。
まとまらないですが、いつも本当に楽しく読んでいます。
続き楽しみにしています。

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ルナルナさまへ

ルナルナさま、こんにちは~。
コメントありがとうございますっ!


> きゃ~理性が飛んだ薪さんとは、なんて美味しい設定(笑)。

初めて書きました、薪さんからのラブアタック!(←SS書きのクセに言葉のセンス最悪)
いつも冷静な人が乱れると、(腐じゃなくても)そのギャップに萌えますよね~。 薪さんの場合、ちょっと焦ったりするだけでもかわいいv-344


> 大好物です、こういう展開(オイオイ)。

わたしも大好物ですっ!
 

> ここからは真面目なお話を。

えっと、こちらは原作ではなくて、うちの薪さんのことですよね?
『トライアングル』辺りの薪さんの心理状態ですね?

きゃー、うれしいです。 うちの薪さん、幸せものだ~。
たかが二次創作のキャラの心理について、こんなに真剣に考えてくださって、ありがとうございます。


> 薪さんて鈴木さんの事を一番に想っていなきゃいけないって、どこかで考えてたのではと思うんです。
> 彼は自分のせいで亡くなったんだっていう罪悪感の為に。
> だから他の人に気持ちが傾くのも許せない感じで、ずっと本当には青木君の事を受けいれられなかったのかなって。

そうです、まったくその通りです。
わたしは原作の薪さんにとっても、一番の重荷になっているのは鈴木さんに対する罪悪感だと考えていたので。 薪さんを書く上で、一番に強調したいところでした。


> でも雪子さんに鈴木さんの事を返してって言われた時に、もう解放されて良いんだと思えたのでは(ちょっと前のお話ですが、あの時の雪子さんも恰好よかったです)。
> まぁ好きになりすぎて離れられない、怖いっていう気持ちもあったとは思うんですけど。

ああ、きっとそうなんですね・・・・・きっとそっちの方が大きかったですね。 薪さんから青木くんを求めて行動したのって、あのときが最初ですものね。 なるほど、そうか~。(筆者が気付かされてどうする)

原作でもね、雪子さんにはこういう立場であって欲しかったんです。
いえ、薪さんと青木さんの恋を応援して、という意味ではなくて、薪さんを解放するひとであって欲しかった。 最初に彼女が鈴木さんの元恋人として出てきたとき、彼女の役割は絶対にこれだ、と思ってたんですけど・・・・・・大ハズレ!! 5巻では正に眼が点になりました(@@


> 何かまとまりがつかなくなってしまいました。前に友人とも話したんですけど文章って難しいですよね、言いたい事がうまく伝えられなくて・・・・・。

そんなことないですよ!
ルナルナさんの仰りたいことは、ちゃんと伝わってまいりました!
でも、文章が難しいのは同意です。 わたしも、しょっちゅう言葉に詰まってます(^^;


> 周りに秘密読んでる人本当居ないんで・・・・出来れば皆さんとお会いしてじかに秘密話を思いっきりしたいと本当思います(難しいでしょうけど)。

わたしもです~~!!!
秘密もクライマックスが近いみたいだし、きっと今年はオフ会やると思うんですけど、そのときに参加されてはいかがですか?
楽しいですよ~!

> いつも本当に楽しく読んでいます。

嬉しいです!
いつも励ましてくださってありがとうございます!

続きを楽しみにしてくださるとのお言葉、とってもありがたいです。
この後は、『あんな目ってどんな目』に遭う薪さんですが(笑)、でも、そんなに致命傷にはなりませんから。 ちょっとかすり傷程度に、心理的外傷を負うくらいのもので。
このわたしが、かわいいうちの薪さんに、そんなに無体なことをするわけないじゃないですか~。(うさんくさいとか言われそうだ)
どうかご安心を(^^

Mさまへ

Mさま、こんにちは!
コメントありがとうございます(^^


>うん、うん、薪さんだって、こういう気持ちになること、あると思うんですよ。

あははは、うちの薪さん、淡白だから~。
盆と正月くらいでいいだろう、なんて言ってるひとですから、ここまで追い詰めるには5ヶ月くらい掛かったという設定で(笑)


>それだけ2人の仲は…

そうです、そのために『理想自己と現実自己~』を書いたんです。 あれはこの話の伏線なんです~。


>ビバ、誘い受け!(笑) 

↑ ちょっ、これ、爆笑しちゃったんですけど!!!
もー、相変わらずMさまったら、ギャグセンスさいこーですーー!!

この後も楽しみにしてくださって、ありがとうございます。
ちょっと生ぬるかったな、と読み直して思ったんですけど~、あんまり苛めてもねえ。 
ちょびっとでも、Mさまに楽しんでいただけら嬉しいです(^^

Aさまへ

Aさま、こんにちは!
コメントありがとうございます~!


> キャー、職場でエッチでしかも襲い受けーo(≧∇≦o)。

キャー、と言いつつ、すっごく楽しそうなんですけど!(笑)
ええ、わたしも、きゃー、許してー、と言いつつ、すっごく楽しんで書いてました★(←腐れ外道)


> 普段は全く性欲のかけらも見出だせずいつも凛とした佇まいの薪さんが、つい職場で本能のままに狂って青木を襲っちゃう…、そのギャップに凄く萌えました。
> スイッチが入っちゃうと、止められなくなっちゃったんでしょうね。

それじゃなくても、うちの薪さん、普段薄いひとですから・・・・・・(--;
百回に一回の逆転の構図だから、よけい萌えるんですよねっ!
自分でも制御が効かなくなっちゃったんでしょうけど、珍しいことするからこの後、あんなことに(笑)


> こんな本能のままの姿の貴重な薪さんを見ることができるなんて、青木はシアワセ者。

たしかに、貴重ですね。
これが最初で最後じゃないかしら。 薪さんが発情して青木くんに迫ったのって。 
・・・・・・うちの青木くんて、不憫だなあ。(笑)


> この先にどんなスキャンダル事件が勃発しようとも、青木は頑張って乗り越えてくれそうですね。あ、もしかしたら乗り越えなくちゃならないのは、薪さんの方なのでしょうかf^_^;。

そうですね、うちの場合は青木くんはすでに覚悟を決めてしまってるので、どちらかと言うと薪さんの方が頑張ってくれないと。
でも大丈夫。 
うちのふたりは、事件が起こるたびにラブラブ度が上がるように設定されてますから。 恋のRPGと呼んで下さい(笑)

ありがとうございました(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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